第拾伍話 ピザと朝粥


 各話タイトルには(人知れず)苦労しているのだけれど、今回はひどい。某汎用人型決戦兵器アニメから拝借しており、元ネタは『嘘と沈黙』。いや『ピザ』と『朝粥』って関連ないじゃん、炭水化物つながりなだけじゃん、西洋と東洋じゃん、でもそもそも『嘘』と『沈黙』ってなんだ、たしか大人組と子ども組の対比の回だったような、対義語か、類義語か、視直さなけれりゃわかんない・・・・・・

 とかなんとか考えながらも書き始めたなら、これ以外はありえないと思い始める不思議よ。

 今回に限り『ピザ』と『朝粥』にはつながりがある。『ピザ』があったからこそ、『朝粥』は生まれた。『ピザ』なくては『朝粥』は生まれなかった。『ピザ』は『朝粥』の母であり、『ピザ』のち『朝粥』なのである。そして、『ピザ』から『朝粥』には、ある日のドラマがあったのだった。


 その日は午前有給を取得し、総合病院の皮膚科を受診していた。第拾四話の初トラの経緯よりご存じの方もいるだろうが、この半年ちょい、皮膚炎が治りきらずに難儀している。塗り薬が次回の予約まで持ちそうになく、予約を早めての来院で、主治医にはずけッと言われ、新しい薬を処方してもらった。時間があったので図書館で本を物色、その後、職場近くのGがつく某ファミレスへと赴いた。

 思ったより図書館で時間を食い(容易に想像できることではあったが)、朝からの大雨で渋滞、うっかり踏切がある道を選んでしまい、到着した時はかなり出勤時間が迫っていた。ゆっくり読書しながら過ごすつもりが誤算だった。


 手指の消毒と検温を済ませて、店内を見回す。昼時だったが、コロナ禍の折り、空いていた。なれど、こちらに適った席はあまりない。ままあることだ。専ら、私はぼっち──もとい、一匹狼。ここはファミレス、ほとんどの席が四人掛けファミリー用、むべなるかな。一人席はなく、ならばせめて二人席に座りたい。長らく染みついた習性で深夜や早朝でもなければ目立たぬ席にいたかった。

 視線を巡らせて・・・・・・あった。正面奥のガラス壁前。左右の席も埋まっておらず余裕をもって社会的距離ソーシャルディスタンスを保てる。

 私はそそくさと座り、設置されていたタブレットに従い注文を始めた。さっさと注文を済ませて借りてきた本を読みたかった。以前は操作に戸惑ったけれど、今はもう慣れたもの(未だにクーポンの使い方はわからねど)。時間もないし、これから仕事で食べ過ぎはよくないし、日替わりランチでライス少なめにしておくか──、と。


「あのー、そこ、僕、注文してるんですけど」


 タブレットに表示された〈決定〉を今まさに押さんと指を浮かせたまま、声の方へ顔を上げた。

 目前に氷水の入ったグラスを持ったスーツ姿の男性が立っていた。

 は、注文してるのは私だし、ちょ、社会的距離は、意味わからない──と一瞬思考がフリーズ、次に慌てて席の周辺を見回し、己の状況を理解した。

 スーツ氏(仮称)は私より先にこの席に座っており、注文を済ませた後、ドリンクバーにお冷や(最近ゆうのか?)を取りに行くためにちょっと席を外したら、見知らぬ女が座っていた。彼にしてみればこういうことなのだろう。


 すみません、と喉元から謝罪の言葉が出掛かったその時。反射的に謝って良いのかという思考が先に立った。


「あの、でも、なにも置いてなく・・・・・・」


 そう、座る前に私は確認していた。鞄もスマホも置いておらず一見すでに占められた席とはわからなかったのは間違いない、でも注文済みということはタブレットをつぶさに見ればわかることだったのか、いやそこまで見るのは逆におかしく、改善すべきは店のシステム、いや店側はこの苦境に置いてすべての席に衝立を置き検温と消毒を実施しておりこれ以上の負担を課すべきでは、ああ、そうだ、今はともかく社会的距離大事──


