11月

 あの発表から1か月半が経った。

 世界は混迷を極め、あらゆる場所で悲劇が起こった。

 僕の身にも様々なことが起こった。


 今月の初旬、自宅が燃えた。

 毎日の日課となった原付バイクでの深夜徘徊から帰宅すると、二階からも一階からも激しい火の手が上がっていた。

 家が燃えている光景を目の当たりした僕は、消防を呼ぶためにスマートフォンを取り出した。しかし隕石の影響で無線通信が利用できず、連絡を取れないことを思い出す。


 原付を走らせて、やっとのことで公衆電話を見つける。119をプッシュするが、なかなか繋がらない。数分待ってようやく出たオペレーターに事情を伝えた。

 十分後に救急車と消防車が来る。そのまま他人事のように消火活動の一部始終を見ていた。


 朝方になって、消火が終わり、炭となった両親が自宅から運び出された。


 警察の話によると、不安定になったガスインフラの代用として自前で調達したガス缶に引火させてしまうケースや愉快犯が悪意を持って放火するケースが多発しているらしい。

 今回は自宅に火をつけた一家心中が原因とのことだった。

 僕は火元である隣に住んでいた四人家族を思い出す。彼らの身にどういうことがあったのかは分からないが、もっと別の方法を選んでくれたらよかったのにと思う。


 一日中泣いて、泣き疲れて、気づいたら夜になっていた。

 最寄りのコンビニへ行くと、普段と様子が様変わりしていた。入り口のガラス扉は棒状のなにかで無理に打ち破ったような跡があり、中は荒れ放題になっていて店員は当然のようにいない。

 そりゃそうかと思う。世界が終わるのに、働いたって仕方がない。

 昨日対応してくれたオペレーターさんは偉かったんだなあと関係ないことを考えた。


 公園を通ると数人の若者たちが異常に興奮した様子で騒いでいるのが見えた。手には各々バットやらゴルフクラブが握られている。

 輪の中心ではホームレスらしきおじさんが蹲っていて、腕があらぬ方向へ曲がり頭から血を流していた。

 最近身元不明の死体が朝になると発見されると聞いたことがあったが、こういうことだったのかと納得した。

 再び公衆電話を探して、警察を呼んだ。

 しかし警官と共に駆け付けた頃には若者の群れは解散していて、あとには冷えていくおじさんの死体だけが残された。


 匿ってもらった警察署で目を覚ました。

 両親の死亡について近くに住む母方の祖父母に知らせに行く。

 ひととおり悲しみを共有した後、これからについて話し合った。

 役所に確認したところ、状況が状況なので正式な手続きを踏むことができないらしい。

 少なくとも葬儀は執り行れないとのことだった。


 先輩のことが心配になったので自宅まで行った。

 しかしそこにはもう誰も住んでおらず、既にもぬけの殻になっていた。

 先輩と先輩の家族は上手く何処かで生きているんだろうか。

 連絡が取れないのがこんなに不便だとは思わなかった。


 帰る家が無くなった僕は当てもなく隣の県まで行った。

 市街はどこも都市としての機能を保っていなかった。

 ゴミが散乱して、道路に自動車が放置されて、地面には人々が座り込んでいる。

 虚ろな目で壁にもたれてぼーっと空を眺めている人々は時間を持て余しているように見えた。

 僕も似たようなものでやりたいこともやり残したことも特にない。


 2週間くらい色々な所を転々とした。

 目的もなく彷徨っていると、色々な人を見かけた。

 火事で家を失った家族を見た。彼らは今日寝る場所を見つけるために懸命に宿を探していた。

 僕と同い年くらいの女子のグループを見た。彼女らは学校で生徒会に所属しており、自分たちにできることを探していた。

 演説をする団体を見た。彼らは今回の隕石が神による試練であり、死は単なる肉体の損失に過ぎず、選ばれた人々は楽園に召されると主張した。

 炊き出しを行うボランティアを見た。彼女らは和気あいあいと見知らぬ人に食事を配っていた。

 子どもを探す親たちを見た。彼女らは必死に呼びかけて自身の息子や娘の行方に関する情報を募っていた。

 集団自殺する人たちを見た。彼らは性別年齢がバラバラで関係性は分からなかったが、みな憔悴しきった顔をしており、最後には手をつないでビルの屋上から飛び降りた。


 喜び、悲しみ、満足、無念、安心、不安、許容、恐怖、怒り、諦め……。

 出来事や関係によって引き起こされる様々な感情を見た。

 

