第33話 目的地到着

 翌朝、朝日が昇るちょっと前に朝食を済ませた私たちは、分担して馬の背に荷物を積んで、出発準備を整えていた。

 ……のはいいのだが。

「おい、マリー。もう一戦しろ」

 朝から犬姉が絡んできた。

「いえ、私です。単純にムカつきました」

 ビスコッティも絡んできた。

 ナイフ勝負で二人相手に私が健闘を見せて以来、なんだか不満らしく、暇があるとすぐにこの有様だった。

「い、いいでしょ。もう!!」

『ヤダ!!』

 異口同音に一言いって、二人ともナイフを研ぎはじめた。

「はぁ、ダメだ。こりゃ」

 私は苦笑した。

 まあ、こうして準備を整えた私たちは、まだ濡れているアスファルト路面を駆り、ポートランの町を目指して走りはじめた。

 夜が明けると、私は戦闘のパステルに無線で連絡して、隊列の速度を上げた。

 そのまま街道を突っ走り、日が完全に上がる頃にはいくつもの村を通過し、途中の草原で休憩する事にした。

 パステルとラトパが協力して以前にも活躍した大きなタープを広げ、テーブルとセットの折りたたみ椅子の一つに腰を下ろすと、私はノートパソコンを広げてテーブルに置き、これでも魔法使いなので、ここまでで蓄積したビスコッティの魔力データをグラフにして表示させた。

「うーん、見事に回復型だね。攻撃魔法も使える事は知ってるけど、これじゃアンバランスだな。いっそ、スコーン並みに上げてみようか。

 私はC言語のエディタで悩みながらコーディングし、コンパイルすると吐き出されたエグゼを叩いて、シミュレータで確認した。

「うん、スコーンの『光の矢』と比較して、約三倍の破壊力だね。ビスコッティの回復能力を考えると、このくらいないとおかしいんだよ。これで、アンバランスは解消だね。

 私は呪文を表示させると、ビスコッティを呼んだ。

「はい、どうしました?」

「ビスコッティの魔法がアンバランスだから、カウンターバランスになる攻撃魔法を作ったよ。十二文字の呪文だけど、裏ルーンだけじゃなくて古代魔法のイラルーンも使ってる。扱いが難しいから、練習した方がいいよ」

 ビスコッティがメモを取り、小さく頷いた。

「師匠を超えてしまいましたか。私は複雑な気分です」

「大丈夫、スコーンのメンツもあるだろうから、『光の矢・改』も開発予定だよ。光の矢が1ならざっと百倍かな。これも、イラルーンを使ってるけど、スコーンならコントロール出来るでしょ。まあ、要練習だけど」

 私は笑った。

「では、さっそく試してみますね」

 メモを片手に、ビスコッティが離れたところに移動した。

「待った、バカ弟子の作った魔法でしょ。私が検証する!!」

 どこにいたのか、リズがビスコッティのメモを読み、手を挙げた。

 これは問題なしの意味で、私も手を挙げた。

 そして、今度はスコーンの『光の矢・改』の開発に入った。

 スコーンは完全に攻撃寄り。

 ヘタな事をすると身を滅ぼす結果になりかねないので、私は悩みながらコーディングを進めていった。

「こんなもんかな。ビスコッティの二倍。これ以上は危険すぎる。限界点だね」

 私はシミュレーション結果を見て、一人頷いた。

 草で編み物をしていたスコーンを呼び、私は呪紋の紙を見せた。

「私の考えでは、これ以上はないスコーンの攻撃魔法だよ。魔法の名前は好きに考えて欲しいんだけど、仮名で『光の矢・改』にしてあるから。

「そうなの、ありがとう!!」

 スコーンがメモを取り、ビスコッティに並んだ。

「また作ったの……大丈夫だよ!!」

 リズが手を上げたので、私は手を挙げて応えた。

 二人は適当な距離を取って離れ、同時に呪文を唱え始めた時にそれは起きた。

 スコーンとビスコッティの魔法が、明らかに暴走をはじめた。

「ヤバい!!」

 私の声と同時に、スコーン、ビスコッティ、近くにいたリズを巻き込む爆発が起きた。 私は椅子から立ち上がって、慌てて様子を見に行くと……明らかに三名とも絶命していた。

