エピソード解説④/ラブコメ作りは鉄の精神で

【四作目】

 機巧探偵クロガネの事件簿3.5 ~探偵と三女神の憂鬱~


〈五月雨〉

 『3』では描き切れなかった部分や消化不良だった点を補完する番外編にあたります。


〈莉緒〉

 番外編というより、三人のヒロイン達のそれぞれの視点から描かれたラブコメ編ね。各エピソードは最初から最後まで一人称文体で書かれているわ。


〈五月雨〉

 普段が三人称文体なのは、戦闘シーンの状況を俯瞰的に捉えやすくするためです。基本的に『機巧探偵』は「三人称+一部主人公の主観」というイメージで書いています。


〈莉緒〉

 対して一人称文体は周囲の状況が描きにくい反面、そのキャラクターの心情が伝わりやすいのが最大のメリットね。


〈五月雨〉

 そのため、ラブコメ回であるこの『3.5』はヒロイン視点の一人称文体を採用しています。他にデメリットがあるとすれば、とても恥ずかしい思いで書いていたことくらいでしょうかw


〈莉緒〉

 あーw ラブコメは読む分には良いけど、書く側となったら……。


〈五月雨〉

 ギャグならまだしも、普段からラブコメなんて書かないので相当苦しみましたね。背中が痒くなったり身悶えして筆が止まったり……世にラブコメ作品を出している作者の皆さんを本当に尊敬します。


〈莉緒〉

 その人達、きっとメンタル鉄なんだよ。


〈五月雨〉

 私もその領域に至りたいものです。


〈莉緒〉

 揚げ出しメンタルが何言ってやがる。



【美優編】学園祭デート


〈五月雨〉

 『3』本編で最大の目玉だった演劇が終了した後の話です。

 流石にクロガネは疲労がピークなので、演劇終了後は帰宅して休んでいますね。

 後から帰宅した美優が眠っているクロガネに感謝と労いの言葉を掛ける穏やかなシーンが入ります。


〈莉緒〉

 そんなほっこりするシーンの裏で、獅子堂の屋敷に帰還した新倉は激おこのナディアに撃たれまくっているとw


〈五月雨〉

 温度差ぁ……w

 さて、翌日。美優なりに練りに練ったプランを元に学園祭デートが始まります。


〈莉緒〉

 初手パンチングマシーンってなんなの?


〈五月雨〉

 メタな話ですが、ガイノイドである美優のスペックを見せたかったというのがあります。続編の『4』で美優の活躍が際立つための仕込みですね。ハッキングだけでなく、生身の人間よりも頑丈かつ力強いことをここで改めて再認識させたかったのです。


〈莉緒〉

 へー(感心)。そんな先々のことを考えて……。


〈五月雨〉

 ……というのを今思い付きました。


〈莉緒〉

 ぅおいッ!


〈五月雨〉

 『4』完結後に今回の解説回ですからね。「今思えば」な後付け設定がポンポン出てきますw

 さて、真面目に解説しますが、パンチングマシーンネタについては執筆当時、美優のデートプランの一部が偏った知識に基づいていることを示したかった故の産物です。

「超優秀だけど、どこか天然でボケボケ」がクロガネのパートナーである美優なので、この後に続く射的やお化け屋敷などでも彼女が色々やらかしては笑いが取れるようなシーンを入れています。


〈莉緒〉

 その射的コーナーでは、エアガンに赤外線発射装置を組み込んだものが出て来るわね。


〈五月雨〉

 この装置は実在します。

 ロケーションに左右されず子供でも安全にサバゲーが出来る優れものですが、コストなどの課題からまだ普及には至っていませんね。

 ちなみに本来の発射機構はエアガンの銃口から発生した空気圧をセンサーが感知して赤外線が発射されるという仕組みです。

 作中ではブローバックした際の衝撃で発射する仕様になっています。

 実験都市でもある鋼和市の学生が作った試作品ということで、このような発射システムもあるんじゃないか? と想像して書きました。


〈莉緒〉

 ちなみに、赤外線の射程距離はライフルだろうがハンドガンだろうが150メートルはあるそうよ。参考までにBB弾を発射する日本のエアガンは銃刀法によって威力の上限が定められているから、その射程距離は20~50メートル程度。

 赤外線発射装置が普及したら、サバゲーの常識が一気に変わるわね。


〈五月雨〉

 さて、その後もクロガネと美優はデートを続けます。

 ダーツや輪投げなどの投擲系のゲームには強いですね、大量の景品をゲットしています。


〈莉緒〉

 生い立ちからして仕方ないとはいえ、大概浮かれ過ぎよねこの二人。


〈五月雨〉

 美優のクラスメイトで学級委員の沖田涼子とのやり取り。

 ここでMVP企画などの情報を教えてくれますね。

 涼子は今後の短編や番外編などで出番があるかと思います。


〈莉緒〉

 またラブコメもの?