 当然のことだけど、各個人の感情は各個人で完結している。

 共感や同情はできても他人と同じ尺度、同じ見方で、感情を共有することはできない。

 人はそれぞれ違う思惑で、違う信条で行動する。

 なんだかそれが独りでに閉じているみたいで、ならば誰かと一緒に過ごすこと、誰かと一緒に過ごしたいと思うことにどのような意味が生じるのだろうかと思う。


 考えても答えなど出るはずもなかった。

 やがて全部億劫になった。


+++


 疲れが限界に達した時、泥のように重い身体でほぼ無意識的に学校へ向かっていた。

 久しぶりに校庭に足を踏み入れる。

 部室に入るとまるでこの世の人が全ていなくなったかのように静かだった。

 ソファに顔をうずめるようにして寝転がる。

 このまま本当に人類が滅亡するまでこうしていようかと思った。

 先輩と過ごした楽しかった日々を反芻して、幸せな微睡みに包まれながら世界の終わりを迎える。なかなかいいじゃないか。

 もうつかれたのだ。このままそっとしておいてほしい。

 僕はそのまま意識を手放した。


 夢を見た。

 なんだかとても心地がよかったことだけは覚えている。

 でも目を覚ました途端、弾けるように消えてしまった。

 名残惜しいような気持ちになりながら、もう一度あの夢を見られないかとぼんやり考える。

 再び眠ろうとしたところで、下腹部に違和感を感じて目を向けると先輩がいた。


 先輩は僕のお腹に突っ伏するような体勢で寝ていた。

 月明かりに照られて眠る姿はなんとなくおとぎ話のようで現実感がない。

 夢の続きかもしれないと思って、先輩の頬に触れてみると確かに温かかった。

 そのまま摘まんで引っ張ってみると綺麗な寝顔が愉快に崩れて「むにー」と寝言を言う。面白くなってもう少し伸ばしてみたところで、僕の頬もぐにっと掴まれていた。

 ぱっちりとした先輩の目がこちらを見つめている。


「おはよう、望月くん」

「おはようございます、糺谷先輩」

「なにしてるの?」

「夢かなと思ってつい」

「そういう時は自分の頬を摘まむのがいいんじゃないかな~」

 そう言って先輩は頬を摘まむ手に柔らかく力を入れる。

 僕は冗談めかして身をよじる。

 何時ぶりかのじゃれ合い。


 先輩がいつものようにゆるく笑って、そのまま僕を抱きしめた。


「先輩、その……」

 なにか言おうと思ったが、言葉が出てこない。

 何を言うべきか、何から話すべきか分からない。

 でもそんな逡巡を包むかのように、先輩はぐっと身を寄せる。

 鼓動を、体温を、直に感じる。


「おかえり、望月くん。君が生きててくれて、とっても嬉しいよ」


 先輩は優しい声でそう言った。

 ああ、この人は僕のことを本当に心配にしてくれていたんだと思った。

 先輩の華奢な背中を抱きしめる。

 僕も先輩とまた会えてとても嬉しいです。

 そう答えようとしたが、嗚咽が漏れて上手く言葉にできなかった。


+++


「ねえ、望月くん」 

「なんですか、先輩」

「とってもいいアイデアがあるんだけど聞く~?」

「聞きたいです」

「おお、素直だねえ。12月7日を迎えたらさ、私たちみんな死んじゃうでしょ?」

「そうですね、みんな仲良くご臨終です」

「どこに居ても同じなら、一番綺麗な場所で最期を迎えたくない?」

「先輩はロマンチストですね。どこですか?」

「ん-、まだ分からないけど。隕石から出来るだけ近いところ、とか?」

「それはそれは……えらく前向きな自殺行為ですね」

「そうでしょそうでしょ~? で、どうする?」

「もちろん是非もないですよ。行きます」

「やった~!」


 こうして僕と先輩は最初で最後の小旅行を計画することにした。

 先輩とならきっと楽しい旅になるだろうと思った。



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