第3話 枯れゆくお花畑

 日曜日、友詞と明日架はデートの約束をした。

 友詞と明日架が一緒にいた2年と2ヶ月、いろいろな場所に行った。お互い社会人だったのでなかなか時間が作れず、すれ違うこともあったが、すぐに仲直りをしてデートに行った。

 その中でも友詞が色濃く覚えているのが、ある日曜日のデートの思い出だった。


 別に特別、何かをしたわけではないのだが、その日の天候や空気や温度、明日架の笑顔、影などすべて、まるで昨日のことのように鮮明に覚えている。


 ざわめく街に2人はいた。

 春から夏に変わろうとする、暑さの中にも春の強い風がたまに吹くような気持ちのいい気候。戯れる2人を見て太陽が笑うと、カッカッカッと太陽の熱が強くなる感じがした。

 何が楽しいのか周りにはわからないけれど、友詞と明日架の中ではこの日、何が起きても幸せで笑みが溢れた。

 微笑んでくっついてくる明日架のことが愛おしく、友詞は長い間ひとりで過ごしてきた自分の心に花が咲いたような、温かい気持ちになった。


 冬も、春も、夏も、秋も、どの季節にも思い出が詰まっていた。

 冬は『寒いね』と言ってくっついて、春は『肌寒いね』と言ってくっついた。夏は『暑いけどくっついちゃお』と言ってくっついて、秋は『寒くなってきたね』と言ってくっついた。

 その度に明日架は微笑み、その微笑みがひとつ増えるたびに、友詞の心には花がひとつ咲いた。


 友詞は穏やかな性格のため、よく周りに「心が広い」と言われる。その広い心も、もう明日架が咲かせた花で、広い広いお花畑になっていた。


 しかし、昨日友詞は明日架と別れた。明日架の方から別れを切り出した。

 最近うまくいっていない、そんなことは微塵も感じなかったのに、突然の別れだった。


「友詞、ごめんね。私、別れたい」

「へ?」

「ごめん、友詞は何も悪くないの。私がちょっと、疲れちゃっただけだから……」


 そんなの勝手すぎるよ、と友詞は思ったけれど、ここで引き止めると明日架はもっと疲れるだろうし、嫌われてしまうかもしれない。

 また歌を聴いて、笑ってほしいという友詞の願いは、落ち葉とともに渦を巻いてどこかへ連れ去られてしまった。


「好きな人でもできた?」

「違うのっ……!」

 友詞が思い切って聞いた質問を食い気味に叩き落とした明日架。

「そういうのじゃ……ないから」


 別れたい理由を、明日架は最後まで言わなかった。


 ──この2年2ヶ月の間に咲いた花は、すべて枯れてしまうんだなぁ。


 そんなことを思いながら、ひとりになった部屋で友詞は眠りについたのだった。いつもよりちょっとだけ多めの酒に助けてもらって、なんとか眠りについたのだった。

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