2 ロックかっぱオヤジ

「初めてUFO召喚イベントに来たけど、面白かったです。宇宙フォークジャンボリーも超楽しかった! ねっ、先輩!」

「まぁな~。B級感満載だけど、そこがまたいいのかもな~」

 ひなたと優一がそんなことを話しながら、地球が丸く見える丘展望館の玄関まで来たとき、ロン毛を後ろでひっつめた中年のオヤジにふたりは後ろからがっしりと肩をつかまれた。

「よっ、おふたりさん。UFOの写真は撮れたかな?」

「だっ、誰?」

「あれぇ? 忘れちゃった?」

 その中年オヤジは、バッグの中から、緑色のかっぱの着ぐるみを半分ひっぱり出してふたりに見せた。

「あ~っ、かっぱ屋のおじさんだぁ~」

 ひなたは大きな声で、かっぱオヤジを指さして歓喜している。

「やっと、思い出してくれたか。歌の時は一番前で見てくれてありがとうな。今度、店にも遊びに来てくれよな」

 優一は言った。

「かっぱっぱルンバ、すっごく面白かったです。さっきMCの人も言ってましたけど、おじさん、元ロックバンドのヴォーカルだったって本当なんですか?」

「あー、うん。昔の話さ。ヴォーカルじゃなくてギタリストだけどなぁ。延髄ゲリーズっていうんだけどさ~、アルバム三枚くらい出したんだけど、売れなくてな~」

 三人は話しながら地球が丸く見える丘展望館の前の道路を横切り階段を下りて、公園になっているふれあい広場に降りてきた。

「おじさん、すご~い。ロックバンドのギタリストだったなんてカッコいい。あんな着ぐるみ着てコミックソング歌ってるのにぃ!」

「なに言ってんだ。あの振り付けはモーニング娘。の振り付け担当のひとが考えてくれたんだぞー。昔はもっとロン毛でもっとずっとスリムだったし、モテたんだぜぃ」

「うっそーっ、信じらんな~い!」

 ケラケラと笑い出すひなた。でも罪がないからちっともいやみじゃない。誰も傷つかない得な性格である。

 ふれあい広場の中には、夏の花々が咲き誇っていた。花壇の中には赤い花と黄色い花がきれいに植え分けられていた。赤い花はサルビア、黄色はマリーゴールドである。白い花弁の一部に細いまだらが入っているのが、アルストロメリア。可憐な花である。それらの花々よりはるかに大きく茎は長く花弁の高さは人の身長ほどのところにあり鑑賞しやすいのがアメリカフヨウ。夏の日中にダイナミックで大きなピンクの花を咲かせて人々を楽しませている。少し離れた花壇には青いペンタスと控えめな菊に似た花ルドベキアが咲き乱れている。

 かっぱロックオヤジ、川端京二はポツリといった。

「夏の花たちはみんな懸命に生きているんだなぁ。そうそう、知ってるかい? ここは昔、レジャーランドだったんだぜ。犬吠オーシャンランドっていうのがあったんだ」

 優一とひなたは顔を見合わせた。

「全く、知りません。初耳です」

「私もぜんぜん知らな~い。ビックリ!」

 かっぱロックオヤジは自販機でペットボトルのお茶を買ってきてくれて、ひなたと優一に無言で差し出した。ふたりは礼を言って受け取った。

三人は公園のベンチに座った。川畑京二は自分の分のペットボトルのキャップを開けて一口ごくりと飲んだ。小さな虫がひなたのノースリーブの腕にとまった。蚊だと思ったら暗灰褐色のセミによく似た四ミリくらいの虫だった。背中に白い紋があった。すぐに手で払いのけた。今年の夏は虫が多い。

「今年は猛暑だけど、銚子は東京あたりに比べると気温が5℃くらい違うって言われてる。銚子は涼しいよな~。特にこの愛宕山は太平洋から海風が吹くから体感温度はもっと涼しく感じるよな」

 ひなたは、犬吠オーシャンランドという昔ここにあった施設の話を聞きたいと思った。それは優一も同じらしい。だが、ロックかっぱオヤジ川端は、はぐらかすように関係のない話をしはじめたので少しいら立った。

「さっき屋上にいたときも風がすごく強くて、晴れてるのに暑いどころかちょっと肌寒いくらいだったもん。それで、おじさん、犬吠オーシャンランドって、どんな施設だったんです?」

 ひなたはペットボトルのお茶をにぎりしめて言った。不思議と喉は渇いていない。

「五つのプールやゴーカート場、アスレチック施設、海の生活館なんていうのがあったんだ。一九七三年に開園して、夏場を中心に賑わったんだが、だんだんさびれてきてな~、一九八九年に閉園しちまったんだ」

 そう言って、ロックかっぱオヤジは寂しそうに笑った。

「なんだ~っ、ここにプールがあったんですか~。うわ~っ、入りたかったぁぁ」

 いかにも残念そうに優一はため息をついた。ひなたもイメージしてみた。もしも今まだ犬吠オーシャンランドが存在していたなら、私はきっと先輩と来ていたのだろうかと。そして優一の前で水着になることを想像してひとりで頬を赤らめていた。

