第8話:魔王軍全滅

 燃え盛る草原を見て、仕込みがうまくいっている事を喜ぶ。


 実は魔王軍と闇の種族が戦っている間に脂を撒いておくようにスケイブ達にお願いしておいたのだ。

 あとは、僕が合図をすればこの草原が火の海になるという寸法だ。

 スケイブ達は地面を掘ってこの草原に大きな地下道を築いているので、炎に巻かれることはないだろう。


 ただし、そうでないものは別だ。炎で焼かれて死ぬ者もいれば、煙を吸いすぎて死ぬ者も出てくるだろう。

 まぁ周囲の草を刈ったり地面を掘り起こして土を壁にすれば陣地まで火が届くことはないだろう。

 もしくは炎の壁を突っ切って囲いの外に出ればいい。


 だけど、人間側にそれをする余力はない。

 何故なら、ゴートンが軍を率いて陣地に夜襲をかけているのだから。


 彼に憎まれ口を叩かれた時に使った《権能》で、僕の合図で夜襲をかけるように暗示しておいたのだ。

 もちろん僕からの命令ではなく、彼自身が好機だと判断するように。

 これでキミが欲しかった手柄は独り占めできる、よかったね。


 そして人間側と魔王軍が再びぶつかりあい、血の応酬が始まった。

 とはいえ、人間側の柵や罠のせいでゴートン達は苦戦しているようだった。

 なんとか柵を突破できたものの、少なくない犠牲が出てしまった。

 このままでは彼は再び負けてしまうことだろう。

 案の定、勇者の清水くんがゴートンの前に立ちふさがり、一部の兵は炎に対処しようとしていた。


 こんな時にアーマーンは何をしているのかと思ったのだが、負傷者を抱えて炎から逃げていた。

 今やるべきことではないと思うが、彼は彼の考えに基づいて動いているのだ、その判断を尊重しておこう。


 さてはて、ゴートンと勇者の戦いがどうなったかと言うと、やはりゴートンは押され気味であった。

 まぁ周囲の人間を勇者のいる方向に殴り飛ばして助けさせようとさせたり、死体になった兵士を見せることでメンタルにダメージを与えているところを見ると、彼が何もかもをかなぐり捨てて戦っていることがよく分かる。


