第12話 島は暑い

 翌日、ビスコッティが私を揺り起こした。

「おはようございます。困った事が起こりました。冷蔵庫の食料がなくなり、さらにウォシュレットがぶっ壊れて冷水しか出ません。まあ、ウォシュレットはいいのですが、朝食の卵すらありません。どうしましょうか。桜イノシシの肉しかないです」

「ん、じゃあ猪鍋でいいよ。味噌綴じで」

「分かりました。スラーダさん、桜鍋で」

 ビスコッティが小さく笑い、キッチンに向かって行った。

「あっ、私も貸しを返してもらう!!」

 アイリーンがキッチンに向かっていった。

 私がハンモックから下りると、ストレッチ代わりに自己流ボクササイズを軽くやり、〆の右ストレートが、たまたま歩いてきたスコーンの顔面にめり込んだ。

「うぎょ!?」

 スコーンが床にうずくまり、そのまま気絶して倒れた。

「あれ……ドクター!!」

「はい、ちょっと待って下さい。師匠の場合、ネギを口に差しこむと目を覚まします。

 ビスコッティがネギを持ってきて、緑の方を強引にスコーンの口に差しこんだ。

「これで、五分もすれば立ち直ります。回復魔法の方が早いですが、魔力がもったいないので」

 ビスコッティが笑って、そのまままたキッチンに戻って、桜イノシシを捌き始めた。

「……なんでネギ?」

 私はちょっと考えたが、取りあえず放っておくことにして、ダイニングの椅子に腰を下ろした。

「むにゃ……ドラグ・スレイブ!!」

 寝ぼけた様子のリナが、天井に向かって攻撃魔法を放ったが、そのまま黒い光りが消えた。

「さて、今日は畑が出来るかな。約百八十平方メートル四方の長方形か。ここは密林だから手間が掛かるかな……」

 私はコーヒーを飲みながら呟いた。

「はい、地図を直しました!!」

 パステルが畑を開拓した後の、暫定地図を持ってきた。

「ありがとう……。あんまり変わらないか」

「はい、この島は狭いようで広いので」

 パステルが笑った。

「さてと、ちょっと散歩してくるかな……」

 私は椅子から立ち上がると、玄関に向かって歩いていった。

 扉を開けると、フィン王国海兵隊のみなさんがせっせとランニングしていた。

「さすがだね。あれ……」

 駐機場に珍しくC-130輸送機が駐まっていて、積んであった新聞や食料を下ろしはじめていた。

「あれ、予定より遅れたか。まあ、いいや」

 私は笑みを浮かべた。

 ランニングしていた隊員たちのトレーニングが終わったようで、チェーンソーやらなにやら持って、森に向かっていた。

「ウォームアップだったか。また、増員かな」

 私は苦笑した。

「マリー、一人じゃ危ないよ。また、なんかいるかも」

 スコーンがビスコッティを連れてやってきた。

「翌寝ら……れてないね。特にビスコッティ」

 私は笑った。

「はい、寝ないで飲んでいたもので……。スモークタンが欲しいです」

 ビスコッティが目を擦りながら、大きな欠伸をした。

「それはそれは……ウオーター!!」

 虚空に水球が浮かび、ビスコッティとスコーンに向かって大量の水が降り注がれた。

「畑の進捗状況はどうかな。コマンダーはどこいった……」

 私が辺りを見回すと、煙草を吹かしながらコマンダーがやってきた。

「徹夜作業で土地は出来たが、耕すのは無理だった。なにしろ、トラクターがないからな」

 コマンダーは笑い、そのままどこかに歩いていった。

