フィクション

空白メア

1話

「行ってきます」

朝、元気よく外を出る。その瞬間僕は沈む。玄関で息継ぎは出来てもドアをパタリと閉めて外の世界に向かうと、もう息が出来ない。歩く度に水深が増していき学校に来る頃には光が見えない深海にたどり着く。そこは神秘的なものは何ひとつもないただ暗くて寒い孤独な空間だ。

しかし、今日は転機があった。

「転入生を紹介します」

先生の声を聞いた瞬間クラスの皆はソワソワし出す。僕には関係ない。けど、耳を傾けてしまう。先生の横にはセミロングの髪の女の子がいた。ブレザーに変わったリボンを身につけている。うちの学校の女子の制服はセーラーだから前の学校のものだろう。

「名古屋から来ました呉橋くれはし 聖羅せいらと言います。よろしくお願いします」

日本三大都市のひとつに居たのなら、それは変わった制服があってもおかしくないなと納得してしまう自分がいた。呉橋さんは窓側の最後尾に座るように先生に言われる。別に僕は隣という訳では無い。しかし、僕の席は呉橋さんの席と同じ列ではあるので、彼女は必然的に僕の横を通る。その際に

「放課後、図書館に来て欲しい」

と聞こえた気がした。振り返ると彼女は既に席に着席していた。空耳だろうか、他の人たちは聞こえていないようだった。

放課後。僕は気になり図書館に来ていた。聞き間違いだったら適当に本を漁って帰る気だった。

「来てくれたんですね。嬉しいです」

後ろをむくと呉橋さんが居た。

「え、あ、うん。」

「ありがとう。じゃぁ、座って話しましょうか。」

そう言って彼女は適当に本棚から文庫本を取り、テーブルの端に座る。僕をその横に座るように促す。

「まず名前を教えてくれない?私は改めて言うと呉橋聖羅よ。君は?」

長崎ながさき 光輝こうきだよ」

「そう。よろしくね長崎君。」

「あの、話って」

僕は彼女との接点が何一つ無い。昔あったことがあるのに忘れちゃったの。なんて、漫画みたいな展開がある訳でもないだろうし……

「あなた、いじめられてるんじゃない?」

僕は唐突にそう言われドキッとする。

「ど、どうして」

「なんとなくそう思うの。…前の学校に同じような…子がいたから。」

と顔を俯けながら呉橋さんは言う。前の学校に似たような子がいたのか。それとも呉橋さん本人か……

「そうなんだ。」

「どうしてか教えてくれない?貴方の力になれたら嬉しいわ。」

僕は初対面にどうかしてる。もう疲弊しきってるのかもしれない。だから、僕は彼女に事実思いを吐き出した。

「僕、小学校から水泳やっててそれでよく表彰されてたんだ。それをよく思わなかったクラスのボスみたいな奴が僕に変なあだ名をつけたんだ。」

「変なあだ名?」

「うん。河童ってね」

自分で言って悲しくなる。なのに口角は糸で釣られたように上がる。

「河童?」

「水泳をやってるとね手の指の間と指の間の所に水掻きみたいなのが出来るんだよ。それで河童。そこから、それによるいじめが起きたんだ。みんなして河童、河童って笑って、それの名残で今も続いてるって訳。」

入学してすぐはみんな仲良くしてくれたが、直ぐに逆戻りだ。あと二年続くのか。辛いな

「そんなことで?」

「そんなことなんだよ。小学校のいじめは。それにまだ小六から一歳しか歳をとってない中一だよ。しょうがないよ。それにそいつは今もこの学校いるしね。そいつは今は辞めてしまったけど、水泳を習ってて自信があったみたいで、自分が賞を取れないで僕が取れてるのが嫌だったんじゃないかな。」

「そっか。まずはそうだな。長崎君の口ぶりだとまだあなたは水泳を続けてるの?」

「そうだよ」

「そしたら、それを手に使いましょう。」

「無理だよ。どう頑張っても」

そう、どう頑張っても僕の評価は河童だ。それ以上でも以下でもない。

「そんな事ないわ。うちのクラスの田上たがみ 未来みくるちゃんって知ってるわよね。」

知ってるも何も未来はうちのクラスのマドンナだ。頭脳明晰で運動神経抜群。絵に書いたような素敵な女の子だ。そして、僕の数少ない幼なじみだ。ああ、もしかしてこれも僕が僻まれる理由なのかもしれない。容姿端麗でなんでも出来る未来と水泳しか取り柄のない平凡以下の顔立ちであろう僕とだとどうしたって不釣り合いだ。

「知ってるも何も…」

「そうよね。彼女から聞いたわ。その幼なじみサンは実はカナヅチだとしたら?」

「まさか。未来に限って」

未来は普通に幼稚園や学校の水泳に出ていた。…いや、待てよ未来は小五から水泳の授業に参加していない。正確には見学だけども。多分、女の子日なのだろうと思っていたが、よく良く考えれば週に三回、それを一ヶ月半やってるのに一回も出てないのはおかしいか。

「田上さんはある日を境に恐怖が生まれて泳げなくなったそうよ。あとはどうするかあなたが決めて。」

そういう彼女の後ろにはいつの間にか未来がいた。

「い、いつの間に」

「ねぇ、長崎。教えてくれない?クロールだけでもまた泳げるようにしたいの。」

そこから、僕はコミュニティーで未来と泳ぐ練習をした。自分の泳ぎを見直すいい機会にもなったし、そのおかげかタイムも0.2秒の差ではあるものの自己ベストを超えた。結局未来の泳げなくなった理由は友達と海に遊びに行った時に彼女が泳いでる途中に足をつって溺れかけたことがあったのだと。でも今はそんなこと関係なく恐れず彼女は泳げている。

「最近元気ね」

呉橋さんに下校中そう言われる。彼女とは良い友人関係を築けて今でもよく話している。

「まぁね。あ、そうそう。僕未来と付き合うことになったんだ。」

そう言うと彼女はわざとらしいくらい驚いた表情をして

「良かったじゃない。わたし全然知らなかった。」

「それは、内緒にしててって未来に言われたから。」

「そうなの。ねぇ、長崎君。この話を本にしてみない?」

「え?」

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