第5話 ライトビンタ

 能力はあるけど、社会人でもある大人の女性。


 香澄さん。


 ゆっくり、こちらへやって来た。


「これが本当の私。この病院に務める看護師、堀北香澄です」


 あらためて自己紹介をする香澄さん。


 そして──。


「ごめんなさい」


 立ち止まると、香澄さんは勢いよく頭を下げた。


「友達を助けるのに必要だと分かっているのに、返すどころか奪うような真似をして、本当にごめんなさい!」


 ──悪気はない。


 患者さんのために歌を歌っていたんだし、それで元気が実感できればなおのこと。


 多くの人のためになるのはいいけど、それとこれとは別の問題だ。


「香澄さん……」


 小さく呼びかけ、顔を上げさせる聖名夜みなよちゃん。


 右手の平を大きく振った。


 パシッ。


 聖名夜ちゃんのビンタ。


 だけど振り抜いたわけじゃない。


 その手はほっぺで止まっている。


「私は友達を助けたい」


「……」


「大きな力を受け継いでもおごらず、困っている人に手を差し伸べ、笑顔を見せる友達を助けたい」


「……」


「その友達のために私は全力を尽くす。どんなことをしても助ける。あなたを倒してでも」


「……」


「だけどあなたの気持ちも分かる。だからここまで。これ以上、追及しないわ」


 そう言うと聖名夜ちゃんは、そっと手を離した。


 結果、酔っ払いの大人がやんちゃして、酔いがめたら謝罪するかたちになったわね。


 でも、歌に込められた思いは本物。


 きちんと謝ってくれたし、歌に関しては応援したい。


 もう一度、香澄さんの歌を聴きたい。


 ちょっと、いろいろあったけど──。


 私は、許す!


「!?」


 すると、香澄さんから渡された球体が一瞬、光った。


 それに反応して香澄さんの胸元からも小さな光が輝いて、静かに浸潤しんじゅん


 香澄さんの中へとけ込んでいった。


氷高ひだかさん……、これ……」


「そういうことね」


 驚きつつも理解する二人。


 私のチカラに影響されたことと、私の気持ちが伝わって、新たな能力が覚醒したんだ。


 それは球体がなくなっても歌で元気づけられるもの。


 そもそも球体を持ったからって、力を手にしたからって、普通は歌を歌おうとは思わない。


 看護師さんなら直接、患者さんに効果があることをしようと考えるんじゃないかな。


 だけどそうしなかったのは、アイドルの意識もあっただろうけど、そのだ。


 扉は開かれた。


 香澄さん、いつでも患者さんのために歌を歌えるよ。


「氷高さん……、ありがとう……」


「お礼は友達に言って。あの子が許して、応援しようとしてのことだから」


「ありがとう……」


 胸元に両手をあて、深くお辞儀をする香澄さん。


 これからも歌を歌ってくれればいい。


 この身体を元に戻して、あらためて聞きたいな。


「それじゃあ、私は行くね」


「ええ。お友達が無事に戻るよう、祈っているわ」


 うなずいて答えると、聖名夜ちゃんは夜空へ飛んだ。


 その背中に向かって、香澄さんは最後まで見送った。

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