はじめてのハイパーペーパークラフト!

第1話

 春の訪れを感じさせる暖かな日差し。

 鳥のさえずりが響く通学路。

 登校班でまとまって校門をくぐると、目の前いっぱいに桜の花が咲きほこる。

 げた箱に走って行く新1年生を見送って、私――淡井実咲あわいみさきは春の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。


 ついに、今日から6年生だ!


 ここは静岡県にある御殿場西ごてんばにし小学校。

 田んぼと茶畑に囲まれたのどかな学校で迎える6度目の春。

 とうとう小学校最後の学年になった。いや、なってしまった。

 思えばこれまでの小学校生活では特別なことがなーんにもなかった。

 いつもと同じように学校に行って、勉強をして、友達と遊んで……。


 でも今年は違う! これまでとは違う、絶対に有意義な1年にしてみせるんだ!


 私はひとりでそう意気込んで、げた箱にスニーカーをしまい、新しく買ってもらった上ばきをはく。

 まっしろな上ばきに気分は上々。

 小学生最後の1年をなににかけるか、私はとっくに決めていた。


「見ててね……『えまぴ』。私絶対に、えまぴのタイプの女の子になってみせるから!」


 そう、それは私の大好きな小学生YouTuber『えまぴ』の好みのタイプになるために、女の子らしくなること。

 えまぴは色素の薄いサラサラの髪の毛に、切れ長の目がカッコいい王子様みたいなYouTuber。

 マスクで顔の半分は見えないけど、イケメンであることは間違いない。

 私はそんなえまぴに一目ぼれをしてしまった。

 えまぴが配信で言っていた「好みのタイプは女の子らしい子」という言葉に衝撃を受け、こうして心機一転、目標を立てたというわけだ。


 好きな人のタイプになるために努力する。こんなに有意義な時間が他にある? あるなら誰か私に教えてほしい。


「おーい実咲!」


 後ろから名前を呼ばれたと思ったら、頭にポコンと衝撃が走る。


「いたっ。なにするのケント!」


 頭を叩いてきたのは幼なじみで同じクラスの藤扇ふじおうぎケント。

 お母さんが超美人なイギリス人で、見た目は海外映画に出てくる子役くらいに整っているからカン違いされやすいけど、中身はただのガキ大将。

 今もこうして頭を押さえる私を鼻で笑っている。


「げた箱でぼんやりしてるからだろー。早く教室行こーぜ」

「なんであんたと一緒に――はっ! ……コホン、よろしくてよ。教室に参りましょうケントさん」


 ケントにつられていつもどおりケンカ腰になりかけて、慌てて女の子らしいイメージの話し方に切り替える。


「うげっ。変なしゃべり方やめろよ!」

「変とはなにさ変とは! ――はっ。ああもうダメだ難しいー!」

「はあ? 新学年早々ボケたか?」


 女の子らしくってこんなに難しいの?

 そもそも女の子らしさってなに?

 もしかしてしゃべり方の問題じゃない?


