第13話、立花拳墜3

◆◇◆

 深夜。情報屋のバーにて。

「おじさーん、いるー?」

「おう、いるぞ。あと緊急依頼だ、フェアリー、コイツら倒せ」

 オッサンは頭に銃を突きつけられていた。

 ――数分後――

 バーカウンターにて〝彼女〟が座っていると来客が現れた。

「あ! マリンちゃん!」

「わー! 黒妖精フェアリーちゃん、ひさしぶり~」

 〝彼女〟は来客に飛びつき、来客もまた笑顔で抱き締めた。その女性――マリンは見たところ二十代半ばであり、〝彼女〟の数少ない友達であった。

「相変わらずかわゆいの~うりうり~」

「くすぐったいよ~。あ! マリンちゃん、また仕事の術の話ききたい!」

「うんいいよ~」

 カウンター席に隣同士で座り、談笑を始める――――が。

「この前はどんな話したっけ?」

「(ふっ……俺も年甲斐もなく和んじまうな……)」

 情報屋はグラスを拭いていた。

「えっとね……相手に心を開かせるための小技十選! キャバクラの椅子がU字型なのは客と対面に座らせないため。対面位置だと無意識に『敵対』と心が認識するって話!」

「…………ん?」

 グラスを拭く手がとまった。

「それか! じゃあ今日は……えっちの時の雰囲気操作についてはどう?」

「ふぁっ!?」

「それがいい!」

「ちょっと待てえええええええ!!」

 情報屋は天津飯を〝彼女〟の前に出してマリンに声を掛けた。

「……おい、漣。お前……職業の話してんのか……?」

「そうよ~。ってか本名止めて」

 〝彼女〟は天津飯を食べていた。丼一杯に詰め込まれたホカホカご飯の上に乗る巨大な卵。その卵と御飯の山を島と見立てるなら差し詰め餡は海だろうか? アツアツでもしかしたら火傷するかもしれないほどの熱量――――それがいい。

「…………お前の職業、なんだっけ?」

「高級娼婦! あといくつかの副業!」

 天津飯から漂うホカホカの湯気と餡の香ばしくも旨味の塊ともいえる匂いが鼻孔をくすぐる。マリンは涎を垂らした。

「馬鹿かお前!?」

「馬鹿っていう方が馬鹿だと思う!」「思う!」

 マリンの目の前に天津飯が置かれる。優しい。

「あひゅっ、らって……しょうがんまっ、ないじゃ、はふはふ、にゃい」

「食うのか話すのかどっちかにしろ」

「はふはふ、うまい……おいひい」

「あ、食う方優先するんだ!?」

 ツッコミに続くツッコミ。情報屋はなんだか天津飯が食べたくなってきた。

「だってフェアリーちゃんぐらいなんですもの。私らみたいに人から悪いイメージ持たれがちの職業にキラキラした目を向けてくれるの」

 異常者、それは普通ではないと曖昧な定義の上に成り立つ少数派の人間。

 情報屋、高級娼婦、暗殺者、彼らは何処まで行っても普通にはなれない。

「そりゃ、そうだがよ」

「高校生も娼婦も犯罪者も、裏社会も政治家も学校の先生もみんな、同じ人間……それを心の底から認識してる子なんて……ほんの一握りだもんねぇ?」

 二人が〝彼女〟に視線を向ける。すると〝彼女〟は不思議そうな顔を浮かべて。

「? だってマリンちゃんの話。面白いじゃん。

 意図的にそーいう雰囲気を作る方法。小技の十や二十を重ねて『相手がつい話したくなる雰囲気』を生み出す技術。あとは会話の時に『相手の緊張を減らす術』とか……接客業とかが学べば文句なしの成績一位になるんじゃないかな?

 聞かないなんて損だよ?」

 ――――本気で、心の底から相手の技術へ敬意を表している。

 十五歳の子供が、娼婦という職業を『その分野における唯一のプロ』と正確に認識しているのだ。この歳でここまでの領域に達している子はそう多くない。

「あーもう! フェアリーちゃんは私の嫁! 私が生きるために鍛え続けた技術が肯定されちゃうぅぅぅぅっ! というわけでプレゼントだぜっ☆」

「俺にか……何々、『マリンちゃん、十歳の――』ってこれお前の!?」

「いえーい! 私の処○喪失事件ーー!! かんぱーい!」

 マリンは自分の人生、最大の分かれ道を情報屋へぶん投げた。最低。

「かんぱーい! ねえねえ何で十歳でアニマルビデオでちゃったの?」

「借金抱えた両親に売られたのさっ☆ まあそのおかげで一人で生活できるぐらいにはお金手に入ったし? 高校も途中までは通えたし? フェアリーちゃんとも出会えたしうれぴーー!」

「ったく……それで? 今回はどんな要件だ?」

 情報屋はポケットにアニマルビデオを仕舞うとマリンへ問いかける。

「あ、そうだったそうだった! 今日はフェアリーちゃんを探してたんだ。ここなら会えると思ってね~」

「ふぇ?」

「ああ、指名依頼か。俺は聞かないからどうぞお好きに」

 情報屋は納得したのかグラスを拭き始める。

「フェアリーちゃん、もう高校生なんだよね!? うちでバイトしない!?」

「ちょっと待てえええええええええ!!」

◆◇◆4月14日 青天。

 午前12時。学校の教室で雲雀は授業を受けていた。天気はよく、特にこれと言って問題のない日中である。

「…………」

 授業内容をノートに写し、問題を解いていく。

「(……うん、解けた)」

「ちょ、何ですかあなたは」

 問題を解き、満足そうに微笑む。シャーペンを置き、窓外の光へ視線を向ける。

「(今日は、平和だn――――」

 ドォォォンッ!!――――雲雀の頬に拳が叩き込まれる。

 窓を割り、校舎の二階から外へ数メートル吹っ飛ぶことになる。前歯が一本、へし折られた。

「(ここまで完璧なフラグ回収あるぅ?)」

 顎の骨ががくがくになった状態で、そんなことを思っていた。気に引っ掛かり摺り傷だらけになりながら、草むらに堕ちた姿は見事としか言いようがない吹っ飛ばされ方だった。

「(顎がガクガク……血も凄いなぁ……っと、まず教室に戻ろう……)」

 上を見上げる。少なくとも三メートルは離れてる二階の窓。ここで、普通の人間ならばどうするか?

「(……入り口に、移動して……教室に、戻る……で、正解、だよな)」

 そう、それが正解だ。彼が取るべき行動はそれで正解の、はずだ。にも拘らず、彼は別のありえない可能性に目を向けていた。

「……よっ、と」

 軽く、スキップを踏むような気軽さで、その軽快さで――――雲雀は、二階の窓まで飛んだ。

「(……いけた)」

 そのまま窓の取っ手を掴み、中に入る。異常すぎる現象に、クラスは騒然とする。

「あ、秋津君……?」

「はい」

 教員は目を見開き、秋津へ奇異の眼差しを向ける。そして。

「……と、りあえず……保健室に、いきなさい」

「? はい。それで、先ほどの方は?」

「今、職員室にいます……ので、はい……」

 狼狽えながら答える教員。雲雀は不思議そうに首を傾げ、保健室へ向かった。


「これはどう見るべきかな……精神の安定が、少しずつ一つに戻そうとしてる、その影響とかが妥当か……?」

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