第13話「癖と性格」

 予想だにしなかったであろう。

 俺はヒドラの首元めがけて、強烈な蹴りの一撃を食らわせてやったのだ。正直、自分自身でも予想以上にうまくいって驚いているほどだから——。


 振り返り際の攻撃で、ほぼ不意打ちみたいなものだったので、やつが身構える前に、蹴りによる反動でやつの首はぐるりとねじれた。そしてその勢いのまま回転しながら吹っ飛び、奥に見えた大木に激突した。

 この一撃、確かに手ごたえがあった。


 俺は、空中回転蹴りの反動で、そのまま体勢を崩してぶっ倒れた。そう言えば、傷が癒えているわけではなかったな——。


 俺は、胸元の熱い鼓動に手を当てた。やはり、あの「お守り」が俺を守ってくれたみたいだ。胸元は黒い輝きを放っている。


 膝をつき、血に濡れた腕を抑えながらゆっくりと立ち上がる。


 俺はそこで、ふと上を見上げた。

 彼もまた血に濡れてはいるものの、意識ははっきりしており、今にも泣き出しそうな表情であった。俺は、その表情を見て安心しきってしまい、崩れ落ちる表情とともに親指を立てて見せた。


 彼は、俯いていた。きっと涙をこらえ、表情を見せるのが恥ずかしいのであろう。俺は、重たい足を引きずりながら、ゆっくりと彼のもとへと近づいた。


 ——しかし、


 ガサッという音とともに、先ほど吹き飛ばしたはずのその体はあるはずのところには見当たらず——俺の頭上数メートル先、空中でしゃがみ込み、回った首をグルグルと戻しながら、


「今のは……痛かったですね——」


 と言う言葉を放ち、首の位置が元に戻ると同時に、目をピカッと見開いてこちらを睨みつけていた。

 そしてヒドラは、右手を下につき、左手辺りに何かが現れた。——黒い……本……? いや違う、あれは冒険の書——魔導書だ。俺はそれが魔導書であると、直感で分かった。


 やつは、受験生ではないのか——?

 とすると試験官——



「さて、さてさて……。そろそろ『検証』は終わりです……」



 いや、試験官が無意味に受験生を傷つけるはずがない。


 だめだ、これは確実にヤバイ。普通の相手ではない——。

 何かを目的として紛れ込んだ冒険者なら、俺たちの勝てる相手ではない。。

 それにあの黒い魔導書……見るからに禍々しい。



 ——受験生ではないやつが、なぜここにいるんだ?



 手ごたえは確かにあった。

 殺してしまったかもしれないとまで考えるほどだったのに、首の骨は確実に折れていたはずなのに、なのに、どうして——。

 とにかく、まともに相手をするのはだめだ。早くファルコを連れて逃げなければ——。


 その時、やつの体は一瞬深く沈み込み、そしてそれは瞬時に線描へと姿を変えた。ビュンビュンと頭上を線が走る。

 目で追うが、やはり目ではとらえられない。音でも、それ以外のすべてでも。とらえられないまま、斜め上方向、背後から攻撃を受ける。その攻撃を、俺は一切かわすことも、クワで受けることもできない。それが何度も何度も続く——。


 そして、俺がその攻撃を無視してファルコのもとへ駆け寄ろうとすると、やつは半ば強引に俺を押し飛ばしてそれを阻止する。


 先ほどまでの地上を駆け回っていたやつとはレベルが明らかに違う。立体方向に次元が一つ増えるだけで、正に次元が違う戦闘力に跳ね上がりやがった。


 お守りで一時的に体が戻ったとは言え、体はまだボロボロのままだ。何か策を考えろ、考えろ——



『戦い方には性格が出ることがある。相手の癖を見極めることも、戦いには必要だ——。強くなれ。クロ——』



 心の中で、誰かの言葉が響き渡った。


 な、なんだこの声は——。

 知らない、聞いたこともない。けれどなぜか知っているようなそんな感覚に陥る。こんな会話した覚えがない。けれどなぜ——。


 まさか、お守りの声とでもいうのか。

 だとしたらきっと、何か意味があるはずだ——。

 「戦いには性格が出る」「相手の癖を見極める」……。癖……戦い方……性格……。


 やつは「検証」と言う言葉で、俺の力量を図ることを目的とした戦い方をした。それはつまり、やつは分析家で、慎重な戦い方をする頭のキレるやつ、と言うことになる。

 実際、さっきも自分の力をコントロールして、俺がかわせないギリギリのスピードを維持しながら攻撃してきた。あれも、体力の消費を抑えようという、やつの性格を裏付ける証拠だ。


 相手の力量を探ってから、確実に無駄なく処理する戦法を好む。

 ここにいる理由、目的はわからないが、力の差は相当ある。


 力があり、相手を探る余裕のある相手。そして、不意を突いかれたら、魔導書を出して本領を発揮した——。

 そうか、俺の——俺たちの攻撃で動揺をしたんだ。それで焦って本気を出した。


 動揺をした相手——直近ではポールが分かりやすい。動揺した人間は、素の性格が表れやすい。実際、ポールは動揺したら恐怖心でガタガタと震えていた。


 こいつの素の性格は——分析家、無駄を省く——そして今の動き方は「本気モード」で確実に俺を仕留めに来ている。

 確実に——背中にダメージ——ん? 背中?