「まあ、そうだろうね。手作業で耕すのは難しいし、ここは建設部に任せよう」

 私は無線で監督に連絡を取り、笑みを浮かべた。

「朝食が終わる頃には出来るって。まだ早朝だから、ゆっくりしよう」

 私は笑った。

 玄関の扉が開き、パトラとキキが出てきた。

「魔法薬の材料探してくる。今はマンドラゴラの収穫期だから」

 パトラが笑みを浮かべ、キキを連れて森の中に入っていった。

「マンドラゴラか。抜いても鳴かなくって久しいからなぁ。環境汚染のせいかな」

 私は呟きながら、スコーンとビスコッティと共に、空港の駐機場に入った。

「塗装変えたついたついでに、内装も少しかえたんだよ。YS-11の一号機を見にいこう」

 私は機内から地上に下ろされているステップを上っていった。

 YS-11のベテラン色はそのままに、シートだけ少し広めのビジネスクラスに変えてあった。

「全部で六十席。十分でしょ」

 私は笑った。

「そうなんだ。これはこれでいいかな」

 スコーンが呟いた。

「はい、これなら快適ですね」

 ビスコッティが笑った。

「まぁ、新品だからしばらく革の匂いがするけど、嫌?」

「なんか、豪華になったね。これでいいよ」

 スコーンが笑った。

「ダメです。ピンクじゃないと、師匠がブチ切れます。黒じゃダメなんです!!」

 ビスコッティが笑った。

「そっか……」

 私が呪文を唱えると、椅子からなにから全部薄ピンク色に変わった。

「これでいい?」

 私は笑った。

「……しゅしゅしゅごい」

「ダメです。冗談を本気にしないで下さい。目が眩しいです!!」

 ビスコッティが笑った。

「スコーンはどう?」

「うん、いいと思うけど……トイレはウォシュレット?」

 スコーンが笑った。

「まさか、オリジナルのまま。クソボロいよ」

 私は笑った。

「そっか、ならいいや」

 スコーンが笑った。

「さて、下りようか」

 私たちは、出入り口のタラップを下りて、駐機場に下りた。


 家に戻ると、アイリーン以外は起きていて、朝食の真っ最中だった。

 さっそくテーブルにつき、牛乳の瓶を持ち上げると、発砲音が聞こえて牛乳瓶の口を綴じていた蓋がふっとび、スラーダが飛んできた弾丸を右手二本指て掴んで放り捨てた。

 私は牛乳を飲み、ビタミン剤を水で飲み下し、パンを千切った。

『やっと畑の基礎ができた。任務完了だ』

 監督の声が無線のインカムに届き、私は笑みを浮かべた。

「パトラ、キュウリ畑の準備ができたよ」

「そうなの、早いね。ありがとう」

 パトラがパタパタと家から出ていった。

「さて、手伝わないとダメかな」

「手出し無用です。パトラは畑で、黙々と作業するのが好きなんです」

 スラーダが笑った。

「そっか、シルフィでいいかな。屋根がヘコんできちゃったから、回復魔法で直せる」

「それは難しいオーダーです。恐らく失敗するでしょうから、アメリアに頼んだ方が……」

「あたしやる!!」

 リナが呪文を唱え、室内が明るく光った。

 微妙に湾曲した天井が元に戻り、私は紅茶を一口飲んだ。

「ありがとう。穴が開かないか心配だったんだよ。建設部に迷惑ばかり掛けられないしね」

「いえ、残念ながらこの家は建て替えが必要ですね。エルフ形式ですが、梁の位置がおかしいです。これでは、大嵐でもきたら屋根どころか、全壊してしまうでしょう。私の里から職人を呼びましょう」

