蠱毒な迷宮の主

甘党羊

第1話ㅤ虫布団

 大小、個体の強弱、毒の種類など無視したかのように、大量の毒虫達が部屋の中へ次々と押し込められていく。



 この情報だけで、何が行われているかは誰でもすぐわかるだろう。

 それくらい有名な事が今から行われようとしている。


 しかし実行しようとしている術者の姿はボヤけていて、視認する事ができない。






 ーーこの蠱毒という呪法


 古代中国で横行していて、日本でも行われた事もある。


 ソレが行われていた時代の権力者に忌み嫌われた呪いの技であり、企てた者は斬首や流刑にされたと言われている。




 その方法は至極簡単。壺を用意し、その中へ様々な種類の毒を持った虫や生物を閉じ込めるだけだ。



 簡単と言ったが、毒虫達を集める方は普通に難しいだろう。





 逃げ場のない空間に大量の虫が閉じ込められれば当然起きる事がある。


 殺し合いに共喰いだ。



 弱い虫達から次々と命を散らせていく。


 生きている虫達はその死体を喰らって生き延び、自身が死なない為に他を殺していく。



 傷付き疲弊した身体に、死んでいった虫達の怨念や毒を蓄積させながら。





 そんな毒虫達の争いは残り一匹になるまで続く。



 殺し合い、喰らい合いのバトルロイヤルを生き抜き、怨念や毒をたっぷり喰らって成長した最強の毒虫が完成する。


 ここまでが下準備。



 最後にその生き残った虫の毒を、呪いをかけたい対象の食事や飲み物に混ぜて摂取させて、毒と呪いで苦しめる......というモノ。





 他には蛇蠱へびみこ犬蠱ケンコ猫鬼蠱びょうきこなどの派生もある。

 これらは蠱毒よりも残酷で、蠱毒よりも凶悪な呪いになる。



 呪術の準備というよりも、優秀な個体や戦士を発掘するという事を目的として行われる場合もある。

 閉鎖空間で人を殺し合わせたりするのも蠱毒の一種と言えるだろう。





 これは生きていた世界とは別の場所で、大規模な蠱毒に巻き込まれてしまった哀れな生贄の中の一匹のお話――









 ◆◆◆








 体中を何かが這いずり回る気持ち悪い感覚に襲われ、俺は目を覚ました。

 目を開けて直ぐに飛び込んできた視覚からの情報。全く意味が理解できない状況が待ち構えていた。





 目を開けた先には、大口を開けている毒々しい色のムカデがいた。



 自分の周囲には、見た事の無い色や形をしているたくさんの虫がいる。





 は?ちょっと待て!何だよこれ。やばいだろ......

 最新のVRやらCGなのか!?


 そんなの寝る前にプレイなどしていないし、そもそもVRのマシンなんて持っていない。





 目の前のデカいムカデの口内が鮮明に見える。余りのグロさに頭がクラクラしてきた。


 リアルに作りすぎだろ!!と文句を言いたい。

 虫達も見た事がないくらいの量がいるし、知らない種類ばっかりだ。


 というか知らない種類しかいない。




 いや待て!そんな事よりも目の前で大口を開けているコイツだ......

 まさか俺を食おうとしてるのか!?




 こんなデカい虫が居てたまるか!!死因が虫葬とか洒落にならないだろ!!



 例えコレが夢やゲームの中の出来事だったとしても、虫に食われて死ぬのだけは嫌だ!絶対にトラウマになる!




 泣きそうになる気持ちを必死に抑え、この現状から逃れるために手足を動かそうとしてみる。




 どうやら体は動かせるみたい。


 しかし、手足を動かしたせいで虫を潰してしまった。感触と音、体液の付着する感覚がリアルに伝わってくる。



 しかし今はそんな些細なことは無視するしかない。



 しっかり動けるのならムカデの口撃を避けれると思い、必死に後ろへ飛び退く。






 え!?



 俺の体はこんなに身軽だった覚えはない。


 慣れ親しんだ自分の体では、絶対に不可能な動きが出来ている。




 結構な勢いで飛び退いたので、着地の衝撃が強くなるだろうと思い、耐えれるように体に力を入れる。


 しかし着地の衝撃は無く、足から伝わってくるのは虫が潰れる感触だけだった。


 全てが物凄いクオリティでリアルすぎる。鬱になりそうだ......臭いもキッツい。




 気を取り直し、いつでも逃げれるように足に力を込めながらムカデの方を見てみると、逃げた俺の事は追ってこようとしていない。



 目の前にいるたくさんの他の虫へと標的を変更したようだ。





 当面の命の危機が去った事で、少しだけ思考に意識を割ける。



 なんでこんな状況に陥っているのだろう?この状況を打破するには?