〈五月雨〉

 いえw 流石にしばらくラブコメは書きたくないので、日常コメディものの方向でww


〈莉緒〉

 お化け屋敷でクロガネに抱き着くプランを忘れる美優。


〈五月雨〉

 その後、クロガネの方から手を繋いだことを喜んだり、手を離されて文句を言ったりと一喜一憂なラブコメムーブをしてますね。

 ラブコメってのはこういうので良いんだよ、こういうので。


〈莉緒〉

 何これくっそ羨ましいんですけど……。


〈五月雨〉

 どうどうw

 ボルダリングでは何気にゼロナンバーの訓練が過酷であることが明かされます。それに比べれば学園祭の出し物はクロガネにとってお遊びみたいなもののようです。


〈莉緒〉

 そしてスパッツ装備とはいえスカートで登ろうとする美優を止めると。

 本当にどこか無防備ね、ウチの子は。


〈五月雨〉

 今回のラブコメ編では美優の成長具合と普段とはまた違った一面を描けて作者も良い経験になりましたよ。


〈莉緒〉

 完全にギャグキャラ化しているわねw


〈五月雨〉

 【美優編】序盤で描かれていた演劇の映像化は、『3』で少し触れていたものを拾った形です。


〈莉緒〉

 完成した映画を観に行こうとしたら人数整理などを手伝うことに。

 ていうか、美優が文化研究部から受けた依頼期間は学園祭終了までよね? 本来なら、部員としての仕事を果たすべきなのに呑気にデートしてるのって……。


〈五月雨〉

 美優の中では演劇を成功に導き、動画の編集作業も達成しているので既に依頼は終わった気で居たのでしょう。クロガネと部活を天秤に掛けて、クロガネの方に傾いた感じでしょうねw

 依頼主である文化研究部の面々も、美優は充分以上に働いてくれたという認識なので問題はなかったと思います。この後、美優とクロガネは手伝いに来てくれましたし。


〈莉緒〉

 そして演劇の衣装に再び着替えて、美優がやらかしたキスシーン。

 本当にクロガネのこと好き過ぎるだろっ、まったく羨ましいっ。


〈五月雨〉

 美優もつい衝動的にやってしまった感がありましたね。

 ちなみに『1』の序盤でクロガネは「ガイノイドは守備範囲外」とありましたが、美優は特別なようでその認識を改めることになりそうです。


〈莉緒〉

 耳が真っ赤になってたもんねw


〈五月雨〉

 後夜祭では、その年の学園祭で最も話題になった生徒が壇上で何か披露するというある意味罰ゲームなものになっています。

 本来であれば後夜祭はキャンプファイヤーを囲んでフォークダンスなどが定番でしょうが、帰りはクロガネと手を繋ぐ予定でしたし、ここは美優からの愛の告白という形でもう一度『Fly Me to the Moon』を歌って貰いました。


〈莉緒〉

 最後に夏目漱石で有名な「月が綺麗ですね」と改めて告白するシーンで【美優編】は終了ね。

 『竹取物語』に『Fly Me to the Moon』に『夏目漱石』と、ここまで『月』繋がりが続くのも面白いわね。


〈五月雨〉

「月が綺麗ですね」は、”Ⅰ LOVE YOU”を夏目漱石が日本的に意訳したことで有名ですね。当時は「愛してる」という言葉や意味が無かった時代だったとはいえ、詩的かつ奥ゆかしく日本人らしい素敵な意訳だと思います。


〈莉緒〉

 実は『Fly Me to the Moon』もストレートに”Ⅰ LOVE YOU”と相手に伝えるものではなく、遠回しに愛の告白をする歌詞となっているわ。この曲が日本で親しまれているのも解る気がするわね。