 スラーダは衛星電話を取り出し、会話を始めた。

 私は無線のトークボタンを押した。

「コマンダー、出撃だよ!!」

『衛星電話の会話を傍受中だ。あの里に行けばいいというのは分かった。現在、チヌークの準備をしてしている』

「じゃあ、あとはよろしく」

 私はお皿の朝食を食べ終え、パステルが空き皿を回収して、キッチンで洗い始めた。

「さて、今日はどうしようかねぇ……」

 私が呟いた時、アイリーンがハンモックから落ちて目を覚ました。

「あーあ、歳かねぇ、徹夜は辛いわ」

 アイリーンが苦笑しながら、さらにおかれていた朝食を食べた。

「お疲れさん。なんかあった?」

「あたったよ。A8でボロ小屋を見つけて偵察してたら、海賊旗が立った小舟が出入りしてた。しょぼいけど、今のうちにぶっ潰しておいた方がいいよ」

 アイリーンがあくびをした。

「分かった。みんなでパーティやろうか」

 私は拳銃を抜いた。

「海賊は困るよ。A8ならすぐそこだし、増えるわかめみたいになったら困るから」

 スコーンが小さくため息を吐いた。

「はい、分かりました」

 マルシルが拳銃を抜いて、点検を始めた。

「あとは、パステルの罠解除待ちだね」

 私は笑った。


 私たち十三名は、家を出ると裏手のビーチへ向かって。森の小道を進んでいった。

 三十分ほど歩くと、猫の額ほどの小さなビーチがあり、無理やり建てたようなボロ小屋があり、数名の人影が見えた。

「さて……」

 私は無線のトークボタンを押した。

「芋ジャージオジサン、配置についた?」

『ああ、問題ない』

「了解。桟橋の三名を狙って」

 私が返すと、遠くから銃声が聞こえ、桟橋にいた三名が海中に吹き飛んだ。

「よし、いくよ」

 私たちはビーチに出ると、素早くボロ小屋に向かっていった。

 小屋に着くと、パステルがそっと扉を開け、フラッシュバンを投げ込んだ。

 爆音と潜行が走り、私たちは扉を開けて中に突入した。

 小屋の中には誰もおらず、臭いこと以外は特に異常はなかった。

「……クリア」

 アイリーンが呟き、小屋にC-4をこれでもかというくらい仕掛けた。

「よし、待避!!」

 私たちは小屋からかなり離れた場所にしゃがみ、コードを引っ張ってきたアイリーンが自分の手の中にあった電気発火装置のレバーを捻った。

 凄まじい勢いで小屋がぶっ飛び、桟橋もろとも粉々になった。

「ちょろいちょろい」

 アイリーンが笑った。

「C-4使い過ぎだよ。もったいない」

 私は笑った。

 燃えさかる小屋に向かって、遠くから小舟が近寄ってきたが、慌てて引き返す様子が見えた。

「リナ!!」

「あいよ!!」

 リナが攻撃魔法を放ち、紅い炎の矢が海中に沈んで突き進んでいった。

 しばらくして、小舟で爆発が起き、真っ二つになって沈んでいった。

 すぐさま頭上をフィン海兵隊のマークを付けたブラックホークが飛んでいき、海面に向かって機銃掃射をはじめた。

 さらにAC-130が飛んでいき、海面に浮かんだ浮遊物目がけて左旋回で周回しながら徹底的に攻撃を加えはじめた。

「これでよし。あとは任せよう」

 私はみんなに声を掛け、ビーチをあとにした。


 再び家に帰ると、スラーダがRPGゲームで遊んでいた。

「なにこのゴーレム。魔法も物理攻撃も効かない。さすが、パトラと名がつくだけの事はある……」

 スラーダがブチブチいいながら、前傾姿勢で画面に向きあっていた。

「それ、召喚魔法でドカンと……」

「ああ、忘れていました。えっと……」

 スラーダの指が素早く動き、テレビから凄い音が聞こえてきた。

「あの、地図を作る時に見つけたのですが、この洞窟が微妙に怪しいような……」

 パステルが地図を指さして、ポソッと呟いた。

「ん、V5か。潜ってみる?」

 私は笑みを浮かべた。

「はい、どうも気になって」

「分かった。それじゃ、お昼食べたらいこうか。他にいく人いる?」

 私が声を掛けると、全員が手を上げた。

「まあ、残っても暇だしね。多分、なにもないだろうけど」

 私は笑った。

「それがいいんです。下手にお宝があると、逆に醒めてしまいます」

 パステルが笑みを浮かべた。

「それは分かる。よし、みんないこうか」

 私は笑った。


 みんなで昼食のおにぎりを囓ってから、私たちはパステルを先導に洞窟へと向かった。 家から三十分くらい歩くと、切り立った崖にぽっかり穴が開いていた。

「ここです。自然窟なので、これを……」