 必死に頭を動かそうと頑張る。



 俺をこんな状況にした奴は何が目的なんだろうか。

 そしてこの現状を見て楽しんでいるのか。

 なんで開発者はこんなニッチな層向けのリアルすぎるゲームを作ってしまったんだ。

 リアルなのか、ゲームなのか、それとも夢なのか......



 疑問がどんどん出てきてしまい、頭の中が全く整理できそうにない。

 そもそもこんな状況で冷静になれる奴なんているのか?




 目の前に広がっている光景は、数千という単位でも足りない程の夥しい数の虫達が、部屋の中で争い、共喰いしている。


 虫達の体液が飛び散る音や、声になっていない叫び声みたいな音、それに加えて咀嚼音や昆虫の地を這う音、羽音が反響しながら耳に届いてくる。




 ストレスでどうにかなりそうだ。いっそ狂ってしまった方がいいとさえ思えてくる。

 虫が好きな人でもこれは耐えられないだろ......




 ふざけんな!!夢なら早く醒めてくれ!!


 喉が裂けるくらいの勢いで、そう叫んでみた。



 いや、叫んだつもりだったんだけど、声が出せなかった。


 マジで意味がわからない。ふっざけんな!!




 どうにもならない感情を発散させる為に、地面に向けて思いっきり足を叩きつける。


 子どもの時にやる事はあったが、ある程度成長してからはしていなかったガキっぽい行動。



 その結果に虫の潰れる感覚がした。







 えっ......はぁぁ!?





 人間の体では起こりえない感覚、身体能力、それに現実ではありえないモザイク必至なこの光景。




 ......なんだ、これは夢、もしくはVRゲーか。



 リアルすぎて現実だと思ってしまったけど、さすがに身体が俺のモノじゃなくなっているのはリアルではありえない。

 こんなモノを開発したヤツらは狂っている。



 一気に冷静になれた。


 寝ている俺を攫ってテスターとして使ったのか。

 わざわざこんなトラウマ必至なゲームのテスターに志願するヤツいないだろうし。


 というかまず両親だ。寝ているガキが攫われたんだぞ?俺の親は一体何をしているんだ。

 ......まさか俺を売ったとかないよな?


 そもそもこんなもんテスターっていうよりも、人体実験の部類だろ。



 俺が起きたら絶対に訴訟を起こしてやるからな!!慰謝料たっぷり用意しておけ!!




 はぁぁ......



 コレの終了条件はきっと運営が満足する事だろうなぁ。

 それか拉致って人体実験みたいな事してるから、サツに踏み込まれて助けられるか......だよな。



 サツには迅速に俺を見つけて欲しいけど、きっと攫った奴らは入念な準備をして実行した事だろう。だから俺が発見される迄、時間は相当掛かるだろうな。



 そうなると、一番早く助かるには前者しかないか。



 そこまでゲームが得意な俺では無いから心配だけれども、この現状から意地でもプレイヤースキルを磨いて、優秀な成績でクリアしてやろうじゃないか。



 このゲームでは絶対に死にたくない。その気持ちが俺の中で一番強い。



 虫に殺されて喰われる......なんて事はゲーム内であっても体験したくはない。こんなリアルなヤツなら特に。





 覚悟は決まった。


 この現状を一応だけど受け入れる。







 まずは自分自身の確認から。


 自分の手足を確認してみる。目線が低くて地面に近いのは慣れないから困る。


 起きてから今になるまで違和感を感じていなかった自分の鈍感さに驚く。



 普通の虫には見えない硬そうな足、それにハサミのある前足。



 ......甲殻類っぽいな。

 全身が見えないから断言はできないけど。



 昆虫ではなくて一安心。虫の紙耐久ではないのは嬉しい。


 一撃で部位破損や欠損、それに胴体への一撃が即致命傷になるなんて事態を免れたのは嬉しい。



 そして、さっき動いてわかったのが甲殻類な割には身軽な体。



 一気に希望が見えてきた!

 この体は俺の下で潰れている奴らなんか目じゃない位の当たりだ。



 多分さっきのムカデや、あっちで無双しているタランチュラみたいなのは当たりを引いたプレイヤーか。




 強いプレイヤーを観察して、最適そうな行動を見つけ出そう。





 ......うわぁ。


 このゲームに参加してるのは狂ってるプレイヤーばっかりだな......

 志願したヤツらが特にはっちゃけてるのかな?



 例えコレがゲーム内であっても倒した虫を食べるなんて普通は無理だ......

 最近は昆虫食が注目されているんだとしても、素人が躊躇いもなく口に入れられる代物じゃない。




 食事シーンを見るのスキップできないかなぁと思いながら、強者の行動観察を続行する。




 食って殺して食って殺して食って殺して......