〈五月雨〉

 手を繋いでからの「月が綺麗ですね」の一連の流れは、個人的にお気に入りですね。ストレートな愛情表現ではなく、若干ぼかした感じが如何にも二人らしくて、パートナーとしての関係が一歩進んだ感じがします。


〈莉緒〉

 同じ感想を抱いてくれた読者の方も居たから、とても嬉しかったわね。

 さて、【美優編】はこれでおしまい。

 次は【真奈編】よ。



【真奈編】ご挨拶と宣戦布告


〈莉緒〉

 冒頭から真奈のお母さんのラッシュがすごいw


〈五月雨〉

 真奈は比較的濃いヒロインなので、その親御さんも濃い口にしました。

 そして冒頭の勢いのまま、クロガネが真奈の両親と対面することになります。


〈莉緒〉

 ちなみに、『機巧探偵』の世界観ではドローンによる配達が普及・定着しているわ。さらりと紹介されていたけど、これだけで舞台が近未来であることが解るわね。


〈五月雨〉

 さて、大掃除を済ませた翌日、さっそく本土にある実家から真奈のご両親が鋼和市にやって来ます。

 それを第一印象優先で出迎えるクロガネ。『トラブルメーカー』のレッテルが張られているとはいえ、荒事が絡まなければ基本的に人畜無害で穏やかな好青年です。荒事が絡まなければ。


〈莉緒〉

 二回言いやがったけど実際その通りです。

 元暗殺者といえど、通り魔でも殺人鬼でもないからね。


〈五月雨〉

 何気にお手製のチーズケーキやジャムを振る舞うなど、家事力というか女子力も高い主人公。


〈莉緒〉

 そりゃあ、お母さんからの好感度も鰻登りよ。

 ちなみにクロガネのお菓子作りのスキルは生前の私が教えました。厳密には一緒に料理やお菓子作りをしていたという設定です。


〈五月雨〉

 クロガネと真奈の馴れ初めについて。同時にクロガネが抱えている借金についても今回詳しく語られています。


〈莉緒〉

 自身の経歴がないゼロナンバー故に医療保険に入っていないとはいえ、危険手当は高めだし、雇い主である獅子堂が多額の医療費を負担しているわ。

 実質、当時のクロガネに掛かった医療費はゼロであるけれども、本人は真奈に対して命を救ってくれた恩を抱いたと。律儀よね。


〈五月雨〉

 他の医療スタッフは容体が急変した莉緒の方へ軒並み動員されたため、実質真奈一人で治療してくれたのだから恩義を抱くのも当然かと思います。


〈莉緒〉

 それでその時の治療費1億5千万円分の家事代行をクロガネが申し出たというわけね。『真奈に対する貸し』を、『借金』と表現していたのはクロガネなりの誠意だったと。


〈五月雨〉

 クロガネは真奈と違って危険と隣り合わせな非日常側の住人ですので、あえて『借金』とネガティブな表現をすることで一般人である真奈と距離を置きたかったのでしょう。


〈莉緒〉

 でも真奈の方からぐいぐい来たとw


〈五月雨〉

 その通りですw

 なのでクロガネも真奈のことは「ズボラだけど善良な友人」と割り切ってお付き合いしていますね。


〈莉緒〉

 お互いの家の合鍵を持っているのは友達以上の関係だと思うけど?


〈五月雨〉

 ラブコメで定番の「友達以上恋人未満」の関係ですね。

 クロガネは現状、親友に近いその関係で満足しています。


〈莉緒〉

 鈍感主人公ではないのよね?


