第39話「強くなる方法」

 その日初めてであった男と飲み物を酌み交わしていた時、一通のメッセージが届いた。


「鉄鉱石が……欲しい?」


 それは、俺が専属契約を結んだ男からの依頼クエストだった。



※ ※ ※


【採集:鉄鉱石をお願いしやっす!】

~Dランク★★☆~ 達成ポイント:20pt


[メイン依頼]

鉄鉱石×10の採集


[目的地]

指定なし


[報酬]

・200G

・鉄鉱石を使った装備


[特殊条件]

なし


[依頼者:ヘトス]

 クロムの旦那っ! 早速ですが今朝言ってた話っす!

 手持ちの鉄鉱石が底をつきかけておりやして、近頃は業者からの仕入れもなぜか乏しいんで、旅の途中にもし余裕がありやしたら、ぜひとも鉄鉱石を集めてきてくださるとありがたいっす!


 あとこれは余談っすけど、この近辺じゃアグリの洞窟なんかが魔物も比較的弱いですし鉄鉱石も多く集まりやすよ!


 じゃ、そゆことで、よろしくお願いしやっす!



依頼クエストを受注しますか?』


『▶はい

  いいえ』


※ ※ ※


★ ☆ ☆ ☆ ☆



「——で、その旦那がなんで今うちに来てるんすか?」


 俺は、依頼クエストを受け取った直後、今朝立ち寄った鍛冶屋に顔を出していた。

 日も暮れているというのに、繁盛しているなこの店は。


「いやなんでって……そりゃ採掘道具持ってなかったし」


「あ、そう言えばそうっすね。……て言うか、俺の依頼クエストを最優先してくれたってことっすか!?」


「そう言うわけじゃないんだけどね……」


 俺は苦笑いをした。


「取り敢えず採掘道具を造りますんで、ついて来てください」


 そして俺は、今朝のように工房へと案内された。




 相変らず薄暗い一室は、逆に落ち着く。

 ヘトスは奥から鉱石を持ってきた。あれは見た感じ銅鉱石だな。

 そしてそれを俺の前に置き、


「すみませんねこっちから頼んでおいて銅鉱石なんて……本当は鉄鉱石辺りで造りたかったっすけど依頼文クエストメッセージの通り、今は自由に使える鉄鉱石がありやせんので……。ささ、取り敢えずこれに手を当ててくださいな」


 俺は言われた通り手を当てた。

 ——ん? 何も起きないぞ?


「——クロムの旦那、もしかして魔法は不得意で?」


「一切使えましぇん」


「…………」


 ヘトス、苦い顔をし、ここで長い沈黙に入る。




「……まま、とりあえずやってみましょ! ねっ! ——そうそう、手先に力を込めるイメージっす! グッと、グーッと!」


 俺は言われた通りやった。——だが、一向に変化は現れない。

 どうなっているんだよこれ。


「……おっかしいなあ、こんなこと一回もなかったのになあ」


「…………」


 俺はただ沈黙するしかなかった。


「仕方ないっすね。じゃあ代用品でやりますか」


 なんだそれは。


「旦那、何か『長い間愛用しているモノ』って持ってたりしやすか?」


「なんで?」


「年季の入った愛用品ですと、自然と魔力が染みつくんすよ。で、魔鉱石と同じように加工できるんす」


「んー、それなら……」


 俺は背負っていたクワを差し出した。俺の脳裏によぎったものはこれくらいしかなかったから。


「これって……結構年期入ってそうっすけど、本当に良かったんすか? なんか大切なもののようにも思えるんすが……」


「ああ、まあ……元が農家だったからその名残でクワ背負ってただけで、特別意味はないよ。たしかに、農作業を始めた頃に母親からプレゼントされたものだけど、それを理由に『元農家』って肩書を引きずっていくのは違うだろ、てね。今じゃ農作業よりも戦闘に使ってるくらいだし」


「そう……すか、ならいいんすけど……」


 ヘトスが俺の顔をじろじろ見ながら言った。



 はっきり言う。俺にとってこのクワは大切なものだ。

 農家として、そして母親から授かった初めての農具として、俺はこれとともにここまでを生きてきた。無論愛着は湧く。

 だが、それを理由にこのボロい農具を、ましてや戦闘用でもない道具を武器として使うのは、さすがに無理があると感じていた。


 ★★のザコ。しかも農家。

 冒険者になんてなれるわけがないと馬鹿にされる対象の俺が、クワを背負って冒険者として生きる。

 これはつまり、世間に対するささやかな反抗だった。「こんな俺でも冒険者をやれているんだぞ」と言うように、周りに見せつけてやりたかった。わかりやすいビジュアルでその「皮肉」を見せつけてやりたかったんだ。


 だが、やはり現実は甘くない。

 クワ一本で勝てる相手はそうそういない。


 このクワにこだわっていたことも俺の弱さの原因だと思ったため、俺は決心してこれを差し出したのだ。


「じゃあ、これをもとに採掘道具の方、造らせてもらいやすね。年季で魔力が補えればいいんすけど……」


「あ、ちょっと待って、もし使えるならこれも使ってよ」


 そう言って俺は、懐からあるアイテムを取り出し、それをヘトスに投げた。


「——これって、魔晶石が3個……しかも透明!? こんなもの使っちゃってもいいんすか!?」


 なに? 透明だと?

