第8話 人形少女②

 さて、皆さんは初対面の中学生から「私アイドルです」と言われた経験はあるだろうか?

 無論僕はない。今回が初めてだ。というかこれからの人生でこれが最初で最後になるシチュエーションだろう。そんな非現実的な状況で僕はこう答えるのが精一杯だった。


「へ、へぇー。なんかスゴイね」


 随分浅い回答だったとは思う。ただ同じ状況になったら9割の人間がそんな様な回答になるだろう。


「はい」


 そう言ってホットティーを一口飲んでいた。


「ですが、別に有名ではありません。つい最近なったばかりなので」


 その言葉に少し安心した。もし有名なアイドルだったら僕は緊張のあまりなにも喋れなくなるだろう。まぁでも僕はアイドルには全く興味がなかったので有名アイドルと言われてもわからなかったし状況は変わらなかったかもしれない。


「そうなんだ。でも中学生なのにアイドルなんてスゴイね」


「いえ、別になにも凄くないですよ。ただ言われるがままやるだけなので」


 なんか悲しい言葉だなと思った。でもアイドルになること自体スゴイ事だと思うのでスゴイと言えばやはりスゴイ事なのだ。


「言われるがままって、なんか演技とかするの?」


「はい。メディアの対応も曲の踊りも色々あります。でも私は言われたまま演じる事しか出来ないので」


 少し悲しげに言う辺り思う事はあるのだろう。


「演じる事はそこまで悪いことではないんじゃない?それがちゃんと出来れば立派な才能だよ」


 と僕は彼女をフォローした。そしてその言葉は自分を偽って出た言葉だと理解もしていた。


「ただ操られるだけです。自分を押し殺して演じるただの人形です」


 そう言った彼女の言葉は僕の胸に突き刺さった。

 僕の素直な考えを言うと、それは死んでいるようなものだからだ。自分を出せない、自分がないなんてそれは生きている意味なんてない、そんな考え方が僕にはある。だから彼女の言葉が僕の心に響いたのだ。


「じゃあなぜアイドルやってるの?」


 僕はどうしてもその答えが聞きたくて質問した。もしそこまで思うのなら辞めれば済む話しなのだ。無理にやる必要もない。


「他になにもないから。私には将来やりたいことも、夢とかも。だからここならそれが見つかるかもしれないと思って、変えれるかなと思って」


 これは正真正銘の本音だろう。今彼女の言葉が乱れたのがいい証拠だ。今まで敬語を崩さなかったのに、所々タメ口になっている。


「ありますか?貴方にはやりたいこととか夢とかありますか?」


 僕は彼女に聞かれた。正直その質問は僕にとっては一番辛い質問だ。


「ないよ。なにもない。君と一緒だよ」


 僕はそう優しく言った。

 なにもない、なにもないから僕はこんなつまらい人生を終えたいと思っている。ただ彼女にはその様になって欲しくはなかった。もっと前向きに強く生きて欲しいと思った。


「見つかるといいですね。やりたいこと」


 彼女も優しく言った。僕は自然に笑みを浮かべ


「そうだね。君も見つかるといいね」


 とだけ言った。

 するとテーブルに置いてあった彼女のスマホがブルっと鳴った。彼女はスマホを確認して窓の外を見た。すると停車している1台の車から女性が傘をさして降りてきた。きっとこの人が彼女のマネージャーだろう。


「迎えが来たみたいです。今日は本当にありがとうございました」


 彼女は立ち上がりそう言って綺麗な姿勢でお辞儀をした。


「うんいいよ。頑張ってね応援してるよ」


 そんな社交辞令を言うと彼女は少し微笑んで出口へと向かって行った。そして急に僕の方を振り返り少し大きな声でハッキリとこう言った。


「あの、名前聞いていいですか?」


 そう聞いてきたのだ。


「沼倉だよ。沼倉 信。君の名前は?」


「私は朝倉 舞です」


「へぇ、良い名前だ。どこかで君の名前を聞けることを楽しみにしているよ」


 そう言うと微笑み、というより無邪気な笑顔を見せた。それは年齢相応ないい笑顔だった。

 僕は彼女が車に乗る様子を席から見ていた。そして曇りだった空に薄ら日が差し込むのを見て


「晴れるといいね」


 そう彼女に向けて呟いたのだった。

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