第16話


 ――翌日、土曜日。

 クラブのない日は自主練と称して俺の家で練習するのが当たり前になってきた。

 まあ実咲もケントもそれぞれやることがあるし、大体火曜の放課後と土曜の午前中の週2回集まれればいい方やけど。

 それでも真面目に集合してチームとしての練習ができるってすごいと思う。

 実咲とケントがいつもどおりうちに着くなり早速ハサミを出そうとするのを、今回はやんわりと止めた。


「あ、待って。今日は見せたい動画があるんや」

「動画?」

「じいちゃんの紙切り動画。ケントにはまだ見せてないと思って」


 古いビデオテープをデータ化したものやから画質は荒いけど、手元は見える。

 ハイパーペーパークラフトをやるにあたって紙切り芸を学ぶことは避けて通れんというのが俺の持論や。


「わーい! おじいさんの紙切りもっと見たいと思ってたんだ〜!」

「おい実咲見えねーだろ」


 実咲が嬉しそうにぴょんぴょん跳ねながらタブレットの前を陣取った。負けじとケントも並んで座る。


「せっかくやし実咲にも見せてない、じいちゃんの神技動画にしよか」

「「神技!?」」


 目を輝かせながら食い入るように画面に迫るふたりのために、俺は再生ボタンをタップした。

 若い頃のじいちゃんが、寄席にきたお客さんの前に立っている。


「ひゃ〜おじいさんイケメン」

「目とか鼻とかどことなく将継っぽいな」


 ぶつぶつ言いながら画面に貼りつくふたり。古い動画やから音声が聞き取りづらいのが残念や。

 画面の中のじいちゃんはニコニコ笑顔でなにやら口上を述べてから、お囃子の音に合わせて紙を切り始める。


 滑るように動くハサミ。

 柔らかな手首の動き。

 紙の角度を変える絶妙なタイミング。

 何度見てもすごい。俺がじいちゃんの孫だからそう思うんやない。俺も紙を切るから分かるんや。これが熟練の技なんやってことが。


「すげー……」

「うん、でもなにつくってるんだろう?」


 じいちゃんはハサミを腰紐にさして、今度は両手で紙を折り始める。それを見たふたりは「あっ」と口を揃えた。


「組み立ててる!」

「ハイパーペーパークラフトだ!」

「この頃はまだ紙模型って呼んでたみたいやけどな。じいちゃんは昔からハイパーペーパークラフトの先駆けみたいなことをやっとったんやと」


 じいちゃんはしなやかに紙を折り、合わせ、そしてお客さんの目の前でそれを披露した。

 それは紙だけでつくられた『すだれ』。

 日よけとかに使われるアレな。

 竹とかを編んでつくられるやつ。

 普通に考えたら1枚の紙からは到底できん。

 この動画を何度も見た俺も、いまだにどうつくっとるんか分からん。


『ご覧こちらが禅の奥義、“紙すだれ”!』


 じいちゃんのかけ声とともに、すだれがぱっと形を変える。

 ぶわりとすだれが滝のようになって、お客さんに向かって伸びた。

 と思ったらまたじいちゃんの手元に戻っていく。

 今度はまた別の方向のお客さんに向かってすだれが伸びる。

 まるで大きなクラッカーのよう。

 客席からは歓声が上がる。

 逆に実咲とケントは言葉を失っていた。


「南京玉すだれっていう芸があるんやけど、それを紙でやっとる。名前は“神技・紙すだれ”。この世でじいちゃんにしかできん技や」

「す、すごい……」

「どうなってんだ? 手元見てたけどなーんにも分からなかったぞ」

「俺にもサッパリ分からん。でも昔から日本にはこんな芸があって、それを可能にする芸人がおった。……俺はその技術を守りたい。ハイパーペーパークラフトは『紙切り』の要素を受け継いどる。文化は時代に合わせて進化するもんや。俺はハイパーペーパークラフトを通して日本の『紙切り』を伝えたい。ふたりも『紙切り』からたくさん学べることがあると思う」

「ああ! 俺すげー感動した。もっと見せてくれよ。あーでも練習もしたいなあ」


 ケントはワクワクした目つきでハサミを掴んだり放したりと落ち着かん様子や。

 楽しんでもらえたならよかった。やる気があるんはええことや!


 しかし実咲は黙ったまま、ずっと動画を巻き戻して再生してを繰り返している。

 俺はなんだかそんな実咲を少し不気味に思ってしまった。


 だっていつも騒がしいあの実咲が、じいちゃんの神技見てこんなに大人しいなんて。


「将継、もうちょっと見てていい?」

「お、おん……」


 実咲の前髪のすき間から、真剣な瞳がちらりと見える。

 なんか変なスイッチ入ってないか?