「どうしました!?」

 シルフィとマルシルが駆けつけてきて、息を呑んだ。

「……極秘だけど、やるしかないな。二人とも、蘇生術って知ってる?」

 私はシルフィとマルシルに聞いた。

「はい、もちろん」

 シルフィが即答した。

「エルフの秘奥として、当たり前に使われています。私も使えますよ」

 マルシルが小さく息を吐いた。

「私も使えるんだけど、一人分しかダメなんだよ。三人も同時には……」

 私は頭を抱えた。

「私が陣頭指揮をとって、お二人の体を一時的に乗っ取って同時に実行します。気持ち悪いかも知れませんが、よろしくお願いします」

 マルシルが頷いた。

「それでいいよ」

「はい、私も構いません」

 私とシルフィが頷くと、マルシルはナイフで自分の髪の毛を切ってばら撒き、長い呪文を唱え始めた。

 体が勝手に動き、こちらの呪文詠唱もはじまった。

 蘇生術とはいうが、今の三人は魂が肉体から離れてしまった状態だ。

 二十四時間はそのまま留まるため、この間に肉体に魂を戻せばいい。

 そういう意味では、派手な気付けの術ともいえた。

「アー・フィス・コンデニウム!!」

 マルシルが声を上げると、三人の呼吸が戻った。

「これで大丈夫です。このまましばらく寝かせておけば、元通りですよ

 髪の毛を切った事で乱れた髪型を結い直しながら、マルシルが小さく笑みを浮かべた。

「……相互干渉だね。古代魔法は強烈だから、注意しておけばよかった」

 私は小さく息を吐いた。

「誰のせいでもありません。お気になさらず」

 シルフィが笑みを浮かべた。


 三時間ほど経って、ずっと様子を見ていた私の前で、三人が怠そうに身を起こした。

「このバカ弟子!!」

 私の頭にリズの拳がめり込み、私はかなり落ち込んでしまった。

「なかなか貴重な経験でしたよ。こうなるんですね」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「……しゅごいしゅごい。研究しゅる!!」

 スコーンが元気にいって、私は猛然と落ち込んでひっくり返った。

「……あっ、これ長いよ。完全にヘコんじゃった」

 リズがポソッといった。

「だ、ダメだよ。私は平気だから!!」

「はい、私も平気です。そんなに落ち込まないで」

 スコーンとビスコッティが、慌てた様子で声をかけてきた。

「ほっときな。どうせ、今は聞こえないから!!」

 リズが笑った。


 自分でいうのも癪に障るが、普段なかなか落ち込まない分、ヘコんだ時は立ち直りにとてつもなく時間がのが私である。

 なんか、旅気分ではなくなってしまったが、私の都合でこれ以上旅程を遅らせるのも気が引け、パステルとラパトに片付けて出発を指示したのだが、私がそんな状態ではないことを簡単に見抜かれてしまい、逆にここで野営の準備をしろと命じられてしまい、言い返す元気もない私はなにもいい返せず、結局今日はここまでになった。

 巨大テントを張り、まだ明るいうちから野営の準備が始まったが、私が気分が優れないので、近くを一人で散歩していた。

「……怒っているだろうな」

 私は小さくため息を吐いた。

 そんなときに決まって現れるのが、どこかに潜んでいる国籍不明の工作員で、私は黙ってナイフを抜いて構えた。

「……人がブツブツやってるときに」

 この時、私は猛烈に殺気立っていた……と思う。

 百戦錬磨という感じの男二名が、微妙に引いた隙を狙って、私はナイフを首筋に刺して横に捻り、吹き出す出血を物ともせず、もう一人に向かってそれをぶん投げた。

 しかし、残り一人はそれを避け、私に向かってナイフを繰り出してきた。

 脇腹に深々と刺さったナイフを抉り、私はその場で倒れた。

 そこに遠くから射撃音が聞こえ、男の頭が粉々に吹き飛んだ。

『こら、勝手に遠くにいくな!!』

 無線からリズの声が聞こえ、遅れて到着したビスコッティと犬姉がサポートしてくれて、私は小さく息を吐いた。

「師匠、重傷です。早くきて下さい!!」

『なに、大丈夫じゃないの。黒い鞄かピンクの鞄かで悩んでいたんだけど……』

「どっちでもいいです。早く!!」

 しばらくして、ピンクの鞄を持ったスコーンが駆け寄ってきて、私の傷口の処置をはじめた。

「内臓は大丈夫そうだね。止血と縫合、消毒を忘れないように!!」

「はい!!」

 ビスコッティが簡単な回復魔法を唱え、止血に成功した傷口を器用に縫合してくれた。「これで、大丈夫です」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「はぁ、また迷惑掛けちゃった。……ありがとう」