 パステルが私たちにヘルメットを配り、ヘッドライトを装着してくれた。

「これで大丈夫です。いきましょう」

 パステルはクリップボードを手に、先頭を歩いて進み始めた。

 中に入ると、強烈な冷気が吹き付け、慌ててマントで全身を包んだ。

 ヘッドライト頼りに洞窟の闇の中を進むと、地底湖がみえてきた。

「へぇ、こんな場所もあるんだね」

 私は呟いた。

「……しゅごい。地下に湖がある!!」

 スコーンが声を上げた時、天井から石が落ちてきて、スコーンのヘルメットに当たって跳ね飛んだ。

「岩が脆いので、あまり大きな声を出さない方がいいですよ」

 パステルが笑った時、ベちょっと音がして床に軟体生物が落ちてきた。

「あっ、スライムです。これも、大声を出したらいけない理由です。燃やしましょう」

 パステルは呪文を唱え、生まれた小さな火炎がスライムを蒸発させた。

「では、先に進みましょう。そんなに深くないですが、最奥部に鬼マンドラゴラが群生しています」

「なんだ、調査済みなんだ。当たり前といえば、当たり前だね」

 私は笑った。

 再びベちょっとスライムが落ちてきて、スコーンがド派手な爆発魔道を炸裂させ、天井の岩と一緒にスライムたちが山ほど降ってきた。

「だから、大きな音はダメです!!」

 パステルが苦笑して、片っ端からスライムを焼き払った。

「あっ、そうだった」

 スコーンがヘルメットを掻いた。

「それじゃ、いきましょう」

 パステルが歩き出し、私たちは洞窟の奥に進んでいった。


 洞窟を進むにつれて気温が下がり、やがて最奥部に到着した。

 そこは黒い葉で埋め尽くされ、確かにマンドラゴラの群生地になっていた。

「これは凄いね。パトラが喜ぶかもしれないから、何株か持って帰りたいね。

 私は適当な、マンドラゴラの葉を裏返してみた。

「……品種改良されてない。これじゃ、抜けないな」

 マンドラゴラとは、主に魔法薬の原料として使われる動物である。

『植物』だというと、ギャアギャアうるさくなる上に、うっかり引っこ抜くと命を落しかねない、死の絶叫を放つものもある。こればかりは、私の手に負えるものではなかった。

 しばしどうしたものかと悩んでいると、パステルが呪文を唱えた。

「これで、抜いても大丈夫です」

 パステルが笑みを浮かべた。

「うん、大丈夫そうだね。これ、鬼マンドラゴラだよ。叫ばないなら、問題ないね」

 いつの間にか混ざっていたパトラが、笑みを浮かべて全部引っこ抜いた。

「全部抜かないと、ドラマンドラゴラになっちゃって、腐ったニオイが凄いし、ただの毒草になっちゃうから」

 パトラが笑った。

「そんなに採っちゃって大丈夫なの?」

「うん、ちょうど切れてたから」

 パトラが笑った。

「それはちょうどよかった」

 私は笑みを浮かべた。

「ダメです、全部採ったら……あれ、もう芽が出た」

 マルシルが芽を丸くした。

「うん、鬼マンドラゴラはすぐ生えるよ。だから、いくら採っても大丈夫なんだけど、群生地が限られてるから、高価なんだよね」

 パトラが笑った。

「はい、そうなんです。一個下さい」

 ビスコッティが笑った。

「あたしも欲しい!!」

 リナが笑った。

「うん、分かった。ここは寒いから、風邪引いちゃうよ。早く出た方がいいよ」

「分かってる。戻ろうか」

 パトラの言葉に返し、私たちは洞窟の外へと向かった。


 洞窟の外に出ると、パトラが走ってどこかにいってしまった。

「ああ、キュウリ畑か。あとで見にいこう」

 私はナイフを取りだし、錆がないか確認した。

「はい、いきましょう」

 ビスコッティが笑った。

『エマー。デパーチャフリーケンシー567。タッチダウンオーケイ?』

 いきなり無線に声が飛び込んできた。

「これは管制塔の仕事だね。みんな、非常事態発生の飛行機が降りてくるよ。人が少ないから、手伝いに行こう」

 私は魔力を空打ちして、小さく笑みを浮かべた。

 洞窟に潜っているうちに、外は夕焼けに染まっていた。

「全く、少しは整備しなさいよ」

 私はダッシュしながら苦笑した。

「な、なにが起こったの?」

 シルフィがマントをたなびかせながらきいてきた。

「緊急事態の民間機が、今から飛行場に降りてくるんだよ」

 その私たちの脇を、ゴツい消防車やら救急車が何台も通過していった。

「……準備しなきゃ。ビスコッティ、家まで飛んで鞄!!」

「はい、師匠」

