「多少、予定とは違ったが、酒場のマスターの身柄を捕らえる事が出来た。すまないが、勝手にお前を囮に使わせて貰った」


そんな事は、都合良く黒部が表れた時点で気付いていたし、別に腹も立たなかった。


そんな事よりも、気になっている事が在る。


「アンタに聞きたい事が在る」


俺は黒部に聞いた。


「イルカと言う人物は、何者なんだ?」


「エコーから聞いたのか?」


「あぁ。質問に答えてくれ!!」


「付いて来れば解るさ。但し、生きて帰れる保証はないぞ?」


死ぬかもしれないが、躊躇いはなかった。


「地獄の底まででも付いて行ってやるさ」


ドルフィンへと続く道ならば、どんな所へでも行ってやるつもりだった。其れにイルカが一体、何者であるかも気になった。恐らく、無関係ではないだろう。


「俺も香元と同じや。俺は自分のルーツを知る為なら、死ぬ事なんて恐れへんで」


そう言うエコーからは、決意の匂いが漂っていた。


珍しく真面目な顔をしている。


「なら、車に乗りな」


そう言って黒部は不敵な笑みを浮かべた。まるで、此れから待ち受ける出来事を暗示するかの様に、其の冷笑は俺達を警戒させるには充分だった。


道中、車内は沈黙に包まれていた。


車で二時間程、走った其の場所は、山の中に立てられた巨大な建造物であった。来る途中から降ってきた雨が土砂降りになった為か、其の建物がとても不吉な物の様に感じられた。


暗く屹立する建物の入り口で立ち止まり、黒部が言う。


「もう一度、確認するが此の中に入れば、もう後戻りは出来ない。死ぬ覚悟が在る者だけが、入る事を許されている。其れでも、行くのか?」


「当たり前だ!! 俺はドルフィンを殺す為に来たんだ。覚悟なら、とっくに出来てるさ!!」


必ず、ドルフィンを殺す。そう百合に誓ったんだ。こんな所で足止めされて堪るか。


「俺も香元と同じや。自分のルーツを知りたい。いや、思い出さなアカンねん。大切な何かを、俺は忘れてる気がする。だから、何が何でも記憶を取り戻したる!!」


其れを聞いて、黒部は深く溜め息をついた。


「やれやれ。こんな事を言うと上司に怒られるんだが、本当の事を言うと、俺はお前等に死んで欲しくない。だから、教えておいてやる。中に入れば、お前等は確実にギャンブルで負ける。悪い事は言わん。引き返せ」


 黒部は懐から煙草を取り出して、煙草に火を付けた。細長い紫煙をゆったりと吐き出して、静かに後を続ける。


「でないと、俺はお前等を殺さなければならないんだ」


「其れは、どう言う事だ?」


「解んねぇのか。次のお前等の相手は、此の俺なんだよ!!」


「何だって!?」


黒部の言っている事に嘘の匂いはない。俺達の事が嫌いではない、と言う其の言葉も嘘ではないかもしれない。


俺がドルフィンの元でギャンブルの代打ちをしていた時も、黒部が俺の面倒を見てくれていた。


「言っておくが、勝負が始まったら、手加減なんて出来ねぇからな。だから、降りるなら今しかねぇんだ!!」


「本気で言ってるのかよ。アンタ、普通の人間だろ? 俺達みたいに、優れた目も鼻もないんだぜ。其れなのに、本気で俺達に勝つつもりでいるのか?」


エコーは黒部を見下す様に言った。だが、俺は知っている。俺がドルフィンに雇われるまで、黒部がギャンブルの代打ちをしていたのだ。俺の様にイカサマカードは使わずに、黒部は実力だけで勝ち続けた。


黒部は間違いなく、優れたギャンブラーだ。以前に一度、黒部のギャンブルを見た事が在る。勝負はポーカー。相手は割りと名の知れたギャンブラーだった。其の相手を、黒部は手玉に取っていた。自分が有利な手の時は相手に大きく張らせて、自分が不利な手の時は必ず相手に降りさせていた。つまり、黒部は自分の望んだ通りの行動を相手にさせていたのだ。


「エコー、油断していると負ける事になるぞ。黒部は俺達より強い。とんでもない博才の持ち主なんだ」


「ほんなら、どうやって勝つつもりや!?」


「必ず光はあるさ。俺達は、負ける訳にはいかない。そうだろ、エコー?」


そう、絶対に負ける訳にはいかないんだ。

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