第42話42

英長文の朗読の2人目が終わりかけていた。


恒輝の番はもうすぐだ。


今日まで何度も何度も復習してきて、恒輝はやれるだけの事はした。


しかし…


恒輝は、自分でも自分が不思議だった。


今までこんなに授業の予習やテスト勉強をした事も無ければ、根気が続いた事も無かった。


兎に角恒輝は、小さい頃の家庭教師のお陰で勉強は大嫌いだし、元々アルファなのに勉強自体不得意だったから。


(でも…折角、この学校でやっと落ち着いてきたのに…赤点で今更転校なんて出来るかよ)


ふと…無意識に恒輝は、心の中で呟いた。


しかし…


恒輝は、自分で思って自分にハッとした。


(落ち着いてきたのに…って何だよ…)


確かに恒輝には、ずっと前から田北や岡本と言うダチはいた。


いたが…


恒輝と田北、岡本は良く似た者同士で、学校内ではいつ退学を言われも、中退してもおかしくない不安定な立場だった。


(これじゃぁまるで…彩峰が俺のそばに来たから落ち着いたみたいじゃんかよ…)


まるで明人がいるから転校したくないと恒輝が思っているようで…


恒輝は、一瞬考え込みそうになって、だが止めて自分を鼓舞した。


(今は、朗読の事に集中しろ!)


そして思い出したのは、明人の顔とさっきの明人の言葉。


「大丈夫、大丈夫…絶対に大丈夫。読む前に、一度この俺の言葉を思い出して、一度意識をリセットするんだ…」


恒輝は、意識をまっさらにして、勉強への苦手意識や小さい頃の家庭教師のトラウマを排除し朗読にだけ集中した。


「次!西島、読め!」


3人目が終わり恒輝の順番が来て、佐々木がいかにも教師らしく尊大に言った。


(チッ…普段彩峰!彩峰!彩峰ばっかのクソ野郎のくせに!くっそ偉そうにしやがって!)


恒輝は、内心一人ごちると席を立っ

て、佐々木と視線を合わせ一度ガンを飛ばすと朗読し始めた。


そしてそれを、後ろの席から明人が神妙な面持ちで見守る。


やがて、音一つしない教室に、恒輝の声だけがする。


だが次第にクラスメイトの中から、机に向かいながらアレ?っという表情をする者が出始めた。


いつも英長文をたどたどしく読む恒輝が、人が違ったようにスラスラ朗読しているからだ。


やがて、田北や岡本、佐々木も怪訝な顔をした。


そして明人も、良い意味でいつもと違う恒輝に内心驚いていた。


明人が恒輝に、恒輝の今の家庭教師の事を何度詳しく聞いても、恒輝はほぼ何も教えてくれないが…


明人にとって恒輝が勉強出来るか出来ないかなんて、恒輝への恋心に全く関係無いが…


周囲は反対するが、ゆくゆくは将来、オメガの明人がアルファの恒輝を養う気で満々でもういるが…


恒輝が相当努力して成果を出しているのは充分分かっていたし、その姿が素直に嬉しかった。


そして明人は、朗読する恒輝の声を、胸をドキドキさせながら聞き浸っていた。


恒輝自身は自分で全く気付いてないようだが、恒輝の声はハッキリ言っていい声だと明人は明言出来る。


そして恒輝の声が好きだったし、明人が一人占めしたいとも思っている。


しかしここ数日で恒輝の声に、アルファの特質である艶が更に出たような気も明人はしていた。


そして、声だけで無い。


たった数日で、恒輝の背が伸びた気もするし、学習能力も上がってる気もする。


そこで明人は、ふと…まだ解明されてないオメガバースの都市伝説を思い出した。


フェロモン不完全症のアルファやオメガは、自分の番を認識した時に稀にその病から開放され、能力が上がる事があると言われている事を。


そして明人は、恒輝が今のままでも充分好きだったが…


もしそんな事があるなら…


今の恒輝が自分の番を認識して病から開放され能力が上がりつつあるなんて事があるなら、明人を番として認識していて欲しいと切に思った。


やがて…


恒輝は、朗読をノーミスでやり遂げた。


しかし、クラスメイトも恒輝の急変にボー然としていたし、それは佐々木もそうだった。


恒輝はしばらく立ちっぱなしで放置されていたが、その内佐々木にだるそうに声をかけた。


「終わりましたけどぉ…」


「あっ…おお…西島、座れ…」


佐々木は我に返り、褒める事もせずそう言いながら顔には出さなかったが、佐々木自身もこの時思い出していた。


フェロモン不完全症の底辺アルファが番を認識した時、稀に病が治りアルファとして覚醒する事があると。


(まさか…西島が…明人を?…ただのクソガキの不良品アルファの西島が覚醒?…まさかな…今回、たまたま出来ただけだ。それに西島がアルファの能力に覚醒してもあの性格じゃな。西島は所詮、このまま底辺アルファで終わるしかない男だ)


佐々木はそう思いながらも、思いもよらなかった、ただのクズ扱いをしていた恒輝の変化に一抹の焦りを覚えた。


恒輝は、一仕事終え着席した。


すると…


横の席の御崎がコソっと言ってきた。


恒輝が今回ここまで朗読できたのは、明人には内緒で御崎が恒輝の家庭教師をしてくれてるお陰には違い無かった。


「完璧だったね。俺のお陰かな?」


そう言い、御崎はイタズラっぽく笑った。


御崎は最近、前と少し違いこんな風に明るく笑う事が多くなった。


そして誰が見ても御崎の笑顔はキレイで、ベータであるはずなのにやたらオメガっぽい。


「あっ…おっ…おお…」


恒輝は、振り返らないまま背後の明人を気にしながらも、頷き御崎にそう返事した。


だが…


明人は、その恒輝と御崎の後ろ姿をじっと見ていて、何を話してるかは全くわからないが、やはり胸を酷くザワつかせていた。

























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