「花壇にサルビアとかマリーゴールドをはじめとしていろんな草花が植わってるだろう…このあたりがちょうどプールだったんだよ」

「プールの前には引退した漁業指導船が置かれててな~、今でいうウォータースライダーっていうのかな、滑り台から直接プールにそのまま入れたんだ。大人気だったよ」

「へぇ~、船まであったんですか。見たかったなぁ」

「うん、私もそのスライダー滑りたかったぁ!」

 ひなたは頭からスライダーに飛び込むポーズを作って笑顔をみせた。

「それだけじゃないぜ。さっきまでいた展望台の横には、当時、犬吠スカイタワーっていう回転式の展望台を持つ高さ四十五メートルのタワーがあったんだ! 一階はゲームセンター、二階にはレストランと売店、三階にタワー乗り場と軽食コーナーがあったんだ」

「すげぇ! そんなタワーまでそびえ立ってたんですか。ここ愛宕山が海抜七十三メートルだから、その頂上に建ってたってことは海抜百十八メールってことですよねぇ。信じられない、その見晴らしは圧巻だったでしょうねぇ。チクショー」

 優一は指を折って計算してくやしがった。

「回転しながらゆっくり上がっていく展望キャビンは三十一人乗りでな~、今の展望台のはるか上まで上がったんだから、その見晴らしのよさっていったら、なかったな~。九十九里の海岸線から屏風ヶ浦はもちろん、鹿島灘、遠くは筑波山まではっきり見えたんだぜ」

「え~っ、回転展望キャビンとかなんかカッコいい! 絶対、先輩と乗ってみたかったな~」

 大げさにため息をついて肩を落としてひなたはがっかりした仕草をみせた。

「なんで、そんな素敵なタワーが今は残ってないんですか?」

 優一は素朴な疑問をぶつけた。

「それがな、ここやっぱり潮風がきついだろう? 昭和五十二年三月の定期検査でタワーの主要構造部の腐食が見つかっちゃったんだよ。すぐに修理って話になったんだけど、もうその時には犬吠オーシャンランド全体の経営が苦しくなっていて修繕費用の四千万円が捻出出来なかったんだ。そしてその年の六月に営業を停止。しばらくして危険なのでタワー撤去。目玉のタワーが無くなったんだからレストランとかさびれる一方で三階建てのビルも解体って流れ…」

「うわぁ、なんかもったいない…」

 ひなたはうなだれて顔を覆った。

 ベンチから立ち上がってロックかっぱオヤジは公園の中をずんずん進んでいく。優一とひなたもつられて少し遅れてそのあとをついていく。今は公園になっているふれあい広場は愛宕山の傾斜地にある。地球が丸く見える丘展望館と道路を隔てている。その道路に沿ってコンクリート製の使用目的のよくわからない建物が建っている。コンクリート製の広い階段がついていて途中で折れ曲がってふれあい広場に下りられるつくりになっている。トイレがあり、その横は休憩室となっているが天井が高く、コンクリートの打ちっぱなしで元々は違う用途であっただろうことが容易に想像できた。

「ここが元は犬吠レジャーランドのチケット売り場でそのまま階段からエントランスになっていたのさ。レジャーランドは解体されちゃったけどどういうわけだか、ここだけは残ってるんだ。ちょっと前までここにはプールの監視用はしごいすが置いてあったもんさ」

「おもしろ~い。なんかちょっとした探検みたいになってきましたね、先輩」

 そういって、ひなたは隣の優一に微笑みかける。

「ああ、愛宕山にこんな歴史があったなんてな~。ということはここは犬吠レジャーランドの残骸かぁ…」

そう言いながら、優一は歴史を感じさせるコンクリート打ちっぱなしの壁を撫でている。

「夢の跡みたいなものなのかな…」

 すこしだけ、感傷的になってひなたはつぶやいた。

「おじさん、やけに詳しいですね。なんでそんなに細かく知ってるんですか?」

 優一が、川端に問いかけた。

「そりゃあ、何故って、一九七四年の夏、俺はできたばかりのこの施設でバイトしていたんだ。そして合間にプールの横でバンド演奏させてもらってたんだ。演奏してるとうるせ~っ、ラジオが聞こえね~だろって怒られた。みんなラジオの高校野球中継の銚子商の試合に夢中だったんだ。あの頃、千葉県は高校野球が強くてなぁ…。七四年、昭和四九年は銚子商業、翌五十年は習志野が、夏の高校野球で全国制覇したんだ! “千葉を制するものは全国を制す”なんて言われたもんさ~」

「あ~、それ聞いたことあります」

「少年、話合いそうだな。もっと詳しく話そうか」

 額から汗を滴らせ、ロックかっぱオヤジは言った。

「暑いし、小腹すいてきたな。近くに喫茶店があるからそこで涼もうか。おごるぜ」

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