 ——色まで確認していなかったが、どうやら俺の手元にあった魔晶石は、透明色に変化したようだ。——試験の時に石の色が変化しなかったのもこのためか。


 まあいい。


「ああ、使えるんなら使ってくれて構わないよ」


 それを聞いたヘトスの目は、どことなく輝いているように見えた。


※ ※ ※


「魔晶石」×3を渡した——


※ ※ ※


★ ★ ☆ ☆ ☆



 カン、カン——


 俺のクワを熱し、ハンマーで形を整えるヘトス。そんな中、彼はふと口を開く。


「——そう言えば、今朝一緒に居たお嬢ちゃん、今は一緒じゃないんすね」


「…………」


 俺は表情を曇らせ、沈黙した。

 その雰囲気を察したのか、ヘトスも沈黙した。



 ここに来た理由は採掘道具以外にもう一つあった——と言うよりそっちの方がメインだ。


 俺自身「誰かを守りながら戦うのは難しい」「自分の身は自分で守ってほしい」と、自分自身の弱さを認めず、全てをブリトニーに押し付けていた気がした。しかし、俺自身も強くならなければならない、俺自身も弱いんだって今回の一件で改めて思い、今こうして鍛冶屋に足を運んだんだ。

 さっきのクワの話もそうだが——


 ここに来た理由、それは……新しい装備を手に入れて、強くなるため——。


「——ねえ、すまない、このタイミングで言うのはなんだけど、ここに来た本当の理由は、その……『新しい装備』を——」


「鉱石が無い以上、すぐに用意することはできやせん。造りたくても素材がないっすからね。……ただ、依頼クエストの鉄鉱石さえ持ってきてくれたら話は別。いくらでもお造りいたしやすよ」


 俺が全てを話す前に、ヘトスが口を開いた。

 そして、


「……強くなりやしょう。ともに」


 彼は小さくボソッとつぶやいた。

 どうやらすべて見透かされていたみたいだ。



★ ★ ★ ☆ ☆



 少しの時間が経過したのち、ようやく例の品が完成したみたいだ。

 ヘトスは額の汗を拭いながら、一本の槍のようなモノをこちらに持ってきた。


「それは……」


 色合いはクワと同じ——鉄製の取手に、ヤリの刃先の付け根には先ほど渡した魔晶石が3つ、少しオレンジ色に変色して埋め込まれていた。


 ヘトスは何やらニヤニヤしながらその槍のようなものをいじり始めた。


「見ててくださいね」


 そして、取手部分の少し下の方をカチャカチャと捻り始める。

 すると、刃先部分がそれに連動してカシャンカシャンと変形し始めた。


「な……こりゃどういうこと?」


「これ一本で三本分の活躍をする魔道具を造らせていただきやした。取手下部をこのように捻って回すと、『槍』『ツルハシ』……そして『クワ』の順に切り替わりやす。まあ、クワはおまけっすね」


 これはすごい。

 この男は機械学にも精通しているのか?


