第34話


 あれ?雪降る間はゆっくり過ごそうとしていたハズなのに何でこんな忙しいんだ?


 暖炉の前でパズルとか読書とかして過ごす夢はどこに?パズドラやりてぇなぁ…… ログインボーナスとかどうなってるんだろう。世の不条理に文句を言いながら魔導除雪車の上から降りて肩や頭に積もった雪をパッパと落とす。


 しかし、普通なら凍死してるなこれ……


 ストレージ内の物で緩く暮らすハズの人生が随分とズレている…… ?焦りに似た何かを感じながら俺達は新たな仲間アムちゃん虎娘と共にスノーエンドの町に戻ってきた。


 なんでアムちゃん虎娘だけ?と思うだろうけどスノーエンドの町で虎獣人村の生き残りを迎え入れる為に住む場所を用意をしないといけない。


 虎獣人の村は聖なる結界があるし食料もあるから大丈夫と送り出される感じだったし、スタンピードで亡くなった人たちの墓を作ると動きだしている。これは部外者だからと早々に村から出る事にした。死は厳(おごそ)かに、だ。


 行ってきて戻ってという強行軍(ハードスケジュール)で目の回るような1日だ。除雪車の上でバランスをとるのも疲れるし次がない事を祈るばかりだ。なんか今の俺は車の上に登りたがってる人みたいだなウェーイ。



 「アムちゃん虎娘は村にいなくていいのか?」

 「わたしは、ヒロに嫁に来たんだ!もちろんヒロと一緒にいるのは当然だ!一緒にいるのが嫌か!!?」

 嫌じゃないです。嫌じゃないんですがリーナリアが…… リーナリアがぁぁぁ!


 ゆらっ…… ゆらっ……

 確かな足取りだけど…… リーナリアがおかしな事になっている。スクロールで聖魔法使いになっているはずなのに…… 黒い、何かがおかしい。


 …… [鑑定]

 [暗黒魔法]嫉妬に狂う情熱により生まれた魔法。

       闇魔法とは別。

       身体の強化値が大幅に上がる。


 リーナリアから溢れる黒い靄(もや)を鑑定したらこんな事に…… 魔王とかそんな感じの能力(アビリティ)じゃね?


 「ああ!そうそう!リーナリア姉さん!」

 「ふぇ!?姉さん!?」

 アムちゃん虎娘の言葉にリーナリアが驚く。

 

 「そう!リーナリア姉さん!わたしの村では一夫多妻が普通だからな!先に嫁に入った女が姉だ!よろしく頼むリーナリア姉さん!」

 「姉さ…… さん?私より大きいのに姉さん?」

 「え?ヒロと結婚するんだろ!?リーナリア姉さん!?」

 …… コクン

 リーナリアが呆気にとられながら頷(うなず)く。え?頷(うなず)いちゃうの!?


 「え!?」

 困惑して思わずアムちゃん虎娘の言葉に反応してしまう。

 「ヒロ、そうね、妻が1人とかでは収まらない人なのかもしれないわね…… そうね!そうだわ!」

 リーナリアが復活していく……


 一夫多妻もアレだけど、これはダメだリーナリアがおかしくなる予感がする。

 「そう…… そうそうそう!嫁同士だもんね!で、でも第一夫人!正妻として言うけど!あまりヒロに近づいちゃダメだぞ!」


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 ほら、リーナリアが耳をピコピコ動かして何かを企み出した…… あ、黒い靄の[暗黒魔法]が引っ込んだ。


 しかしアムちゃん虎娘もいい子すぎるな…… 部族の掟のように俺に嫁ぐとかだろうか?その辺、まだ聞いてないけども…… 嫌々な人と生きるとか苦痛だぜお互いにな!


 この世界は文化的に若者に多様性を与えていない。強引な家父長制があり子供に結婚相手を宛(あ)てがうなんてザラ。サリンジャーのライ麦畑でつかまえてや、モンゴメリの赤毛のアンのアンシャーリーみたいに、若者の苛立ちに対する共感と自己愛に肯定を示す物語などがない。


 俺は巨乳ちゃんが嫁にくるのが嬉しい反面で、家族集団や地域から上意下達(トップダウン)での言いなりは良くないと思ってしまうアムちゃん虎娘ホントに結婚でいいのか?奴隷と変わらなくないか?

   


 「押してダメなら数で押せか、うふふふふ。アムと結婚したいならまず私と…… ね?」

 リーナリアったらまた黒い靄をだしちゃって!メッよ!メッ!