 私は大きく息を吐いた。

「こら、女王がそれでどうする。気合い入れろ」

 犬姉が笑った。

「これでも気張ってるんだよ。今日はダメな日だね」

 私は苦笑した。

「さて、戻りましょう。ゆっくりしないと、傷口が開いてしまいます」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

 こうして、私たちはテントに帰り先に横になった。


 立ち直るきっかけがないまま夕方を迎え、起きようとしたら脇にいたビスコッティに止められた。

「ゆっくりして下さい。もうすぐ大丈夫だと思います」

「そっか、ありがとう」

 私は笑みを浮かべた。

「師匠がC言語勉強しゅるって叫んでいましたよ。変な魔法が、また量産されそうです」

「肝はポインタだっていっておいて。はぁ、ダメだ。元気が出ない……」

 私は苦笑した。

「リズは放っておけというのですが、そうもいきません」

 ビスコッティが笑った。

「こんなのが女王だよ。聞いて呆れるよ」

「またネガティブがはじまった。ダメです。ビシバシしますよ!!」

 ビスコッティが笑った。

 しばらくすると、スコーンが点滴セットを持って入ってきた。

「ビスコッティ、大丈夫そう?」

「はい、傷はあと一時間くらいで安定すると思います」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「そっか、一応リンゲルと抗生物質の点滴を持ってきたんだけど……」

「はい、必要だと思います」

 スコーンは私に点滴の針を打ち、テントの天井のフックにパックをかけた。

「それが終わったら、新しい魔法作ってよ。あれ、お気に入りだから」

 スコーンが笑った。

「新しい魔法か。アイディアがないんだよね。リズバスターとか作ろうかな。リズにしか効かない攻撃魔法」

 私は小さく笑った。

「私はハエバスターが欲しい。ブンブン鬱陶しくて……」

 スコーンが笑った。

「はい、私も欲しいです。作って下さい。点滴が終わったら」

 ビスコッティが笑った。


 点滴が終わってテントを出ると、まだ夕方なのでみんなゆっくり時間を過ごしていた。 私は折りたたみ椅子に座り、画面をロックしたままだったノートパソコンのロックを解除した。