 頭を抱えてケントと教室に向かっていると、廊下に貼られた紙が目に入る。


【家庭科クラブに入りませんか】


 と書かれたそのチラシに、私はポンと手を打った。


「これだー!」

「うわっうるせーな! なになに……家庭科クラブ? 似合わん!」

「なんでよ! 私は女の子らしくならなきゃいけないの」

「お前が? この御殿場西小サイキョーの番長、淡井実咲が?? ムリムリムリ!」

「ちょっと柔道やってるだけでサイキョー扱いしないでったら!」


 女の子らしいって言葉が似合わないなんて、ケントに言われなくても分かってる。


 小6にして身長165センチ。

 生まれてこのかたショートヘアー。

 洋服は2つ年上のお兄ちゃんのお下がり。

 声も女子にしては低め。

 親戚に会う度にジャ○ーズ事務所に履歴書を送られそうになる。

 地元で噂の美少年と言えば大体私のこと(女子なのに)。


 そして極めつけは腕っぷしの強さ。


 私の両親は共働きで、小さい頃からよく家の隣の柔道場に預けられていたから、自然と柔道をしてきた。


 たまたま学校に現れた不審者を投げ飛ばしたり


 たまたま同級生を狙うストーカーを絞めあげていたら


 御殿場西小サイキョーなんて呼ばれるようになってしまったけど……。


「私、えまぴのために女子らしくなるんだから!」

「はい出た。えまぴ王子。まだハマってんのかよ。あんななよなよしてるのよりお前の方が断然王子様っぽい――ぐはっ」


 えまぴの悪口を言う者は誰でも容赦しない。

 ケントの首に腕を回しチョークスリーパーをきめていると、家庭科クラブのチラシの隣に貼ってある紙に気づいた。


【ハイパーペーパークラフトクラブ メンバー募集中

 興味のある人は6年 禅将継 まで】


「これってまさか、『ハイパーペーパークラフト』!?」


 ハイパーペーパークラフト。

 それは動画サイトで必ず目に入る、最近できた新競技だ。

 まっしろな紙を切って、組み立てて、できた作品の評価を競う。

 制限時間内に決められたお題に沿って作品を仕上げないといけない。

 上手い人はあっという間に芸術的な作品を生み出す。その秘訣は発想力とハサミの技術。


 なんでこんなに詳しいかって?

 なにを隠そう、私の大好きなえまぴもこのハイパーペーパークラフトの選手なのだ。


「これ、えまぴがやってるやつだ! でも、こんなクラブなかったよね? それにこの人……名前なんて読むんだろう。同じ学年にいたっけ。ねえケント、ケント? あ」

「きゅ〜」


 しまった、やりすぎた!



 白目をむいてしまったケントをズルズル引きずって教室に向かう。

 教室の入り口には、いつもどおり私を待ち構える人影があった。

 私は片手を上げてその子にあいさつをする。


「おはよー。まつりちゃん。今日もかわいいね」

「実咲さま〜! おはようございます。今日もお美しいですわ」


 そう言って私の腕に抱きついてくるのは同じクラスの加藤田かとうだまつりちゃん。

 長い髪をくるくる巻いて、お花のリボンを編み込んでいるのがすごくかわいい。

 ピンク色のふわふわしたワンピースに、白いハイソックスを合わせた見た目も中身もカンペキお嬢様だ。

 前にストーカーに狙われていたのを助けてからすっかり気に入られてしまったようで、いつもべったりくっついてくる。

 あんまりベタベタされるのは苦手だけど、好かれているならいいかなーと思っていつもされるがまま。

 クマのぬいぐるみにでもなった気分だ。


「そういえばあの話、考えてくださいました?」

「あー、モデルの件ね……」


 まつりちゃんのお父さんはファッション業界のお偉いさんで、子供服から紳士服までなんでも扱っている。

 ストーカーの件でまつりちゃんのお父さんがうちにお礼を言いにきた時に、私を新しいブランドのモデルにしたいと言い出したのだ。


 しかもメンズ用のブランドの。


「悪いんだけど今回はお断りしておくよ。私女子だし」


 私は頭をかきながらやんわりと断る。


「性別なんて関係ありません! 実咲さまはどんな男子よりも強く美しいのですから!」

「ん〜。でもごめんね」

「分かりましたわ……ではせめてこれにサインを……」


 そう言って悲しげにまつりちゃんが差し出した1枚の紙を受け取る。

 モデルの件は断ってしまったし、他に聞ける頼みなら聞きたい。サインを書くくらいなら喜んでしよう。まつりちゃんは大事な友達だから。


 しかし紙を見てその思いは崩れ去った。


 それには大きな文字でこう書かれていたのだ。


【ジャ○ーズ事務所応募書類】


「親の顔より見たわーーー!」


 バリバリバリッバサーーーッ!


「ああ〜なんてことを!?」


 書類を破り捨てると、まつりちゃんは悔しそうに私の肩を揺さぶってきた。


「実咲さまは! もっと自分の魅力を! 自覚してください!」

「もう美少年って言われるのはいやだー! 私女の子らしくなりたいんだよー!」

「中性的なところが実咲さまの魅力ですわよ!」

「ううっ」


 まつりちゃんの言いたいことは分かる。

 まつりちゃんはジャ○ーズファンでもあり宝○歌劇団ファンでもある。

 性別を問わず美しい人が好きなのだ。

 美しいと言ってくれるのはありがたいけど、私は女の子らしくなりたい。


 まつりちゃんの望む中性的な美しさとは違うんだよ〜!


「なーにが実咲さまだよ。この実咲信者め」

「あら藤扇くんもいたんですの。実咲さまから離れてくださいまし」


 ちなみにまつりちゃんは男子には超キビシイことで有名である。

 にらみ合うケントとまつりちゃんをなだめていると、チャイムが鳴って先生が入ってきた。


「はいみんな席についてー」


 私たちは慌てて自分の席を確認する。

 あいうえお順だから私は一番窓側の一番前の席だ。

 まつりちゃんは私の隣の席。

 ケントは真ん中の一番後ろの席に急いで座った。

 新担任の西丸にしまる先生が自己紹介を始める。


「この6年1組の担任になった西丸です。みんな進級おめでとう」


 大らかで優しい西丸先生が担任でなんとなく安心だ。

 5年の時の担任は学校イチ怖いマダム長谷川はせがわだったから余計に嬉しい。

 西丸先生は丸メガネの奥で優しく笑って、話を続ける。


「始業式に行く前に転校生を紹介します。入ってきて」


 転校生?

