第40話40
恒輝の通うこの高校は、15分休憩時間があり、始業を知らせる鐘は2回あった。
始業5分前に一度鐘が鳴る。
そしてその後、始業本番の鐘が響くシステム。
今さっきのはまさに、その5分前を知らせていた。
チャイムが校舎にまだ響く中…
恒輝と明人は、互いに戸惑いなからも、抱き合う体を無言で離した。
恒輝は、明人の顔が照れで赤いのが分かったが、教室に戻る為、恒輝が先頭で早足で歩き出した。
明人は、恒輝が明人を抱き締めたのが以外過ぎて、まだボーっとして恒輝の後ろを歩いた。
しかしそれとは逆に、明人の心臓は、ドクドクと速い音を立てる。
そこに、恒輝が背後の明人に、振り向かず聞いてきた。
「人の心配より、お前は大丈夫なのか?あんま体調良くなさそうなのに、お前も俺の後に英文朗読当たってんじゃん…」
明人は、恒輝の珍しい優しい言葉に更に顔を染めながらも返した。
「多分、大丈夫じゃないかな?でも、失敗しても失敗は誰にもあるし、誰だって次頑張って、次ダメでも次又頑張ればそれでいいんだし」
明人は普通に何気に言っただけだった。
しかしそれに対して恒輝は、明人を振り返らなかったが、無言で激しく反応していた。
(失敗しても、次頑張って、次ダメでも次又がんばればそれでいい?)
恒輝には、目から鱗の言葉だった。
恒輝の両親からの教えは、ほぼその逆だったからだ。
恒輝の家庭教師もそうだったし。
アルファは特別な存在で、絶対一度の失敗も負けも許されない!
アルファは失敗すればするだけ、それが積み重なり、その分価値が下った負け犬になる。
常に、次は無いと思え!
それが、両親と家庭教師の恒輝への口癖だったから。
そして、恒輝のアルファの兄や姉、恒輝の小、中学校のアルファの同級生達も皆そんな教育を受け、それがアルファの常識だと思っているようだった。
もしかしてアルファの自分にも、何度失敗しても挑戦して頑張るチャンスは与えられるのだろうか?
それで諦めず、いつか成功すればそれで許されるのだろうか?
失敗を、恐れなくてもいいのだろうか?
恒輝に、そんな疑問が湧いた。
与えられるのか否かは、まだわからない。
しかしそう思うと、突然、恒輝の肩の辺りが軽くなった気がした。
恒輝の気持ちも少し軽くなった気がした。
ずっとずっと重かった、固い気持ちが。
しかし次に恒輝は、明人の言葉で恒輝自身に変化があった事に、表情は普通のまま戸惑った。
そこに…
「あっ、彩峰君!顔赤いよ、しんどいの?」
通りかかった他クラスの廊下側の教室の窓から、お世辞にも頭の良さそうに見えないちょいワル系女子が声をかけてきた。
恒輝も明人の方を振り返り、その様子を歩きながら眺めた。
「あ!大丈夫。俺全然元気だよ」
明人はいつも通り、誰にも等しい元気な笑顔で返した。
「そうなんだ!」
女子は、満面の笑みを浮かべた。
恒輝は、フェロモンは感知できないし、フェロモンがどんなモノかは話し程度でしか知らなかった。
だから明人が先日、あんなにフェロモンで苦しんでいる姿なんて想像だにしなかった。
ずっと明人は、オメガである事を思う存分に享受し利用し、完全無欠の悩みなど無いただのお気楽オメガ野郎だと思っていた。
でも、明人には明人の苦しみがあり、ただ明人は…
それを周りに見せてないだけなのだ。
恒輝は、今になってそれもようやく分かった。
そして恒輝は、顔を前に戻すと又戸惑った。
明人に対する、訳の分からない感情がどんどん湧いてきたから。
だがいつの間にか、恒輝は自分の教室の近くまで来ていた。
そして、何気に今いる廊下の前方を見た。
すると、英語の授業をしに恒輝の教室にゆっくり来る、今は教師の顔をした佐々木の姿が見えた。
そして…
遠くにいる恒輝と佐々木の視線がガッチリ合う。
恒輝は、涼し気な目を眇めた。
恒輝には分かっていた。
これから始まる英語の授業で、佐々木がわざと難しい朗読のパートを恒輝に割り振って恥をかかそうとしている事が。
そしてわざと、恒輝のすぐ後に頭のいい明人に朗読をさせて、恒輝のアルファのプライドをへし折ろうとしている事も。
(そう…俺には負けても次があるかも知れない。でも、彩峰が関係あろうと無かろと、佐々木…俺はゼッテーテメェにだけは、一回も負けねぇ!)
キーンコーンカーンコーン!
キーンコーンカーンコーン!
今度こそ、休憩が終わる2度目のチャイムがなった。
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