〈五月雨〉

 鈍感ではありませんね。元々勘は鋭い方です。

 むしろ、ここまで露骨なヒロイン達の好意に気付かないわけがありませんw


〈莉緒〉

 ですよねw


〈五月雨〉

 クロガネは鈍感ではありませんが、彼女たちの好意を理解した上で鈍感であろうとしています。

「元暗殺者で多くの命を奪って来た自分は、誰かと添い遂げて幸せになる資格はないし、危険に晒したくもない」と考えています。

 この辺の悩みは【クロガネ編】で語られていますので解説は後程。


〈莉緒〉

 それじゃあ、真奈とベランダで夜景を見ながらのやり取りね。

 恋敵に塩を送って御膳立てする美優。これが正妻の余裕かw


〈五月雨〉

 学園祭デートやこれまでクロガネと共に過ごした時間や経験、何よりも『探偵助手』という近いポジションから余裕があるのでしょうw

 メインヒロインの貫録を無駄に発しながらクールにその場を去っています。


〈莉緒〉

 良いムードなのに素でぶち壊していくクロガネ。

 うん、真奈はキレて良いw


〈五月雨〉

 ムードを壊してしまう言動は、先述の恋愛観に関して鈍感で居ようとするクロガネの心の表れですね。

 ですが、真奈の半強制的なバックハグからの要求には素直に応じています。【美優編】において、クロガネの中でも彼女たちに対する接し方や考え方が変わったのかもしれません。


〈莉緒〉

 そしてクロガネとのキスが美優に先を越されたことを知って迫る真奈。

 必死だw


〈五月雨〉

 まぁ、真奈ですしw

 嫉妬混じりに勢いでキスを迫ったり、悔しそうに涙目になったり表情豊かですね。ムードメーカーでもあるので本当に書いてて楽しいです。


〈莉緒〉

 この後、今後は自分の下の名前を呼ぶようクロガネに要求し、クロガネもそれを了承するわけね。『3』のエピローグに繋がるわけだ。


〈五月雨〉

 名字ではなく名前で呼び合うのは、他人行儀ではなく親しい間柄にしか出来ない特別な行為だと考えています。

 クロガネが真奈のことを名前呼びにしたことで、二人の関係もまた一歩進んだ形になりますね。


〈莉緒〉

 美優は唇だったのに対し、真奈は頬にキス。

 そして絶対にクロガネの伴侶になってやる、と本人を前にして強気な宣戦布告。

 これも真奈らしいかな?


〈五月雨〉

 キスや愛の告白に関しては、美優と区別するように心掛けた結果、このような形になりました。

 ぐいぐい迫るけどもどこかで線引きがされている、積極的であるけどもどこか臆病な所がある矛盾は真奈らしいかなと思っています。

 むしろ、そこが普通の人間っぽい感じがして親近感が湧きますねw


〈莉緒〉

 なるほど、作者が真奈を推す理由が解った気がしたよ。

 それじゃあ次。作者が大いに悩んだ【ナディア編】に移ります。



【ナディア編】家出と日記と停戦協定


〈五月雨〉

 三人のヒロインズの中で最も迷走したのがこの【ナディア編】です。

 他二人のヒロインは『学園祭終了後からナディアが来訪する間にあった話』でしたが、その時期にナディアを当てはめると、彼女と絡むネームドキャラは出嶋(デルタゼロ)ぐらいしか居ないのが問題でした。


〈莉緒〉

 新倉は謹慎を命じられてからナディアとは会っていないし、かといって番外編の場でまた新キャラを出すのもね……。


〈五月雨〉

 ではクロガネと初めて出会った頃の話をナディアの回想として書こうかと思ったものの、ゼロナンバー時代の二人の話は重く、ハードなアクションが多々出るため、今回のラブコメ路線から逸脱してしまう問題がありました。

 また、ナディアはヤンデレ気質という設定ですが、本編中ずっとクロガネと他のヒロインに対して病んだ状態で居られると流石に物語進行に支障をきたす可能性も出ました。テンポが悪くなるというか……何かもう問題だらけですね。


〈莉緒〉

 そこで思い切って【ナディア編】は『3』の後日談的な時間軸に設定し、日記という形でゼロナンバー時代の情報を小出しにしてクロガネや私との関係を断片的に紹介し、ヒロインを全員集合させて絡ませることでナディアの他ヒロインに対するヤンデレ気質を薄めるという、滅茶苦茶な構成になったそうよ。お陰で三ヒロインの中では最もボリュームのある内容になったわね。


