ブラック企業

 狭い詰所の中には、煙草の煙と臭いが充満していた。


「今日は仕事が少なめかもな」


 煙を吐き出した男がふと呟く。


「やめておけ。そんなこと言ってると、すぐに悲しむことになるぞ」


 別の男がそう応えた。するとその会話に呼応ふるように、ジリリリリとベルが鳴りだした。出動の合図だ。


「言わんこっちゃない」


 詰所の中にいた男たちは、溜息と悪態をつきながら仕事場に向かっていった。




 一仕事終えて、どやどやと男たちが帰ってくる。各々の席に座ると、誰からともなく愚痴がこぼれていく。いつものことだ。


「まったく、やってられん。最近どんどん仕事が増えてないか?」


「そうだよな。せめてもう少し人手が増えてくれるといいんだが」


「どうやら金がなくて、それも難しいらしいよ」


「地獄の沙汰も金次第、ってのはこのことかねえ」


 そう呟いた男は、それは違うだろ、と周囲の男たちに笑い飛ばされた。




「…何のために、仕事してるんだろうな」


 男のうちの一人がそうこぼす。


「さあねえ。俺たちは、上に指示されたことをやっているだけだし」


「仕事内容に意味を感じないんだよな。やることがずっと同じだし。別にきつい仕事ってわけでもないけど」


「なんか俺たちには分からない目的があるんだろ、多分」


 男たちのとりとめもない独り言のような会話は、大体いつも同じように流れていく。そして、同じような結論に辿り着くのだ。


「はあ、やってらんねえよ。仕事が終わりになったりしないかねえ」




「何言ってんだ。この仕事に終わりなんてないだろ」


 誰かがそう言うと、その場の皆は何も言えなくなり黙ってしまった。

 それもそのはず、男たちの仕事には本当に終わりがない。永遠に仕事を続けなくてはならないと、全員が理解しているのだ。


 男たちの仕事は、親より早く死んだ子供たちが三途の河岸に作る石の塔を、定期的に壊すこと。

 地球の人口は増え続け、親より早世する子供も増え続けている。そして、男たちの仕事もまた増え続けていく。

 石を積み続ける子供たちは、やがて地蔵菩薩によって救われるという。しかし、仕事に勤しみ続ける彼らが救われることはない。


 再びジリリリリとベルが鳴る。子供たちが、石塔をある程度積み上げた合図だ。

 赤い肌を持ち、頭から角が生えた彼らは、また仕事場へと向かっていく。

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