 私は荷物を抱えて立ち上がり、小さく頭を下げつつ、急いで別の二人掛け席へと移動した。


 腰を落ち着けた後も、悶々と考えた。スマートな大人の対応としてどうだったのか。原因はあちらにもあれど、間違えたのは私なので謝った方が良かったに違いない。いや、だけど、相手によっちゃ付け込まれることも、否々、そういう考えが混沌と破壊を撒き散らすのであり・・・・・・


 午後出勤の時間が迫っており、新たなタブレットに向かって注文を始める。日替わりランチはもう食べる気力を失っていた。おかず、ライス、スープ、と、こまごまあれこれ食べるのが面倒臭い。こういう時は片手で食べられるジャンクフード──すなわち『たっぷりマヨコーンピザ』で〈決定〉を押したのだった。

 ところでGの付く某ファミレスのピザは大きい。値段のわりにかなり大きい。私の押しファミレスはジョイフル(第弐話参照)だが、ピザに関しての軍配はGに上がる。

 そして注文が運ばれ、焼き立てのピザをあせあせと頬張った。食べながら、精算に向かう時にスーツ氏に声を掛けて行こうと思い立ち、彼の姿を捜すが見当たらなかった。すでに店を出たのか、席を移動してこちらの死角になったのかはわからねど。


 さて、当然というべきか。その夜、焦って食べ過ぎたピザのお陰で胃もたれして夕飯はパス(兄が当番の日だったのに)、胃腸薬のお世話となり、早々に床についた。

 翌日は土曜、ようよう食欲が湧いてきた午前九時、でも小麦系パンを食べる気にはなれない。そこで思いついたのが『朝粥』であった。

 お粥は炊飯器調理の頃からは錬成したいと思っていたが、いかんせん、釜が空になるタイミングが合わず先送りされていた。此度はホットクックがあるから問題ない。お米0.5合に水は600㏄を内釜にセット、『きのう何食べた?』に載っていたように白粥を色々な佃煮で食べるのも美味しそうだけれど、今日は鶏がらスープの素を入れて中華粥にする。ちょっと味気ないので、冷蔵庫の奥深くに眠るスライス干し椎茸を召喚、ぱりぱりと千切りながら入れた(干しアワビのような食感を期待)。そしてメニュー【おかゆ】をピ。あとは1時間20分ホットくクック。待つ時間さえあれば、至極簡単である。

 身支度やら家事やらに勤しんでいれば、80分はさして長くない。重たかった胃に家事労働は丁度良かった。

 赤い筐体の蓋を開ければ、ふんわり優しい鶏の香り。今回は五分粥であり、お米の残り具合もほどよい。干し椎茸も、うん、ちょっと干しアワビっぽい。いや、多分食べたことないけれど、イメージするそれっぽい。

 胃もたれを考えてシンプルな味付けにしたが、ショウガを入れたり、胡麻油・ラー油(私はアレルギーで不可)を垂らしても美味しかろう、事前に作れるなら温泉卵を入れても。前半は塩味、後半はレンジで錬成したネギ味噌を乗せて食した。五分粥は水の量が多くて水腹になった気がしなくもないが、ゆっくりしたブランチで丁寧な暮らしっぽく、満足であった。

 

 ピザから生まれ出でた朝粥は美味しかったが、ファミレスでの一件についてはまだもやもやしており、その後、一週間は考え続けた。人に話したらば「私だったら、あら、ごめんなさいね、って軽く言うけど」と軽く言われた。うん、そう・・・・・・デスヨネー。


 ところで、一昨日、購入したばかりの電子書籍を読んでいたらば、次のような現代短歌に出会った。

 

※「盛り塩のやうに置かれるスマフォかなひとりひとりのスターバックス」大松達知

 

 まったくの偶然の遭遇で、でも妙に現状にマッチしていて、だけれどコロナ禍以前に詠まれ、現在においては違う意味も想起される不可思議よ。

 あの二人掛け席には盛り塩は置かれておらず、私は知らず境界を冒した異物だったわけで、スーツ氏には気の毒をした。自作『小さい鳥居』という小話でそんなことを書いたな、とふと思い出す。

 許可無く境界を冒せば、良い悪いもなく、引かれる。私の思考はこの一週間引かれてしまった。思考だけなら、良いのだけれど。


※『怖い短歌』(幻冬社新書)倉阪鬼一郎

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