 ビスコッティが呪文を唱え、高速飛翔魔法で家に向かって飛んでいった。

「私もいきます」

 シルフィが猛ダッシュで私を私を追い抜き、道を駆け抜けていった。

「全く、派手な訪問だこと」

 私は笑った。


 駐機場に着くと、フィン王国海兵隊の隊員と車両軍で大騒ぎになっていった。

 しばらくすると、両エンジンが炎に包まれた中型機が降下してきた。

 大きく揺れながら降りてきた飛行機の尾翼には、サロメテ王国の国章が描かれており、滑走路を走っていく後を消防車と救急車が追いかけていった。

 駐機場には臨時の救護車が設営され、スコーンとビスコッティ、シルフィが待機していた。

「はぁ、追いついた……」

 アメリアが笑って救護テントの下に入り、リナがサポートに回ったようだった。

 滑走路の端まで突き進んだ飛行機には、直ちに消火作業を始めた。

 飛行機からはスライダーが展開され、黒いスーツの男性一人とそれなりに着飾った女性が下りてきて、飛行機から離れた場所に止まっていた戦場救急車に乗り込んで、駐機場の方に走ってきた。

「パトラ、早く駐機場にきて」

 私は無線でキュウリ畑にいるはずのパトラを呼び出した。

「なぁに?」

 私の背後で声が聞こえ、パトラが笑みを浮かべた。

「相変わらず早いね。非常に備えて!!」

「分かってる。よくあんな大きいの止まれたね」

 パトラが笑みを浮かべ。

 しばらくすると、飛行機の周りに集まっていた海兵隊員が一斉に離れ、機体が爆裂飛散した。

『テイクユアランウェイオープン。サロメテロイヤルナンバー2。ランウェイ36』

「ラジャーコントール。ウィアステイエンドバイスタック」

 燃えさかる着陸した飛行機のあとに、YS-11が最小限の滑走距離で止まり、駐機場に入ってきた。

 尾翼にサロメテ王国の国章が描かれたYSから、ドレス姿のステップを下りてきた。

「よう、元気にしてた?」

 私は手を上げて笑った。

「はい、お待たせしました」

 一目で身分が高いと分かるこのエルフは、エルフの王ことサロメテ王国の女王様だった。

「いきなりきたね。みんなビックリするんじゃない。ああ、こいつはこれでもサロメテの女王だけど、遠慮しなくていいよ。堅苦しいの大嫌いだから、いきなりタメ口で大丈夫だよ」

 私は笑った。

「じょ、女王様……」

 パステルが呟いた。

「はい、忙しいようで暇なので、表敬訪問のようなものです。そう固くならないで下さいね」

 サロメテ王国の女王は、にこやかに笑みを浮かべた。

「……しゅごい。本物のエルフ女王様だ」

 スコーンが声を漏らした。

「まあ、本人がいうとおり、固くならなくていいよ」

 私は笑った。

「はい、ただのエルフです」

 エルフの女王様が笑った。

「一番最初に呼び出したのに、さっさときなさいよ」

「はい、実は便秘で……」

 エルフの女王様はにこやかに笑みを浮かべた。

「ああ、コイツはフェメール。アイリーンは知ってるよね?」

「当たり前でしょ。お母様、ようこそおいで下さいました」

 アイリーンが私の後ろに隠れた。

「アイリーン。さっそく、軽く四十キロほど走ってきましょう」

 フェメールが笑い、靴を履き替えた。

「……はい、お母様」

 アイリーンが渋々、フェメールが渡したボディアーマーを着込んだ。

「最近走ってないでしょ。騙されませんよ。ちなみに、今日は四十キロです」

 フェメールも『六十キロ』と手書きされたボディアーマーを着込み、二人で準備体操をはじめた。

「みなさんもどうですか。はい」

 二十キロと書かれたボディアーマーを私たちに差し出し、しょうがないので身につけた。「あぶぶ、重い……」

 スコーンがため息を吐いた。

「師匠、ここは辛抱です!!」

 ビスコッティが笑った。

 私たちも準備体操をして、一斉にスタートを切った。


 森の小道を抜け、湖畔を十周して、島の南端を目指して森の小道を走っていると、ブッシュの陰からフィン王国海兵隊の隊員が一斉に飛びでてきて、先頭を走りはじめた。

「さて、もう三十九往復!!」

 最後尾にいるフェメールが、トランジスタメガホンで叫んだ。

「なんだ、四十キロって楽勝なんだけどな。一応、遠慮したみたいだね」

 私は息を吐きながら、小さく笑った。

 結局、百回往復して家の前に帰ってくると、今度はプッシュアップ百回を行い、さらに海兵隊式のスクワットを行い、整理体操代わりにボクササイズ三時間が終わった頃、空は夕焼けに染まっていた。