 ついでに衛星電話を見ると、特に着信はなかったので、私はハエバスターを作りはじめた。

「簡単なようで難しい。ついでに、蚊も退治しておくか……」

 これはかつてない難題だったが、最終的に表示された呪文を唱えると、野営地全体を青白い光りが一瞬覆いバリアが完成した。

「出来たの、出来たの!?」

 スコーンが駆け寄ってきて笑った。

「出来たよ。でも、カブトムシとかクワガタには効かないから、飛んできても知らないよ」

「それいい、ビスコッティとカブトムシ捕まえる!!」

 スコーンが笑った。

「カブトムシいるかな。ここ草原のど真ん中だし」

 私は笑った。

「実は、私はエルフ魔法にも少し詳しくてね。人間では使えないけど、マルシルも暇でしょ。とびきりの回復魔法を作ろうかな……」

「わ、私ですか?」

 側にいたマルシルが声を上げた。

「得意料理はカボチャの冷製スープ。ちゃんと調べてあるよ」

「はい、得意ですがどこからそんな情報を……」

 マルシルが手にしていた杖を抱きかかえた。

「食材にカボチャがあるから、ちょっと作って欲しかっただけ」

 私は笑った。

「はい、作ります。得意なだけで、味の保証はしませんが……」

 マルシルが馬に積んである食材から、かぼちゃをいくつも取り出して、パステルたちと一緒に料理をはじめた。

「さて、さすがにエルフ魔法は危険すぎるな。私の知識じゃやらない方がいい。リズがどっかにいるはずなんだけど、趣味の釣りでもやってるのかな……」

 呟いた私の頭にかぼちゃがめり込んだ。

「誰が釣りじゃ、川がない。起きたら起きたって、探せ!!」

 リズが笑った。

「なんだ、いたのか……」

「いたら悪いか。犬姉と一緒に罠を設置していたんだよ。穴掘っただけなんだけど」

 リズが笑った。

「そういや、リズって落ち込むと急に『私』になって、変に可愛くなるんだよね。やって!!」

「馬鹿野郎、恥ずかしいからやめろ!!」

 リズがまたカボチャで私の頭をぶん殴った。

「まあ、あんたも立ち直ったみたいだし、よかったよ。勝手にヘコんで勝手に直るからね。時間が掛かりすぎ!!」

「さすがに、今回は勝手に直れないって。リズ、死亡回数いくつ?」

「あんたのお陰で千八百九十六回だよ。すぐ暴走させて、なんでかあたしだけぶっ殺すんだもん。危険手当水増ししてもらったんだからね!!」

 リズが笑った。

「そりゃどうも。だから、自分じゃ極力使いたくないんだよね。だって……」

 私はノートパソコンのエンターキーを押した。

 ノートパソコンが発光し、ちょうど戻ってきた犬姉を光線が直撃し、犬姉が黒焦げで変な笑みを浮かべた。

「ほら、なんか起こる」

「なに、やるの?」

 頑丈な犬姉が、にやけながら私の頭をジャガイモでぶん殴った。

「イテテ……。なんで、みんな野菜でぶん殴るかな……」

 私は苦笑した。


 食事を済ませ、マルシルの冷静カボチャスープが美味しく、おかわりしようと思ったらリズが全部食べた後だった。

「……寂しいな」

 私は満天の空を見上げた。

「マリーがまた落ち込んじゃった!!」

 スコーンがすっ飛んできた。

「落ちてないよ。ただ、もう一杯くらい食べたかったのに、バカ師匠が。あれ大食いな上に早食いだから、始末に悪いんだよね」

 私は笑った。

「そうなの、文句いってくる!!」

 スコーンがリズに文句をいいにいったが、ビッグフランクフルトでぶん殴られて終わった。

「……ついでに、食後は凶暴っていっておけばよかったな」

 私は苦笑した。

 予定外ではあったが、再び野営を迎え、時間はゆっくり過ぎていった。

 ノートパソコンで検索した結果、明日の天候は晴れの見込みで、なんの問題もなかった。

「みんな元気だし、これなら大丈夫だね。もう、そんなに遠くないから」

 私は笑みを浮かべた。


 翌朝、片付けを終えた私たちは、半日ほど走ってようやくポートランに到着し、数あるシャトーの中から、予約しておいたエルムに直行した。

「師匠、今日は飲みますからね」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「分かってるけど、樽を空にするとか、恥ずかしい事しないでよ」

 スコーンが口を尖らせた。

「しませんよ。ガス入りはそんなにたくさん飲めません」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

 それをスコーンがメモし、私は衛星電話でビスコッティのお酒を、全部ガス入りにして注文した。

 なにはともあれ、シャトーの中に入ると、私は近くにいたおじさんに声を掛け、奥の試飲室に案内された。

 ガス入りのワインと生ハムチーズ盛り合わせが美味しく、ビスコッティなどバカスカ飲んでは、次々とボトルを空けていった。

「ビスコッティ!!」

 スコーンが、ビスコッティの生ハムを横取りして食べてしまった結果、急にビスコッティのペースが落ちた。

「あれ?」

「……生ハムがないと寂しい」

 ビスコッティが小さく息を吐いた。

「……私のあげようか」

 ビスコッティのお皿に生ハムを乗せた瞬間、スコーンがまた横取りして食べてしまい、チーズとオリーブの山ができた。

「ビスコッティは生ハム好きだから、ないとお酒が美味しくないとかいって、急に飲まなくなるんだよ。餌あげちゃダメだよ!!」

 スコーンが笑った。

「なるほどね。みんな、生ハムだけ先に食べるよ!!」

 みんな生ハムだけ食べてしまい、ビスコッティが涙目になった。

「……あっ、泣いちゃった」

「こんなの泣いたうちに入らないよ。私のシゴキは、そんなに甘くないよ!!」

 スコーンが笑った。

「……酷い。でも、お酒美味しい」

 ビスコッティが早くも立ち直り、お酒だけ飲んで満足そうだった。

「さて、みんな。お酒飲んじゃったから馬は乗れないよ。この村には宿屋がないから、村はずれにテント張ろう。今回の旅は以上だけど、それなりに楽しかったかな」

 私は笑った。

「これからどうするの?」

 スコーンが聞いてきた。

「研究所が出来たみたいだし、ちょっとだけ島にいくか。この先にノホークって空港があるから、馬はクランペットに任せて、専用機をフェリーしてくるように頼んでおくよ」

 私は衛星電話でジジイに連絡を取った。

「それじゃ、楽しもうか。色々あったな」

 私は笑ったのだった。

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