 ——そうか、こいつは賢いからこそ、相手の「背後」から攻撃をする癖があるんだ。


考えてみればそうだ。こいつが本気を出してから、攻撃を受けているのはすべて背中だ。正面から攻撃をしても、確実性に欠けるが、背後からの攻撃なら防がれにくい。なるほど分かってきたぞ。


 ……だが、背後から攻撃されることが分かっても、攻撃をされるタイミングが分からなければ意味がない。それが分からないと、受けることすらできない。


 そういえば、やつは空中でしゃがみ込んでいたな。それにファルコも空中で。空中——浮遊——一瞬沈み込んだ動作——。


 ふと、俺の目にあるものが飛び込んできた。

 それは宙にぶら下がる一匹の「蜘蛛くも」だった。蜘蛛くもは糸で上下に動いていた。


 そして俺はあることに気づき、頭上に向かって目を凝らした。

 そこにはなんと、光があまり差していないため非常に見えにくいが、うっすらと光が反射して光沢を帯びた白っぽい「線」が見えた。



 ——そうか、わかったぞ。「糸」だ。

 見えない糸を足場に、その張力を利用して限界に近い速度を出しているんだ。それと、糸の張力を利用している場合、方向を定める時、溜が必要になる。現に、やつは最初、一瞬沈み込んだ。つまりそれこそが溜の動作だ。

 そして、対象に攻撃をするとき、力を込めたいのと方向を定めたいと言う二つの要因から、溜をする可能性が高い。


 俺は頭上の糸を観察した。

 それらは常に微小な振動をしているようだったが、ある瞬間、その揺れがぴたりと止まり、グイっと引っ張られているように見えた。そしてそれが、ピンッと弾けた瞬 間、俺は再び背中に攻撃を受けた。


 分かってしまったぞ。

 全ての糸はつながっていて、一部で押し込まれる代わりに、他の部分は引っ張られるんだ。つまり、やっぱりこいつは攻撃の前に溜をして、その時、別の場所の糸は引っ張られてピンピンになる。そしてそれがピンッと弾けた時、それはこいつが俺に向かって飛び込んだ瞬間だ。


 こいつの攻撃のタイミングが分かったぞ。



 ——なら全てをアレ・・で……いや、やつの足場を奪えたとしても、それでファルコを確実に救える保証はない。なぜなら、やつが糸のみで高速移動をしているとは限らないからだ。


 周りには木の枝が散乱している。そう、ファルコのように、木の枝を仲介して飛んでいたら、糸を切っても隙を作れるとは限らない。それに、俺が飛び道具を持っているということを知られたら、それこそ対策を練られてしまうかもしれない。



 ——こいつ、さっきからファルコのもとへ行こうとする俺を必ず妨害するから、きっとファルコが解放されることを恐れているんだ。つまり、ファルコ方面に対する注意力は他よりも高い。だからこそ「糸を使っていること」を俺に知られたことと、「切れる飛び道具を俺が持っていること」なんかに気づいたら、本気のホントに、ファルコを救う手段がなくなる。



 相手を出し抜けて、なおかつ一発で成功できる方法——


 ——この方法しかない、か。



 俺は、ファルコに背を向けた——。





「おや? あなたの言う『お仲間』を救わなくても良いのですか——」



 背を向けた俺を、ヒドラはののしってきた。だが、今はじっと待て。その時が来るのをじっと待つんだ。待って、信じろ。自分を信じるんだ。

 これから冒険者になった時、これ以上の窮地きゅうちに陥ることもあるだろう。だからこそ、今を信じ、未来に繋げ——。


 そして、微小な振動を繰り返していた頭上の糸が、ピタリと動きを止め、グイッと引っ張られる。そしてそれがピンッと弾け——


今だッ————!!!!


 俺は振り返り、クワでその攻撃を受け止めた——



「な、なに————」



 再び驚くヒドラ。

 動揺しているのがまるわかりだぞ。


 ……よし、「第一段階」はひとまず成功だ。



「——ふっふ、やはりあなたは、『彼』よりも私に近しいようですね——」


「————ッ?」



 こいつ、何を言っているんだ。

 俺が再び抵抗したから、おかしくなったのか? いや、おかしいのは初めからか。

 とにかく、今はどうでもいい。次のステップ・・・・・・に移行しよう。


「……何を言っていやがるか知らねえが、俺はぜってぇまけねぇ……」


「ふ、おもしろい……、一体どうするおつもりで——」


「大地の精霊よ——我に力を与えたまえ——。汝が統べる生命の恵みを——……」


(なにッ! 土属性魔法の詠唱だとッ!? マズい、このままでは——)



 俺とヒドラは、お互いの武器による力での押し合いで、拮抗しているかのように見えた。しかし、それはクロムの詠唱によって——ヒドラがそのまま真後ろ上空に飛びのく形となる。

 それと同時に、俺はやつの体に力を、やつの体に対する後ろ方向にかけ、俺の力とともにやつを吹き飛ばした。


「な、なに!? これは一体どういうことですか——」


「かかったなッ! これでおまえもおしまいだッ!」


「————ッ!?」


 俺はすかさず、懐からアレ・・を取り出した。

 そしてそれを俺は、空中で身動きが取れないヒドラの方めがけて投げ飛ばした。


(ま、まさかあれは——)


 キラキラと金属光沢によって光るそれは、クルクルと回転しながらヒドラの方へ——と思いきや、ヒドラの頭上をかすめてそのまま飛び去って行った。



(——なんだ、ただのノーコンでしたか——)



 ヒドラが心の内でそう思った瞬間、ヒドラの背後に飛び立ったそれは、頭上遥か上空に吊るされた男の拘束を断ち切った——。

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