第41話「ブリトニー」

 桜香る木造建築の建物が立ち並ぶ格式ある古街、「ドラコーン」。

 そこは火山地帯——栄養を多く含んだ土壌を生かした農業を盛んとした、王を中心とした王国であった。


 国民は皆、竜の血を引き、特殊な力を持っていたという。



 ——そこに、王の娘として彼女は生まれた。



「我が愛しのブリトニーよ。我らのもとに生まれて来てくれてありがとう」



 この国では、かつてこの国を開国した女王、「エイリーク・ヴァン・ドラゴニア」の直結血族を代々王とする歴史がある。


 幼い頃から、竜の王女として生まれた彼女は、その地位もあってか周りから守られながら大切に育てられた。魔物がうろつく国の外に出ることはおろか、街の中を歩くときでさえ護衛を付けられるほど、「温室育ちのお嬢様」と言う言葉がこれほど似あう人物はそうそういないほどであった。

 中には彼女に取り入る連中や、暗殺を企てる連中もいたとかで、幼いながらも窮屈な生活を強いられていたようだ。



 そんな、あらゆる圧力に押し込められていたある日、彼は現れた。


「お初にお目にかかります……私の名はエリクシード・ヴァン・ドラゴニア——エリクとお呼びください、お姫様」


 金髪美形な青年。

 宝玉によってあしらわれた美しい直剣を携え、気品のある衣服に身を包んだその男は、丁寧な口調で彼女に語りかけた。



 周りの話によると、彼はかつての竜人王の血を引く——彼女らと同じ血族の一人であった。だが、その血脈の中に別種の血が混ざった異端種族——

 要は、純血種である彼女らと違い、混血種である彼は、この国の人間たちからは白い目で見られる対象であった。



 王族の血を引くエリク。当時12歳。

 混血と言う素性から国外へ追放された彼であったが、たぐいまれなる才質と、持ち前の力強さを買われ、彼女のお目付け役として抜擢されたのだ。


 彼女の父である国王は、彼をそこまで嫌ってはいなかった。むしろ、彼を息子のように愛していたからこそ、歳の近い彼にブリトニーを任せたのだろう。



 七色全ての魔法が扱えるエリク。剣術も天才的で、性格も良く、非の打ち所のない完璧超人であった。

 そこまで何でもできる彼に対し、ブリトニーは天でダメ。何をさせても不器用で、唯一使えるようになったのは炎の魔法(最小レベル)のみ。

 そのためブリトニーは自分の才質の無さに悔し涙を流すこともしばしばだったが、そんな彼女にエリクは優しく声をかけ続けた。


 稽古につかれた日には、二人の好物である「オムライス」がふるまわれ、ほっぺたについたケチャップをお互いに笑い合った。



 ブリトニーは、自分の力に慢心せず、優しさを見せ続けたそんなエリクをいつしか、兄のように慕うようになっていったという。




 ——そして、そのような日常が続いたある日のこと。



 彼女は死の淵に立たされる——



★ ☆ ☆



 その日もいつもと同じような日常だった。

 同じようにお稽古を終え、卓には豪勢な料理が立ち並び——いつもならオムライスが一つずつ必ずあるはずなのに、今日に限ってはそれがなかったことが引っ掛かるところであったが、女王に急かされて彼らは席に着いた。


 そして、食事のあいさつをし、全員が料理に手を伸ばそうとしたその時、ブリトニーの体に異変が起きた。

 腰を掛けた椅子から思いっきりぶっ倒れ、首元を抑えながら暴れる彼女。挙句泡を吹き出して、その場は戦慄と化した。






 次に彼女が目を覚ましたのは、医務室のベッドの上だった。

 聞くところによると、料理に毒が盛ってあったらしく、それを口にした彼女は毒に侵されてしまったという。


「————?」


 そこで彼女は一つ疑問に思ったが、その時は特に何かを言うことは無かった。


 彼女は身分から命を狙われることも少なくなかったため、それを狙った外部の犯行かと考えた。しかし、現状は————




 毒を盛った人物として挙げられていたのはエリクだった。




 竜人族の王座に返り咲くため、周りから言われ続けた言葉に対する復讐のため————あらゆる動機と状況証拠から、彼が犯人とされていた。

 彼自身、そのことは真っ向から否定していたが、その言葉には誰一人として耳をかさなかったという。

 そう、あの国王でさえ——



 彼女もまた、その事実が信じられなかった。

 ありえなかった。

 彼が毒を盛るなんて、信じられなかった。


 それに、先ほど思ったこと。彼女はまだ何も手を付けていなかった。それなのに、彼女は毒に侵されたのだ。


 この事件は何かがおかしい。

 エリクが犯人であるはずがない。


 あれほど優しくしてくれたエリクが、彼女を殺そうとするなど、そんなことはあり得ない。


 ——そう、ありえなかったのだ。



 彼女は必死で抗議した。

 食事を口に運んでいない、だからそこから毒を摂取したわけではない、と。だが、国王自身も毒で侵されるかもしれなかった状況であったため、国王含め女王やその他全員はその話を一切聞いてはくれなかった。


 牢にぶち込まれたエリク。

 魔力の一切を封じられ、抵抗する力を奪われた男は、鎖に体重を任せて脱力していた。

 あらゆる拷問を受けたのだろう。気品のある衣類ははぎ取られ、体中に傷と出血の後があり、顔面は大きく腫れ上がって、とても以前までのイケメンとは思えない面持ちをしていた。