 私は水に溶いたプロテインを全員に配り、パトラが回復魔法を連打して回っていた。

「しっかし、この挨拶変わらないね。名乗ってからやりなさい」

 私は苦笑した。

「いえ、こちらの方が覚えて頂けるかと。遅れましたが、私はフェメールです」

「遅い!!」

 私は笑った。

「あ、あの……女王様にその態度は……」

 ビスコッティがオドオドしながら呟いた。

「ああ、いいのいいの。堅苦しいしゃべり方だと、逆にブチ切れるから」

 私は笑った」

「はい、畏まられると、体中が痒くなるわ、ケツが痒くなるわで、気持ち悪いのでやめて下さい。今は休暇中です」

「ビスコッティ、あめ玉!!」

「はい、師匠」

 ビスコッティが、あめ玉をスコーンの口に山ほど流し込んだ。

「え、えっと……」

 とりあえずという感じで、エルフ式の敬礼をしていたマルシル、パトラ、パステル、ビスコッティが立ち上がった。

 業務用掃除機でスコーンの口に詰まったあめ玉を、近くに海兵隊員が除去していた。

「酷いよ。なにするの!!」

「今は師匠より女王様です!!」

 ビスコッティがスコーンをビシバシした。

「あっ、これお土産です。国営牧場で飼育していた牛肉のシャトーブリアンとテンダーロイン、あとハラミです」

 顔がススだらけの侍女が、丁寧にパックされた肉を見せた。

「だから、気を使うなっていうの。せめて、お菓子にしてよ」

 私は笑った。

「飛行機のカーゴルームには、マグロと鰹も積んであったのですが、無事かどうか……」

 フェメールが頤に指を当てた。

「フェメールが呟くと、侍女たちが空間に裂け目を作り、巨大なマグロと鰹を取り出した。

「あら、そこにしまったのですね。ならば、大丈夫です」

 侍女は十人がかりで、マグロと鰹を家の中に運んでいった。

「さて、家に戻ろうか」

 私は笑みを浮かべた。

「はい、お邪魔します。それにしても、ここは自然が豊かでいいですね。

「念のため、今日は公務じゃないよね」

「はい、もちろんです。王様にも休暇は必要です」

 フェメールが笑った。

「よし、ならいいや。税金は無駄使いしちゃダメだよ」

 私は笑った。


 中に入ると、壁紙が剥がれたようで、パステルとマルシルが、なんとか張り直し作業を行っていた。

 キッチンでは、侍女たちがマグロの解体を行っており、夕飯の準備が始まっていた。

「私の侍女はなんでもやります。ブラジャーから、ブラック・ドラゴンまで、なんでも揃えてみせてくれるので、とても助かっています」

 フェメールが笑った。

「侍女ねぇ。懐かしい響きだね。みんな置いてきちゃったからなぁ」

 私は苦笑した。


 家に入ると、スパイシーな香りが漂っていた。

 キッチンでパトラとマルシルが料理を作っていた。

「今日は外遊の途中で立ち寄ったので、それほど時間が取れません。私はお暇しますね」

 フェメールは笑みを浮かべ、家の外に出ていった。

「あれ、忙しかったんだ。まあ、女王だしね」

  私は苦笑した。

「はい、これでも忙しいのです。ここを出立する前に、名前だけでいいので、みなさんの自己紹介をお願いします。

「分かった。みんな、自己紹介しようか」

 私の声に反応して、みんなが簡単な自己紹介をした。

「ありがとうございます。私のバカ娘をよろしくお願いしますね」

 フェメールが家から出ていこうととすると、スコーンの声が聞こえ。

「もうすぐ出来るから、晩ご飯を食べていって。今、エルフ式のカレーを作ってるから!!」

 スコーンが笑みを浮かべた。

「エルフ式のカレーですか。気になりますね。では、ご相伴にあずかりましょう」

 フェメールが侍女たちに声を掛けた。

「お礼といってはなんですが、お守りを差し上げます。受け取って下さい。

