第5話 終末少女②

「これいいんじゃない?」


 僕達は溝の口にある駅前に買い物に来ていた。そして今昨日彼女となった莉奈に洋服を選んで貰っている。なぜそうなっているかというと「私がお金出すのだから選ばせて」と言ったからだ。僕は昔からオシャレには疎いもんで選んでくれる事に関しては嫌ではなく寧ろ嬉しいもんだった。


「うん。これで良いと思うよ」


 そう選んで貰った長袖のシャツを持つ莉奈に言った。まだ4月なので夜は肌寒く長袖が丁度良いのだ。


「そう。ならパンツは」


「パンツはオレに選ばせて!」


 流石にパンツくらいは自分で選びたい物だ。特に拘りはないが、もし莉奈がものスゴイど派手なパンツを持ってきたら嫌だったのだ。そんな事はないと思うがもしもの事を考えて阻止しておいた。


「私的にはそこのハイビスカスのパンツとかいいと思ったのに」


 嫌な予感は的中した。コイツはあのハワイアンみたいなパンツを履かせるつもりだったらしい。とんでもない女だ。


「なんであんなど派手なのがいいんだよ。普通でいいんだよ。黒とか紺色とかさ」


 理由なんてなんとなく理解していた。莉奈とはまだ出会ってそんな時間は経っていないが濃密な時間のせいかもう随分長く一緒にいる、不思議とそう思えるのだ。そのせいかわからんが、彼女の考えることが少しは理解出来てきた。そして僕の問いにはきっと「浮気防止」とか言うのだろう。


「そりゃあ、浮気防止で」


 僕にも透視能力が身についたのだろうか。ドンピシャである。もしかしら、もう彼女の考える事がわかってきたのかもしれない。


「あと、ハワイとかなんか好きだし。普通に好きだから」


 前言撤回。コイツの感性はまだ理解していない。どんな感性しているんだ。


「それは却下で。オレはこの紺色にする」


「あら、そうなの」


 そう言って選んだ洋服と下着を莉奈に買って貰った。そして店から出て百貨店の出口に向かった。すると横にある小さいアクセサリーショップで莉奈は立ち止まった。


「ピアスたくさんあるね。どれか買おうかな。祐希喜びそう」


 確かに祐希は喜ぶかもしれない。祐希は片耳に5個位穴がありピアスをたくさん身に着けている。そんな女子なのだ。


「確かにね。喜ぶかもしれないね。てかあそこまで穴多いと見た目が病んでそうだよね。実際は違うと思うけど」


 僕の想像では「病んでる少女=ピアスが多い」という勝手な思い込みだ。実際は違うと思うが僕の中ではそういうイメージなのだ。


「病んでもないしメンヘラでもないと思うけどね。ただの病み女子でしょ」


「いや、それ病んでるよね」


 そんな意味もわからい会話をしながら祐希を勝手に病み女子認定し、ピアスを買っていたのだった。

 そして買い物を済ました僕達は歩いて帰っていた。


「ねぇ、何歳までに死にたいの?」


 そう歩きながら僕は聞かれた。


「27歳くらいかな。ロックミュージシャンぽいし」


「ロック好きなんだ。そういえばギター弾けるって祐希言ってたもんね。昔一緒にV系のバンドやってたんでしょ?」


 V系のバンドは僕が上京してすぐに2年ほどやっていのだ。祐希はV系が好きでボーカルを担当していたが、僕はV系にはそこまで興味はなかった。


「うん。まぁ軽くね」


「そうなんだ。でもあと7年かぁ」


 7年は長くて嫌なのだろうか。随分早く死にたがるなと思った。


「莉奈は何歳まで生きたいの?」


 そう尋ねると即答で


「あと2年位で十分」


 そう言ったのだった。2年とは随分短いと思ったが、よく考えてみるとそこまで悪くない年数なのかもしれないと思った。


「2年か。でも悪くないかもしれないな」


「そう?本当にいいの?」


「うん。そうすれば学生のまま呑気に過ごして人生終えれるし、悪くないと思う」


 社会に出るのは少しは興味があるが、周りの話しを聞くにそこまで楽しそうだとは思わなかった。僕はゲームプログラマー科にいるが、卒業生の先輩からは「ゲーム業界はマジでブラック」と耳が痛いほど聞かされていたのだ。なので社会に出る前に死ぬことはそこまで悪いことではないと思ったのだ。


「そう。なら2年後に死のうか。2人で仲良く」


 そう少し嬉しそうに言った。この文面で嬉しそうに言うのだからこの女は相当サイコパスだなと思った人は多いかも知れない。でも死にたい人にとってはそこまでサイコパスでもないのだ。寧ろ僕にとっては生きたくもないのに頑張って生きている人達の方がよほどサイコパスに見える。それが素直な気持ちだ。

 そして、僕は肝心の事を彼女に聞いていなかった。肝心な事とは莉奈が死にたい理由である。


「莉奈はなんで死にたいの?」


 僕はストレートに聞くことにした。


「ないしょ」


 無表情にだけど悪戯ぽく言った。そして僕はそれ以上聞かない事にした。きっと彼女にはなにか深い理由があるだろう。僕みたいにただ「つまらないだけ」という事ではなく。


「これで私達の余命は2年になったね。まるで終末患者みたい」


「それは終末患者に失礼じゃないの。あの人達は生きたいのに余命宣告されたんだ。僕達とは違うだろ」


 珍しく僕は正論を言った。僕達は端から見れば命を粗末にしようとしている、どうしもうない若者なのだから。


「だったら生きたくないのに生きてる人はどうなの?そんな人達はどうしたらいいの?」


 そう言った莉奈は悲壮感に溢れていた。確かにそうとも言える。この世界には「生きたい人」はたくさんいるだろう。でもきっと「生きたくない人」だって山ほどいるんだ。その事を僕が一番わかっていた。きっと両者は分かち合えないのだろう。「生きたい人」にとって「生きたくない人」の事なんて理解出来るはずもない。その逆も然りだ。多分この論争は無駄に終わる。

 ただ人の死を重く受け止め、命は大事にしろという事は偽善なのだ。この世界にはドラマ、映画、アニメ、小説全てに「死」は感動を誘う演出として扱われている。日々たくさんの人間が自分の作品の為に人を殺している。それが現実だ。

 たくさんの作品で今日も誰かが演出の為に殺される、「ならいいじゃないか僕達が死んだって」そんな風に僕は考えていた。

 だからかなんなのかわからないが、僕はそういう価値観の人間だ。だから莉奈の悲しげな顔を見て胸が辛かった。


「確かにね。だから一緒に死の。2年後に」


 そう僕は答えた。


「ありがと。だから余命は楽しまないとね。悔いがないように」


 少し笑みを浮かべ莉奈が返した。正直悔いなんてない。僕には背負う物も大切な物も未来への期待も希望もない。だからいつ死んでも悔いなんてないのだ。だから死への恐怖は特になかった。だが今それが少し揺らいだ。「大切な物」そんなもの作らないつもりだった。だけど、今僕には大切な物があるような気がした。いや、気がしたのではい。出来たのだ。今この瞬間に。


「そうだね。そうしよう」


 僕はそのことをそっと胸に閉まってそう答えた。


「これで私も終末少女ね」


 少女とは何歳までの事を指し示す言葉なのだろうか。22歳の莉奈には「少女」と呼べるかは僕にはわからなかった。だけど


「終末少女。なんか言い響きだね。嫌いじゃない」


 そう答えた。

 そして帰り道に僕は初めて莉奈と手を繋いだだった。

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