3-3 充実した日曜日

「さて、どうしようかしら……」


 自宅の窓から差し込む綺麗な茜色の夕陽を見ながら、パジャマ姿のレイカは途方に暮れていた。


 会社から勝ち取った週末の連休。その初日である土曜日はほぼ丸一日をゲームセンターで費やし、付き合わせていた弟の龍斗りゅうとをグッタリさせるまで遊び尽くした。



 そしてその次の日。

 最近使いこなし始めたパソコンで動画配信を観ていたら、気付けばもう夕方になっていた。


 それも、今流行りの人気配信主に熱中して……ではなく、とある動物園が配信しているゴリラの親子が仲良くたわむれている動画を観ながら感動の涙を流していたらこうなった。


 異世界には居なかった優しい森の賢者のハートフルな営みに、レイカは何故か感銘を受けたらしい。



 とまぁ、なんとも気の抜けるようなしょうもない理由で、折角の休日をまたもや潰してしまったのだが。

 当の本人であるレイカはそれよりも、もっと別のことで頭を抱えていた。


「買い物に行く予定だったのをすっかり忘れていたわ……それに夕ご飯もない!! ど、どうしよう!?」


 昨日メイクをしていた時に、前の身体の持ち主であった玲華が買っておいた化粧品類が心許こころもと無くなっていることに気付いたのだ。


 それを今日のうちに買いに行く予定だったのに、気付けばもうこんな時間になってしまっていた。



 ちなみに龍斗は大学の友人と会うと言って、逃げるように去っていった。同時に、食材が無いので適当に買って食べておいて、とも。

 若干冷たいようにも思えるが、これも元を正せばレイカが自活をしないのがいけない。多少スパルタでも、この世界で生活できるように覚えていかなくてはならないのだ。



「仕方ないわね。今から買いに行きましょう……」


 いつもなら泣きついて助けてくれる優秀な下僕……もとい、弟は居ない。

 これ以上ここでグダグダしていてもしょうがないか、とやっと重い腰を上げたレイカは、さっそく外へと出掛けることにした。




「ううぅ……なんでこんなに暑いのよ……」


 玄関を開けた途端、むわっとした夏特有の熱気がレイカを襲う。

 すでに夕方の四時を回ったとはいえ、だるような蒸し暑さがまだ残っている。


 エアコンの効いた環境に引きこもっていたレイカには、この日本の暑さはまだ慣れないようだ。



 さて、それでは何処に行こうかと脳内で玲華れいかの記憶を検索する。


 普段使っているスーパーでは恐らく化粧品は売っていない。かといって、デパートにあるコスメは高くて今の手持ちのお金では買えない。


 ではどうするか……



「そういえば駅前にドラッグストアがあったはずだわ。何店舗かあるのを見た気がするし、いくつか回ってみれば揃えられるわよね……よし、それで決まり!!」


 そうと決まれば、さっそく出発だ。

 玲華が数年前に龍斗から誕生日プレゼントで貰った少し古ぼけた黒の日傘を差すと、駅の方角へと歩き出した。




「これは予想外だったわ……」


 順調に一件目のドラッグストアに辿り着いたは良いものの、最初の店で既にレイカはピンチに陥っていた。


「まさか、こんなにも種類が豊富だなんて……」


 目の前には、棚いっぱいの日焼け止め。

 色も形も多種多様なら、良く分からない単位で効果をうたう商品もある。


 玲華はどうやらこの中から適当に買っていたようで、レイカに託された知識の中には役に立ちそうなものが無かった。



 さてどうしたものかと悩み立ちつくしていると、そんな彼女へ声を掛ける者がいた。


「あれ? 日南ひなみ……さんですよね?」

「……?」


 慣れていない名前を呼ばれ――誰の事かと悩み、自分の名字だと思い出した――レイカは声のした方へと振り返る。



「……あら、こんにちは」



 その声の主は先日勉強会で再会した、幾永いくながドクターだった。

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