ほんとうの法華経:過去を変えることはできないが

 「ほんとうの法華経」を読んだので、その所感を書いていく。

 作者は橋爪大三郎さんと植木雅俊さん。ちくま新書の一冊。


 本の形式は、橋爪さんがほっきょうについて植木さんに質問する形で進んで行く。

 橋爪さんの質問の意図が分かる部分は読みごたえがあるけれども、意図がわからない部分は読みづらかった。

 あと、橋爪さんがアブラハムの宗教(※)と法華経を比較する部分は、それなりに知識があったので、おもしろく読めた。※ユダヤ教、キリスト教、イスラム教。



 読んでいていちばん今後に生かせそうなのは、「過去を変えることはできないが、現在における意味を変えることはできる」という部分。

 過去に人をきずつけたり、迷惑をかけたなかで、もはやつぐないようがなく、そのために心がさいまれることがある。それらの消化できない感情は、いやな作業ではあるが、自分のなかでいろいろと見方を変えてみて、どうにか折り合いをつけていくしかない。そういう自分がいたから、今の自分があるのだと思えれば楽なのだが、なかなかそうは思えない。


 しかし、なぜ、そのようなつぐないきれないことを人間はしてしまうのだろう。

 そのひとつの原因は、ありのままに事実を認識することがむずかしいからだ。

 見ているようで見ていない。

 聞いているようで聞いていない。

 虚栄心や嫉妬など、自分に生じている感情を素直に受け取らない。

 そのために、心にかたよりが生じ、言わなくてよいことを言い、しなくてもよいことをする。

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