第19話「オムライス」

 桃色の肌に、少し赤みのかかった、肩にかからないくらいのショートの髪。瞳は蒼く透き通っており、ぱっちりと大きい。背丈140センチメートル無いくらいの小さな体にしては、少し大柄な、服と言うよりかは一枚のぼろっちい布きれのようなものを着ていた。

 その少女は、今もなお無口なまま怯えている。



 さて、冒険者になったはいいが何をしようか。

 取り敢えず、船着き場にでも足を運ぶか。

 ——いや、その前に寄りたい場所があった。

 俺は少女を連れて、医療棟へと足を運んだ。






 相変らずデカい建物だ。建物に威張られているような気がしてなんだか癪だな。

 俺たちはそのまま中に入った。


 ——ロゼッタは、どこへ行った。


 殺風景な病室。そこに居たはずの彼女の姿はなく、日差しだけがさみしく差し込んでいた。


「あ、ロゼッタ様なら先日退院されて、もうおでになられましたよ」


 俺たちに気が付いた修道女が声をかけてきた。

 ロゼッタ——合格の報告くらいしたかったが、またどこかで出会えるだろう。

 そう思うことにして、俺たちは街を出た。

 その間、少女が一切口を利かなかったのが、少しだけ気にかかったが……。



★ ☆ ☆



 船着き場まではそれなりに距離がある。本来なら馬車やら列車やらを使うのが良いのだろうが、何せ今は船に乗るための金しかなかった。なので、それなりに距離はあるが、歩いて行くことにした。

 昔と違い道も補正されているし、きっと大丈夫だろう。


「き、きゃぁぁぁぁああああ!!!!」


 ——と思ったのもつかの間、霧がかった森の道の途中、スライムと遭遇する。



 初めて女の子らしい反応を示した。


 なんだ、こんな声も出せるんじゃないか、と少しばかり笑顔になる俺。


 スライムは三匹、それを見て更に怯える少女。

 たかがスライムだ。一般人でも軽く殴って倒せるレベルだと、なので彼女にも余裕かと、そう過信していた。だが現実は甘くない。


 這い寄るスライムに尻餅をつき、怯えて動けない少女。それでもお構いなしに、スライムは襲い掛かる。

 俺は手早く手前のスライムを倒し、少女の正面に立つ。


「おい、大丈夫か?」


「…………」


 がくがくと震える少女。

 そうか、十歳の少女、しかも別世界からの来訪者ならなおさらに、魔物と言う存在に対する免疫がないのも無理がない、か。

少し荷が重すぎたと、反省する。

 そして俺は、手前のスライムをすべて撃破した。



 さて、どうしたものか。

 スライム相手にこれだ。一人で戦うならまだしも、誰かを庇いながら戦うのは思ったよりも難しそうだ。


 少女は依然、怯えていた。どことなく申し訳なさそうな表情をしているようにも感じた。

 きっと少女も、自分が足手まといになっていると感じているのだろう。

 その姿が、かつての妹の姿と重なる。


 ——よし、少しだけ修行でもするか。


 俺たちは、一度アルグリッドに戻った。



★ ★ ☆



 街に着くころには日が暮れていたので、今日は宿に泊まるとしよう。——なに、こちらに回すくらいの金は持ち合わせている。それに、明日からは少し金を稼ぐつもりでもあるしな。


 俺は、部屋を二部屋取ろうとした。

 何となく、この状況は犯罪臭が漂っている気がしたので、だ。値段は倍かかるが、まあこれは配慮ってやつだ、仕方がない。


 ——と言う流れで、俺は宿屋の主人に頼もうとしたわけだが、ブリトニーは俺の袖を引っ張って離さない。その表情はどこか不機嫌そうで、そして寂しそうだった。

 なんだこいつ、一人は寂しいのか——いや、そもそも俺の言葉が分かるのか?


