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 変わらずタイセイさんの人気は絶大だった。

 私たちと江沢さんの他に清掃スタッフは五十代、六十代の中年女性が二人いるが、そのスタッフにも慕われていた。

「田村君は付き合っている子いるんでしょ?」

 女性の一人である阿部さんが休憩時間中に話かける。

 阿部さんはチラッと私の方を見つめる。

 見つめられた私はビックと驚いて、食べていた弁当を落としそうになる。

 そんな私と言えば、スタッフとの関係は普通だ。良くも悪くもない。でも、前に比べれば平和でマシというか、今のところトラブルもなく嫌な気持ちになることもなく言うことはない状態である。

「ああ。付き合っている人ですか」

 この間は何だろう。

 もしかしてやっぱりタイセイさんは私と付き合っていると言いたいのだろうか。

 それは困る。付き合っていることは否定したばかりだが、こうして清掃スタッフに若い男女が入ってきたのがよっぽど珍しいらしくまだその疑惑を持たれている。

数日間、こう何度もスタッフにスタッフに恋愛関係にないのかと訊かれていると、もし彼が本気なら付き合ってみてもいいのかもしれないどという気分になる。

 彼は顔もいいし、性格もいい。好きな相手に私を選んだところはマイナス点であるが、それが彼の望みならばかなり変わっているけどありのまま受け入れてもいいんじゃないか。

 ツインレイ。

 楽しそうに話すアズサの顔が蘇る。

 そんな相手と出会い、あんな顔をして毎日を暮らせるならばそういう相手と一緒にいることも悪くないかもしれない。

 もう少し、アズサ、ヒカルちゃんと呼び合いながら彼女の恋愛話を聞きたかった。

 急に寂しくなり胸が締め付けられる。

「いますよ。付き合っている人」

 その一言に急に体が熱くなる。

「ちなみに君じゃないよ」

 私の気持ちを見透かされたように、軽くあしらう様にきっぱり否定され一気に熱が冷める。

 恥ずかしい。

 勝手に勘違いして、勝手に舞い上がっていた自分が嫌になる。

 私なんかを好きになるわけないし、何て図々しいんだ。自分が嫌いで自分を好きになる人を散々否定しておいて、それを受け入れてやるなんてどれだけおこがましいんだ。

「ええ? そうなの? てっきりそう思っていたよ」

 阿部さんが私とタイセイさんを交互に見つめる。

「そうですか? それは期待はずれでしたかね」

 その彼の言い方に、茶化された気がして苛立ちを隠せなかった。

「期待外れも何も、私は期待していないですよ。私なんかにそんな本気になってくれる人いるわけないし、そんなのわかってますよ」

 強がりだ。わかっていない。淡い期待もしていた。しかも、その期待も別に好きでもない人に体験をしてみたいという極めて自己中心的な欲望でだ。最低だ。

「そうですか。いいけど、そんなふうに言って周りを嫌な気持にさせるのいい加減にしてくださいよ」

 どうしてそんなこと言うの? そんな風ってどんな風よ。

 だいいち、江沢さんに訊かれた時に中途半端で思わせぶりな態度を取ったのは彼だ。

 彼に反抗したくなるが、ムキになっていると勘違いされても困るのでジッと睨みつけるだけで我慢した。

「まあまあ。喧嘩しないで」

 その雰囲気を察したのか、阿部さんが仲裁に入る。

「喧嘩なんかしてないですよ」

「私もそのつもりないですから」

 そう言いつつも私も彼も、間に変な空気は漂い続けていた。現に私も怒りが収まり切っていなかった。

「ヒカルちゃん。いいかな?」

 その空気を取りらさせたのは部屋に入ってきた江沢さんだった。

「あまり言いたくないことなんだけど、ヒカルちゃんが掃除したところ、汚いってクレームが来ていてさ」

「え?」

「ヒカルちゃんが一生懸命しているのは知っているよ。でも、そう言われたらさ、仕方ないっていうか、この際ハッキリ言わないとだけど、ちょっと雑な部分があるかも」

 さっきとは違う形で張り詰めた嫌な空気が流れる。

「これは仕事だからさ、それは若くてこんな仕事嫌だろうし、でも、お金貰っている以上はしっかりやってもらわないと困るし」

 何が言いたいのだろうか。遠回しに私が適当にサボっていると言いたげだった。

「私、雑にしているつもりないんです」

「でも、現にそういう声が来ているわけだしさ。それは素直に認めてもらないと」

 珍しく、江沢さんの口調が強くなる。

「でも、私」

 でもでもでも。認めたくなかった。自分の中で普通じゃないから自分でもできる仕事をと思って選んだ仕事なのにこれでは意味がない。

「じゃあさ、今からヒカルちゃんが掃除したところ回ってみる?」

 対して、さらに乱暴に江沢さんが追い詰めてくる

「それはその、事実は受け止めますが、私、別に、、」

 サボっているわけでも雑にしているわけでもない。そう言いたかった。お腹が痛い。この胃が重い感じは久しぶりだった。

「あの、こういう言い訳じゃないけど、こういう人との言い合いというかトラブル前もあったでしょ?」

 あった。その通りだった。

 どうして、どうしていつもこうなるんだろう。

 自分では一生懸命しているのにそれを認められなくて、認められない自分を認めたくなくてそれで人と揉める。

 事実としてダメな自分がいて、ダメな現実があって、それをわかっているつもりでもわかっていないダメな自分がいる。

 またか。

 ここも私の居場所ではないということか。

 それから、江沢さんとは気まずい関係なった。ヒカルちゃんとも呼ばれることもなくなった。

 一気に居心地の悪い職場に変わる。せっかく前の職場から逃げてきたにもかかわらず、また繰り返されるのか。

 本気で止められるならすぐにでも自分で自分を止めたくなった。

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