〈五月雨〉

 それでは解説に移ります。

 『3』での前情報通り、ナディアは本当にクロガネが大好きな女の子です。熟睡しているクロガネの布団に潜り込むとか、流石に度が過ぎているとは思いますね。


〈莉緒〉

 案の定、美優に見付かって怒られているわね。本人も衝撃的だったのか、いつもは丁寧な口調が乱れているわ。

 そしてナディアはどこ吹く風とw


〈五月雨〉

 探偵事務所は休日のため、クロガネも羽を伸ばしていますね。

 ちなみにここで鋼和市での帯銃制度が見直されたため、クロガネはかつての愛銃であるキンバー1911に持ち替えた描写がされています。


〈莉緒〉

 何気に物語本編においても重要な設定を入れて来たわね。

 どんどん古巣に戻っているようなクロガネを歓迎するナディア。

 そしてコーヒーを淹れて現れた美優に対しては不機嫌になるわ。


〈五月雨〉

 ナディアはヤンデレ気質という設定です。

 個人的に『ヤンデレ』の定義とは、愛する者に対して「依存的」かつ「独占的」、そして自身と愛する者以外に対しては「排他的」だと捉えています。


〈莉緒〉

 自分以外の女性……それがガイノイドである美優であっても自分とクロガネの間に入って来る存在は目の敵にするし、排除すると。


〈五月雨〉

 美優に向かって毒霧を噴き出して遠ざけたのもそういった理由ですね。

 これには流石にクロガネも注意しますが、ナディアに対しては逆効果に働きます。

 ナディアは自身の行いを棚に上げ、美優を庇ったり気遣うクロガネに苛立ちます。それはさながら親が弟や妹ばかりに構っていることに嫉妬する子供のようです。


〈莉緒〉

 その子供ながらの反発心からクロガネの過去を責め立てるも、「今は関係ない」と一蹴されてしまって更にいじけてしまうわね。


〈五月雨〉

 クロガネにとってはナディアが美優に対するヘイトムーブに対して説教をしているつもりであって、ここで持ち込まれる昔の話は本当に関係がありません。

 しかし、クロガネに依存気味で独占的なナディアは、彼が美優ばかり見て自分と過ごした日々を「関係ない」の一言で片付けたと思い込み、不満が溜まる一方です。


〈莉緒〉

 ヤンデレって自分が正しいと思い込んでいるものだけを見て、その実周囲も自分の事も見えていない面倒臭い愛情表現や存在であると思う。

 ナディアに関してはまだ13歳の子供で、その境遇はとても過酷で苦難に満ちていて、そんな自分を救ってくれたのがクロガネだった事も踏まえれば仕方のない事かもしれない……けども。


〈五月雨〉

 いつまでも「子供だから、複雑な境遇だから仕方ない」では済まされません。

 実質ナディアの保護者である以上、クロガネは彼女の過ちを正そうとします。

 しかし、逆上したナディアは聞く耳持たずに勢いに任せて事務所を飛び出してしまいます。


〈莉緒〉

 思春期特有の精神状態ね。

「自分だけを見て欲しい」「自分を嫌わないで欲しい」「自分を認めて欲しい」、相手が命の恩人で親代わりに等しい想い人であれば尚更かもしれない。


〈五月雨〉

 【ナディア編】では合間にナディアが記した日記が回想という形で挟みます。

 ですが実際の所、この日記を読んでいるのは美優ですね。

 美優もナディアと対話を行うための取っ掛かりを求めて、他人の日記を勝手に読み漁っています。


〈莉緒〉

 そう言うと美優が悪者よねw

 ハッキングまでしてナディアの日記を読むとか、プライバシーの侵害じゃない。


〈五月雨〉

 ちなみに、ナディアの日記は最初こそ英語の音声入力で記していましたが、途中からタッチペンを使って書いています。


〈莉緒〉

 日本語に関しては、語尾が片言であるものの日常会話は問題なく行えているわね。時折「腕を持つ」とか間違った表現をしてしまうこともあるけど、それはご愛嬌。


〈五月雨〉

 さて、探偵事務所を着の身着のままPIDを持たずに飛び出してしまって途方に暮れていたナディアは真奈と合流し、一時彼女の元へ厄介になります。


〈莉緒〉

 真奈も恋敵ではあるけれど、不穏な空気は無いわね。

「その場にクロガネが絡まなければ、ナディアはヤンデレにならないのではないか」とは思うけれど、これは単に付き合いの長さが関係しているわ。

 ナディアと真奈は私が生存していた頃からそこそこ長い付き合いだし、ある程度お互いの気心も知れているから恋敵であってもそこまで仲は悪くない。むしろ良い方よ。それに真奈は死にかけたクロガネの命の恩人でもあるわけだしね。