 結局俺は、一部屋借りることにした。

 店主が「お兄さんもお好きですね。ダブルベッドのお部屋をご用意いたしましょうか?」とか言ってきたが、「この店主病気なんじゃないのか」と思いながら遠慮しておいた。




 木製の小さな小窓の付いた一室に、ベッドが二つ用意された綺麗な部屋。外からの街灯りが入り込み、それは一層美しさを放っていた。

 そこは、かつての俺の兄妹部屋とよく似た、落ち着いた空間だった。


 俺は速攻、ベッドにダイブした。ふかふかだ。ふっかふか。

 ポンポンはねて遊んでいたが、そう言えばもう一人いたことをすっかり忘れていた。俺は恥ずかしがりながら、少女を見た。少女は、部屋の入口あたりで突っ立ってこちらを見ていた。その表情は、これでもやはり固かった。

 俺はため息をつき、俯く。すると、


グウウゥゥ……


 と、腹の鳴る音が、少女の方から響いた。

 彼女はその音に対して赤面している。やっぱり、根は普通の女の子なんだなと、俺は再び笑顔になった。

 そう言えば、まだ飯を食っていなかったな。俺は少女を連れて、夜の街に足を運んだ。



★ ★ ★



 夜の街は、案外賑わっているようで、酒に酔いバカ騒ぎをする親父やら女の姿やらが目に入る。俺は少女に「あんまり見るなよ」と一言声をかけ手を引いた。少女は「?」と言う顔をしたが、まあいいだろう。

 そして、街の中にある小さなレストランに入った。


 ——へえ、名前は「グリッド・ビーンズ」と言うのか。



 店に入り席に案内されメニューを見るなり唖然。

 ディナーと言うことでそれなりに根が張ることは承知していたが、まさかこれほどとは。外見から安そうな店をチョイスしたつもりだったんだが——まあ入ってしまったものは仕方がない、か。

 俺は自分の財布の中身を確認し、ため息をついた。


 俺はメニューを差し出すと、


「さあ、好きなものを頼んでいいよ」


 と声をかけた。

 しかし、彼女は一言も言葉を発しない。ずっと首をかしげてばかりだ。

 ——あ、そうか。この世界の言葉が読めないんだったな。


 俺は店員を呼ぶと、「オムライス」を二人前注文した。



 料理が運ばれるまで、俺は少女と会話をしようと試みた。だが、彼女に話しかけても、彼女は無口のままだ。

 まるではたから見たら、ただの誘拐犯と少女みたいじゃないか。今しがた、周りの視線が冷たいような気もするし——。


 仕方なく、俺は手元の水を一気飲みする。

 ちょうどそのころ合いで、注文した料理が運ばれてきた。



 目の前に置かれる黄色い物体に、少女はくぎ付けとなる。その眼はキラキラと輝いて、よだれがたれそうな勢いだ。

 俺はケチャップをかけると、彼女の目の前でそれを頬張り始めた。

 ——しかし、少女はそれを食べようとはしなかった。


「——食べないのか?」


「…………」


 終始無言。

 しかし、腹は素直なので、ひとしきりに鳴く。だが、手を動かそうとはしない。


 俺は、彼女のオムライスをスプーンですくい、


「じゃあ俺が食べちゃうよ?」


 と声をかけた。

 さっきまで無口だった彼女は、その行為に対して口をパクパクさせながら両手をこちらに向け上下させる。少し焦っているように見えた。


 やめてくれよ、瞳に涙を浮かべてまで俺に訴えないでくれよ。


 俺は、そのすくったオムライスを、少女の方に向けた。


「ほら、食べなよ」


 笑顔でそう呼びかけると、少女はしぶしぶ口を開いた。

 しかし、それを口に入れた瞬間、彼女の表所は一変、スプーンを俺から奪いガツガツと頬張り始めたのだ。

 その変化にはさすがに驚いたが、やはり相当腹が減っていたのだろう、見ていてとても心地が良かった。



 そう、なんで「オムライス」なのかというと、それは妹の好物でもあったからだ。小さい頃、二人でおこづかいをためては、村の食堂に足を運んでオムライスを食べた。当時の俺たちにはそれが贅沢で、そしてその一瞬のためだけに家の手伝いをしたようなものだ。