「将継〜練習しようぜ。実咲はああなったらてこでも動かねーよ」

「……そうやね」


 学べるものがあるとは言ったのは俺やけど。

 実咲、お前の目にはなにが見える?

 お前の頭の中にはなにが展開されとる?

 実咲の底知れなさに感心すると同時に、俺は唐突に理解した。

 ああそうか。俺は実咲のことが――

 どうしようもなく、羨ましいんやな。


 ▽


 毎日を慌ただしく過ごしていると時間はあっという間に感じる。

 ――6月初旬、私は戦いの舞台にひとり立っていた。


 静岡県ジュニア柔道地区予選大会。決勝戦!


「たあーーー!」

「いいぞ実咲!」


 渾身の足技が決まり、無事優勝することができた!

 応援席には家族とクラスの女子たち。今日もうちわを持って優勝を祝ってくれている。

 そして将継とケントの大きな声が、表彰台の上からでも聞こえてきた。


「実咲ー!」「次も頑張れよ!」


 もらったトロフィーを頭上に掲げ、私は大きく頷く。

 まだまだここでは止まれない。

 リベンジは来月の県大会だから。

 柔道の県大会が7月の2週目。

 ハイパーペーパークラフトの全国大会は7月の3週目。

 2週連続で戦うことになる。もちろんどっちも手を抜かない。

 応援団にお礼をして、今日の大会終了だ!


「よし、ホンキだしてこー!」

「いやもう試合終わってるけど」


 お兄ちゃんのツッコミを華麗に無視して、家族みんなでドドドドと地鳴りを起こしながら走って家に帰る。

 淡井家の移動は基本全力疾走だからね!

 土埃を舞い上げながら爆走していると、お兄ちゃんが思い出したように口を開いた。


「そうだ、みさきち〜。明日ヒマ?」

「だから日曜日は忙しいって言ってるでしょ」

「明日さ〜、レンジャースカウトで社会科見学に行くんだけど」

「聞けよ」

「ボーイスカウトの小学生の子がひとり熱出しちゃって行けなくなったんだよ。みさきちこない? 伊豆の『紙すき体験』」

「紙すき!?」


 紙すきってことは……紙づくりを体験できるってことだよね?

 それって、紙を理解するのにものすごくタメになるんじゃない?

 キキーッと両足でブレーキをかけて急停止。そしてお兄ちゃんの頰をがしりと両手ではさむ。


「お兄ちゃんグッジョブだよ! 参加させて下さい!」

「で、でも忙しいんじゃ」

「大会終わった後だから明日道場休みなの。クラブの自主練は強制じゃないからさっ。いいよねお母さん?」

「いいわよっ!」


 陸上選手ばりの完璧なフォームで走り抜けながら、お母さんがグッと親指を立てる。その後ろで存在感のないお父さんもコクコク頷いていた。


 今の私に足りていない、紙への理解。

 明日の紙すき体験で補ってみせる!


「よっしゃ、燃えてきたあーー!」

「みさきちは最近ホント元気になったなあ」


 そうと決まれば早く準備しなきゃね!

 ヘニャヘニャ笑うお兄ちゃんをひっつかんで、私は全速力で走り出した。


 ――翌日。


「キャー! 淡井くんの弟超イケメ〜ン」

「ジャ○ーズ入れるんじゃない〜?」

「アハハよく言われますアハハ」


 レンジャースカウトの中学生らしきお姉さん達にもみくちゃにされながら、飛び入り参加の私はたいした自己紹介もせずに伊豆行きのバスに乗っていた。


 淡井くんの『弟』だとう!?

 またそれだ! お兄ちゃんのイジワル!

 お兄ちゃんは自分の知り合いに私を紹介する時、必ず私のことを『弟』って言う!

 原因は分かってる。前に私のことを妹って言って、友達になかなか信じてもらえなかったからだ!

 それに、さっきみたいにお姉さん達が喜ぶから。

 自分がモテるわけでもないのに、イケメンの弟がいれば自分の株が上がると思ってるおバカさんなんだ〜!


「お兄ちゃんのバカ! トイレとかどうすればいいのよ!」

「だって〜。メンバーには今日イケメンの弟がくるって言っちゃったんだもーん」

「もーんじゃない! 私をダシに人気を得ようとするな!」

「弟くんお菓子あげるよ」

「ねえ一緒に写真撮ろう」

「あ、えと。はい……」


 かく言う私もお姉さん達に囲まれるとどうすればいいか分からなくなっちゃうんだよ〜!


