第38話38

アルファやオメガとは、常に人の中心にいるのが普通だ。


恒輝が幼稚園の頃から、性格の悪いアルファの兄の周りにも、いつも黙っていても自然と人が寄ってきて兄を取り囲んでいた。


でも、同じアルファの恒輝が一人でいても、そんな風にはならない。


仲が良くなる友人はかろうじていたが、兄のように、常に周りに沢山の人間が取り囲む事は無かった。


小さい頃は兄と張り合って、自分がフェロモン不完全症でアルファとして不完全だからとか…


もう少し明るい雰囲気になった方がいいんだとか考えて色々努力したが、ことごとくダメだった。


その内…


人には、持って生まれた雰囲気というのがあり、自分が人からどう見えてるか分からないし、自分ではどうにもならない所もあり…


もう考えるのも面倒になった。


今日は朝の授業から調子の悪い明人も、休み時間恒輝がフッと見るといつも周りに人が沢山いる。


4時間目前の休み時間も…


クラスメイトが明人を心配して回りに寄ってくる。


恒輝はその様子を、明人の横、すぐ近くから眺めた。


以前の、数日前の恒輝なら間違い無く…


アルファやオメガは例えどんな性格だろうと、ただ欠陥が無いアルファやオメガと言うだけで人が周りに集まると、ひたすらひがんで一蹴していただろう。


例えそれが、明人に対してもだ。


しかし、もう今の恒輝は、明人にはそんな悪態をつく気に一切ならなかった。


不思議と明人がいれば、本当に教室もクラスメイトも、恒輝の周りが、恒輝の見る景色が何故かことごとく明るくなる。


そんな事を考えながら、所用へ行こうと恒輝が明人から離れかけた。


「どこ行くの?」


明人が、恒輝の制服を一瞬引っ張り聞いてきた。


「しょんべん…」


「オレも一緒に行く!」


そう言い、明人は先を行く恒輝の後を追った。


やはり、明人が恒輝にかなり近寄り、二人で並んで歩く。


朝から明人の事も心配だったが、恒輝には、今日心配事が他にもあった。


一つは、明人に、恒輝の家庭教師が御崎だと正直に言おうと思っていたが…


明人があまり体調が優れないようなので、今日は止めた。


もう一つは6時間目の英語Ⅱの授業で、恒輝に長文の朗読の順番が回ってきていた。


兎に角、恒輝はあの家庭教師のせいで、何かを答えたり発表するのに焦ったり緊張したりして失敗する。


オマケに、参観日で親が学校に来た時、恒輝が授業で当てられちゃんと答えられなかった日には、帰宅後両親に罵声を浴びせられた時の事も思い出し気持ちが乱れる。


そして特に今回は鬱陶しい佐々木の授業で、尚更失敗出来ないと思うと更にそれが高まる。


散々、上がり症克服は調べて色々やったが、無理だった。


トイレの帰りもそんな事を考えていたら、明人が尋ねてきた。


「西島君…もしかして、英語の朗読緊張してる?」


変な所感が良くて図星を突かれ、恒輝は焦る。


(どこの世界に、オメガにここまで心配される情けないアルファがいんだよ?)


(いや…ここにいる…)

 

やはり自分はポンコツアルファだなと…恒輝は心の中で自嘲した。


恒輝のアルファとしてのなけなしのプライドが首をもたげる。


そしてもう諦め半分で、平気そうな顔を作って言った。


「んなの…何とかなるよ!」


すると…


明人が急に、恒輝の右手を握った。


「おい!何だよ?」


恒輝が怪訝そうにすると、明人は爽やかに微笑んで言った。


「いいから…ちょっとこっち来て!」


明人は恒輝を引っ張り、人気の無い校舎内の角の陰に連れ込む。


「だから!彩峰、何を…」


恒輝がじれると、突然、明人が恒輝を抱き締めてきた。


オメガの明人の方が背が高いから、アルファの恒輝は明人の胸にすっぽり収まる。


一瞬、何事か分からなくて呆然とした恒輝だったが、すぐ我に還り明人の胸を押し返す。


「彩峰!テメェ、何のつもりだ!」


だが明人は、悪びれる様子も無くクスッと微笑んで言った。


「俺も幼稚園の頃上がり症だったんだ。だから気持ちが良く分かる。でも母さんがよく抱き締めてくれて、その後におまじないをよくしてくれて、かなり良くなったんだ。だから、俺もこれから西島君におまじないして上げる」


(マジか?…彩峰が…ガキの頃上がり症だった?良くなった所か…今じゃ何しても余裕ぶっこいてるだろ?)


恒輝は、首から頬を紅く変色させながら内心戸惑った後、更に明人の胸を押して拒絶した。


「まじない?彩峰!俺は、ガキじゃねぇ!」


「勿論、オレにとって西島君は子供なんかじゃないよ。西島君は俺にとって家族と同じ位大切な人だからするんだ。いいから、いいから、ちょっとだけ、じっとしてて、西島君…」


明人は、恒輝の耳元に唇を寄せてそう優しく呟くと、恒輝をぎゅっと再び抱き締めた。









































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