第2話 一つの仕事

 ラハトの街から緑竜洞までは、それなりに距離がある。

 夜間の移動はリスクがあったが、ラハトの宿の方が強盗などが出没したり、より危険なので、野宿の方がまだマシだった。

「さてと、夕暮れ前に泊まる場所を確保しないとね」

 小さな村を通過しながら、私は呟いた。

 周囲は牧草地帯から草原に変わっていた。

「ここでいいか……」

 私は馬の手綱を木に結びつけ、鞍の後ろに丸めて結び付けた寝袋を下ろした。

 それを地面に広げ、乾燥肉などの携帯食で手早く済ませ、あとは地面に特殊チョークで魔法陣を描き、簡単な結界魔法を張った。

 その頃には、空には夜闇が迫っていて、私は早々に寝袋に入った。

「はぁ、近いようで遠い。あそこはそうなんだよねぇ」

 寝袋に入って、私は徐々に星空になっていく空を見上げた。


 翌朝、簡単な昼食を済ませ、寝袋を丸めて鞍の後ろに置いて、私は鞍にまたがった。

「うん、時々出てくる野盗も出ず、翌寝たな」

 私は馬を走らせ、街道をひた進み、やがて低山が続く山道に差し掛かった。

「確か……あった。あの店、よく潰れないね」

 私は笑い馬を店前に止めた。

「おばちゃん、元気してた?」

 店の中から出てきたおばちゃんに、私は馬を下りてから小さく手を振った。

「もちろん、そっちはどうだい?」

 おばちゃんがにこやかに返してきた。

「ボチボチだよ。いつも通りで」

「はいよ」

 おばちゃんは店内に入ると、私が密かに好物にしてる笹団子を山盛りで持ってきた。

「ちょっと、気合い入れすぎて、いつもより多くない?」

 私は笑ってから、笹団子に手をつけた。

 しばらく団子を食べていると、旅人が馬に乗ってやってきた。

「あそこに店があるよ。よかった、腰が痛くて。休憩しよう」

 その旅人は馬を止め、私をみた。

「女の子か。私もそうだけど、女一人の旅人って珍しいね」

「そうだよね。どっかいくの?」

 その旅人と言葉をかわすと、私は団子が積み上がっている皿の隣を手で示した。

「隣にすわれば。団子が多すぎて食べくれなくさ」

「えっ、いいの? 実は路銀が乏しくて」

 旅人はにこやかに笑みを浮かべ椅子に座り、団子の皿に手をつけた。

「まあ、この先は緑竜洞しかないようなもんだけど、もう一回聞いちゃうか。目的地はそこでしょ?」

「うん、腕試ししてみたくなって」

 その旅人は、巨大な拳銃を二丁取り出して笑った。

「立派だけど、普通の銃じゃ効かないと思うよ……」

 私は苦笑した。

「大丈夫。ほら……」

 通りすがりの旅人は、薬莢が赤く塗られた銃弾を取り出した。

「……五十口径DS弾か。それ効くといいね。レッドドラゴンも倒せる破壊力があるけど、反動がキツくない?」

「うん、毎日撃って練習してるから大丈夫。あご下の竜鱗をぶち抜けばいいだけだから。それじゃ、私は行くよ。急ぐ旅じゃないけど、ドラゴンを間近でみたかっったんだよ。じゃあね!!」

 女の子は団子代ををテーブルにおいた。

「こら、路銀が乏しいんでしょ。私の奢りにしておく。貸しとはいわないよ」

「ありがとう、私はマーガレット。お互い生きていたら、また会おうね!!

