第7話 帰路

 翌朝、朝食の匂いで目を覚ますと、キッチンでフィン海兵隊の女性隊員が総出で朝ご飯を作っていた。

 ベッドから身を起こしてから伸びをすると、みんな起きだしたようで姿はなく、窓から外を見ると、隣のスコーンの家の前で、シルフィが鎮魂と浄化の儀式魔法を使っていた。「やってるね、実家でよく見た光景だな。私もやっておくか」

 私は一つあくびをしてから、小さく呪文を唱えた。

 青い魔力光が弾け、私はベッドから下りた。

「さて、書類は出来たし……封管って面倒なんだよね」

 私は丸い筒に書類の束を丁寧にしまい蓋をすると、鞄から小さな燭台と赤い蝋燭を取り出し、封印を取り出した。

 ベッドの上に燭台を乗せ蝋燭を立てると、火を付けて蝋を溶かした。

 それを、封管の蓋の継ぎ目に三カ所落とし、封印で押しつぶして王家の文様を刻んだ。

「これでよし。後は、父王の到着待ちか」

 私は腕時計をみると、予定時間の十分前だった。

 私は無線機を左の胸ポケットに収め、右の胸ポケットに衛星電話を差しこんだ。

「アロー、コントロール。ディス、マリー。ハウドゥ、コマンダー?」

『はい、そうです。あと五分で着陸しますよ』

「分かった、今から駐機場で待機するけど、大丈夫?」

『はい、分かりました。問題ありません』

「ありがとう、あとはよろしく」

 私は首をコキコキ鳴らしながら、封管を持って家を出た。


 スコーンの家の前でやっている鎮魂の儀式を脇目に見ながら、私は開けっぱなしにしておいたフェンスの門を開け、駐機場に駐まっていたYS-11の前輪に身を預けた。

 しばらくして、小型双発のプロペラ機が着陸し、そのまま駐機場に入ってくると、私は私はゆっくり近寄っていった。

 運ばれてきた牛乳や卵などが降ろされるなか、私は機内に這い入ってパイロットに封管を渡し、代わりに大判の地図を受け取った。

 私は機外に出ると、ついでに牛乳を一瓶空け、煙草に火を付けて歩き始めた。

「さて、面倒ごとは終わり。ん?」

 渡された地図には、新聞の号外が挟んであり、『第二王女、ファン王国に亡命か?』と書かれていた。

「亡命ね……」

 私は号外を丸めて放り捨て、空になった牛乳瓶と地図を抱え、再び家に戻った。


 地図をベッドの掛け布団の上に置いて確認していると、鎮魂の儀式を終えた様子のみんなが戻ってきた。

「あっ、地図ですね。どこかにいくんですか?」

 パステルが声を掛けてきた。

「違うよ。これみて、この島がファン王国領有からフィン王国に変わってるでしょ。これで、私たちは不法入国ではなく、いつでも気軽にここにこられるよ。それだけだから、この地図は預けるよ」

「えっ、これ周辺五カ国全てが載っていますよ。しかも、事細かに……」

「うん、デカいから使いにくいかも知れないけど、なにか会った時に使って」

 私は最高機密と小さく刻まれた封管に地図を戻し、パステルに渡した。

「はい、分かりました。なにか、とんでもないものを預かってしまった……」

 パステルが苦笑した。

「よし、朝食だね。フィン王国海兵隊の料理は美味いって評判だよ。

 私は笑みを浮かべた。


 朝食はパンに牛乳、ハムエッグにコンソメスープ。さらに大量のポテトサラダだった。

「これ、美味い……」

 ラパトがポテトサラダを小皿に取り、満面の笑みを浮かべた。

「おかわりおかわり……」

 ビスコッティがキッチンへ牛乳の瓶を取りにいった。

「ねえ、これなに?」

 スコーンが財布から取り出した紙幣を取り出した。

「さっき配ったやつだね。それは、一万クローネ札。金貨や銀貨、銅貨が廃止されたから分かりにくいだろうけど、金貨一枚だと思って」

 私は笑みを浮かべた。

「そうか……イマイチ感覚が分からないんだよね」

 スコーンが苦笑した。

「もし、どうしても足りなくなったらいってね。あと、これ……」

 私は束ねておいた王立銀行の通帳を手にした。

 記名通りにそれぞれに配ると、私はいった。

「まあ、すぐになくなっちゃう程度だけど、国からの報酬だと思って。細かい事はいえないけど、みんながここにいた。これが、重要なんだよ」

 私は笑った。

「報酬って……なんか我が儘聞いてもらっただけなんだけどな……」

 スコーンが通帳を開いた。

「二十万クローネ……えっと、金貨二十万枚!?」

 スコーンが目を丸くした。

「そ、そんなに、いいんですか!?」

 ビスコッティも目を丸くした。

「これって、お小遣いだよね。使っていいんだよね。額が多すぎて……」

 ラパトが苦笑した。

「多くないよ。少ないくらいなんだけど、金欠で……」

 私は苦笑した。

「さて、みんなが嫌じゃなければ帰って旅を再開しようか。どう?」

 誰も異論を挟まなかったので、私は無線のトークボタンを押した。

「帰るよ。コマンダー撤収!!」

 私は笑みを浮かべた。


 身支度を終えて家を出ると、駐機場に留まっていた輸送機の周りで、素早く撤収作業するフィン王国海兵隊の姿がみえた。

「この飛行機だよ。撤収で輸送機の出入りが激しくて……」

 私はここにきた輸送機の、開けっぱなしだった後部ハッチから、機内に乗り込んだ。

「馬の手入れしておきました」

 機内に繋いだ馬を労りながら、いつもの馬屋さんが笑みを浮かべた。

「はい、毎度!!」

 私は三万クローネを手渡し、そのまま機内に入っていった。

 機内の点検をしていると、隣のYS-11がプッシュバックされ、滑走路に向かって進んで行くのが見えた。

 みんなが座席に座りリアハッチが閉じると、輸送機のエンジン音が聞こえた。

 私は自分の席に座り、小さく苦笑した。

「みんなに大きな貸しを作っちゃったかもね。ありがとう」

 小さく呟き、程なく動く始めた輸送機の振動を感じながら、私はそっと目を閉じたのだった。

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