 それからはもうひたすら富士山を眺めたり寝てるフリをし続けた。


 ――1時間後。


「ついたーー!」


 バスを降りると感じる穏やかな潮の香りに、さんさんと注ぐ太陽の光。

 伊豆の空気を胸いっぱいに吸い込んで、私は周りを見回した。

『日本文化体験館』と書かれた案内板に従って進むと、広い敷地に建つ体験実習に特化した施設が現れる。


「今日は神奈川からきてる子達と合流するんだ」

「へえ〜」


 お兄ちゃんの説明に適当な返事をしながら、私の視線は1点に釘付けになっていた。


 だっておしゃれな和紙を使った家具や小物が飾られてるコーナーがあるんだもん!


 係の人が今後の動きを説明している間、私はふらふらと吸い寄せられるように和紙コーナーへと向かった。

 ランプやアクセサリーに混ざって、和紙の切り絵も額に入れられている。

 2匹のクジラが寄り添って泳ぐ、美しい切り絵。

 私はそれを食い入るように見つめた。

 手すき和紙の風合いと相まって、心を感じさせる。


 きれい……。

 もっと近くで、と足を踏み出したその時、

 ゴチンッッ

 と頭になにかぶつかった!


「いっ!?」

「うわっ!?」


 たまらずその場にしゃがみ込むと、隣で同じように頭を抱えている男の子の姿が視界に入ってきた。

 キャスケット帽を深くかぶった、同い年くらいの子だ。

 もしかして私達、頭同士をぶつけちゃった?


「キミ、ごめん! 大丈夫?」


 慌てて立ち上がって手を差し出すと、男の子はぱっと私を見上げて、そして一瞬たじろいだように見えた。

 やばい、私が石頭なせいでケガさせたか!?


「頭見せて!」


 がばりとその子に迫ると両手で押し返されてしまう。


「だ、大丈夫。こっちこそゴメン……」

「そう? ならいいんだけど」


 よいしょとその子を立ち上がらせると、私達の様子に気がついたお姉さん達がわっと集まってきた。


「弟くんどうかした?」「転んじゃった?」

「あ、いえ。大丈夫……ん?」


 わらわらと私達を囲むレンジャースカウトのお姉さん達を見て、私はあることに気づいてしまう。

 な、なんかお姉さんの数が増えてない!?

 明らかにバスに乗っていた時と違うお姉さんが混ざってる!

 よく見るとそのお姉さん達は私ではなくキャスケット帽の男の子の方を囲んでいた。


「ユキトくん探したよ〜どこ行ってたの?」

「ホラちゃんと係員さんの説明聞かないと」

「あ、えと……」


 なるほど、キャスケットくん。キミの連れのお姉さん達だったのか!

 同じくお姉さんに囲まれている身として親近感がわく。もしかしたら合流するっていう神奈川の人達なのかな。

 そんなことを思っていると、なぜかキャスケットくんが私の背中に隠れてしまう。


「んん?」


 そうするとお姉さん達は私の存在に気づくわけで。


「うわー君イケメンだね!」

「ユキトくんのお友達!?」

「静岡のボーイスカウトの子かな」


 結果、どわっとお姉さん達がなだれ込んでくることになると。

 ええこうなると思ってましたよ!

 なんせ今日の私は淡井『弟』ですから!


「お〜い我が弟よー集合だぞー」


 騒ぎも知らないお兄ちゃんが遠くから私を呼ぶのにイラッとしながら「ハイハイ」と返事をする。

 我が弟ってほかに呼び方ないんかい!

 お姉さん達に連れられて、私とキャスケットくんは集合場所に向かった。

 同じところに集合するってことは、やっぱり神奈川の子だ。

 施設の説明を受けてから、静岡のチームと神奈川のチームで軽く自己紹介をする。


「どうも〜。淡井兄弟でーすよろしく!」


 まあ私の自己紹介はお兄ちゃんにまとめられちゃったけどね!

 最後に自己紹介をしたキャスケットくんは声が小さくて全然聞こえなかったけど、確かユキトって呼ばれていたのは覚えている。

 ユキトくんも和紙が好きなのかな。

 あの時頭をぶつけたってことは、ユキトくんも切り絵を近くで見ようとしていたってことだよね。


「ではまず、手すき和紙について勉強しようと思います」

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