浅葱の章

第15話 1次予選突破の夜にて

 1次予選突破を記念に酒場ディープスカイへと立ち寄るインビジブルナイツ。今は夕方の5時。空は茜色の美しい空で太陽も赤く染まり地平線へ姿を消そうとしている。

 1日のほとんどを闘技場コロシアムに費やした彼らは、意外と体力が減っているのを実感している。肉体的な疲労がかなり感じることが出来る。

 だが、精神の方は闘いに勝った快感により、調子はすこぶる良かった。朗らかな笑顔でディープスカイへと入った。


「いらっしゃいませ~!まあ、インビジブルナイツの皆さん」

「こんばんは」

「待っていましたわ。どうぞ、いつもの指定席へご案内しますわ」


 エリナは何だか嬉しそうに彼らに応対している。一体どうしたのだろうか?


「エリナさん、何だか嬉しそうですね」

「実は闘技場コロシアムの戦い、皆さんが参加した試合に賭けたんですよ。全員勝ってくれたので実は懐が今は温かいんですよ」

「オッズはどうだったの?」


 オッズとは賭けの倍率である。この『竜の首コロシアム』は公営ギャンブル競技の一つで、賭けの対象は選手と対戦するモンスター。

 賭けに使うのは闘技場専用のコインだ。1枚20ギルダで購入して、どの競技の選手に、またはモンスターに賭けるかを観客たちは自由に出来る。

 今は『グランドマスターズ』に向けての1次予選は終わり、2次予選へと移行している状態だ。

 そこで彼らはエリナからこのパーティーのオッズを耳にした。


「皆さんのバトルにもしっかり賭けさせていただきました。ミオンさんは4倍のオッズで、モンスター側は10倍。テオさんの試合はテオさんが3.5倍でモンスター側は12倍。アネットさんは4.5倍でモンスター側は9倍。レンドールさんは3倍でモンスター側は16倍でした」

「質問~」

「何ですか?ミオンさん」

「そのオッズってどういう感じでつけられているの?」

「私の勘だとオッズが低い程、本命に近いんですよね。高いと大穴という感じで一部のギャンブラーはそちらに賭ける人物もいるとか」


 彼らは指定席のカウンター席に座った。そして席に着いたままエリナの話に夢中になる。


「エリナはどのくらいの軍資金で始めたのかい?」


 レンドールが興味深いように質問をする。


「私はコイン150枚から始めましたよ。破産しない程度に、でもこの日の為にお金を貯めておいたんです」

「へえ…?」

「これからも皆さんの試合に賭けさせてもらいますね」

「エリナ!皆さんに余計なプレッシャーをかけない!」


 そこにリヴァス・アーリスの怒鳴り声が聞こえた。どうやらエリナの話が聴こえていたらしい。


「さっさとウエイトレスの仕事に戻れよ?」

「は~い」

「……全く、エリナの奴」

「リヴァスさん、俺達にはお構いなく。選手としては関係のない話だし」

「いや。そうでもないぞ。賭けの勝ち負けにこだわる奴の中には選手に毒を盛って試合中に殺しをする奴がいるからね。気を付けた方がいい」

「特に1次予選突破したあんた達みたいなのが、狙われるんだ。気を付けな。随分と1次予選では派手な戦いした様子だしね」


 リヴァスの忠告を聞いた彼らはあの試合を思いだす。


「確かに調子に乗り過ぎてしまったようだ」とレンドールは頬杖をつく。

「何だかね、闘技場のあの空気を吸うと自然とやる気が出てしまうのよ」アネットは闘技場に流れる空気を思い出す。

「それ言えるわ!」


 ミオンは思わず立ち上がり、まだまだやれるわよみたいに拳をつきだす。


「あの程度じゃまだまだ戦い足りないわ!」

「頼もしいねえ。しかしな、ミオンちゃん。これからが本番だぜ。1次予選なんざ、準備体操みたいなもんよ」

「でしょうね。1次予選は比較的与しやすい敵でした」とテオは分析した。

「これからの闘いはそれこそ一線級の飛竜がわんさか出てくるよ。本気で運営も殺す気でいるからねえ」


 リヴァスはだからこそ試合飯を食べて頑張って欲しいと付け加え、そして今夜は何を食べるか聞いた。


「今夜は何にする?闘技場コロシアムの試合はこなしたから”試合飯”も食えるぞ」

「今日のお勧めは……モスポークとマスターベーグルとシモフリトマトのハンバーガーか。キングトリュフまで乗っているのか」

「絶品ハンバーガーだぜ。それと合わせてバニーズ酒でいただくと最高だね」

「ハンバーガーもいいな。俺はそれにするよ」

「私はたまにはステーキもの食べたいな。サイコロステーキのシモフリトマト添えで。パンもつけてスープも頂戴」

「あたしもさっきのお勧めハンバーガーでいいわ。お酒もつけて!」

「僕はどうしようかな。達人仕込みのビーフシチューで、ライス付きで」

「OK。時間かかるけど構わないな?」


 皆はそれぞれ頷いた。そしてリヴァスは厨房に消えた。

 酒場内では例のディナーショーが開催されようとしている。今夜は特に客も多い。

 やがて、ウエイターのアナウンスでディナーショーが始まろうとしていた。


「皆さま!お待たせしました!今宵のディナーショーを演出するのは、ご存知!この方、”歌姫シェリル”のディナーショーです!」

「待っていました~!」

「シェリルちゃーん!」


 金髪のロングヘアーの青い瞳の美女は、ピンク色のイブニングドレスを着て姿を現していた。健康的な色気である。


「こんばんはー。シェリルです。本日からいよいよ闘技場コロシアムの試合が始まりましたね。昼間の試合の賭けに負けちゃった人も、勝っちゃった人も、今夜も私の歌で元気になってくださいね」

