第03話「ミュラー」

 黒いフードのついたマントを身にまとった集団。それを目視した途端、異様にガタガタと震えだした少年がいた。


「僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ……」


 金髪で身なりの良い少年、ポールは、その一瞬から「僕のせいだ」と言う言葉を連呼するだけの機械と化した。

 うずくまり、ガタガタと震え、それ以上の行動を一切取ろうとしないただの置物。臆病な性格であるとはいえ、これは明らかに異常だ。


 何発か、ドラゴンライダーによるタックルが馬車を揺らす……しかし、少年は反応を変えず、ずっと同じ行動を繰り返していた。


 その様子をうかがっていた一人の男が、ふと、大きな斧の刃先をポールの首元に向けてつぶやく。


「おまえ、何かわけがあるな。吐け」


 寡黙だったはずの男の、野太く低い声が響く。しかし、ポールはまだ機械のままだ。


 男の斧が、刃先がポールの首筋に触れ、ほんの少し血が流れる。


「う、うわっ!!」


 首筋の痛みとともに、視界がだんだんとはっきりした。

 ここでようやく、ポールは正気を取り戻した。



★ ☆



 生まれた時、僕は一人だった。

 正確には、人間の形をした機械人形の召使たちや執事たちが周りにいたけれど、父親や母親、家族というものの顔を、僕は見たことがなかった。


 僕の名前は、本名を「ポール・L・ミュラー」と言う。


 聞かされたり、自ら調べ学んだ知識として、「ミュラー」と言う姓は、この世界を統べる財界の覇王のものらしく、僕もその血族の一人にあたるらしい。


 ミュラー一族は、その立場から命を狙われることが多い。なので、血統者一人に対して秘境にそびえたつ一つの屋敷が与えられ、その場所は身内にすらも明かされないものとされている。そのため僕たちは、出生後まもなくして、僕のように、親の顔も知らないまま、人型のロボットたちと生活をすることとなるのだ。


 幼少期、命を狙われているかもしれないため、むやみやたらに外出することを禁止されていた。しかし、好奇心旺盛だった僕は、命を狙われているという実感が湧かなかったことも相まって、たびたび屋敷を抜け出しては、屋敷周辺の森へと遊びに出かけていた。


 そんなある日のこと、いつものように森の中で動物たちと遊んでいた時、ふと湖が目に入った。普段、こんなところに湖なんてなかったはずなのに、と、僕は興味本位でその湖に近づいていた。今までそばにいた動物たちは、なぜだか怯えて離れてしまった。

 水面はうっすらと透き通っており、木々の隙間を縫って差し込んだ光が水面に反射し、神秘的な情景を作り上げていた。僕は、その湖に顔を覗かせる。その時だった。

 強い力で引きずり込まれた。それもとんでもなく強い何かに。

 僕は、一切抵抗できないまま、そのまま湖の中へと沈んだ。


 体がふわふわとして、なんだか温もりを感じた。

 意識が朦朧とする中、何かの声が耳に届く。

 まぶたをゆっくりと開き、声の聞こえた方をじっと見つめた。そこには、高さ3メートルはあるであろう、巨大な女性の姿があった。


「目が覚めましたか。私はあなたがこの世に生まれた時から、ずっとあなたに会いたかった……」


 その声はどこか懐かしく、そしてとても温かい。


「あなたは……誰ですか? ここはどこですか? 僕は確か、湖に落ちたはずでは……?」


 口を開き、言葉を発すると同時に、水泡がボコボコと上るのが見えた。


「私の名はヴィヴィアン……。人々は私を湖の乙女と呼びます。ここはあなたの想像する通り、湖の中です」


 なぜだろう、不思議と違和感はなかった。しかも、湖の中だという裏付けもでき、なぜか息も苦しくはない。


「湖の乙女さんが……なぜ僕を?」


「私情ではありますが、あなたには強く生きてほしかった。死んでほしくはなかった————。なので、私の力を授けるために、と、あなたを呼び出しました」


 いまいち、何を言っているのかわからなかった。けれど、この人の声は、僕にとってとてつもない安心感を与えていた。この人は信用できる、と、僕の直感は言う。

 彼女は、手のひらを向け、何かを差し出してきた。


「これを」


 それは小さな緑色のリストバンドだった。一体なぜこんなものを。僕はそれを受け取ると同時に、何も言わず手首に巻き付けた。


「きっと、あなたを守ってくれますから」


 彼女は微笑みを僕に向けた。そしてそれと同時に、視界が光に包まれて、だんだんとぼやけていった。

 この時、


「あなたとの約束を……運命を繰り返さないために」


 と言う言葉が聞こえたことを、僕は鮮明に覚えている。






「坊ちゃん、目が覚めましたか」


 よく知った天井だった。

 僕はベッドに横になっているようで、隣には執事が、心配そうな表情で僕を見つめていた。

 どうやら僕は、森の奥で倒れていたらしい。それを動物たちが、執事たちに知らせ、現状に至るそうだ。


 僕は、あの時の記憶をなぜか鮮明に覚えており、夢ではない気がしてならなかった。そして、僕は左手首を確認する。そこには、緑色の、特殊な模様が彫られたリストバンドが巻き付いていた。