 いやはや、本当に惜しい人材だ。

 戦力差がもっとマシであったなら、彼にはもっともっと暴れてもらっていたことだろう。

 けど、すでにこの戦争の行方は決まっているのだ。

 残念だけど来世に期待してもらおう。


 ゴートンの悪あがきも体力も尽き、人間の兵士によって動きを止められたところで勇者の心臓への一撃によって彼は討ち死にしてしまった。


 魔王軍の襲撃を凌いだ人間側は勝利の雄叫びをあげて勇者を讃えた。

 けれども、まだ炎の対処はできていないのでその対応に動き回ることになるだろう。

 軍のお偉いさんが指示を飛ばし、火災をどうにかしようとする。

 これさえどうにかできれば、人間側は多少の犠牲を出しながらも歴史的な快勝を飾ることになったことだろう。


 そして、その考えこそが隙である。

 僕が合図を出すと、草原にいるスケイブ達が一斉に鳴き声をあげる。

 新たな襲撃者かと思い、人間側は周囲を警戒する。

 残念、違う。

 襲撃者はすぐ側にいる。


 先ほど倒されたはずのゴートンが起き上がり、再び人間を襲い始めたのだ。

 いや、ゴートンだけではない。

 倒したはずの魔王軍の兵士達も再び立ち上がり、戦い始めた。


 なんて感動的な場面だろうか。

 彼は文字通り命を賭して戦い、命を失った後も種族のために全てを捧げて戦っている。

 この光景をシュラウちゃんに見せてあげられないのが残念だ。


 倒したはずの敵が起き上がって襲い掛かる場面を見て、一部の兵士達は半狂乱になりながらも武器を振り回して戦おうとする。

 それに巻き込まれて周囲の人も怪我をしているのだが、それどころではないようだ。


 起き上がったゴートンを見て勇者の清水くんはゴートンの腕を切り落とすが、意にも介さずに暴れまわっている。

 あまりにもおかしい状況のせいで、彼が混乱しているのが手に取るように分かる。


 まぁ本当に彼らが死の淵から甦ったわけではない。

 種を明かせば簡単なことだ。

 スケイブの巣穴に《ボーンイーター》を潜ませておき、僕の合図で一斉に周囲の死体をゾンビにしただけである。

 もちろん、彼らが殺した人間もゾンビとして起き上がってくる。

 勇者の近くにいた死体が起き上がる。

 キミはその兵士の顔を知っているはずだ、なにせさっきまで一緒に話しており、共に戦っていた戦友なのだから。


 青ざめた顔をしながらも武器を振り、ゾンビとなった人間を切り飛ばした。

 こんな状況でありながらも、やるべきことをやれるというのは凄いものだ。

 僕の想像だと、取り乱して戦うどころじゃないと思っていたのだが、彼はなんちゃって勇者ではなく、本物の勇者であるのだと実感できた。


 凄いね、人類。

 まさか戦争なんて体験していない僕らの世代だろうと、ああまで戦える人はそうそういないと思うよ。

 それとも、こう考えているのは僕が弱いからだろうか?

 まぁどちらにせよ、やることは変わらない。

 人間は多様性のある生き物だ、強い人もいれば弱い人もいる。

 そして助け合う者もいれば、足を引っ張る者もいる。

 僕らじゃ足を引っ張る手も足りない、だから彼らの手を借りるまでだ。


 ゴートンは最後の最後まで戦い抜いた。

 腕も足も切り落とされてなお戦おうとしたが、勇者の《打開》の能力で与えられた力でゾンビである彼は灰へと還ってしまった。


 素晴らしい、あれだけ追い詰められた状況でありながらも、勇者とその仲間達は果敢に戦って、見事に敵を打ち倒したのだ。

 では、同類であればどうなるのだろうか?

 ボーンイーターによるゾンビ化の力はまだ消えていないから、ゴートン達によって殺された者達が立ち上がる。


 これがドラマであれば「《浄化》させることが彼らの望みだ!」とか言って戦う場面だろうが、そんな簡単に意識を切り替えることはできない。


 何故か?

 今まで追い詰められたことがなかったからだ。

 彼らは今まで勝ち続けてきた、つまり……人間としてのメンタル強度がもろいのだ。


 流石に陣地の中に篭って戦うことが悪手だと気付いたのか、軍のお偉いさんが一度引いて戦力を集結させて、その後に敵を掃討する命令を出していた。

 それを聞いた勇者達は立ちふさがる敵を切り伏せながら血しぶきが舞う陣地から脱出しようとする。


 周囲はゾンビだらけであるが、彼らの足を止められる者はいなかった。

 彼らが足を止めるとしたら、自分の意思によるものだ。

 前に飛び出してきた半狂乱の敵を切り伏せる。

 ゾンビである者は勇者の力によって灰に還るはずだが、そいつは血を撒き散らして倒れた。

 そう、彼はゾンビなどではなかった。

 それは勇者の顔にかかった血の温かさが証明している。


 彼は、ただ助けを求めていただけだった。

 勇者ならばなんとかしてくれると、助けてくれると思って出てきたのだ。

 返答は、剣で応えられた。


 勇者の足が止まる。

 敵だと思っていたものは人間だった。

 今はもう違う。

 助けようと駆け寄る、だけどそれはもう手遅れで、ヒトだったものが襲い掛かる。


 これで死なないまでも、負傷させられればと思ったのだが、勇者の仲間が鈍器でゾンビを殴り飛ばす。

 そしてそのまま呆けている勇者を立ち上がらせて走らせる。


 走って走って、走り続けて……道すがらに会う人々に助けを求められている。

 勇者って大変だね、だけどそれが有名税ならぬ勇者税だから仕方ないよね。

 まぁ僕は魔王だけどそんなに頼られてない、むしろ僕が皆を頼りにしてる。

 そんな皆の命と戦う意志が、僕と闇の種族を助ける力になっている。感動的だね。

 

