第10話 承認欲求を満たす哀れな女の物語②

「小口さんがSNSで小遣い稼ぎしてるんだって」


 更衣室で化粧を直していると周りからの雑談がが聴こえてきた。

 女子はこの手の話が好きなのだ。


「なんか、欲しいものリストねだってんでしょ。ちょっと引くよねー」


 今流行の買って欲しい物をリストにして、男性に貢がせる例のアレだ。

 それをやる本人にも引くが、こんな女にわざわざ金を出す男にも引く。だってこんな女に出す金なんてドブに捨てるようなもんだ。たが金をドブに捨てるのは些か勿体ない。なのでコンビニのレジの横にある募金箱に入れた方が有意義な使い方だと思う。


「おはよー」


 話題の本人が気だるそうに入って来た。


「お、おはよ」


 周りの人達は少し気不味そうに返した。まぁ、さっきまでdisってたんだから当然だろう。そしてそれを知らない本人はその子達に今日も自慢していた。


「見て見てー。今日この人にSNSでリプ貰っちゃった。有名だから知ってるでしょこの人? SNSで人気あるんだよねーこの人」


 有名人に絡まれたことがそんなに名誉なのだろうか。その人が一般人なのか芸能人かは知らないが、そんなに嬉しいものなのだろうか。私には到底理解出来ない考えだ。私がSNSでリプを貰って喜ぶのは精々キミ・ライコネン位だ。あるいはセバスチャン・ベッテルも喜ぶかもしれない。要は余程の事が無い限り私は喜ばないのだ。だってそれは他人なのだから。私は会ったことも無い人からコメントを受け取って喜ぶ人間ではないのだ。

 そういう考えを人に言うと、よく感情が乏しいと周りから言われるが、私からしてみたら会ったこともない他人によくそこまで感情的になれるなと思っていた。

 そして、それからも空気を読まないで自慢する小口に周りは愛想笑いで場を凌いでいた。そんな状況にこの子達にはこんな私でも心から同情した。



 そして、数日過ぎた頃更衣室でこんな情報が流れていた。


「小口さん暫くお休みするんだってー」


 周りはそんな話を聞いた。事情を聞くとどうやらまたSNS絡みでトラブルに巻き込まれたそうだ。その内容は実に低俗で説明するのも時間の無駄な気がする内容だ。それでも簡潔に説明をすると、用は男性の恨みを買ったらしい。

 まぁ、当然の末路だろ。

 色んな男に強請ねだったり、自慢したり、恨みを買うような事をいくつもしてきたのだから自業自得だ。

 ただSNSとは怖い物だと感じた。ほんの少しの写真からマンションや居場所を特定され、ストーカーをされる。それが小口が受けた被害だ。恨みとは怖い物だ。そこまで人を動かすエネルギーにもなる品物らしい。

 ただ小口は軽い暴行だけですんだらしい。顔に少し殴られただけで済んだのだから、不幸中の幸いだ。

 そんな仕打ちを受けた小口に対して、ケラケラとバカにするコイツらは小口以下の人間だなと私は思った。

 本人に直接言えないのに、居ない時にはそんな事をべらべらいう、こういう人達にも私は嫌悪感を覚えたのだった。



 それから数日後


「おはよう」


 小口が更衣室に入ってきた。

 いつも胸元を強調してた派手な服を好んで着ていたが、この日はただのTシャツとジーパンとラフなスタイルだった。あんな事があったからか、原因はわからないが心境に変化はあったのだろう。

 周りの女子は彼女を腫れ物の様にして扱い、ヒソヒソ話でニヤニヤしていた。このどうしようもない状況に私のストレスは急激に溜まっいった。


「小口さんおはよう。話聞いたけど大丈夫だった?」


 この場であっけらかんと小口に話しかけたのは祐希だった。


「うん。まぁ、大丈夫かな。もう、SNSとか色々辞めたどさ。もう、いいかな。私も悪いし」


「そっか。なら良かったじゃん。私もああいう女子の気持ちは分るけど、本心は嫌いだったから」


 遠慮のないストレートな言葉を、あっさり言うのが祐希だ。私はだから気が合うし好きなのかもしれない。

 それを聞いてた小口は無言で俯いていた。まぁ、今思えば少々やり過ぎだったと自覚しているのだろう。

 ブランド物を買っては女子へと自慢し、胸元を見せては男性に媚びを売る。犯罪でもないが、見ている周りは良い気持ちになる行動ではないのだ。


「今日ラストまででしょ? なら終わったら飲みに行こ、小口さん」


「えっ?」


 小口は困惑しながら、顔を上げた。その表情は以前の小口と別人の様だった。今の彼女は自信が無い、そんな様な感じだ。


「こういう時はパーと飲むのが一番でしょ。だから飲みに行こ? 別に嫌ならいいけど」


「嫌じゃ無いよ。行きたい」


 小口は首をフルフルと横に振った。


「そっか、なら行こうか。莉奈はどうする?」


「いいよ。行こうか」


 無表情で私がそう言うと、周りの人が驚いた表情をしていた。そしてその誰よりも驚いた表情をしたのが小口だった。

 まぁ、無理もないだろう。私は小口が嫌いなのだから。祐希はともかく、人付き合いが悪い私が飲みに行くことはあまりない。

 ただ、私にも行くには条件があった。だからそれを伝えた。


「行ってもいいけど、映えるとかそういうの嫌いだから、普通の居酒屋にして。SNSやらないし」


 私は少し優しい表情で小口に言った。

 すると小口もようやく少し笑みを浮かべ


「朝からそんなオシャレなとこないから」


 と少し笑った様な、嬉しそうな表情を浮かべたのだった。

 そしてそれ以来彼女が承認欲求という欲に縛られることはなくなり、健気に笑う年齢相応の普通の女の子になったのだ。

 そして、それ以降も小口は


「ねぇねぇ、コレ見て。この垢面白いよ。料理動画を紹介しているんだけど、これ美味しそうじゃない?」


 と性懲りも無くまたSNSを再開していたのだが、今度は色々な情報収集用に使っているらしい。小口も以前の様にSNSで胸の脂肪を見せびらかすことはしていなかった。

 私は小口の見せてもらった、伸びるチーズマッシュポテトの動画に興味がそそられて、初めてSNSをやってみようかなとか思った。


「ねぇ、小口その垢の名前なに?」


 そう聞くと祐希が猫の様に現れ


「なになに、莉奈がSNSやんの! なら私のフォローしてよ! ほら、これ!」


 と私と小口に見せた自分の垢の写真を見せてきた。

 その写真には訳分らんマスクを被ってピースしてる写真だった。


「なにやってんの……」


 私は手を頭にやり、やれやれという感じでうなだれていたが、その写真がなんだが面白くて自然と3人で笑っていたのだった。

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