 それからのことだ。僕が黒装束の男たちに、本格的に命を狙われるようになったのは——。



★ ★



「——吐け」


「な、何をですか!?」


「あのドラゴンライダーについて、知っていることを、吐け」


「…………」


 男は声色、表情を一切変えずに黙々とつぶやいた。しかし、僕は現状をようやく飲み込んだばかりゆえに、動揺し、的確な回答ができずにいた。


 男は、向けていた斧を下ろし、近づく。そして何も言わず、僕を片手で持ち上げると、そのままドラゴンライダーの群れの方へ投げ飛ばそうとした。

 一瞬、何をされているのか理解に苦しむも、冷静に物事を考え、ジタバタと暴れ抵抗する。しかし、男の力は絶大で、その抵抗も空しく終わる。


 勢いよく構え、今にも投げ飛ばされそうになったその時、


「ま、待ってください! 話します! 話しますから……ッ!」


 僕はようやく、覚悟を決めた。


 僕は男に、「自分は命を狙われている存在で、奴らもきっと自分を狙いに来た」と説明し、それ以上の詳しい理由は説明しなかった。男は相変わらず無表情で、何を考えているのかわからない。しかし、一通り話を聞くも、男は詳しい事情を掘り返そうとはしない。そして、多少の沈黙が訪れた後、小さな声で「わかった」と言い、僕に背を向け、再び外の様子を偵察し始めた。


 その時である。


「運転手……さん。馬車を……止めてくれますか……?」


 さきほどまで威勢の良かった女の、弱弱しい声が馬車の中に響き渡る。

 僕は、それまで震えて確認しようともしていなかった周りの様子を、そこでようやく確認した。

 周りを見渡す。しかし、何が起こっているのかを一回で把握することはできなかった。


「御者!! 馬車を止めちゃだめだ!! 会場まで急いで!! 全速力で!!」


 クロムの大声だ。女を抱きかかえ、必死に叫んでいる。

 女の顔色をうかがうと、肌は黒紫色にただれ、毒々しい。女の状態が良くない、と言うことは、少なからず理解ができた。


 と、背後から声が聞こえた。


「ご安心ください……。私の使命は、冒険者を目指す皆様を試験会場まで、時間通りにお届けすること……。冒険者を目指す皆様以外の理由で、馬車を止めることはございません……」


「それを聞いて安心したよ」


 御者だ。

 それに対してのクロムの反応。大体状況が理解できて来たぞ。


 バトルアックスの男も、このやり取りを聞いており、「馬車を止めることはない」と言う御者の発言を聞いた時から、目を閉じて何かを考えている様子だった。そして男は、「ふぅ」とため息をつく——。


 と、次の瞬間、バトルアックスの男の姿が一瞬にして消えた。そして、外の様子を横目に見ていたポールの目には、異常ともいえる光景が映し出されていた。


 一番手前に居たはずのドラゴンライダー。その首から上に、本来あるはずの球体状のモノはなくなっており、その断面からは血しぶきが、噴水のごとく溢れかえっている。そして、その後ろに、首のない人物と二人乗りの要領でまたがるバトルアックスの男。男は目の前の、首のない黒マントを地面にたたき落とすと、暴れ狂うドラゴンを押さえつけ、乗りこなし始めた。


「え、どうやって……何をしたんですか?」


「動物は、斬らない」


「…………?」


 会話が成立しない。

 しかし、あの男が、ライダーの首を切り落としたのは、まず間違いないだろう。

 恐ろしい技量の持ち主だ。それにあの身のこなし、とても重量のある武器を持ちながらおこなったとは思えない。


 最奥部にいた2体のドラゴンライダー。

動揺を隠せないような雰囲気で、一瞬運転が狂うも、再び体勢を立て直して、ボウガンの照準を、バトルアックスの男に合わせていた。

 その様子を、僕は馬車の中から眺めていた。それに気づいた中間層の2体のドラゴンライダーは、ドラゴンにむちを打ち、そしてそのドラゴンは、こちらに向かって火炎弾を吐き飛ばしてくるのであった。


「あ、危ないッ!!」


 すんでのところでかわす。布のふちは黒く焦げ、軌跡をたどった火炎弾はそのまままっすぐ奥の布を貫通して飛んで行った。ポール自身、その攻撃に対して予想をしていなかったため、反応に遅れ焦っていたが、それ以上に予想外のことが馬車の中で起きているのであった。


 背後から聴こえていたはずの、少女の賑やかな声が、突如として消えたのだ。そう、その声と言うのは、さっきまで明後日の方向を向きながら何かと戯れていたとんがり耳の少女の——。


 何か嫌な予感がし、そちらを振り返った。

 結論、その嫌な予感は外れることとなったが、それ以上に恐ろしい、何か異様な気配が、僕の視線の先にはあった。


 さっきまで賑やかで、笑顔を絶やさなかったはずの少女の表情は一変、恐ろしい何かへと変貌している。そこから感じられるオーラも、触れたら溶けてしまいそうな、そんな感じだ。

