第07話「試験概要と冒険の書(仮)」

 茶髪と金髪の少年たちに集まっていた視線は、大男、ベクトールの一言によって、彼が再び注目を独占した。彼は試験の概要を、不器用な感じに、低く重たい声で説明し始める。

 俺とポールは、その声に圧倒されるようにしてそちらに視線を向けた。だが、周りからの視線が外れたことを咄嗟に感じたのか、ポールが再び口を開いた。


「で、あの女はどうなりましたか?」


「それがさ——」


「それでは、まず始めに試験に関する日程から説明を始めます」


「————?」


 俺がポールと話し始めた時、ふと気になるワードが聞こえてきて、俺は話すのをやめた。


 ——日程? 試験は今日じゃないのか?


 前魔王ぜんまおうが滅び、世界に平和が戻ったとされる今日を「平和の日」としているこの世界で、冒険者試験はその日を境にスタートすると決まっていたはずなのに。


 俺はベクトールの話に聞き入った。


「日程に関して、告知していた日程から変更がございます。告知では、本日、説明会後すぐに試験を開催すると明記しておりましたが、明日、正午からの開催とさせていただきます」


 これは前代未聞だ。

 ——ん? と言うことは……。


「こちらの勝手な都合での変更、誠に申し訳ございません。その代わりに、宿の確保及び宿泊費は、こちらが負担させていただきますので——」


「あのすみません、一ついいですか?」


「…………?」


 俺はポールの肩をそっと叩き、壇上へと歩を進めながら会話を遮った。


 壇上中央正面には小さな階段があり、俺はそれをゆっくりと上る。そして、大男の正面に立った。やっぱり遠くからじゃわからなかったが、迫力がすごい。

 後ろから何となく気配を感じ振り返ると、ポールが慌てた様子であった。俺はそんなポールにニヤッとした笑みを見せ、手を振った。


「なんのつもりでしょうか……?」


 ふと、ベクトールの声が聞こえた。

 俺はハッとして、再びベクトールの方を向く。


「あ、えーっと、一つ……いや、二つほど聞きたいことがありまして。まず、俺が試験を受けてもいいって言うのは本当ですか?」


「はい、本当ですが……」


「ならもう一つ。仲間が一人、ケガで来れていないんだ。でも明日には顔を出せるかもしれない。そいつも俺みたいに何とかならないですか……?」


 俺の脳裏によぎったこと、それは——ロゼッタの存在だった。


 試験が今日から始まるのであれば、残念だが、ロゼッタのあの容態じゃ厳しいと思う。だから、少し諦めていた。

 でも明日に変更になるのなら、一晩療養する時間があるのなら、ロゼッタは、もしかしたら受験できる体になっているかもしれない。それに、遅刻した俺も、理由はわからないが試験を受けさせてもらえるようになった。だからこそ、ロゼッタの可能性を捨てきれなかったんだ。


 しかし、その思いと言葉に対する返答は、期待していたものとは違って残酷だった。


「それはできかねます……」


「————ッ!」


 俺はその言葉で頭が真っ白になった。


 実に自分勝手であることは、自分自身よくわかっている。しかし、自分は許され、ロゼッタだけが許されないという状況が、俺にとっては理解ができなかった


 俺はベクトールに、その理由を問う。


「——なんで、どうしてだよッ!」


「あなたの場合は『特例』です。——私自身も予想外でした。しかし、あなたのお仲間の一人、その方は今、こちらにお見えになられていない」


「…………は?」


「……定刻に遅刻どころか、集合場所にすら顔を出さない者に、試験を受ける資格はない——と、言うことです」


「————ッ!」


 俺はその一言で激情にかられた。


 ケガで来られない、俺はそう言ったはずだ。ケガのレベルは伝えていないが、顔を出せないレベルのケガであることは、話を聞けばわかるはずだ。しかしベクトールは、「顔を出さない者に、試験を受ける資格はない」と言い放ちやがったんだ。


 確かに、ベクトールの言い分は筋が通るし間違ってはいない。むしろ、間違っているのは俺の方かもしれない。しかし、やっぱりどうしても腑に落ちない。ロゼッタに対しての罪悪感か、はたまた同情か——。どちらにせよ、俺は彼女を、何としてでも受験させてやりたかった。 


 俺は感情に任せ、ベクトールの胸ぐらをつかんでいた。


「おい、なんでだよ、どうしてだよ……っ! ふざけんなよ……あいつにも……あいつにも試験を受けさせてくれよ……!」


「…………」


「なあ頼むッ! 頼むよ……、あいつは……ロゼッタは……、俺を庇ってケガをして……、毒に侵された……」


「…………」


 感情任せの言葉は、俺の本心をいたずらに垂れ流させた。

 そして、その俺の瞳からは、ボロボロと涙が零れ落ちていた。

 きっと俺の中で、俺自身を相当追い詰めていたんだと思う。曖昧だった感情もはっきりとした。


 自分の非力さと、彼女に対する申し訳なさ、それらが「彼女は受験できない」と言う、一番あってほしくなかった現実を押し付けられたことで爆発したんだ。

 心の中ではわかっていた。諦めもついていたと思っていた。だけど、心のどこかで期待する自分がいたのだと、今では思う。


 声はだんだんと小さくなり、俺はベクトールの胸元に額を付け涙を流していた。周りの連中はきっと俺を見ている。何を考えて俺を見ているのだろうか。きっと今の俺は、相当みっともない姿なんだろうな。