 フェメールが笑みを浮かべると、侍女たちが全員に金属で出来た、名刺サイズのお守りを配った。

「これはご丁寧に、ありがとう」

 私は笑った。

「それには、魔物除けの呪術を刻んであります。気持ち程度ですが、効き目はあると思いますよ」

 フェメールが笑みを浮かべた。

「それにしても、エルフが多いですね。里から出ないのが普通なのですが、冒険心に溢れていて、いいと思います」

 フェメールが笑った。

「女王になってからは、なかなか自由に外出が出来ないらしいからね。まあ、カレーでも食ってけ!!」

 私は笑った。

「はい、分かりました。ご相伴に預かりましょう」

 フェメールが笑った。

「パトラ、出来上がった?」

「うん、とっくに出来てるよ。クコの実がちょっと苦いかも」

 パトラ、ビスコッティ、アイリーン、パステルが慌ててエルフの民族衣装に着替えはじめた。

 なにかと緩いサロメテ王国だったが、一応公式の場と考えたのだろう。

 私は思わず苦笑した。

「そのままでいいですよ。あくまでも、気分転換に立ち寄ったので。ハイフォン・ハラガイ・ミシメ族ですか。仲が悪いと聞きいているので、珍しい取り合わせですね」

「はい、旅人に族は関係ありません」

 パトラが笑った。

「おーい、出来たよ!!」

 アイリーンがキッチンから声を掛けてきた。

「あら、ちょうどいいですね」

「あっ、マグロ!!」

 カレーに添えられたサラダに、マグロと鰹のカルパッチョが乗っていった。

「五分で戻る。ちょっと煙草吸ってくるよ」

 私は『わかば』と書かれたパッケージを胸ポケットから取り出し。玄関から外に出て壁に寄りかかって、マッチで火を付けた。

「はぁ、疲れた……」

 私がボンヤリ一服していると、マルシルが出てきて私の隣に並び、同じように煙草を吸い始めた。

「あれ、吸うんだ」

「はい、実はちょっとだけ嗜むのですが、里の中は屋外喫煙が禁止なのです。だから、ここで吸うのが楽しいもので」

 マルシルの足元を見ると、吸い殻の山が出来ていた。

「……ヘビー級じゃん」

 私は呟いた。

「そうでもないですよ。スラーダさんは……」

 マルシルがそこまで呟いた時、飛行機のエンジン音が聞こえ、バリバリと機関砲だか機関銃だかがマルシルの周りに着弾し、強風が吹き荒れた。

「……バレた?」

 マルシルが、煙草を一才吸ったまま咥えた。

「そりゃそうだよ。これだけ大きな声で喋ってれば。ところで、背中に「バーカ」って書かれた紙が貼ってあるけど、なんか取れないんだよね」

「えっ、本当ですか。それ呪縛です。この感じはスラーダさんです。いつの間に……さすが、ハイエルフ……」

「だから怖いんだよ。先読みするからね」

 私は笑った。

「はい、気合いで三十分先まで読めるそうですが。それは里の中だけです。それにしても、まさか機銃掃射されるとは……」

 マルシルが苦笑した。

「今の絶対スラーダだから。生体魔力反応が一致したからね。攻撃魔法でもぶち込むんじゃないかと思っていたんじゃないかと思っていたよ」

 私は笑った。

 しばらくすると、パトラが家の中から出てきた。

「ジャガイモが余りすぎたから、なにかいいメニューない? もう芽が出ちゃってるのもあるし……」

「なら、ポテトチップスにしたら。薄切りにして油で揚げるだけだから」

「うん、それはいいね。エルフ式ノリシオにする」

 パトラが再び家の中に引っ込んだ。

「よし、一服したし、戻ろうか」

「はい。スラーダさんには内緒ですよ」

 マルシルが笑った。

「ニオイでバレると思うけどな。まあ、いこう」

 私たちは家の中に戻った。


 家の中は料理の匂いに満ちていた。

 キッチンではスラーダがカレーのスパイスを調整し、パトラが得意の高速切りを見せていた。

 テーブルの上には大量のポテトサラダが置かれ、ホットドックが大皿に山盛りに積まれていた。