 少女の姿は、その時のマナによく似ていた——。


「おい……しい……」


 おいおい、なんで泣くんだよ。

 オムライス食いながら泣くなよな。

 てかやっぱりこの子——


 オムライスを頬張る少女の瞳からは、ボロボロと涙がこぼれていた。そんな彼女に俺は、机の隅に置かれたケチャップを渡すのであった——。


※ ※ ※


500Gを支払った——


※ ※ ※



 飯も食い終わり、再び部屋に戻る——



 少女は相変わらず、入口付近で立ち止まっていた。

 俺は手招きをして、彼女を呼び寄せる。


「ねえ——?」


「…………」


 反応を見せない。まあ、仕方ないか。


「本当は、喋れるよね?」


「————ッ!」


 でも、この子は多分、言葉が分かる。こちらの世界の言葉が。



 そして、少しの沈黙の後、


「——おにいさんは……」


「————ん?」


「なんでそんなに……優しくしてくれるの?」




 少女は初めてまともに口をきいた。




「なんでって……そうだな。——妹に似ていたから? かな」


 俺は素直に話した。


「取り敢えず、君の名前は?」


「…………」


「————?」


「……ブリトニー」


 彼女、ブリトニーは少しためらいながら言った。



 話によると、彼女は普段名前で呼ばれないらしい。そのため俺が名前を聞いた時、少し抵抗の姿を見せたらしい。

 で、俺が彼女を買い取ったことも、やはり理解していたみたいだ。


 そして、オムライスをごちそうした俺に対し、どうして自分にそこまで優しくしてくれるのか、と言う疑問にたどり着いたんだとか。まあ、確かに他の奴らがしようとしていたことに比べたら、俺の行動は不思議でたまらないだろうな。



「——それで、ブリトニーはどんなところにいたの?」


 ブリトニーは少し複雑そうな顔をした。自分の世界をあまり好きではないのだろうか。正直、色々聞いた上で、こちらの世界の都合で勝手に召喚してすみませんと謝るつもりだったのだが——。まあ、話しづらいのなら、


「話しづらいのなら、話さなくてもいいよ」


「——いや……」

 

 しかし、ブリトニーは重い口を開けてくれた。


「私はドラコーンと言う国に住んでいました」


 ドラコーン……やはり聞いたことのない地名だ。


「その国で私は、命を狙われていて……」


 なんと、命を? それは一体——。


「いつものごはんも、毒が盛られていないか警戒しなくちゃいけなかったし——」


それでさっき、食事に抵抗を示していたのか。


「そして少し前、私は知らない人たちに誘拐されて……気が付くとここに——。ほかの人たちの話や、空気の匂いからここが知らない土地だということは何となくわかったけど……」


 誘拐——それに毒——


「でも、おにいさんは他の人と違って、とても優しかったから——」


 やっぱりこの子は、元の世界ではそれなりに身分が——


「オムライス、とても美味しかったです。本当に——とても——」



 言葉のつながり方に違和感を覚えたが、おそらくこの子が幼いからだろう。しかし、逆に幼い割にはしっかりしているという印象も受けた。


 どうやら、オムライスは彼女にとっても何か意味のある食べ物のようで、それが彼女の反応からも見て取れた。本当によく似ている。オムライスをチョイスして正解だった。


 その後、それなりに話を聞いた。そこから、言語の発音は元の世界と同じで、そのため言葉は通じるが、文字は読めない、と言う情報を得た。


 自分の話を語る彼女の表情は、どこか険しかった。初め俺は彼女をもとの世界に返すことも旅の目的に入れようとしていたが、今ではそうは思わない。今後、彼女から直接頼まれたら考えるとしよう。


 そして俺は、明日以降の心配事である例の件を直接的に聞いた。


「ところで、ブリトニーは戦いたい? ——と言うより、戦ってくれるか?」


 ブリトニーは、急に話を切り替えた俺に戸惑っていた。

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