「今夜の曲はちょっと変わった”別れの歌”を歌います。The Sigh(ザ・サイン)です。では、どうぞ」


 ドラムの軽い響きのゆっくりとしたリズムに合わしたイントロから始まった。


新しい人生のスタートよ 

これが私だって気づかないでしょうね

いい気分よ あなたが気になると思う?

私みたいな人が

あなたの恋人じゃないからって 

私がヘコむと思うの?

どうよ? どんな気持ち?


お告げを見たの それで目が覚めたわ

そうお告げを見たのよ

理解できない人生は辛いもの 

お告げを見たの それで目が覚めたわ

あなたはいらない人だってことよ


無理矢理 連れ戻そうとは誰もしない 

あなたを元の場所なんか、ね

でもあなたはどこにいるのよ?


青白い月の下 

何年もあなたを理解できなかった 

あなたみたいな人が私を幸せにできると思うの?

青白い月の下

それは沢山の星を見た場所 

もう十分でしょう?


お告げを見たの それで目が覚めたわ 

そうお告げを見たのよ

理解できない人生は辛いもの

お告げを見たの それで目が覚めたわ

あなたはいらない人だってことよ


無理矢理 連れ戻そうとは誰もしない

あなたを元の場所なんか、ね

でもあなたはどこにいるのよ?


お告げを見たの それで目が覚めたわ 

そうお告げを見たのよ

理解できない人生は辛いもの 

お告げを見たの それで目が覚めたわ

あなたはいらない人だってことよ


お告げを見たの それで目が覚めたわ

今じゃあなたのいない暮らしは幸せよ 

あなたとは別れたの


お告げを見たの 星からのお告げを

お告げを見たの 月からのお告げを

私は見たの お告げを見たのよ

私は見たの お告げを見たのよ 

そう あなたはいらない人だってことよ


 ゆっくりとしたディスコサウンドにシェリルの歌。皆は合唱をしていた。この曲は男女の別れの歌で「別れて清々したわ」と歌っているように見えて未練もある、そのような歌である。

 思わず身体を動かし踊る客と音に合わせてマイクで歌うシェリルが魅力的な歌だった。その後も彼女によるライブは1時間程続く。

 その間に夕食が運ばれてきた。彼らは溜まった疲れを癒す為に食事に舌鼓を打つ。

 思い切りハンバーガーにかぶりつくミオン。レンドールもハンバーガーにかぶりついた。サイコロステーキを食べるアネットは、パニーズ酒も追加で頼んだ。

 ビーフシチューを食べるテオは深いコクを味わう。

 そうして、食事が終わりを迎える頃に、歌姫シェリルのライブも終わりを告げようとしていた。本日の最後の挨拶をしている歌姫シェリル。


「いかがでしたか?皆さん?楽しんでいただけましたか?」

「勿論だぜ~シェリルちゃーん」

「私も毎晩のようにここで歌わせてもらえて感謝しております。では。今夜も皆さん、おやすみなさい!そして、またこのライブに遊びに来てくださいね!では」


 そうして、歌姫シェリルは礼をして舞台から去った。

 宵も更けて、22時になろうとしている。彼らも宿泊する宿屋へと向かうことにした。


「どうだったかい?」

「今夜のディナーも美味しかったよ。リヴァス」

「言うことありませんね」

「明日からは2次予選だ。1次予選突破してもここからが本番。闘技場コロシアムへ行く前に”試合飯”は食べていけよ?」

「明日の朝食代わりに食べるわ」

「頑張れよ、インビジブルナイツ」


 彼らは最後礼を言って、夜のアストリアの街を酔い醒ましに歩いた。

 月が浮かぶ夜だ。彼らはアストリアを歩きながら、話した。


「1次予選突破は難なく出来たが確かにここからが本番だな」


 レンドールは気を引き締める気持ちで、皆に注意を促すように話す。その顔は既に明日の戦いへ向けて戦意を高めていた。


「これから強敵も出るでしょうね」


 テオも顔を真面目にして真正面を見据えている。


「明日から2次予選かあ…」


 ミオンは両手を腰に当て歩いている。何とかなるでしょう?みたいな空気を出しながら。


「やるしかないわね。でも」


 アネットは真剣な表情で夜のアストリアから見える闘技場コロシアムへと視線を送った。

 それぞれが2次予選に向けて、様々な意気込みを見せながら、夜のアストリアの街を歩いていく。

 アストリアは宵が更けても眠らない街のように賑わいを見せて、皆をひと時の夢へと誘っていく。

 闘いはこれからだった。

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