〈五月雨〉

 では何故ナディアが美優を毛嫌いしているかというと、

「突然ぽっと出のガイノイドがクロガネの助手として彼の隣の席に居座って特別扱いされている」という風に捉えたからですね。

 例え親しい間柄だった莉緒の娘であっても、受け入れがたい現実だったのでしょう。

 美優も『1』でそれなりの困難や苦労をしましたが、日記から窺えるナディアの過去や境遇を鑑みれば、むしろ優遇されていると見られてもおかしくはありません。


〈莉緒〉

 そうした嫉妬から美優のことを嫌っているわけね。

 そしてナディアが自分の意思でゼロナンバーになった経緯。

 ここで次世代ゼロナンバー育成計画、通称〈ネクストゼロプラン〉について触れるわね。


〈五月雨〉

 〈ネクストゼロプラン〉は身寄りのない子供たちに暗殺者としての英才教育を施して次代のゼロナンバーを育成しようというものです。

 前例として、とある事件で家族と記憶を失った幼いクロガネを獅子堂家が引き取り、試しに暗殺者として育ててみた結果、多大な戦果を挙げてしまった事が始まりでした。

 ナディアは中東の紛争国でクロガネ達が救助した戦災孤児の一人です。人道的理由で獅子堂家に一時保護され、その後然るべき手続きを踏んで真っ当な保護施設に移される筈でしたが、その保護施設が〈ネクストゼロプラン〉の関係施設だったわけです。


〈莉緒〉

 そもそもクロガネが中東に居た理由は何なの?


〈五月雨〉

 中東の治安が悪い場所に赴く『国境なき医師団』やNPO・NGOの護衛としてゼロナンバーやその候補者が動員されたのです。獅子堂重工もスポンサーとして多額の支援金も出しています。

 ですが護衛任務は表向きで、本命はゼロナンバーや候補者の実戦訓練やテストを行っていました。護衛や正当防衛を理由に向かってくる略奪者やテロリストを堂々と殺害できますからね。


〈莉緒〉

 かなりヒドイ理由だった。


〈五月雨〉

 結果的に人身売買組織の手に墜ちようとしていたナディア含む現地の子供たちを救うことに繋がりました。

 その後は同行していたNPOやNGOを通じて子供たちはまともな保護施設に移送されたわけですが、何故かナディアは頑なにクロガネの元から離れようとしません。家族を失い身寄りも無かったため、特例として獅子堂家が引き取ったのです。これはクロガネの幼少時と境遇が似ています。


〈莉緒〉

 その辺の話を聞いた私がナディアに興味を持って獅子堂の屋敷で本人と対面し、姉妹のような関係を築くに至ると。


〈五月雨〉

 そして、その後〈ネクストゼロプラン〉によってナディアを含む一部の孤児たちが暗殺者育成用のサブリミナルなどの洗脳教育を受けるわけです。

 やってる事が完全に悪の組織ですね。


〈莉緒〉

 でも〈ネクストゼロプラン〉は本来存在しない計画よね?

 お父様……ご当主が認めなかったんだし。


〈五月雨〉

 そうです。クロガネのかつての教官の一人が考案し、不認可にされてもなお秘密裏に進めていました。自身の出世欲を満たすために行った非人道的な計画ですね。

 結果を出して将来的に獅子堂にとって利益に繋がる事を見せれば認めてくれると考えていたのでしょう。

 ただし、致命的な誤算が一つありました。


〈莉緒〉

 例え上が認めたとしても、子供の人生や命を弄ぶ存在をクロガネは決して認めないし許さない。ナディアが狙撃手として実戦投入された事を知ったクロガネの怒りを買い、無惨に殺されたわね。


