side ①

 別キャラ視点の話です。

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 昨日が表れた。

 召喚だの、ワープだの、でこの世界に迷い込んだ異世界人。奇妙な現象だ。どうにも百年ほど前から起きているらしい。


 奴らはニホン語という奇妙な言語を操る。

 外見的特徴は人間族ヒュームとほぼ変わらない。

 違ったところがあるとしたら、こっちの人間族ヒュームと比べると顔は平べったく、身長は低く華奢きゃしゃであり、さらに髪と目の色は黒か茶色であること。


 しかし、見た目に騙されてはいけない。

 細い腕からはとんでもない魔術が放たれ、小さい体には恐るべき魔法マナが蓄えられている。一見善良そうな顔と裏腹に、行為は残虐そのもの。過去俺の街は幾度となく、その力が振るわれた。


 俺の街は、人間族ヒューム獣人族ビースが共生している。大昔からそうだったらしい。

 他の種族同士が共生している。大して珍しいことでも無い。事実、他の村や町でも様々な種族が助け合って暮らしている。


 しかし、王はそれを気に入らなかったらしい。

 王は人間族ヒュームを最も高貴であるとし、それ以外の種族は下賎げせんであるとした。俺たちのような種族は徹底的に虐げられ、それを庇おうものなら人間ですら容赦されない。


 俺たちは元々他の場所に住んでいた、らしい。ちょうど十五年ほど前の話だ。

 俺は今年で二十歳だが、当時のことはよく覚えている。


 土地も食料も家族も何もかもが奪われた。

 純粋種と獣人の血が濃い獣人族ビースは戦闘要員として徴兵され、俺のような雑種と人間族ヒュームは今の土地に強制的に住まわされている。


 獣人族ビースは獣人の血の濃さによって特徴が変わる。

 純粋種は驚異的な五感と戦闘力を持ち、外見も獣に近い。しかし、雑種……、さらに俺のように血が薄いとなると、基本的に人間族ヒュームと変わらない。違うところがあるとすれば、獣耳が生えているぐらいだ。

 

 物思いに耽っていたところで、扉がノックされた。

 立て付けの悪いドアを開けると、獣耳の生えた大男が立っている。


「よう、リヒター。怪我の具合はどうだ?」


「大体治りました。ワーゼンさんはどうですか?」


 この大男の名前はワーゼンと言う。

 この町のリーダー格の男で、今この町に住んでいる中では、最も獣人族ビースの血が濃い。


「おう、バッチリよ。お前の薬のお陰だな。普段なら治るのに三日はかかっただろうよ」


「そうですか……、良かったです」


 複雑な気持ちだった。

 俺は何もしていない。何かしたと言えば、あの異世界人だ。最もその事はワーゼンさんには言っていない。


「にしても……、何なんだ、奴らは! また滅茶苦茶にしやがって!」


 大方、俺を訪ねてきた理由の大半はこれを言うためだろう。

 彫りの深い顔をしかめて、激昂している。気持ちはよく分かる。ただでさえ、ワーゼンさんは二人の息子を徴兵されたのだ。


「今回は不思議なケースでしたね。いつもは王宮の関係者らしき人と異世界人がセットで来るんですが」


「ああ、そうだ! いつもはジャラジャラと装飾品をつけた男が重税を課しに来る。しかし、今回は奴らだけだった! 俺たちをただ痛めつけに来たんだよ!」


 憎々しげに、激しい口調で吐き捨てるように言う。思い出すだけで腸が煮えくりかえる、そんな様子だ。最も、昨日先に仕掛けたのは俺たちだと認識している。それは言わない方が良いのだろうが。


「思い出すだけで忌々しい。あの両手を上げる仕草……! 過去幾度となく、あの動作で異世界人は俺たちを騙した! 降参すると見せかけて、魔術で攻撃しやがる!」


 こうなるとワーゼンさんは止まらない。

 俺はワーゼンさんの話を半分流しながら昨日の出来事を想起する。


 あの体格の良い青年。おそらくニホンから来た異世界人だろう。俺の見た異世界人は大抵痩せている、もしくは太りすぎている人間が多かったが、奴の体は相当に鍛えられた体だった。


 デカい袋を背中に背負っているにもかかわらず、裸足だったのが印象的だった。なぜあれだけの荷物を持っているのに靴が無いのか。

 いや……、近くにいた娘は靴を履いていた。もしかしたらあの娘に靴を貸したのか?


 それに、終始攻撃の意思が無かったのも納得がいかない。あれだけ鍛えられた体だ。体格を活かして体当たりすれば、獣人族ビースといえども吹っ飛ばされるだろう。


 さらに俺に手当てまでした。理解不能だ。

 挙げ句の果てに、去り際のあの言葉。ニホン語だった。

 王からはニホン語を学ぶことは固く禁じられているが、奴ら異世界人の思惑おもわくを理解するため、こっそりと学んでいたから分かる。


 奴は確かにこう言った、『他の人の怪我、治してやってくれ』と。

 そして、噴射口の付いた謎の容器と独特の匂いのする粘着性の布を押し付けていった。

 毒だと疑いもしなかった。俺は薬を調合することに慣れていたから、すぐに判断できた。何より奴の態度に悪意は全く感じられなかった。


「リヒター聞いてるか?」


「ええ、聞いてますよ」


 ワーゼンさんは俺にそう言うと、満足そうに頷いた。そして同じ調子で話し出す。この様子だとあと三十分は続くだろう。


 家のドアからは、薄汚れた土の道と動物小屋のように、一切装飾されていない四角い箱が見える。そして、それを嘲笑うかのように建っている背の高い教会。

 いつ見ても、この殺風景な町並みにはうんざりする。


 あの青年の名前はケンヤ……、だったか。今後出会うことも無いだろう。

 仮に出会ったとしても、俺が異世界人に協力するわけが無い。

 

 ただ……、王国をぶっ壊すっていう話なら、手伝ってやらないでも無いがな。

 



 

 


 

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