~Side Story~

【金色の裕者】「弱虫試験譚-①-」

 試験会場に到着して、まず始めに目に入ったのは、馬車で同行した不思議な少女の姿だった。


 クロムはそばにいない、たった一人の試験かと思い心に余裕のなかった僕だったけど、一応知っている人間が居たことに安心しつつも、とっかかりにくい少女の雰囲気に多少困惑していた。


 そして、そんな心境のまま、試験開始の鐘が鳴り響き——


 僕たちは皆、本を片手に飛び立った————



★ ☆ ☆



 星者の森————


 噂には聞いていたが、とても神聖な場所だ。

 生物たちはそれなりに多いものの、そのほとんどはスライムで、皆おとなしいものが多い。地形は多少入り組んでおり、そのため冒険者に成っていない僕たちにとっては丁度いい会場と言えるだろう。


 ——さて、現在地は……目的地からだいぶ離れているな。正直他の受験生とあまり遭遇したくなかったから、とっとと石を手に入れてゴールしたかったけど……仕方ないよね。


 取り敢えず僕は、そのまま目的地方面へと足を進めた。






 不格好に銃を構え、慎重に進む。別に誰かの気配を感じたわけでもないけど、一応念のためだ。

 あの時、不意に銃が生まれたが、今では簡単に造れるようになっていた。慣れたのだろうか。

……まぁどちらにせよ、あることに越したことは無いよね。


 そんなことを考えながら歩いている最中のこと、何か熱いものが僕の肌に触れた。

 バチっと火花を散らしたそれは、目には見えないけれど、そのまま草や木に触れたのか、至る所をバチバチ燃やしながら飛んで行っているようだった。


 僕は恐怖心ありきで警戒していたが、


『たす……けて……』


 と言う不明な声が耳につき、一層恐怖心を増しながらも、恐る恐るその火花の動向を追った。

 そして、その先にあったものは————



 巨大な木が根元から折れ、その下敷きとなったとんがり耳の少女の姿だった。



★ ★ ☆



 必死で何とかしようと木を押すがびくともしない。しかも僕の回りには電撃や霜、火花が至る所で発生し、一種の怪奇現象みたいになっていて怖かった。

 でも、目の前で下敷きになっている少女は意識がない。馬車を共にした一度限りの仲間のような存在が今、目の前で窮地に陥っているという事実を、僕は見捨てることができなかった。


 そして、悩みに悩みながら必死で木を押していたら、銃として形状を保っていたそれが、巨大なくぎ抜きのような形状へと変化した。


 突然の変化に驚きつつも、これならいけると思った僕は、それをもとに思いっきり力を込めた。同時に周りの怪奇現象は勢いを増して————


 彼女の上に横になっていた大木は、コロコロと転がりながら彼女の上から消え失せた。



 僕はそのまま彼女を連れ出して、草が生い茂って日の差す場所に寝かせた。残念なことに、彼女はまだ目を覚まさない。

 見た感じ外傷はないみたいだが、なぜあのような場所で木に潰されていたのだろうか。戦闘でも繰り広げたのだろうか————


 取り敢えず、こういう時は水だよね。


 食料は現地調達しようと思って、ほとんど持ってきていなかったけど、近場に川が流れていたから都合がいい。取り敢えず水でも汲みに行くか。


 僕は彼女を寝かせたままその場を後にした。






 すぐ近くで本当に良かった。

 水辺にはスライムたちがたくさんいて、行水していた。どうやらスライムたちの遊び場らしい。

 だが、僕が顔を出したとたん、スライムたちはいっせいに逃げ出したから、少し申し訳ないことをしたなと反省する。



 透き通った水が流れる川。不純物はなさそうで、自然の水とは思えないくらい綺麗だ。一口飲んでみたが、美味い。

 それに、魚も多く生息していて、うまくやれば食料には困らないんじゃないのかってくらい色々なものが充実していた。


 僕がそれらに見とれながらも、水を少しずつくんでいた時だ。


 ザバンッ————!!!!