 「む、イケメンは罪である…… だったかな、ヒロキの言葉で、あるな。」

 ロックマンさんバカ親父今はその言葉が重く痛いです。


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 何時間ものスタンピード花火が疎(まば)らになりだし人々が家に帰り静かになりだしたスノーエンドの町を歩く。

 雪は一層と深くなっている。風もない闇に溶けるような静けさの中で雪を踏む音が大きく聞こえる。今から行く場所を思うと、鈍如(どんより)とした気分になるなぁ……


 あまり嬉しい事ではないし、良かったとは言えないけどスタンピードで亡くなった方が貧困層に多かったようで、往古(むかし)、それこそ築年数が数百年という古びた家屋が空き家として残される結果になっていた。

 位置的にそうか、ぬめぬめスケルトンっぽいベイコクが崩した壁の辺りか…… 。あの時の死んでいた人達のものかもしれない。


 ここの土地や建物をまるでハイエナのように譲って貰える事になったのだ。


 貧困街の集会所には、亡くなった人の親類や未亡人…… 虚脱(きょだつ)状態の幼い子供らが持ち寄った家の権利書が並べられている。



 そんな人達50人か、集会所に入らない人を合わせたらそれ以上の暗い目がジッと俺を見ている。


 アンデッド花火大会で浮かれている人々の後ろには、こういう惨苦(さんく)に見舞われて、これが切(き)っ掛(か)けとなり人生の殆(ほとん)どをずっと辛酸(しんさん)を嘗(な)めて生きる人がいるわけだ。

 親に守られて自分だけが生き残った子供はどうやってこのハードモードの異世界で生きるんだ?


 遺品だろうか、寂しいのだろうか?それぞれの小さな手には大人のハンカチや血のついたものが握られている。

 三角座りをして…… ギュッと大人の靴だけを握りしめる子供。

 家を失くしたのか薄着で震える幼い兄弟。


 ため息しか出ないなクソッタレ。


 剣と魔法の世界でワンチャンとか地球より難しいだろう。この子達はどうなるんだろう?


 そんな人々から物を漁る俺は一体……


 そんな親に先立たれて取り残された子供達にロックマンさんバカ親父は目を向けている。

 「むぅ、ヒロキ、頼みがある。」

 「ん?なんだい?」

 「私の貰ったお金を全てこの子供達に使っても良いだろうか?」


 ロックマンさんバカ親父が孤児となった子供を通して見ているのは、貧困で別れ別れになり助けられなかった自分の妹なのかもしれない。

 厳しい顔をしているが瞳は揺れて、慈愛を子供に向けている。

 「キリが無くなるぞ?」

 「むう、しかし、しかし、」

 世界中で慈善活動をしていたら終わりなんて無くなる。


 「それでもするなら好きにすればいいよ。そのお金はもうロックマンさんバカ親父のものなんだから」

 「うむ、うむありがとうヒロキ」


 ロックマンさんバカ親父は俺に深く深く頭を下げると、冷たい床に座り血だらけの服を抱きしめて動かない少女を抱き上げて「うむ、ごはんを皆んなで食べよう」と他の子供も引き連れて集会所を後にした。カッケェ……


 「筋肉のくせに優しすぎるな」

 「筋肉のくせにって酷い…… うん、そういえば私をまず助けてくれたのもロックマンさん父さんなんだよね」

 「うん、リーナリア…… これをロックマンさんバカ親父に持って行ってくれ」

 俺はストレージから馬車いっぱいに詰まるぐらいの金貨が入ったマジックバッグをリーナリアに渡す。


 「ヒロも…… 優しいよ。そんな顔しないで?気にしない気にしない」

 ちゅっ ♡

 リーナリアは金貨が入ったマジックバッグを受け取ると優しく抱きしめて俺の頬にキスをするとロックマンさんバカ親父を追いかけた。


 …… そんな酷い顔をしてたか俺は?


 自分の顔を撫でる。うん、心が黒くなってるわ。顔に出てたんだろうな。


 この世界の人々の苦しみを、この世界の人々からストレージで盗んだ物で癒して信頼を得る…… なんて酷いマッチポンプをしている自分が嫌になる。


 「ヒロ!」

 「ん?なんだいアムちゃん虎娘?」

 「ヒロはいい旦那さんだよ!」

 アムちゃん虎娘の精一杯といった慰めに忸怩(じくじ)とした思いが、ほんの少し晴れるような気がして俺はバカだなぁ…… と苦笑して不動産の買取を始めた。


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 ああ、なるほど……

 俺は思っちゃったね!理解力!


 俺は雪の中に頭から埋まっている。

 痛い…… 回復魔法で骨折と内蔵を治す…… 大丈夫、死なない!


 雪に埋まったまんまの愚かな男の独白を聞いておくれよ。


 不動産は、できるだけ相手の言い値で買った。

 途中で様子を見にきた町長が購入金額に驚いて自分の家を売りに出してきたぐらいには言い値で買った!

 自己満足でも、そうしないと俺の精神がもたなかったからさ!笑うがいい!