 笑みを残すとマーガレットは、今に跨がって去っていった。

「この前、いうこと聞かない子を追い出したけど、緑竜洞はなぜかすぐにグリーン・ドラゴンが溜まるんだよね。間引かないと、観光客がこないからって、国王も……まあ、今は団子を食べよう。おばちゃん、これ何人前?」

「十人前だよ。あんたはよく食べるから」

 おばちゃんが、皿に団子を持ってきた。

「だから、多すぎるって。さっきのマーガレットに、食べきれないからって半分あげたくらいだよ」

「だからさ。足りないと思ってね。残ったら、持っていけばいいだろ」

 おばちゃんは店の奥に引っ込んだ。

「全く、そりゃ食べる方だけど、これは多すぎるよ」

 私は苦笑した。

 お茶を飲みながらひたすら団子を食べていると、また旅人が馬車で坂道を上ってきて、そのまま目の前を通り過ぎていった。

「緩行かなあんな大きな馬車で、この先通れるかな。道が狭くなるんんだけど………」

 私はため息を吐き、苦笑した。

 残すとおばちゃんがうるさいので、私は満腹を通り越えて、自分の限界を超えて、ひたすら食べた。

 しばらく団子と格闘していると、金髪が眩しい馬に乗った冒険者とすぐ分かる身なりの女の子が、馬の手綱を手に取って歩いて坂道を上ってきた。

 重武装の山岳パトロールのヘリが低空で通り過ぎ、私は思わず空を見上げて苦笑した。

「こりゃ急がないとマズいな。攻撃へりまで出てきたって頃は、グリーン・ドラゴンがはみ出しちゃってるよ。きっと」

 それでも団子が山ほどあるので、私はほとほと困ってしまった。

「全く、知り合いだからってサービスしすぎだよ。これで、十クローネってやり過ぎだよ」

 私は笑みも出ないほど満腹で、いくらなんでもこれはないよと思っていたら、上ってきた先ほどの女の子が、馬を止めて団子店の看板を見上げた。

「ない、お腹空いたの?」

 私は女の子に声をかけた。

「は、はい。どうにもひもじくて……。路銀が入っていた財布を落としてしまって」

 女の子が苦笑した。

「じゃあ、これ食べていいよ……。それにしても、その馬怪我してるよ。治そうか」

 私はその子の馬に近づき、慎重に様子をみた。

「ああ、足を痛めてるね。よっと……」

 私は背負っていた杖を取り、呪文を唱えた。

 青白く光った杖先を馬に当てると、足にあった傷が治った。

「あっ、そこまでして頂いて……。ありがとうございます」

 女の子が頭を下げた。

「旅人のよしみだよ。さて、私は満腹を通り越して限界だから、あの団子全部食べていいよ。ってか、食べてください」

 私は笑った。

「えっ、いいんですか。こう見えて、結構な大食いですが」

「だから、自分を越えちゃったから、もう入らないんだって。大食いながら、なお歓迎だよ」

 私は笑った。

「で、では、いただきます」

 女の子がそっと椅子に座り、いい食べっぷりで団子を食べはじめた。

「すげ……おっと、またヘリの爆音だ」

 頭上を低空で攻撃ヘリが飛んでいき、なにかを発射した。

「なんか、大事っぽいね。どれだけ、はみ出ちゃったんだか……」

 あれだけあった団子がすでにほとんどが消え、女の子は満足そうな表情でバカスカ団子を頬張っていた。

「おや、知り合いかい。じゃあ、また団子を……」

「こら、もういい!!」

 私は苦笑した。

「おかわり!!」

 女の子が満足げに叫んだ。

「はいよ」

 おばちゃんは店の中に入り、蒸かし立てのあんまんを持ってやってきた。

「はい。頂き……あっ、路銀がなかった」

「はいはい、分かってるから」

 私は店内に入り、おばちゃんに代金を支払った。

「はい、毎度」

 おばちゃんが笑った。

 店の外に出ると、女の子は去ったあとで、テーブルの上に現金が置いてあった。

「こちらこそ、毎度ありがとうかな」

 私は苦笑した。

 綺麗になくなっていた皿をおばちゃんに返し、私は最後にお茶を飲んで人心地つくと、再び馬に乗り山道を走っていった。


 この辺りは分岐が多く、さらに案内看板すらない。

 しかも洞窟だらけなので、慣れた者でも大混乱で、初めてでは道に迷ってしまう事もあるほどややこしい。