 それしかプログラムされていないみたいに、その行動のみを繰り返している。




 なんだ?アイツはプレイヤーじゃなくて、ボスモンスターみたいな感じか。


 一定の範囲内に入ったら強制的に戦闘が開始される、でも戦闘エリアから脱出したのなら普通に逃げられる......と。

 逃亡不可なら速攻で死んでいたから助かったな。



 ただ、餌が無くなった時の行動の変化には注意しないとダメそうよな。ベストなのは強そうなの同士潰しあってくれる展開。



 この様子なら今はヤツの事を放っておける。近くに寄らなければ襲ってはこないでしょ。


 それじゃ別の場所の観察をしてみるか。

 この状況を打破する為の対策を考えなきゃいけない。









 ◆◆◆








 タランチュラ、ムカデ、ヘビ、カエル、ゲジゲジ。


 観察してみた結果、コイツらがここら一帯のボスモンスターだと思える。




 特に中央に居るタランチュラは、明らかに他のボスモンスターよりも動きの速さやパワーが違う。

 今のままでは襲われたら逃げきれないし、絶対に勝てない。


 中央だけには絶対に近寄ったらダメだ。




 そして四隅に居るムカデ、ヘビ、カエル、ゲジゲジ。


 ムカデはパワー特化、ヘビは素早さ特化、ゲジゲジは器用さに特化しているように見える。


 カエルは......なんなんだろうか。力、速さ、器用さとくれば耐久特化なのかな?


 どれもこれも癖があって面倒くさそうな相手ばかりだ。




 他には様々な昆虫、小型の爬虫類が敷き詰められている。地面が見えない。


 今のところはカマキリっぽいのと、ハチっぽいの、デカいノミみたいのが中ボスくらいな感じに見える。




 ......はぁ、どれだけのプレイヤーがいるのかわからないけど、俺はさっさとこの悪夢から解放されたい。



 そして、その願いはあの化け物達を殺さなくてはならないと思う。




 なんとなくだけど、残り数種類......四種類くらいまで減らす、それか他を全滅させてラスト一匹にならない限り解放される事は無い気がする。

 ......多分ラスト一匹にならないと無理かな。鬼畜ゲーすぎる。




 死んで食われたザコ虫達はリスポーンしてる雰囲気は今のところ無い。


 虫達が多すぎて、復活しててもわからないってのが本音だけど。




 減るまで大人しくしているのも手だろうが、もしリスポーンしてなかったら経験値を逃してしまって詰む。そして殺されて食われる......




 ただでさえスタートダッシュをキメられていないのだから致命的にも程があるだろう。



 今はあのボスモンスター達に目を付けられないようにしながら、コソコソと虫を倒していかなきゃならない段階だと思う。





 やりたくなくても、やらなきゃいけない。

 これは現実に戻った時に生活に支障が絶対に出るな。


 チクショウ......




 もし殺されたとして、復活した時に同じ体からスタートする可能性はどれくらいなのかわからない。

 どうなるかを試すなんて絶対できない。



 またセーブポイントがわからないから、死んだらまた一から始めさせられる可能性が高いので、死に戻りゲーみたいにやるメリットがない。


 そして序盤で躓いている暇は無さそう。

 幸い今の俺には身軽な体と、虫にしては高い物理攻撃力と防御力がある。




 早く解放される為に、気持ち悪さには目を瞑って虫を経験値に変えていくんだ。



 頑張れ俺!頑張れ!!




 意を決して虫の大海へ歩を進めていく。




 歩くだけで経験値ゲット!


 ......してるのかわからない。けど、倒していけば何かしらの成長はあると思う。



 あまり派手にやりすぎて、ヤツらに気付かれないよう気をつけながら、小さい虫達をハサミで叩き潰し、足で踏み潰す。



 心を無にして、何も考えずにただひたすら虫を叩き潰していく。







 ◆◆◆






 どれくらいの時間が経ったのかわからないが、まだ疲れがきていないのでどんどん続けていく。




 人間の適応力の高さには救われている。



 叩き潰した時の気持ち悪さと、踏み潰す不快さには慣れてきた。


 もうどれが生きている虫か、ただの死体かなんてわからない。


 俺はただ原型を保っている虫をひたすら潰していくだけのマシーンだ。








 ◆◆◆










 更に潰していく事数時間。


 この体になって初めての疲労感が襲ってきた。


 スタミナゲージみたいのがあったのか......


 疲れないから無制限に動き続けられると思っていた。


 それとも急に、隠しパラメーターとして疲労を追加したのか。




 悔しいけど今は動きたくないし、意識が保てないくらい疲れている。


 もう一つけど、今は休まないとヤバい。




 最後の力を振り絞って、カモフラージュの為に虫の死骸の中へ潜っていく。



 この際気持ち悪さなど二の次だ!安全さを第一にしなくては!!





 急いで潜り込み、気がついたらいつもの部屋のベッドの中で目が覚める事を祈って眠りについた。








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 行き詰まった時にこんなネタが思い付いてしまい、気晴らしに書きました。


 ゆっくりと更新していきますが、こちらもよろしくお願いします。

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