 勇者が逃げている間にアーマーンの方を見る。

 多くの者が焼かれ、死んでもなお……負傷しているの者を見てなお、負傷者を助けようとしているのだが、一人また一人と倒れていく。


 彼の側には両手で数えられるくらいの味方しかおらず、もはやこの戦争をどうこうすることは不可能な状態であった。


 こうなってはこの場から逃げるしかないだろう。

 そのために僕は彼に「死んで花実が咲くものか」という言葉を贈ったのだ。

 周囲の惨状を見た彼の慟哭が、草原に響き渡る。


 声をあげることすらできなくなった彼は、武器を持って虚ろな目で人間がいる方向へと向かっていった。

 彼をどうこうすることは、もう僕にもできない。


 さて、一度陣から引いた人間側は戦力を結集させて迫り来るゾンビと火災への対処をしている。

 ちなみに、合流できなかった兵士はなんとか逃げようと四方に散らばっていた。

 炎の壁を突破してゾンビから逃げ切った者もいたが、周囲を包囲しているスケイブ達によって巣穴に引きずり込まれていった。

 スケイブは強い敵にはとことん弱いが、数が少なかったり弱っている敵に対しては本当に頼りになる種族である。


 まぁこれだけやっても戦力差は誤差のようなものなのが悲しいが、無駄にはならいしさせない。

 消費された命以上の価値を生み出すのが僕の役割だ。


 結集した人間の軍は戦うべきか退却すべきか迷っているようであった。

 それもそうだろう、ゾンビを一掃するなら神官の《浄化》が必須になるが、どう考えても兵士の数よりも神官の数の方が少ないのだ。


 さらに最初の戦闘で兵士の治療も行っていたため、彼らの疲労も限界に近いだろう。

 それもこれも人間側が優勢であるが故にとった贅沢な戦法が原因なのだが、いまさらどうこうすることもできないだろう。


 ここで人間側がとると予想される作戦は二つ。

 一つは一度退却して態勢を整えるというものだ。

 多くのゾンビがいる、確かにそれは脅威だろう。だけどそれをここで殲滅しなければいけない理由はどこにもない。

 ゾンビを殲滅するのなら、殲滅するための作戦と装備を整える……当たり前の発想だ。


 けれども、この作戦を選ぶことは意外と難しい。

 何故ならゾンビを放置して出た被害の責任を取らされるからだ。


 もちろん、お偉いさんはこれ以上の被害の拡大を防ぐためなのだと説明するだろうが、被害を受けた人々、そしてこの脅威を目の当たりにしていない人にとってはそんなこと知ったことでないのだ。


 その結果、最善手を打つことが悪手であると判断されてしまう……なんて悲しいのだろう。

だけど仕方ないよね、人間だもの。

 合理的な判断を下せる人もいれば、感情的な人もいる。人間の多様性万歳だ。


 次に考えられる作戦はこのまま戦うことだ。

 イレギュラーな事態が発生し、兵士の士気も低い。

 こんな状況で戦っても被害は大きくなるだけだが、それでも歴史上においてこの作戦をとった人はそれなりにいた。

 何故か?

 被害に見合ったリターンを取り戻したいからだ。

 失われたものへの補填を求めるが故に、被害に釣り合った戦果を求める……ギャンブルのようなものだ。


 賭け事で負け続けの場合、こう思うはずだ。

「これだけ負けたのだから、そろそろ勝つはずだ」「勝つか負けるかの勝負なのだから、そろそろ勝たない方がおかしい」。

 うん、ギャンブル中毒者になった人が言いそうな台詞だ!

 特別でもなんでもない、普通の人でも普通に考える思考……だからこそ恐ろしい。

 何が恐ろしいって、ここで下手に成功してしまえばこれが間違いではなかったと勘違いしてしまうところだ。


 けど、魔王軍にはほとんど戦力がないので、この手が一番厄介だったりする。

 次の戦いというものがあれば話は違ってくるのだが、僕らにはもう次の戦いなんてものは存在していないのだから。


 だが、人間側の作戦はなんと勇者を突っ込ませるというものであった。

 あれだけ大切に酷使してきた勇者を捨て駒のように使うとは、それだけパニックになっているということだろうか?


 いや、勇者の力に全幅の信頼を置いているのかもしれない。

 確かに人間側への被害は大きい、士気も低い、神官も使い物にならない……だが、勇者は負けていない。

 それどころか《打開》の能力でこの局面をひっくり返すこともできる。


 だけど、可能なのか?

 いくら勇者が強かろうと、連戦による疲れとこの状況に追い込まれたことによる精神的なダメージもあるはずだ。


 そんなこちらの考えを知ったことかと言わんばかりに勇者とその仲間達はズンズンと突き進んで行く。

 立ちふさがるゾンビを切り捨てて、ただただ前進していく。

 なるほど、どうやら彼らは《復活の根》を目指しているようだ。

 《魔の草原》にいるゾンビを掃討することは体力的にも厳しいだろうが、あれを破壊することなら可能ということだろう。


 ……いや、あれ結構でっかいぞ?

