大学生活

桜が満開になる四月某日、男は大学の入学式を迎えていた。学長の長ったるいご高説を聞き飛ばしながら、彼は一つの決意を固めていた。


(大学では、できるだけ勉強をせずに楽しく過ごそう)


 男はつい二ヶ月程前まで、大学受験に苦しんでいた。最初は大学で学ぶためという高い志で始めた勉強だが、一ヶ月もしないうちに苦しみだけ強く感じるようになり、志はどこかへと吹き飛んでいってしまった。

 それでも彼なりに努力を続けたが、結局志望校には受からず、受かったのは滑り止めの大学。この大学で勉学に励もうとは到底思えなかったが、浪人して再び志望校に手を伸ばそうとも思えなかった。

 大学生活は人生の夏休みだという。こうなったらできるだけ楽をして、適当に卒業し、大卒という肩書だけでも手に入れよう。男はそんな邪な思想に支配されてしまった。


 それからの男の行動は早かった。まずは複数のサークルに入会し、多くの先輩とコンタクトを取る。そして、できるだけ楽に単位取得ができる講義の情報を集めていった。

 大学の講義を受講し一定の成果を修めると、単位が取得できる。そして、卒業するためにはこの単位が一定数必要となる。大学の講義というものは高度で専門的であるものが殆どだが、中にはそうでもないものもある。毎回出席しなくてもよい講義、試験が毎年全く同じ内容である講義、授業ごとに数百文字の感想を提出するだけで単位取得できる講義などもいくつかあるのだ。

 男が入った大学は、多角的で総合的な学びをモットーにしており、どの学部のどんな講義でも卒業要件に換算できる。そのおかげで彼は各学部の楽な講義だけをひたすら受講し、単位を荒稼ぎすることができた。


 男は基本的に講義には出席せず、同じ志を持つ友人とサークル室や食堂で雑談していた。どうしても出席しなくてはならない講義では最後方の席に座り、教授の長話を聞き流していた。試験前だけ最小限の勉強をし、最低限の労力で単位を取得していた。

 空いた時間で男は友人と遊び、適度にバイトを入れて、時に旅行に行って、大学生活を謳歌していた。1年の冬に彼女ができてからは、暇さえあればデートや性行為に興じていた。

 大学生のあるべき姿とはかけ離れているが、男は熱心に努力をしていた。楽しい大学生活を送るための努力を。


 瞬く間に時間は過ぎ、ゼミに配属される時期となった。

 一般的にゼミとは、教授の指示の下で研究や討論を行って卒業論文を作成する、勉学の集大成の場である。しかし、男にとってはそうではなかった。

 ゼミの中にも難易度差はあり、中には卒業論文を書かなくてよいゼミというものも存在する。大学は卒業論文を書かないと卒業できないと思われることが多いが、単位数と教授の許可さえあれば卒業できるのだ。彼は当然のように楽なゼミを選び、今までと変わらない日々を過ごしていた。


 ついに男は変わらないまま最高学年となり、就職活動の季節になった。彼は信念を曲げず、できるだけ楽に就職できる企業を選び、最低限の準備で面接へと臨んだ。


「私は大学において、都市について学んできました。学部に縛られずに関係性の高い講義を多く受講し、また実際に国内や海外の様々な都市に足を運んで、知見を深めてきました。この経験から得られたことは……」


 男はある程度真実を交えているつもりだが、彼の発言は嘘八百だ。ただ、面接官には彼が嘘を吐いていることの証明ができない。面接とはどれだけ嘘をうまく話せるかを競う選手権のようなものだろう、と男は考えていた。実際、後日に彼は採用通知を手にしていた。


 ついに卒業の時期になった。卒業の際に男が卒論代わりに教授に提出したA4用紙五枚のレポートは、大学のある地方都市の歴史と現在について記したものだ。その内容は、インターネットで都市名を検索すると出てくる情報と大差はなかった。

 卒業式の後、男は小さく述懐する。



「大学で勉強する意味なんて無かったな」




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 桜が満開になる四月某日、女は大学の入学式を迎えていた。学長の入学生への式辞を聞きながら、彼女は一つの決意を固めていた。


(大学では、将来に繋がるように勉強をして過ごそう)


 女はつい二ヶ月程前まで、大学受験に苦しんでいた。大学で学ぶためという高い志で勉強を続けていたが、結局志望校には受からず、受かったのは滑り止めの大学。

 大学でどれだけ努力したかで、人生は変わるという。こうなったらこの大学で学んで、理想である都市開発に関わる仕事に就こう。女は決意を新たにしていた。


 それから女は、夢に向かって行動を始めた。まずは都市の研究をしている学術サークルに入会し、多くの先輩とコンタクトを取る。そして、将来に繋がるような講義の情報を集めていった。

 女が入った大学は、多角的で総合的な学びをモットーにしており、どの学部のどんな講義でも卒業要件に換算できる。そのおかげで彼女は各学部の都市開発に関係する講義をひたすらに受講することができた。


 女はある日、同じ学部の男の噂を聞いた。なんでも講義にほとんど出ず、遊んでばかりいるらしい。

その男はなぜ大学に在席しているのだろうか、と女は思う。彼女はその男を軽蔑し、そうはならないようにしようと心に決めた。


 1年の冬。女は特に仲の良い友人から、彼氏ができたという話を聞いた。聞けば、お相手は例の講義に出ていない男だという。「その男のどこがいいのか」と友人に聞くと、「いつでも遊んでくれるところ。あと顔」と返ってきた。

 それ以来、友人は彼氏とずっと一緒にいるようになり、女と話す機会は減ってしまった。空いた時間で、女はさらに勉強に没頭するようになっていった。


 長い時間が過ぎ、ゼミに配属される時期となった。女は迷うことなく、都市開発について専門的に学ぶゼミに入った。

 女が入ったゼミは、教授が特に厳しいことで有名だ。都市が抱える諸問題についてのディベートを頻繁に行い、少しでも準備不足な点があれば叱責された。フィールドワークも行い、国内外のさまざまな都市に赴いて参考にしてきた。何度も訂正されながら、少しづつ卒業論文を作りあげていった。休む間もないほど忙しい毎日だったが、女は自分が着実に進んでいる実感を感じていた。


 そして女は最高学年となり、就職活動の時期になった。彼女は信念を曲げず、自治体と協力して都市開発を主導する企業を選び、忙しいながらも準備をして面接へと臨んだ。


「私は大学において、都市について学んできました。学部に縛られずに関係性の高い講義を多く受講し、また実際に国内や海外の様々な都市に足を運んで、知見を深めてきました。この経験から得られたことは……」




 数日後、彼女の下に届いたものは不採用通知だった。




 卒業の時期になった。

 女はあれ以降も都市開発に関係する企業をいくつも受けたが、返ってくるのはお祈りの言葉のみだった。結局、都市開発とはほとんど関係ない企業に就職することになっていた。

 女の四年間を詰め込んだ卒業論文は、教授に絶賛された。教授は批判的な視点が多く、研究を絶賛するのはとても珍しいことだったが、今更それが何になるのだろう。そう彼女は自嘲した。




 桜が満開になる四月某日、企業の入社式にて。

 女は斜め前に並ぶスーツ姿に見覚えがあった。講義に出ていないのにうまく立ち回って卒業できたと聞く、友人の彼氏だ。

 女は思わず呟く。



「大学で勉強する意味なんて無かったな……」

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