 クラスがざわつく。


 先生の合図で教室に入ってきたのは、ひょろりとした男の子だった。

 フレームのないシンプルなメガネに、短く切った黒髪。

 白いポロシャツに深緑のマウンテンパーカーをはおった、いかにも普通の子だ。

 口をぎゅっと閉じて、なんだか硬い顔をしている。


 緊張してるのかな。それとも元々そういう顔?


 ぼんやりと転校生を見つめていると、その子は黒板に自分の名前を書き始めた。


 ゆずり 将継まさつぐ


「え」


 ついさっき見たばかりのその文字を思わず2度見する。

 間違いなく廊下にあったチラシに書いてあった名前だ。


 見間違いだよね?

 だって転校生なのに、いきなり廊下にチラシ貼る?

 転校初日にクラブのメンバー募集する?


 目を白黒させる私の前で、転校生は小さな声で自己紹介を始めた。


「禅将継です。奈良から引っ越して――」

「えっ! やっぱりハイパーペーパークラフトの人!?」


 見間違いじゃなかったことに驚きすぎて、自己紹介をさえぎってしまった。


 しまった、思わず声に出ちゃった!


 クラス中の視線を浴び、私は口を押さえる。


「こらこら禅くんの話の途中ですよ」

「ご、ごめんなさい」


 西丸先生にも注意されてしまい、私は縮こまって顔をふせた。


「番長うるさーい」なんてヤジが飛んできて、教室が笑いに包まれる。


 ああ〜私のバカ!

 女の子らしくなるって決めたばかりなのに。

 あと私、番長じゃないし!


 転校生――禅くんに申し訳ない気持ちでいっぱいになって、チラリと彼を見る。

 すると禅くんは意外な顔をしていた。


 ぽかんとしたような笑っているような

 ぶわっと花が咲いたように、こわかった顔がほころんだ。


「もしかしてあんたもハイパーペーパークラフトやるんか!?」

「えっいや、ちが」


 私に負けないくらい大きな声に、目を丸くして驚く。


 今の今まで硬い顔をしていたのに。

 どうしてそんなに、嬉しそうなの?


 彼は私の席の前に立ち、ランドセルから紙の束を取り出して私の机にばしーんと乗せる。

 それは見たことのあるチラシで。


「この学校ハイパーペーパークラフトのクラブがないって聞いたから、俺つくろうと思って。よかったら入ってや。クラスのみんなももし興味があったらよろしゅう!」


 いきなり関西弁でしゃべり出した禅くんは、近くの生徒にもチラシを配り始めた。


「禅くんはハイパーペーパークラフトの全国大会で準優勝したそうですよ」


 西丸先生がサラッととんでもないことを言った。

 またまたクラスがざわつく。

「すごい」や「マジ?」なんて言葉とともに、みんなから禅くんへ熱い視線が注がれる。


 私はというとあごが外れそうになっていた。


 全国大会準優勝!?

 それはつまり、日本で2番目に強いってことだよね。

 ハイパーペーパークラフトの人!? なんて言っちゃったけどそれどころじゃなかった!

 転校初日からクラブの宣伝をするのも頷ける。

 普通に見えるのに実はすごい人なんだ……。


「禅くん、とりあえず席は1番後ろでいいかな」

「はい」


 先生に促されて自分の席に向かう禅くん。

 私の前を通る時にふと目が合った。

 その黒い瞳がまっすぐ私を見ていてどきりとする。


「名前は?」

「あ、淡井実咲……」

「淡井くんのおかげでチラシ配れたわ。ありがとお」

「え、いやいやそんな」


 ぺこりと私に礼をして、禅くんは席についた。

 私はなんだかむず痒いような、落ち着かない気持ちになって、先生が話をしている間もじっと机を見つめることしかできなかった。


 なんだか胸がドキドキする。

 大きな声を出したから?

 それとも?


「……ん? 淡井くん?」


 禅くんにかけられた言葉を思い出しはっとする。


 私は

 私は!


「女ですーーー!」

「番長うるさーい」


 そして、そんな私を不満そうに見つめる瞳があることに、私は全然気がつかなかった。

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