〈五月雨〉

 むしろその時まで〈ネクストゼロプラン〉を隠し通せた事に驚きです。

 そして救った筈の子供たちが暗殺者として育てられてしまった現実に、クロガネはゼロナンバーとしての信念と自信を無くしてしまいます。


〈莉緒〉

 自分のような子供が生まれないように必死に手を汚してきたのに報われないと知ったら、絶望するよね。


〈五月雨〉

 それが尾を引いて莉緒の死後、ゼロナンバーを辞職する事に繋がるわけです。

 子供たちの未来も、愛する人も守れない自分は無力だと痛感したのでしょうね。

 必死に戦っても世界が変わらないのであれば、わざわざ危険と隣り合わせな暗殺業に身を置く必要も意味もありませんから。


〈莉緒〉

 そんなクロガネの心情を察した真奈は涙する一方で、ナディアのヤンデレっぷりがより際立ちます。勘違いで私のお父様を暗殺しようとするとかヤバイわね。


〈五月雨〉

 ここで美優が〈ネクストゼロプラン〉の真相を語り、一緒にお泊り会の流れに持っていきます。『3』エピローグ以来となるヒロイン三人が揃い踏み。


〈莉緒〉

 停戦協定という名のガールズトークの始まりね。


〈五月雨〉

 と〇がりコーンを指に着けるは人生の通過儀礼だと考えます。


〈莉緒〉

 解る。誰もが一度は経験があると思うわ。


〈五月雨〉

 その後もナディアの日記を挟みつつ、お風呂でも寝床でもガールズトークが繰り広げられます。三人に共通した話題がクロガネなので、この場に居なくともその存在感はありますね。


〈莉緒〉

 お風呂シーンなんだけどさ、結局クロガネって胸の大きい女が好きなの?


〈五月雨〉

 ここで主人公の性癖ですか……まぁ、舞台裏なので良しとしましょう。

 クロガネは胸の大きさは重要視していません。あえて言うなら形にこだわる方です。


〈莉緒〉

 ほほう。


〈五月雨〉

 そして彼は女性の外見よりも中身の方を重要視しています。

 取っ付きやすくて気が合う、何よりも芯の強い女性が好みです。

 その点で言えば、美優も真奈もナディアもそして莉緒も及第点です。全員人並み以上に美形ですし、芯も強い方ですね。


〈莉緒〉

 へぇ~。


〈五月雨〉

 まぁ、ここまでにしておきましょうw

 寝床シーンでは、やはりナディアは美優に気を許していないのか、莉緒との思い出話はしません。そちらは日記の方に書かれているので、二度手間はしたくない作者の都合もありました。


〈莉緒〉

 メタいな、おい。


〈五月雨〉

 翌朝。平日なので美優は学校、真奈も仕事です。クロガネと顔を合わせるのが気まずいナディア。ヤンデレといえど、そこはお年頃の女の子です。


〈莉緒〉

 真奈がメシマズ。実際【真奈編】でも母親から【メシマズの錬金術師】の称号について言及されていたわね。

 黄金要素が皆無なダークマターという名の炭そのものの卵焼き。しかも動くとか……。


〈五月雨〉

 その卵焼きネタはオリジナル版の『1』から拾ってきており、その時に使用した卵は嘘か真かコモドオオトカゲ(通称コモドドラゴン)のものだとか。


〈莉緒〉

 どっから調達したのよ?


〈五月雨〉

 黙秘しますw

 さて、メシマズな真奈の尊い犠牲により、美優とナディアの仲が少しだけ改善されますね。


〈莉緒〉

 真奈ェ……。

 そして外に出ると、清水の車に乗って迎えに来たクロガネが待っていると。

 清水も言っていたけど、クロガネの女を迎える足代わりにされてて不憫w


〈五月雨〉

 貧乏くじの設定がここまでとは、私も思っていなかったですよw

 この後は真奈を最寄りの駅で降ろした後、クロガネ探偵事務所へ向かいます。


〈莉緒〉

 実際の所、美優の忘れ物って嘘なんでしょ?


〈五月雨〉

 忘れ物の有無については黙秘します。

 作者的にはここでクロガネとナディアの間に美優が割って入るシーンを入れたかったので、自然な介入になれれば忘れ物は方便か本当だったかだなんてどちらでも良かったのです。


〈莉緒〉

 なるほど。

 いがみ合う美優とナディア再び。【ナディア編】の序盤を彷彿させるシーンだけど、ガールズトークを経て少しは仲良くなった感じかな。


〈五月雨〉

 序盤と比較して不穏な空気が消えている事を意識して書いたので、そう感じて頂けたら嬉しいですね。


〈莉緒〉

 再び日記を書き始めるナディア。美優を恋敵として対等な存在に位置付けたわね。最初よりは打ち解けたのかな?