 さっきまで、一切興味を示さなかった少女が、こちら側、ドラゴンライダーの見える位置まで身を寄せ、顔を覗かせる。


「モリーは火が苦手なの……。やめてくれるかな?」


 ピリついたそのオーラに、僕含む、すべての生き物たちが戦慄する。

 さっきまで威勢の良かったドラゴンたちもまた、その一言を聞いた途端、走力も含めて弱弱しくなったのが見てわかった。その様子に対して、ライダーは強くむちをふるうも、ドラゴンたちの気概は元に戻らない。

 ゆらゆらと安定しないドラゴンの走りで、ボウガンの照準もブレブレだ——。


「今だッ!!」


 誰もが怯んだその瞬間に、一人の男が身を乗り出し、何かを投げた。あれは多分、クロムだ。



 僕は咄嗟に、それが本当にクロムなのかを確認し、彼の体を見渡した。間違いない、さっきまで見ていたクロム本人だ。不思議な点と言えば、右の胸元が若干、黒っぽい光を放っているように見えるが——。


 沈黙の空間に、一人だけ勝機を見出したクロム。

 彼の手から放たれた一つの武器は、中間層に位置する2体のライダーに命中し、操縦不能なドラゴンと相まって、体勢を崩したライダーたちが、その位置から振り落とされる。

 投げられたその武器は、再びクロムの手元へと戻と、ギラリと輝いていた。その刃先にはべっとりと黒い血がついている。


「ブーメラン?」


 そう、刃のブーメラン。

 殺傷能力は低く、命中率も低い。しかし、使いどころを正せば、これほどにまで有効な武器は他にない。それに、あの繊細なコントロール技術。一体クロムと言う男は……。


「そうだよ! ってか、正気に戻ったみたいだな。ポールも何か飛び道具ないか?」


 思っていたよりもクロムは冷静だった。

 僕も冷静な判断を……しかし、戦えるほどの武器が、果たして僕にあるのだろうか。

手元を確認する。——……ない。


「見た感じ武器持ってなさそうだったけど……。もしかして魔法使い?」


 クロムは戦況を確認し、分析しながら質問をしてきた。

 僕の精神状態が、まだしっかりと安定していないのを何となく察して気を使っているのであろう。しかし、そんなわけにもいかない。


「いえ、魔法使いでは……。それに、武器も……」


 曖昧な回答が飛ぶ。

 実際、武器を一切持ち合わせていなかったから——。

 そして、大した魔法が使えるわけでもなく、確実に抵抗する術を一切持ち合わせていないのだ……。


「そんな……。何か、何かあるだろ、なぁ……!」


「…………」


 クロムは、曖昧な僕に、さっきまで冷静だった姿を捨て、勢い良く詰め寄った。

 たしかに、全てを見出す可能性、希望は、あるっちゃあるが、運否天賦うんぷてんぷに身を任せるような、そんなことを、今この場でしても良いのだろうか。


 僕は、左腕のリストバンドを眺めていた。

 唯一、武器になりえるかもしれない代物。本当は理解していた。実際、これ任せで冒険者試験に挑もうとしていたのもある。だが、こんな運任せで、本当に良かったのだろうか。

 力のない僕が、力の証明のために、運任せで挑むこと。それが、今まさに、僕自身の罪としてのしかかろうとしているのではないだろうか。


 僕は一人、自分の心の中を迷走していた。だが、その瞬間はふいに訪れるもので——。



 目の前を、ボウガンの球がかすめた。勢い良く尻餅をつき、お尻付近にじんわりとした痛みを感じた。馬車右側、最奥には2体のドラゴンライダーがこちらにボウガンを向けている。バトルアックスの男は、ドラゴンのコントロールにてこずり、後方から馬車を追いかけて来ている。


 クロムは、何度かブーメランを投げ、攻撃を試みるも、射程距離外らしく届かない。とんがり耳の少女は、さっきの剣幕が嘘だったかのように、また後ろで何かと戯れていた。——今、僕を守ってくれる者はだれ一人としていない。


 どうする、どうしたらいい。考えろ、考えろ、考えろ……。自分を守れるのは自分だけだ。ポール、今こそ勇気を出して立ち向かうときじゃないのか——。


 この時、僕の中で何かが吹っ切れた——。


「う、うぉぉぉぉおおおお!!!!」


 大声とともに、僕は手元で何かを構えるようなポーズを取った。それにはクロムも驚いたようで、僕の方を向きながら唖然としている。

 しかし、その手元には次第に光が集まり、みるみる何かの形が形成されていった。そして、「バンッ」と言う何かが破裂したような音が二回鳴り響く。

 光り輝く何かが、僕の手元から解き放たれ、それは宙をまっすぐと走り抜け——。


 クロムが視線を逸らすことなくじっと見つめていたライダーのその額には、円形の空洞が空き、そこからは大量の血が滝のように流れ始めた。

 残っていたライダー2人は、同時に安定を失い、そのまま崩れ落ちていく。


 この時の手に残った感触、はじめて「拳銃それ」を握った感触は、今でもはっきりと覚えている。

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