第2話 起訴

 そこは、どう見ても法廷だった。本物の法廷を見たことはなかったが、たぶんここは本物の法廷だ。開いた扉から見て手前には、軍服の女が一人、長机に着席している。その長机の両脇には武装した兵士がいる。奥側には、軍服の男が二人、同じく長机に着席しており、彼らの長机の両脇にも武装した兵士がいる。

 手前の女が、つかつかと歩いてきて、言った。


「軍司法官です、あなたの弁護を担当します、よろしくお願いします」

「軍」

「はい、軍です」

「弁護」

「はい、弁護です」

「あっちの人たちは?」

「検察です、彼らも軍司法官です」

「なんかもう聞くまでもないですね、被告人は─」

「あなたです」


 軍服の襟に、天秤のマークが刻まれたバッジをつけている。この女は弁護士の資格を持っているのだろう。軍司法官─弁護人の長机の前には長椅子があり、そこに座るよう促された。裁判の被告人といえば弁護人との打ち合わせがあって然るべきだと思ったが、今こうして法廷で被告人として座っている以上、もうどうにも出来ない。


 ほどなく、おそらく一晩泣き明かしたであろう目をした王と近衛兵、そして内閣総理大臣と法務大臣が、いかにも裁判官の席らしい一段高い場所にやってきた。王と大臣は着席し、近衛兵は直立不動である。


 法務大臣が重々しく言った。


「ではこれより軍法会議を始める」

「は?軍法会議?」

「被告人は許可があるまで発言を慎むように。証言台へ」

「…」

「被告人には黙秘権がある、ここでの発言はすべて記録され、被告人の不利に働くことがある。なお、これは軍法会議であるから通常の裁判とは手順が大きく異なることを留意されたし」


 そして検察が主張を始めた。


「被告人は6年間に渡り日々王犬の診察と治療にあたり、これを老衰にて死に至らしめた疑いが持たれています」

「貴様、言うに事欠いて我が愛犬を『これ』とはどういうつもりだ」

「王様、少し黙っててください」


 法務大臣に問われる。


「被告人、今の起訴内容に間違いはないか?」

「ございま…うーん、ございません」

「弁護人の意見は?」

「『日々王犬の診察と治療にあたり』とのことでしたが、日々王犬の診察と治療にあたっていたと考えます」


 細かいことだなと思いつつも、こういう細かい積み重ねが裁判官の心証を変えていくのだろう。司法の世界はわからないことばかりだ。人が作りし法でもって人が人を裁く。今ここにある物を解き明かしていく自然科学とは大違いだ。人が作った法なんてそんなもの無視することも出来るだろうに…


「被告人!どうした、被告人!」

「は、はい!」


 証言台から元の席に移動させられ、検察の冒頭陳述が始まった。


「被告人は14年前に王立わんにゃんパークに着任し、その非凡なる能力により10年前に王宮獣医官に抜擢されました。その能力は王宮獣医官としても遺憾なく発揮され、6年前に史上最年少で上席王宮獣医官となり、昨日まで王犬の診察…失礼、親身になって王犬の診察と治療にあたっていました」

「その人間性は頭脳明晰温厚篤実、そして研究熱心で知られており、検体の自動検査機器に飽き足らず、検体を投入すると自動的に研究論文が出てくる装置のアルゴリズムを設計したことにより学会賞を受賞するなど、臨床分野のみならず研究分野でも華々しい活躍をしていました」

「一方、王犬は14年前に河川敷にて保護された大型犬で、以来ずっと王様のご家族としてお過ごしでいらっしゃいました。警戒心のお強い犬でいらっしゃいましたが王様に保護して頂いた御恩をけしてお忘れになることなく、常に王様の側を離れようとされませんでした」

「歴代の上席王宮獣医官も手を焼くほどの警戒心でしたが、6年前に就任した前上席王宮獣医官、つまり被告人にはよく懐いておられました。被告人による献身的な診察と治療を受けておられ、この結果として王犬は老衰によってご逝去するに至りました。これは被告人によるものであることは明らかで、従って被告人の責任は重大であると考えます」

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