 すぐ横くらいの水辺に、何かの影が飛び込んだのが見えた。僕は少し気になって、そっちの方を覗くと————



 そこには、ついさっきまで横になっていたはずのとんがり耳の少女が、一切の衣類を脱ぎ捨てた全裸の状態で行水を行っていた。


 カァァァァァァアアアアアア————————


 赤面する僕。

 顔を手で隠すが、指の隙間からそれをこっそり眺めた。彼女も僕に気づいたみたいだが、一切の変化を見せずにそのまま行水する。


 え————?


 彼女が一切の恥じらいを見せないことに対して「いや隠せよ!」ってツッコミを入れてしまったが、彼女は「?」と言う表情を僕に向け、そのまま水浴びを続けている。


 ————いやいや、ツッコミどころはそこじゃない。


 彼女は何で起き上がって、しかも水浴びをしているのかってところが最大のツッコミどころじゃないか————気絶していたはずなのに…………


 僕が下を向きながら混乱をしていると、彼女が、


「アリアがあなたを探していたの」


 そう言うと、彼女の手元から、先ほどの火花がこちらへと飛んできた。そして、その火花が僕の体に触れ————次の瞬間、僕の視界に蛍のような光の粒が大量に見え始めた。


 まるで人魂のようなそれに驚きを隠せない僕。尻餅をついてアワアワしていたところに、


「精霊さんだよ」


 と彼女は一言こぼした。


 精霊と言うと確か、魔力の塊のような生き物で、才能のあるものにしか見えないとか言うアレじゃ——

 僕は彼女に「なんで精霊が?」と問い返す。


「アリアがあなたを好きになったみたいだから……それと私を助けてくれたお礼」


 その後彼女は、行水を終えるまで一切口を利くことがなかった。



★ ★ ★



 成り行きで同行することになった僕たちは、彼女の名前が「フィリア」であることや、彼女が精霊術師であること、つい先ほど他の冒険者と戦闘になり、敗れて石を奪われてしまったという話を聞いた。

 彼女自身についてのことをもっと知りたいと思った僕は、その流れであらゆることを聞いてみたが、それ以降の質問に対して良い返事は一切なかった。


 そして、その後お互いで自給自足しながら夜を乗り越え、その道中で他の受験生と遭遇しては、お互いで協力して倒す、と言うことを繰り返しながら、試験終盤を迎える。




 三日目————


 今日も同じように、目的地へ向かいながら移動して、道中で遭遇した受験生を倒すとしよう。

 そう息巻いていた僕であったが、道中で不意にフィリアの様子が急変した。とがった耳を敏感に揺らし、それにつられて精霊たちもざわついていた。

 一体何があったと言うのだろうか。



 すると途端に、彼女は僕の手を引きながら思いっきり走り始めた。僕はその勢いに負けて、ただ引っ張られるだけでしかなかったが、息を切らしながら彼女に制止を促した。


「ちょ……ちょっと待ってくださいよ——ッ!」


「…………」


 彼女は依然だんまりを続けるが、足は止めてくれたようだ。


 僕は一息ついて、状況を整理した。

 彼女は何かに反応して走り始めた。彼女の考えはいまいち理解できないが、何かわけがあるのは間違いないはずだ。本人に聞き出せれば一番手っ取り早いが、彼女は言いたいことしか言わない——だからこれ以上聞いても無意味なことだ。


 一度足を止めたはずの彼女。しかし、辺りを見渡して、また耳をピンとさせたかと思ったら、「見つけた」と言う一言を零してまた走り始めてしまった。


 やれやれ、訳が分からない————



 そして、開けた場所へと足を踏み入れた時、彼女はピタリとその足を止めた。

 息を切らしながら、彼女の背後からゆっくりと顔を覗かせた——その先にあったもの、それは————



 真っ黒のフード付きマントに身を包んだ、白銀色の、赤いメッシュの入った髪をした美形の青年の姿だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る