報道6 待望の、デビューステージです。

真っ暗なステージで、それぞれが立ち位置で最初のポーズを決める。


そして間もなく深い藍と水音の世界に包まれると、自分のなかのスイッチがカチリと音を立てて入ったのが分かった。


鯨の哀しい声をリードに、大きく息を吸って――。






そこからはあっという間だった。


ただ私は海の底の孤独な鯨で。


哀しくて、寂しくて。


でも初めて仲間ができて、嬉しくて、幸せで。


どこかで孤独を感じている人にも、動物にも。


そしてすべての生き物に、いつかそんな仲間が現れますように。


いつか、きっと。


…だって、こんな私にも現れてくれたから。




始まりとは対照的に真っ白に照らされたステージでメンバーと穏やかに笑いあって、曲が終わる。


少し息切れしながら、デビューステージを最後までミスなくやりきれたことにまた喜び合って、そして集まってくれたファンのみんなに頭を下げた。


「ありがとうございました!」


こんな充足感は初めてで、興奮冷めやらぬとはこのことなんだと、弾む足取りを抑えきれずにステージ袖へと向かう。


裏側でゆっくりと余韻に浸る間もなく、汗を拭かれメイクを直されながら向かいのステージへと足早に辿り着くと、テレビで見たことのある顔ばかりが私たちを迎えてくれた。



「Whale taiLの皆さん、お疲れ様でした。こちらへお願いします」



リーダーのカナムさんから順に隣に座っていき、全員が席に着くと台本通り女性アナウンサーから自己紹介を促される。


さっきまでの高揚感はどこへ行ってしまったのかと思うほど急速に熱が冷めていき、緊張でマイクを持つ手が震えた。


自分に向けられる沢山のカメラ、観客の視線、司会や出演者からの質問――。


そのすべてが恐ろしくて、つい顔が強張り俯きそうになる。


そのたびにメンバーが笑顔で目を合わせてくれたり、背中をさすってくれたり…。


そんなことを繰り返しているうちに生放送はあっという間に過ぎていき、共演者の方々に感動する余裕もないまま挨拶を済ませると楽屋へと向かった。




「…?アミ、大丈夫か?」


盛り上がりながら楽屋へと向かうメンバーたちから遅れて歩く私に気付いたユウさんが、立ち止まって聞いてくれる。


「緊張で疲れたのか?」


原因は分からないけれど、なんだか気持ちが悪くて目が回った。


だけどどう伝えたらいいのか…そもそも伝えていいのか、それすらも分からず答えに詰まった私は黙ってしまう。



「アミ、ユウ?どうした?」


立ち止まったままの私たちに気付いたジンさんたちが、首を傾げながら戻ってきてくれた。


「アミ、具合悪いの?抱っこする?」


「いや、俺が連れて行く。テルは触るな」


相変わらずのテルとジンさんに、苦笑いが零れる。


「楽屋まで歩けるか?必要なら誰かしら抱きかかえられるとは思うが…」


カナムさんが思案するように、口元に手を当てた。


「…いえ、自分で歩けます。緊張してたから、少し気が抜けちゃったのかもしれないです。すみません」


無理に微笑んだ私の顔を、みんながどう思ったのかは分からない。


でもこれ以上、迷惑も心配もかけたくなかった。



「――亜未!!」



再び楽屋へと歩き出そうとしたそのとき、うしろから大きな声で名前を呼ばれたかと思うと、力強く腕を引かれて振り向かされる。


突然の出来事に頭が付いていかず、私は相手の顔を見上げたまま固まってしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る