第8話 ラスボスvs林 凛

 試合は1セット11点先取の5セットマッチ(3セット先取)で行われる。新学期の初日から新入生と部の女子エースが激突するというのは、やはり異常だ。周囲の部員たちは試合をしながらも、チラチラとこちらの様相を伺っている。

 そんな観衆の視線も意に介さず、みちると凛さんの試合は進んでいく。コート中央をスマッシュが一閃した。凛さんのスマッシュだった。


「…うん。…いい感じです」


 本人が言うように、今日はかなり調子が良さそうだ。


   奈鬼羅 みちる 2ー10 林 凛


 みちるも食らいついてはいるが、先にセットポイントとしたのは凛さんだった。あと1点で凛さんが先手を取る。


「う~。速すぎるです~」


 そう。実際にみちるは、凛さんのスピード感溢れる卓球についていけないでいた。諸事情で俺とよく卓球をしているのは確かだ。だが、当たり前だが様々なプレースタイルの先取がいるし、みちるの実戦経験など、たかが知れている。


「うへ~。リンリン先輩、容赦ないじゃん。みちるっちが可哀想じゃん。ってか、せっかくの新入部員、これで逃がすなんてことだけは勘弁じゃん」


 後ろの方で羽月が心配そうにしている。そんな中で、みちるのサービス。バック側、浅めによくキレたサイドサーブを出す。が、少し高いか。凛さんは易々と、角度をつけてそのサーブを相手フォア側に屠った。


「くっ…、マジかです」


 みちるは触れることさえ敵わなかった。


   奈鬼羅 みちる 2ー11 林 凛


 力量差は歴然としていた。先程までの試合の動向を気にしていた周りの連中も興味を失ったのか、各々の試合に集中し直していた。俺はみちるが心配になり、横目で様子を確認した。

 果たして、みちるは笑っていた。持参したスポーツタオルで顔を覆いながら、にやけていた。


「みちる、大丈夫か?」


 いろいろと不安になり、声をかけた。ピタリとみちるの動きが止まる。少し間を空けてから顔が上がる。困ったような表情を浮かべていた。さっきのは見間違いか?


「いやー、流石に強くてしんどいかもです。食らいつけるように頑張るです」


 そんな取ってつけたような言葉だけを残して、チェンジコートする。公式の試合ならいざ知らず、仲間内での試合では、次々と試合を進めていく。

 迎えた第2セットでも試合展開は変わらなかった。


   奈鬼羅 みちる 0ー6 林 凛 ①


(○の中の数字は獲得セットポイント)


 完全なワンサイドゲームとなっていた。周りの部員は、最後までやるの?みたいな憐みの眼差しを向けては、自分の試合に意識を戻していく。凛さんは、最初から本気なのは当然としても、集中力が一向に途切れない。と、ここで凛さんのスマッシュがコートをオーバーして、みちるに1点入った。


「…今の玉、かかってましたね」


「そんなことありませんです」


 みちるは、いけしゃあしゃあと答えるがドライブ回転をかけて、凛さんの打ちミスを促していた。同じような形でもう1点入った。


「………」


 凛さんが無言で己のラケットを見つめる。想定した以上の回転が、かかっているらしい。憮然とした表情を浮かべる。


「ふう、初の連続ポイントになったです」


 この印象にも残らないような点は潮目となるか?続く凛さんが、サーブから2点とって点差を元に戻した。異変が起きたのは、この後のみちるのサーブからだった。今までと、なんら変わりない動きでサーブを出したみちるは、緩やかなドライブをボールにかけながら、自身の体をコートから離していく。凛さんからスマッシュが放たれるが、みちるの元に届くときには若干球威を失う。それを打ち抜いた。


「ナイススマッシュ、みちる」


「ありがとです。卓丸先輩」


   奈鬼羅 みちる 3-8 林 凛 ①


 ここに来て、やっと気持ちの良い点の取り方をしたものだから、つい声をかけてしまった。審判なのであまり肩入れした発言をするべきではないけれど…、みちる側からしたらビハインドだし、多少はね。


「…お見事です、奈鬼羅さん」


 凛さんも穏やかに称える。点差があるから、相手を褒める余裕がある。ここまで試合をするなかで負けることはないという自信を持った表れだろう。


「エヘヘ、凛先輩にも褒められたです」


 試合前とはうって変わって、和やかな雰囲気になるなか、試合は続行される。みちるは、その後も卓球台から距離をとってプレーした。そのアグレッシブなプレースタイルに周りの部員は惹きつけられていく。「がんばれー」「いいぞー」とみちるに声がかかる。対して凛さんにも「負けんなよー」「あんまりイジメてやるなよー」なんて言葉が飛び交う。そんな弛緩した空気とは裏腹に凛さんは苦戦を強いられていた。戦法がハマったらしく、先程までの展開が嘘のように、打ち返しまくるみちるがいた。


   奈鬼羅 みちる 8-9 林 凛 ①


「あれ?なんか、ヤバくね?」


 部員の誰かがそう呟いた。その言葉を皮切りに再度、緊張の帳が降りてくる。誰も喋らなくなった。視線はみちると凛さんのコートに集まり、誰も彼もが試合を中断している。というか、この状況で試合をするなど、まるで空気が読めていない。


「はーふー、集中…です」


「…この1本は、もらいます」


 静寂の部室にピンポン玉の軽い音が木霊する。みちるは、これまでと同様に、卓球台から距離をとる。攻める凛さんは打球コースを1球ごとに変えて揺さぶるが、それをみちるは軽やかなフットワークで拾い続ける。どれくらい続いたろう。打ち合いは急に終わった。凛さんの打ったボールがネットに引っかかって止まった。ついに同点。もはや、誰も声を発せられない。ジャージ姿の1年生だけが落ち着いた口調で言った。


「うん。あと2点です」


 そこに喜びの情は見えない。ネットにかかって、未だにコートの上にあるピンポン玉。相手コートにあるその玉にゆっくり近づくみちる。むんず、と。みちるはピンポン玉を掌握して、自コート側に戻っていく。


「次、あたしのサーブになるですね」


 誰に言うでもなく、みちるはサーブの構えをとる。が、1人として返答しないので構えを解く。


「だ、大丈夫だ。合ってるぞ、みちる」


 何だ、この喋るだけで緊張する空間は。


「了解です!卓丸先輩、見ててね♪」


「し、審判だから当たり前だろ」


 見てないヤツなんて、いないっての。みちるからサーブが繰り出された。凛さんはバック側に素早く回り込むと、ラケットを立てて掃うようにレシーブした。積極的な2球目攻撃だが、強引だった。シュルルゥと音を出してネットに引っかかる。


「…フゥ。…集中」


 凛さんが独り言つ。ボールをみちるに返して、すぐに構えた。言動の端々に苛立ちが垣間見える。あんなレシーブ、普段の凛さんはしない。これでセットポイントとなった。


「ちょっと卓丸先輩、あたしを見てくださいです」


 みちるは普段と変わらなかった。ボールを空中に浮かして、みちるが放ったサービスはフォワ際すれすれのストレートサーブだった。あっと言う間にコート外へ到達しようかというところ。かろうじて足を運んだ凛さんが、そのサーブを弾く。甲高い音がした。ラケットの角に当たったボールは、あさっての方向に大飛球していく。皆の視線がスコアボードを持つ俺に集まった。…そんなに見られても俺のやることは1つだからな。みちるのスコアを審判然として加点したのだった。


   奈鬼羅 みちる 11-9 林 凛 ①

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