「カレーとホットドックか。アイリーンが聞いたらなんていうかな」

 アイリーンはサロメテ王国の第三王女だが、まあ色々と裏の仕事に回され、その際についたあだ名が「ホットドック」だった。

 なぜなら、熱くなるともう前をしか見ない猪突猛進タイプだったのだが、殺されたフリをして堂々と民間航空機を利用して旧ファン王国に入国、逃げたのがバレたという経歴を持つおっちょこちょいだった。

 実はこれでも王位継承権第一位なのだが、それが嫌で今こうして遊び回っている次第である。

「テレビでやってるよ。旧王都の魔法研究が、ついに取り壊しになるんだって。みんな怖がっちゃって、民間業者が近寄らないから、海兵隊が空挺して破壊に向かってるって話だり」

 テレビの前でミカンを囓っていたリナが笑った。

「あそこ、どうにもイタズラが過ぎたからね。私もこっそり入ったけど、外回りだけ警戒が厳重で面倒だっただけ。それで、国家機密を扱っていたんだもんね。何冊か立ち読みついでに持って帰ったら、オヤジのスペシャルパンチを食らったよ」

 私は笑った。

「あたしも黒い噂は聞いていたけど、やっとなくなったなって感じだよ」

 リナが笑った。

「もう真っ黒だったって。あんなのぶっ壊して、新しく作ればいいんだよ。って、どっかの誰かにお祈りしたのが聞いたかな」

 私はポケットから落ちそうになった衛星電話を押し戻した。

「あとはあそこか……融着してたもんね」

 私はとある魔法学校を思い出し、心の中で笑った。

「あそこは難しいんじゃない。警戒厳しいって聞くし」

 リナが笑った。

「さては、入り込もうとしたな」

「普通に入学して卒業しただけだよ。嫌み野郎ばかりで嫌になっちゃった」

 リナが苦笑した。

「へぇ、それは頼もしい。なんかあったら、よろしく」

 私は笑った。


 夕食のカレーが出来上がり、私たちはポテトサラダとポテトチップを副菜にして、福神漬けをアクセントにした食事をはじめた。

「うん、美味しいけど、この木の実のみたいなのは……」

「はい、里から持ってきたトロの実です。栄養価抜群でお腹に溜まりますよ」

 スラーダが笑った。

 カリカリに揚がったポテトチップを食べながら、私は呟いた。

「ノリシオか。初めてだけど、これは売れるな。あの商事会社に連絡しよう」

 私は無線電話を取りだし、ある商事会社の社長に繋いだ。

「ノリシオポテトチップ。きっと売れるよ」

『うむ、検討しよう』

 私は笑った。

「スコーン、これからはどこでもノリシオポテトチップが食べられるよ!!」

 私が声を上げると、スコーンは涙ぐんだ。

「私の好物だよ。なんで知ってるの。研究所にクソボロいのがあって、それでハマったんだけど。嬉しい……」

「師匠、涙が流れていますよ」

 ビスコッティが笑みを浮かべ、ハンカチでスコーンの顔を拭いた。

「ありがと。ポテチ……」

 スコーンがカレーを少し残し、ポテトチップばかり食べはじめた。

「まだありますよ」

 スラーダがお代わりを持ってくると、スコーンはカゴを抱えて食べはじめた。

 一通り食事を終え、私たちはそれぞれ過ごしていた。

 仕上げのコーヒーを飲んでいると、無線電話が振動した。

『オペレーション・ニムダ、ミッションコンプリート』

「お疲れさま、あとは海兵隊に任せて帰還して」

『ラジャー』

 私は無線電話をポケットにしまい、小さく笑みを浮かべた。

「あとは海兵隊チームに……」

 私は文字情報で情報を送った。

「これでよし。あとはコマンダーに任せた」

 私は笑った。

「さて、お風呂でも入って寝るか!!」

 私は笑ったのだった。

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