 それと、クワは完全に配慮だろう。匠の粋な計らいと言うやつだろうか。


 それからヘトスは「で」と付け足す。


「ここをこのように押してもらえれば……こんな感じにおさまりやす」


 槍状のソレの一番下に球体状のボタンが付いており、それを押すと30cmほどの筒状のものへと変形した。無論、同じボタンをもう一度押せば元に戻るようだ。


「ヘトスさんって——」


「ヘトスでいいっすよ」


「じゃあヘトス。ヘトスってその、機械学か何かに精通してるの?」


「……いや、そう言うわけじゃないっすが、以前見た機械道具を魔鉱なら再現できるかなと思いそれがたまたまうまくいっただけっすよ」


 また俺は実験材料にされたってことか。

 まあ、成功したから良し、か。


 それにしても、魔鉱というものはすごいな。

 俺は、渡されたその道具を子供の用にカチャカチャと変形させながら、そう思うのであった。


※ ※ ※


三幻槍さんげんそう」を手に入れた——



三幻槍さんげんそうとは】

 魔晶石を三つ埋め込んだ魔道具。それぞれの魔晶石に形状が記憶されており、ボタンを押したり取っ手を捻ったりすることで形状を変化させることができる。


 今回記憶されている形状は「槍」「ツルハシ」「クワ」——


※ ※ ※


 「あ、それから」とヘトスが口を開いた。


「魔晶石の効果でスキルが付与されやす。槍の状態で『貫通力強化』、ツルハシの状態で『採掘効率化』、クワの状態で『耕し効率化』っす。うまく役立ててくだせえ」


 それを聞いた俺は、やっぱり魔装備半端ねえなと思うのであった。



★ ★ ★ ★ ☆



 カキン——ふぅ……


 そして現在はその洞窟の中。

 真っ暗な中、灯りは片手のランプのみ。


 魔物はコウモリみたいな「バッド」だけ。しかもランプの灯りを向けるだけで逃げるもんだから確かに弱い。


 ひとしきり身近な岩壁なんかは掘り進めたが、一向にそれっぽい石は見つからない……本当にここで鉄鉱石が取れるのであろうか。


 俺は冒険の書を開き、「検索:鉄鉱石」と唱えた。


※ ※ ※


【鉄鉱石】


 鉄のもととなる石。

 高温で熱することにより——

 『中略』


【分布】


 …

 ……

 …

 ………

・アグリの洞窟

 …


※ ※ ※


 ……確かに、分布的にはここで正解みたいだ。

 画像も、さっきヘトスから見せてもらった絵と一致するし、やっぱり俺の運がないだけだろうか。


「はあ……」


 しかたない。もう少し奥まで進んでみるか————






 奥に行くにつれて、だんだんと広くなっているような気がする。それに、岩肌も冷たく——日中日が届かない場所だから仕方ないか。


 ん——? あれはなんだ——


 奥の方で何かがうごめいているような気がするが……

 俺はそちらの方にそっと近づいた。

 そして、俺の目に映ったそれは——


 土くれでできた小型の魔物の姿だった。



 魔物の体は土なのか岩なのか、そのような物質でできているようで、こちらに気づくとゆっくり近づいてきた。


 俺はすぐさま冒険の書を開き、そいつを映した。

 そいつの頭上には【ゴーレム】と付いている。


 と、その時ゴーレムが岩を投げつけてきて——

 俺は咄嗟にそれをかわし、体勢を立て直す。


 あれ——?


 さっきゴーレムが投げつけてきた岩が壁に当たり砕け散ったと思ったら、その中に光るものが混じっているのに気づいた。遠目でよくわからないが、あれってもしかして——


 俺は持っていたツルハシを槍に変え、ゴーレムを貫く。

 だが、火花が散るだけでゴーレムの体に傷をつけることができない。


 ゴーレムは距離を詰め、大きく飛び掛かってきた。

 小さな体とはいえ、あれはとんでもない重量がありそうだ。あれを食らったらおしまいだぞ、と、心の中でそう思った。

 俺はそれをひょいっとかわし、再び体勢を立て直す。


 その時、ゴーレムが地面に降り立つと同時に、ちょっとした地響きが。やっぱり、あれを食らったらおしまいだったな。


 おい、弱い魔物だけしか出ないんじゃなかったのかよ——


 槍で傷が一切つかない相手。おそらくブーメランでも傷は……いや、こんな狭い場所ではそもそもブーメランは無理だ。

 さて、どうしたものか——


 岩の魔物。


 魔物————岩————



 ——いやちょっと待て、魔物には武器って、先入観で戦っていたけどさ……これってもしかして——。


 俺はカチャカチャと取っ手付近を回す。


 そして、岩を砕くには最適の形となったそれを、ゴーレムに向けて力任せに振り下ろした。


 うぉりやぁぁぁぁああああ————!!!!


 ガンッ————!!!!

            ゴロゴロ…………


 ——やっぱり、思った通りだ。

 こいつ、ツルハシの方が効くぞ。


 そして、こいつの破片から俺は、さっきの光るものと同一のものを拾い上げる。それはやはり——「鉄鉱石」だった。



★ ★ ★ ★ ★



 もう少し奥まで潜った。

 やはり、壁の中に鉄鉱石がある気がしない。

 その代わり、ちょこちょこ湧くゴーレムからは必ずと言っていいほど鉄鉱石が取れた。

 その鉄鉱石も残すところあと少し。さて、10個揃うかな——ん?


 奥地の中で、壁を見ながら進んでいた俺は、一つの、他と比べれば広い空間に出ていた。そしてそこの壁一面には、鋭利な何かで掘られたような線の絵が大きく描かれていた。


 それは、さっきまでのゴーレムの比ではない、巨大な岩の魔物のような姿。


「これは一体——」


 俺はただ、息をのむことしかできなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る