 そして俺は、心に引っ掛かった一つのことを口にした。


「あいつが受けられないのなら……、俺は試験を降りる——ッ!」


 さっきまで曖昧だったが、今でははっきりとした言葉だ。

 俺は唯一の筋違いを正したかった。それと、願わくはそれを理由にして、彼女を受験できるようにしてやりたかった。


 ————が、



「はぁ……」


 やつは俺の手首に視線を落とし————



 一瞬の出来事だ。


 ベクトールのため息とともに、俺の腹あたりに何かが接触した。途端、強烈な衝撃が腹あたりを襲い、俺の体はスタンドマイクを押し倒し、そのまま真後ろへと吹っ飛んだ。そして、気が付いた時には、正面の階段に体がめり込む形で収まっていた。


「……ッ! いってぇ……ッ!」


 俺はようやくここで意識を取り戻し、それと同時に強烈な痛みが体全身を襲った。一体何をされた……?

 ベクトールは、さっきまでの平静を装った表情とは裏腹に、眉間にしわを寄せ、鬼のような形相で俺を睨みつけていた。


「さっきから下手したてに出て聞いていれば付け上がりやがって……、おまえ、何様のつもりだ……? ぁあ?」


「…………ッ!?」


 ベクトールから響くその声は、先ほどよりも重々しく、声質には少しとげを含み、そして口調を悪質なものへと変えていた。その異様な光景に、周りの連中も再び静まり返る。


ポールはと言うと、ほんの少し前から気絶している——。


 ベクトールは壇上を降り、俺のもとへと近づいてきた。


「おまえの都合なんぞしらねぇよ。ただ、おまえが試験を受けることはもう決まってんだ。遅刻したおまえに対し、『上』は『通せ』と命じられた。つまりおまえは『受ける権利を得た』んじゃない、『絶対に受けなければならない』んだよ。それ以外はさっき言った通りだ……わかったか?」


「…………」


 ——そうだったのか。


 遅刻した俺が今ここにいるのは、単純に許されたからだと思っていた。しかし、そうではなかった。俺は許されたのではなく、試験を受けなければならない状態にされたというわけだ。これはつまり、俺が「受験を希望せず、村に閉じこもっていた」として、その俺に対して強制的に「受験させる」のと同義だ。


 完全に勘違いをしていた。つまり俺には、選択の権利はない——。

 それにさっきから気になる「上」と言う存在も気になる。一体俺に何をさせようというのだ……。


「それに冷やかしか? おまえ。★★★☆☆トリプルスターにも満たない輩がなぜこの場所に紛れている?」


「————ッ!」


 やつは俺を嘲笑うかのように煽った。


 召喚対象となる人は、★★★~……手首には対象である証の刻印が浮かび上がる。——だが、俺は★★☆☆☆——召喚対象にすらなれないザコ。冒険者を目指す者は基本★★★~であり、俺がそれよりも下だと言うことを、こいつは手首を見て悟ったのだ。


 ——ふざけるなよ……。


 ベクトールはそう言うと、俺に背を向け再び壇上へと戻っていった。俺は痛みできしむ体を無理やり、ゆっくりと起こし、その背中に対して、


「絶対受かってやっからな……ッ!」


 と、怒り交じりの言葉を吐き捨てた。

 ベクトールは途中、俺の言葉に足を止め、「フッ」と鼻で笑い首だけでこちらに振り替える。そして、


「さっきと言い今と言い、大した度胸だ……。まぁせいぜい食らいつけ……」


 とこぼし、再び壇上に登った。

 俺の視線は、挑戦的な怒りを保ちながら、しかし冷静に闘志を宿して、ベクトールの方に向かっていた。



 ベクトールがマイクの前に立つ。


 全体は再び沈黙に。俺は痛みをこらえながら、ゆっくりとポールの隣に戻っていた。ポールはその頃には意識を取り戻したみたいで、何が起きたのかあまりはっきり理解していないままあわあわしていた。そんな姿を横目に、俺の少し安心感を取り戻した。


 そして、ベクトールが一度咳き払いをし、マイクを握る。


「えー、先ほどは失礼いたしました……。それでは時間も押しておりますので、引き続き説明を再開したいと思います……。まずは……」


 さっきとは一転、まるで学校の教員がキレた後すぐに平常運転に戻るかのごとく、ベクトールは平静を取り戻していた。

 ここから重苦しい声の、ながーい説明が始まった——。



※ ※ ※


【説明の内容】


『注意事項』

・試験の日時が変更

(本日説明会後~ → 明日正午~)

・基本持ち込むものは何でも自由

(ただし、一部試験で禁止となるものがある)