 そんな状態の彼に対してでも、彼女は面会すら許されなかった。



★ ★ ☆



 王族を陥れようとした罪は重い。

 死罪になることがほぼ間違いなく約束される——彼もまた例外ではなく、国王によって死罪の判決を受けていた。


 決行されるのは明日。

 彼女の発言の全ては、事件のトラウマからくる妄言扱いとされ、哀れ目で軽く扱われてしまうばかり。



 ——彼女はその時、自分自身の無力さを呪った。



 自分が大切に守られてきたこと。

 弱くても誰かに守ってもらえる環境であったこと。

 そのため、どれだけ必死で答えても、全ては弱い人間の妄言としかされないということ。



 弱ければ説得力がない。

 そのため言葉に重みが生まれない。

 だから聞いてもらえない。

 ——信じてもらえない。


 だからこそ、自分自身の弱さ、周りに守られながら生きる自分自身の弱さが大っ嫌いになった。



 そして、そのまま明日を迎える。



 見晴らしのいい正面の席はまるで、闘技場のアリーナ席のようだ。彼女たち王族は、最も高く見晴らしのいい席でその場所を見下ろしていた。


 王城——審判の間にて、エリクはギロチン台に連行されていく。その時初めて彼女は、現在の彼の姿を目にした。


 彼は心身ボロボロで、まっすぐ歩くことすらままならない、立っているだけでもやっとのような、そんな姿を見せていた。



 王族への反逆罪。裏切りの混血種。公開処刑。

 あらゆるタグが、多くのギャラリーを集め、彼の死を数多くの人間が大喜びしていた。


 人が今から死ぬというのに、いかれた連中ばかりだ。

 まるでお祭りのような空気になっている。それを見るだけで、声を聞くだけで吐き気しかしてこなかった。


 いかれていた。完全に。



 そして、国王が処刑の命令を下したとき、集まったギャラリーたちは今までの歓声をより一層高め——



 ——もう、こうするしかない。



「お父さま」



 玉座に腰を掛ける国王の前に、彼女は立ちはだかった。よく見ると、その手には白銀のナイフが握られていた。


 すると彼女は、その持っていたナイフを自らの喉元に当てた。

 その光景に周りは唖然とする。


「——何のつもりだブリトニー」


 国王も動揺していた。

 周りの護衛たちは、彼女の方へこっそり近づこうとするが——


「来ないでッ!」


 彼女は、そのナイフを首に押し当てた。

 さらりと滑らかな鮮血が、そこから流れ落ちる。


「お、落ち着くのだブリトニー。な、なにがどうしてこんな……」


 国王は明らかに動揺していた。


「エリクおにいちゃ——エリクを殺すのなら、私もここで死にますっ!」


 その声は、会場に響き渡って、集まった多くのギャラリーの歓声はピタリと止まった。


 彼女の考え、それは自らの命を懸けること。

 力なき弱者は、自らの真剣さを伝えるためには、それ相応の覚悟を見せなければならない。彼女にとってその覚悟を見せる方法は命を懸けることでしかなかったため、彼女はその方法を取ったのだ。


 ただの付け焼刃に過ぎないかもしれない。でも、弱者はこのくらいしなければ話すら聞いてもらえない。

 命を懸けることなんて誰にでもできることかもしれない。でも、それでも、命を懸けてでもエリクを殺させたくなかったのだ。



ギャラリーの視線がこちらに集まる——


「ま、待てッ! やつは我々を殺そうとしたのだぞ? ブリトニー、貴様もその身をもって味わっただろうが!?」


 国王は取り乱して説得を続けた。だが、


「そんなことはわかっています……でも、私はエリクを信じていますッ! 皆頭ごなしに決めつけてエリクを責めて——どうせろくに話も聞かないまま彼を犯人に仕立て上げたのでしょ!? エリクが混血だからですか? 混血の何がいけないのですか? なんでそれを理由に彼を白い目で見るのですか? ——おかしいですよねッ!?」


「…………」


「「「…………」」」



 国王含む、全ての民が沈黙した。

 みな薄々気づいていたのかもしれない。彼が混血で、忌むべき存在だったからこそ、それを理由に盛り上がっていたと言うことを。

 だが、そもそも混血を悪とした風潮が間違っているのだ——



 と、その時、その様子をただ冷静に横から眺めていた女王がため息を一つつき、ふいに口を開いた。


「……なら、彼を——エリクを永久追放すればよろしいのではないでしょうか?」


「——ん? それはどういう……」


 国王は不思議そうな表情を浮かべた。

 それに対し女王は、表情を一切変えずに続けた。


「いえね、このままではらちがあきませんからね……私も実の娘が目の前で散る光景を見たいとは思いませんし、かと言ってエリクをこのまま無罪としてしまうのも、一度彼を罪人としてしまった手前、あなたの威厳にかかわります」


「…………確かに」


「ですからエリクを、この国から永久追放してしまうのです。追放刑の中でも永久追放は死罪に並ぶ刑ですから、きっと民も納得されるでしょうし……。罪状変更の理由は、ブリトニーによる慈悲で良いでしょう」


 女王が的確な提案を国王に伝えた。

 ブリトニーはそれに対し、なんとも言えぬ表情を続けた。


 そして、国王は。


「……あいわかった。おまえの意を汲んで今回はそうするとしよう」



 こうしてエリクは、この国から——ブリトニーから永久追放されることとなった。



★ ★ ★



 んん、んん——


 熱い、苦しい。


『周りを信じてはいけない』


『もう少し静かにはできないのかしら?』


『あんな一族の裏切り者に取り入りおって』


『みっともない。もう少し我慢しなさい』


 頭が、痛いよ。

 苦しい。


『この少女が、我らの糧となる』


『教祖様のお導きのままに』


 息ができない。

 目の前が真っ暗だよ——


 はあ、はあ——


 誰か、私をここから連れ出して——






「——リトニー————、ブリトニー?」


 その時、その声とともに視界が明るくなった。

 そして私の目の前には、真っ赤なコートに身を包んだその人の姿があった。

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