第20話 怒り

 慌てる様子もなく落ち着いている鉄摩テツマさん。


 ここって、パソコン室になるのかな。


 二十畳くらいの広さがあって、壁際にモニターやらキーボードがたくさんある。


 たぶん、研究したデータをここでまとめたりしているんだと思う。


 その奥で、鉄摩さんはこちらを見ながら立っていた。


光髪こうはつがないとはいえ、複数の利羅リラ狼羅ロウラを撃破するとはな」


「大したことじゃねえよ」


「いやいや、謙遜けんそんすることはない。素晴らしい戦闘力だ。さすが火狩ひかりの人間だ」


「……」


 鉄摩さんの言葉に、ほむらちゃんの目つきが変わった。


「火狩。古来より日本を守護してきた火水風かみかぜと呼ばれる集団のうち、とくに炎を操る一団だそうだね。世界大戦でも戦線に参加することはせず、日本を魔法の側面から防衛したと言われている、侵入者を狩ることに特化した者たち。それが君の正体だろう?」


「……」


「噂では三発目の核使用を阻止したと聞くが、本当かね?」


「……」


 いろいろ言って試す鉄摩さんだけど、ほむらちゃんは答えない。


「ふむ。それで、そんな君が何故ここへ来たのかね? 用があるのはニニの持つ球体あれだろう?」


「……」


「まさか、私の研究データを狙っているのかな?」


「そんなものに興味はねえ」


「ほほ、これには即答か。ならば目的はなんだというんだ。球体が欲しければ、君の戦闘力に免じて渡しても良いと思ったんだが」


 え?


「私も研究者の端くれ。他の誰も持ちえない研究材料が目の前にあるということで、ついつい欲張ってしまったが、ある程度のデータは取れた。それで良しとし、不足分は独自に研究するよ」


「……」


「おや、不満かね」


 ほむらちゃんの表情は変わらず、鉄摩さんは、違うのかみたいな顔。


 そうだよ。


 違うんだよ、鉄摩さん。


 ほむらちゃんがここへ来た理由は。


「──分かってねえようだから言ってやる。ニニのことだ」


「ニニ?」


「てめえ、制御がきかなくなるの分かってて見殺しにしたろ」


「なんだ、そんなことか。だとして、いったい君に何の問題があると言うのかね? それにニニはいくらでも造れる。それこそ、君が倒してきた水色の量産機と同様にだ」


「そういうことじゃねえ。いくらでも造れる理屈でいくなら、てめえも代わりがいるから死ねと言われたら死ねるんだよな?」


「なに?」


「あの時だってそうだ。ニニは泣き叫びながら訴えていた。止めてほしかったんだ。それでも続けていたのは何でだと思う? 信じていたからだ。その思いを踏みにじったてめえを、俺は許さねえ……」


「確かに一理ある。だが、代替可能な存在であれば、相手にそのセリフを吐かせることはないだろうし、自分が造ったものをどうしようと勝手ではないのかね」


 怒りが込められたほむらちゃんの言葉にも平然とし、鉄摩さんは、何を言っているんだ、というかんじ。


 一個人の気持ちや、自分がその立場だったらと考えてもいない。


 消費する上位者と、消費される下位者があって当然と思っているんだ。


「だろうな。てめえには一生、分かんねえよ!」


 ほむらちゃんが殴りかかろうとした瞬間、室内の照明が消えて真っ暗になった。


 ──そして、正面と左右に気配。


 ヒュン。ヒュン。ヒュン。


 ボッ!


「ぐわっ……」


 ガッ、グルーン、ドサッ。


 ヒュン。


 バシ。


 ブーン。


 ガシャーン。


 ボッ!


「うぅあああぁ……」


 ──ドサッ。


 ピュン、ピュン。


 ズム。


「うっ……」


 ブオオオォーー!


「あああぁぁ……」


 ──ドサッ。


 ヒュン。


 バシ、ブーーン。


 ガッシャーーン!


 ボッ、ボッ!


「ううぅっ……」


 ──ガクッ。


 ……。


 ……。


 ……。


 パッ。


 照明が戻ったわね。


 急に暗くなって素早い戦闘が始まったから、音だけみたいになったけど──。


 たぶん、刃物が一斉に振り下ろされて、ほむらちゃんは後ろへ回避。


 同時に正面の刺客に炎を浴びせ、ひるませた。


 そして、左側にいた刺客の足を払って転倒させ、右側にいた刺客が斬りつける手を掴んで投げ、モニターなんかを巻き込んで叩きつける。


 そこで仕留めようと、ほむらちゃんは炎を放って追撃し、意識を奪う。


 転倒した刺客は小さな武器を投げるけど、その時にはほむらちゃんが跳びこんでいて、お腹に右膝を撃ちこみ「うっ……」てなったところへ炎のサマーソルトキックをして倒した。


 炎を浴びせられた刺客は、体勢を立て直して刃物を振るけど、その勢いを利用してほむらちゃんは刺客を投げ、大きな画面に叩きつけると、とどめの炎を放って魔力や気力を燃やすかたちで無力化した──、ていうかんじじゃないかな。


 で、床に倒れているその刺客なんだけど……、雷羅ライラちゃんの量産型みたいね。


 刃物は刀だったんだ。


 三人とも、戦った雷羅ちゃんと容姿や服装が一緒。


 違うとすれば、服の色が少し薄い黒かなってところくらい。


 さすがに水色ではなかったわね。


「忍者までいやがるのか……」


 呟くように言う、ほむらちゃん。


 あ、そうか。


 ほむらちゃん、雷羅ちゃんとは会ってないんだもんね。


「雷羅でもかなわぬか」


 余裕があるみたいに言うけど、鉄摩さんの表情には焦りが見える。


「助けを呼ぶなら今のうちに呼べ。全員、叩き潰してやるぜ」


 言いながら、ほむらちゃんは鉄摩さんに近づく。


「ふ……」


 そうはならんよと言わんばかりに、瞬間移動しようとする鉄摩さん。


 だけど──。


「!? 身体が、動かん」


 能力が発動しないどころか、身体も動かなくなって動揺している。


「逃げられやしねえぜ。てめえは、俺の炎を見ちまったからな」


「何だと?」


「俺の炎には羂索けんじゃくの効果もある。暗い中、はっきりと見えただろう?」


「ぬ……」


 ほむらちゃんは不動明王の炎で雷羅ちゃんたちを倒したけど、不動明王って左手に悪を縛り上げる縄を持っているのよね。


 そして、ほむらちゃんの使う古武術、不動龍炎武ふどうりゅうえんぶは、その効果がある縄がなくても、炎だけで身体を拘束することができるらしい。


 条件とかいろいろあるみたいだけど、そうやって鉄摩さんの動きを封じたんだ。


「さあ、覚悟しな」


 一歩一歩、確実に近づくほむらちゃん。


「や……、やめろ……」


 鉄摩さんは涙目になりながら訴える。


 けど、そんなのお構いなしに、ほむらちゃんは炎をまとった右拳を振り上げた。


「おらーっ!」


「……!」


 ……。


 ……。


 ──寸止め。


 ほむらちゃんの右拳は鉄摩さんの顔面、すれすれで止まった。


「てめえを信じたニニに免じて、ここまでにしてやる」


 そう言うと、ほむらちゃんの右拳から炎が消えて、静かにその手を戻した。


「……」


 あまりの恐怖に鉄摩さんは気絶。


 ほむらちゃんが振り向いて去ると、拘束が解けた鉄摩さんは前のめりになって倒れた。

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