 勇者とその愉快な仲間達であの根っこを倒せるのか?

 でも勇者だしな……できそうな気がしてきた、多分できるんだろうなぁ。


 まぁそのまま通すのも癪なのでもう一度ボーンイーターに合図を出して、ゾンビだけではなく、亡霊も生み出してもらう。

 ここには文字通り腐るほど死体があるのだ。

 兵士として戦い、ゾンビとなっても戦い、最後は亡霊になってでも戦ってもらうことにしよう。

 まぁ亡霊には直接的な攻撃手段が無いので嫌がらせ程度ではあるのだが、これで足が止まれば儲けものである。


 まぁ案の定、勇者の足は止まらずにただただ駆け抜けてゆく。

 見知った顔のゾンビもいるだろう、聞き覚えのある亡霊の声も聞こえるだろう、呪いの文言を一身に受けながらも勇者達は突き進み……そして止まった。


 彼の足を止めたのはゾンビでも、亡霊でもなく、魔王軍最後の生き残りであるアーマーンであった。

 アーマーンはこの世の地獄を見てきたかのような顔をしているが、戦う意志だけはまだ残っていたようだ。

 アーマーンは何かを言うこともなく、無数の槍を束ねた武器を構え、それに応じるように勇者も武器を構える。


 一閃……あまりにも速い勇者の剣閃によりアーマーンの首は上へと刎ね飛ばされ、ゾンビになったアーマーンの顔が勇者に向かって空から襲い掛かる。

 それを見た勇者の仲間である女性の神官が咄嗟に《浄化》を使い、アーマーンの首はそのまま地面へと激突した。

 《浄化》により、彼はもう亡霊となることもできない。アーマーンとその種族は、今ここでその命運が絶たれたのである。


 そこからの勇者は本当に快進撃のように突き進んで言った。

 暗闇の中、か細い松明の光が流れるように《復活の根》に向かっていく。


 その光景に誰もが目を奪われていた。

 死と怨嗟によって満たされたこの地において、その姿はまるで暗黒を引き裂く一筋の流星のようであった。

 流星は止まることなく流れ続ける。

 人々の希望と祈り、そして救いを求める意思を乗せて星はその光で闇を照らす。


 光は《復活の根》に辿り着き、そしてそのまま闇に飲み込まれ……そして大きな轟音と共に、再びその光で辺りを照らした。

 闇の種族の象徴ともいえる《復活の根》を勇者が破壊した。

 この偉業を讃えるかのように人間側は狂喜の歓声をあげており、どん底まで落ちていた士気が一気に回復してしまった。


 うん……頭では理解してたけど、たったいま感情でも分かった。

 あれは相手にしたらアカン奴だ。

 僕がゲームで魔王だったら、なんとしてでもあれをこの場で殺しておくところだけど、僕が出て行ってもバッサリ切られて死ぬね。


 いやまぁ「清水、僕だよ! 同じクラスメイトだろ?」って言えば油断して近づいてきてそのままグサリって手もあるだろうけど、それだけじゃ死ななそうなんだよね。

 そんで、その後は僕は完全に敵対するわけだから何もできなくなる。

 つくづくクソゲー感が強いね、この世界。


 まぁ正直なところ《復活の根》が破壊されることは既定路線だから別にいいんだけど、シュラウちゃんが落ち込みそうなので心が痛い。

 さて、この戦いは予想していた通りに負けたけど、嫌がらせは続けていこう。

 スケイブ達にははぐれた敵兵士のお掃除、空泳ぐ虫達にはスケイブに用意させた脂を空から撒いてもらって草原を延焼させてもらう。


 今、人間側は疲れに疲れきっている状態だ。

 最初で最後のこの機会を生かすためにも、じゃんじゃん嫌がらせをしていこう。

 死体はゾンビに、体が無ければ亡霊に、この《魔の草原》を言葉どおりの場所に変えてしまおう。 

 人間に闇の種族と恐怖と憎悪をドンドン溜めてもらいたいからね。


 これが元の世界の戦争だったら逆に悪手になる、むしろこちらに同情してもらわないといけないから。

 でも、これ生存戦争らしいからね、対話という手段がないからこういう手段をとらないといけなくなるからね、仕方ないよね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る