第弐拾話 肉のねだん、牛のねうち


【腐っても鯛】

 元来すぐれたものは、多少傷んだところでそれなりの価値があるということ。

(ポメラ搭載 明鏡国語辞典MXより)


【オーストラリア産でも牛】

 ……では、この言葉は【鯛】の同義となるか。

 

 今回、ホットクックの新たな可能性を拓くため、私は外国産牛肉の調理に乗り出した──



 第八話でも少し触れたが、煮込むという行為を神聖視している。ぐつぐつ、ことこと、くつくつくつ。素材と対話し、火に祈りと願いを込め、美味しくなあれと育むようなその行為。 

 なのだが、ガスコンロの場合、火の点けっぱなしはちと怖い。ずっと傍にいて本を読みながら料理する、みたいなCMじみた所業ができるわけない。せいぜいレンジの温め直しでスマホのスクロールが限界だ。

 そこでやってきた電気自動調理鍋ホットクック。長時間煮込んでも火事の心配なく、また水を使わず野菜などの食材に含まれる水分を活用して調理するため、旨味も栄養もぎゅっと凝縮、そしてお肉はとろっとろのやわらかじゅ~し~になるに違いない。

 とまあ、理想に燃えて第伍話、第拾参話で肉の煮込みを錬成したわけだけれど身内受けは悪かった。

 というか、兄だ。奴だ。スペアリブの煮込み、豚の角煮──つまりは豚肉が苦手な人に豚料理を食させたところで無理なのである。

 ならば、これなら──

 

 ──アーレ・キュイジ~ヌ! ビーフシチュー~オーストラリア産牛肉すねシチュー用三八六グラム(二割引)六五九円也を使って~


 ぶっちゃけマックスバリューで安い牛肉塊を見掛けたのが一番の錬成動機なのだけれど。あとハインツのデミグラスソース缶が併せて売られていたので。

 手順・レシピはハインツの缶詰とホットクックをミックス。

 ビーフシチューというより、お肉の煮込みというイメージでいく。やや大きめに牛肉を切り、塩胡椒、フライパンにてバターを熱して強火にて焼き色をつける。あとはホットクックの内鍋に野菜(長く煮込むつもりだったのでじゃがいもは省く)、牛肉、デミグラスソース、調味料、にんにくなどを放り込みビーシチューコマンドぴ。

 あとは延々と煮込むだけ。通常は一時間二五分の調理時間となっているが、延長させて計三時間。


 さあ、どうだ。肉はお箸で切れるほど柔らか、さてお味は──


 うん、肉。ものすっごい赤味のお肉。それ以上でも以下でもなく。


 柔らかいは柔らかいけど、とろっとじゅ~し~感はない。そりゃそうだ、脂身がないのだから。柔らかさは、脂肪分のそれではなく、繊維がほぐれるたという具合。

 頭の中で、ほんの時々、特価で買う和牛の霜降りを期待していたが、勘違いも甚だし。なんとはなしに昔、母から無理矢理食べさせられたレバーを思い出した。あともしかしたら、ハインツ缶、あんまり私の好みのお味ではないかも・・・・・・

 正直に告白しよう。ちょっと気分が悪くなった。


 私は兄にビーフシチューいまいちの旨を伝えた。ある種、敗北宣言であり、ちょう屈辱である。彼はさもありなんという風情で、


「肉は少なくてもいいから、良いものを使っとけって母さん言ってたぞ」


 ええー・・・・・・初耳。


 「安いお肉も一工夫して煮込めばご馳走になるんです★」的な、〝理想のていねいなくらし〟はあっさり崩れ去った。

 それにしても、外国産の牛肉はどうしたらご家庭でも美味しく食べられるのだろう。どなたか妙案をお持ちの方がいたらぜひ教えていただきたい。


「たまにつくるローストビーフはオーストラリア産かアメリカ産だけど」


 そう言われ、軽く殺意を覚えたり覚えなかったり。

 ちくしょう。

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