〈五月雨〉

 莉緒を失ってゼロナンバーを辞めたクロガネが、莉緒が遺した美優を守るために頑張っている事を感じ取ったのでしょう。美優を嫌うのはまだしも、乱暴な真似をすればクロガネが黙ってはいない事に気付いたようです。

 ナディアからしてみれば莉緒は大事な友人でもあるので、その娘である美優を守るクロガネにとりあえず付いていく感じですね。


〈莉緒〉

 めんどくさい子だなぁw

 新たに書き始めた日記では、何やらヒロインズの間で交わされた条文らしきものがあるんだけど、これは?


〈五月雨〉

 今後ヒロインのいずれかが主人公とラブコメムーブをする際、面倒極まりない介入を避けるための予防線です。特にヤンデレなナディアが絡んできたら修羅場は確実なのでw


〈莉緒〉

 ちょいちょいメタな設定が散りばめているな……。

 クロガネの知らないところで正妻戦争が勃発しているけど、最低限のルールを定めたわけね。


〈五月雨〉

 実際に戦争とは政治的な外交手段の一つです。当然ながら国際法や国家間のルール上での実力行使となります。

 今回のガールズトークで、主人公を巡る恋の争いに余計なトラブルが起きないように、後腐れが無いようにしたわけですね。


〈莉緒〉

 日記の最後には必ずクロガネのハートを射止める決意表明が書かれて【ナディア編】は終了ね。

 他二人のヒロインはキスまでしたのに、ナディアは割と大人しく終わったわね。


〈五月雨〉

 ヤンデレとはいえ、お子様にはまだ早いって事ですw

 彼女の恋が進展する話はまた別の機会に。


 さて、今回の【ナディア編】を作るにあたって一応のコンセプトがありました。

 日記という『過去』、物語本編という『現在』、そしてラストの今後の目標という『未来』。この三つの要素を組み込んでストーリー性を狙ったつもりです。

 これは先述した通り、


・ナディアの重い過去→日記

・他ヒロインとの絡みでヤンデレ気質を薄めて次に繋げる→本編と今後の目標


 などといった構成上の都合によるものです。


〈莉緒〉

 割と上手くまとまったんじゃないかな?

 とりあえず、作者が本当に苦労したというのは伝わった。


〈五月雨〉

 ありがとうございます。

 とにもかくにもヒロイン三人視点のラブコメ? が書けて良かったです。

 いや、本当に難しかったラブコメ!(迫真)

 ラブコメになっていたかどうかも怪しかったけど!

 作者もまだまだ未熟者です。


〈莉緒〉

 うん、お疲れー。

 それじゃあ、ラスト行ってみよう。



【クロガネ編】とある酒場にて


〈五月雨〉

 最後に【クロガネ編】です。

 【ナディア編】を書き切った直後に思い浮かんだネタなので、当初の予定ではクロガネメインの話はありませんでした。


〈莉緒〉

 ある意味で書き下ろしに近いわね。

 この【クロガネ編】は【ナディア編】でナディアが家出した直後のお話となっているわ。

 ロケ地は『2』以来の登場となる【BAR~grace~】よ。今後もちょくちょく登場するバーよね。


〈五月雨〉

 ここでクロガネは、ゼロナンバーの先輩であり父親代わりでもある男に家出したナディアについて相談しています。

 ちなみにこの男は【真奈編】でクロガネの台詞に少しだけ出ていた大学教授ですね。あからさまに再登場のフラグが立った新キャラクターです。


〈莉緒〉

 血縁上の繋がりが無いとはいえ、親子の時間が描かれているわ。

 何気にクロガネの事を「ラブコメ主人公」と言ってからかってくる辺り、実の親子のような距離感があるわね。


〈五月雨〉

 穏やかな時間は過ぎ、やがてクロガネは先に席を立ちます。

 残された男は久しぶりに会えた息子との時間を噛み締めるように、バーボンを呑むと。


〈莉緒〉

 バーボン……あっ(察し)。

 ねぇ、この男ってもしかして『2』の――


〈五月雨〉

 …………(無言の圧力)。


〈莉緒〉

 …………(お口にチャック)。


〈五月雨〉

 ……まぁ、いずれ解る事ですから、あえてここでは語りません。

 以上で『3.5』のラブコメ回は終了です。

 お疲れ様でした。


〈莉緒〉

 お疲れ様でした。

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