 その後、アムちゃん虎娘と遅い目の夕食を食べてロックマンさんバカ親父とリーナリアを探しに行こうとした時だった。

 

 「ヒロはすごいな!」

 「え?なんで?」 

 アムちゃん虎娘は目をキラキラさせて俺を褒める。

 虎獣人は貯蓄が出来ない習性があるみたいで富む者への憧れがあるらしい。

 「金はすごい!人が生きられる!お腹いっぱいになる!しかもヒロは人に分け与える優しさもあるすごい!」

 「ああ、そういう…… 」

 恥ずかしいなぁという思いからアムちゃん虎娘を褒め返してやろうと考えた。


 俺は褒めに褒めた。容姿もそうだけど虎獣人の強さ気高さを褒めた!

 だって段々と顔が真っ赤になるんだもん!楽しいじゃない!

 

 「もういい!恥ずかしい!」


 シュッ!


 アムちゃん虎娘のツッコミ…… 元いもとい手刀が俺の頬を掠(かす)める。ヒュッ、危ねぇ!

 「もう!わたしは恥ずかしい!」

 手刀落とし、貫手(ぬきて)、張り手と連続技を躱(かわ)し、いなし、防御する…… ぐっ…… リーナリアより攻撃が重い!


 もうこうなると戦闘民族のアムちゃん虎娘の血が騒ぐ!


 「旦那様!旦那様!こんなのどうかな!?」

 「うひ!ちょっ!」

 拳の軌道を変えながら鞭(ムチ)のように打ってみたり、強固な鉄のように固めたりと自由自在に攻めてくる。1人で村からスノーエンドの町まで来れた理由が分かる!強い!

 呼び方が旦那様になってるし、なんで?おかしくない?


 「わたし!村でも最強に近かったのに!当たらない。旦那様!強いなわはははは!」

 蹴りを膝で受けると肉が割れるような骨が軋(きし)むような衝撃!躱(かわ)したアムちゃん虎娘の水平蹴りが当たった岩壁はガラガラと倒れる!ごめんなさい後で弁償します!


 …… この子、リーナリアと同じぐらいに狂ってやがる!

 

 「これでどうだ!あれ!?」

 「おい!」

 アムちゃん虎娘たら雪が積もっていて見えなかったのか足元にある、流雪溝(りゅうせっこう)に落ちそうになる!雪を流す道の端にある溝で急流されると[寒さ耐性]スキルがないなら命が危ない!

 

 俺はアムちゃん虎娘の攻撃をワザと受ける感じで流雪溝(りゅうせっこう)から彼女を押し返した。

 驚いたアムちゃん虎娘と目が合う。大丈夫、俺はきっと死なないから。


 ベキ…… ベキベキ……

 安心させるように笑顔をアムちゃん虎娘に向け、自分の骨が折れる音を聞きながら空中を舞い…… 流雪溝(りゅうせっこう)を越えた雪の中に俺は頭を逆さまに突っ込んだ。


 八つ墓村かな?


 回復魔法が間に合って、やばい追撃が来たら死ぬ!とズボッと雪から頭を出す。

 この時…… アムちゃん虎娘を虎獣人の村に戻そうそうしようと決心。


 「旦那様…… 」

 声を確認して振り向き防御体制に入ろうとしたところでアムちゃん虎娘に押し倒される。両手を抑えられて動けない!頭突きされたら死ぬ!


 アムちゃん虎娘の顔が近づく…… 死んだ!命を消費して時間がロールバックしたら速攻で逃げないと!頭割れるとか痛そう!と目をギュッと瞑(つぶ)ると唇にウニョンとした柔らかさ…… あれ?


 「キス…… したの?」

 アムちゃん虎娘たら顔が真っ赤で目をそらす。


 「旦那様…… 強いね。旦那様に反撃されていたらスグにわたしが負けていたのは分かる。虎獣人は強い者に従う。旦那様は金持ちで強くて美しい。わたしのモノ」

 「え?」

 ヤンデレ2号なの?そうなの?やめてよ!?


 「ヒロに…… アム…… キスしたの? 」

 「ひっ!」

 いつの間にかリーナリアが…… 見てる黒いオーラが…… あ!ロックマンさんバカ親父またリーナリア連れてきたな!


 「うむ、孤児院を作る事になったのでヒロキに報告をと思って、な」

 「そこは律儀だなおい!」

 ロックマンさんバカ親父マイペース!


 「リーナリア姉さん!ヒロはわたしのもの!」

 「はぁ─────!?バカじゃない!?ヒロは私のよ!」


 はじまるキャットファイト。

 あ、リーナリアはスピードが勝つんだ。アムちゃん虎娘は力か…… うん、うん、普通の女の子と出会いたいです!


 こうして俺の周りにはヤンデレ1号2号、筋肉の塊、賢者の爺ちゃん4人とよく分からない者達が揃ったのである。

 …… 魔王復活フラグとか立たないだろうな?

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