・魔法、スキルに関する制限は無し

・遅刻は原則失格


『第一試験に関して』

・4ブロックに分けられ、別々の場所で試験をおこなう

(各ブロック約50人)

・試験内容は当日知らされる

・試験開催予定は明日、8月16日の正午~


『第二試験に関して』

・第一試験を通過した者のみ受けることができる

・試験内容は当日知らされる

・試験開催予定は後日連絡


【禁止事項】

①いかなる理由があっても、以下の内容を遵守しなければならない

②受験生同士による殺し合いの禁止

③試験中の、試験会場からの逃走の禁止

④試験以外での、受験生同士の戦闘の禁止

⑤試験官及び、試験運営関係者への攻撃の禁止

⑥各試験での追加禁止事項を破る行為の禁止


…以上、禁止事項を破る行為が発覚した場合、その受験生を失格とし、悪質であった場合、本ギルドからの永久追放とする。


※ ※ ※



 俺は長話に耐えきれず——。


 肩をポンポンとたたかれ、俺の視界は明るくなった。どうやら眠っていたらしい。


「ちょ、クロム! 寝落ちしちゃマズいですよ!」


「あ、わるいわるい……ちょっと疲れることが多くてな」


 軽い言い訳とともに、ポールに返答し、再びベクトールの話に戻る。話はもう終盤のようだ。


「……それでは、以上で説明を終わりますが……、何か質問のある者は……」


 説明終わっちまってるじゃん。


 正直、一から十まで聞き直したいくらいだけれど、そんなこと質問したら間違いなく殺される。


 俺含む周り全員は、静かなまま様子を変えなかった。この状況で質問しづらいのは確かにわかる。その反応に対し、


「……質問はないようなので……。それでは、これを持ちまして、説明会を終了とします……」


 とベクトール。


 これでこの張り詰めた説明会も終わったってわけだ。ほとんど聞いていなかったけれど。

 周りの受験生たちは、そのタイミングでぞろぞろとその場を立ち去ろうと動き始めた。俺とポールもその流れに乗って——。



「……と、一つ言い忘れていましたが」


 ベクトールの一声に、全体は再び動きを止めた。


 ベクトールの横に、先ほど俺の動きを止めた男の一人がワゴンを押してきた。そしてそのワゴンには茶色・・の本が山積みにされていた。


 ワゴンを運んできた男と、どこから現れたのか俺をつかんでいたもう一人の男が、その本を受験生に配り始め、そして俺の手にもそれが来た。


※ ※ ※


「茶色の本」を手に入れた——


※ ※ ※


 全員に配り終えたころ、ベクトールはその中の一冊を手に取り、


「これは『冒険の書(仮)』……。『戻れ』と唱えれば、指定した場所に戻り、『出でよ』と唱えれば手元に現れます……」


「サービス機関はこれを提示することで無料で受けることができます。また、本日に限りましては、最初に説明しました宿泊所も適応されます」


「また、遠方からお越しくださいました一部の受験生の皆さまはもうご覧になられたかと思いますが、街の入り口——正門やその他の門を通過する際は通行証が必要となります。しかし、こちらは通行証の代わりにもなりますので、有効にご利用くださいませ」


「そしてこちらを受験票としても扱いますので、破損や紛失等、ご注意ください。それと、返却等の必要はございません。自動で消滅しますので……」


「最後に、今後の指示に関しましては、そちらを通して行いますのでご了承ください……」


 表紙には赤い宝石・・・・がはめ込まれ、案外軽めなその本をペラッとめくる。中にはさっき電照板で見た俺の個人情報ステータスが刻まれていた。これは魔導書グリモアの類だろう。電照板と同じ仕組みで、俺の魔力を読み取ってギルドのデータベースにアクセスしているんだ。つまり、「どこでも個人情報ステータス」ってわけだ。


 しかもこれは、ベクトールの説明通りなら、さっき大聖堂で出た「証明書」と同じ扱いになる。冒険者になったら冒険者の証である「冒険の書」がもらえると聞いていたが、恐らく本物はこれ以上の代物だ、そうに違いない——。とにかく、なかなかのものを手に入れた。


 俺は一目でその本の価値に気づき、そして期待を膨らませよだれを垂らしていた。

 ポールはどうやらその価値に気づいていないようで、本と俺の反応を視線で行ったり来たりしながら頭に?を浮かべていた。


「……それと、これは別件なのですが」


 本を手にざわつく受験生たちを、再びベクトールの声が遮る。


「本日は『平和の日』……、ご存じの方もいらっしゃるかと思いますが、このアルグリッドでは今夜、『平和祭』が開催されます。試験前の前夜祭も兼ねておりますので、もしよろしければ、ぜひご参加願います」


 俺の村でも毎年やっている祭りだ。しかし、この街でも開かれているなんて、ここ十六年生きてきて初めて知ったぞ。

 どんなものか、少し気になるな。


「それでは……皆様のご健闘をお祈りしております」


 ベクトールがしめの言葉を放つ。

 こうして、俺たちの異様な、張り詰めた説明会は幕を閉じた。


 今日は一日疲れたな。やっぱり今日は早く寝よう——。

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