 私はいくつもの分岐を抜け、程なく緑竜洞の前に着いた。

「さてと……」

 私は馬から下り、剣を抜いた。

 青く光る刀身をみて頷くと、私は馬に積んだ荷物を解き始めた。

「まあ、大丈夫なんだけどね……」

 私は念のためドラゴンスレイヤーを持ち、緑竜洞に入っていった。

 魔法のほどほどの明かりの光球を浮かべ、私はゆっくり進んでいった。

 そのうち、ドラゴン特有のニオイが感じられ、私は小さく笑みを浮かべそのまま進んでいった。

「さて、やっぱりちっこいのばっかりだね。子供を刺激しなければ、親だって怒ったりしないのに。どっかの馬鹿が、斬り付けたりしたのかな」

 私は苦笑して、クリップボードに挟んだ紙に、『一階異状なし』と記載して、念のため奥の階段を下りていった。

「さてと、この階は……私はドラゴンスレイヤーを構え、奥に向かって歩いていった」

 この階のグリーン・ドラゴンは、最奥部に『癒やしの宝玉』と呼ばれるいくつも魔法球が転がっているため、それを守るために少々荒っぽいのが多いが、ドラゴンスレイヤーを持っていれば、大抵は恐れて近寄らなかった。

「うん、いいけど……。どうも、殺気が……」

 私は気持ちを引き締め、剣を改めて構え直した。

 最奥部に近づくと、いきなりドラゴンが近寄ってきいて、私の腕を軽く引っ掻いた。

「なにすんの、もう……」

 私が苦笑すると、そのドラゴンは去っていき、私は小さく息を吐いた。

「全く、じゃれつくなんて珍しいな。誰かイタズラでもしたかね」

 私は苦笑して、最奥部にある癒やしの宝玉が安置されている間に入った。

「えっと……、あれ一個足りないな。誰か盗んだか。まあ、仮に盗んだとしたら、無事には出られないと思うけどね」

 私は苦笑した。

「さてと、任務だかなんだか国王の個人的な頼み事も終わったし、いつも通りの手順で報告しなきゃね。これで金貨二枚って、結構美味しい仕事なんだよね」

 私は笑って、ドラゴンスレイヤーをかざしながら、階段を上った。


 階段を上ったところで、気が付いた。

「ん、足跡が……。えっと、二人だね。観光客にしては少ないね。誰か無理やり侵入したな。ここは十人以上じゃないと、ドラゴンが襲ってくるかもしれないから、そういう決まりがあるんだよね。生きていればいいけど」

 私はドラゴンスレイヤーをみた。

「……斬りたくはないな」

 私はゆっくり歩き、洞窟の出入り口に進んでいった。

 その途中、グリーン・ドラゴンの群れが、なにかとじゃれていた。

「こら、やめなさい!!」

 私が声を上げると、グリーンドラゴンたちが、いく先の通路を塞ぐように退いた。

 そこには、赤いジャケットと黒いスーツ姿の男がボロボロになって立っていた。

「ほら、いた。あのね、その宝球を分捕ると、外に出た途端一気にグリーン・ドラゴンのブレスを食らうよ。諦めて元あった場所に返しなさい」

 私はドラゴンスレイヤーを収め、そっと拳銃を抜いた。

「……ちゃんと薬莢に赤線入ってるね。よし」

 私はマガジンに一発装填しスライドを弾いた。

 それをなにやら宝級を意地でも離さないという感じの、赤いジャケットを狙って引き金を引いた。

「いて!!」

 赤ジャケットが宝球を放り出し、地面に落ちた所を黒スーツの男の男が蹴り転がして、私の足下で止まった。

「じゃあ、またな……」

 黒スーツの男が帽子のツバを上げ右手人差し指でちょっとだけ目を見せたあと、赤ジャケットの尻を蹴飛ばした。

「ほら、いくぞ」

「あんだよ、連れねぇなぁ……」

 ドラゴンたちが退き、二人組が去っていき、代わりに茶色のトレンチコートをきたおじさんが飛び込んできた。

「た……あれ?」

 おじさんは不思議をそうな顔をして、洞窟の外に出ていった。

「だから、十名以上って決まってるの!! ってまあ、私が正式な管理人じゃないから、別に構わないといえば構わないけれど……」

 私は宝球を抱えて再び地下二階に戻り、元の場所に安置して、再び一階に戻った。


 洞窟から出ると、私は馬に飛び乗り、山道をゆっくり下りはじめた。

 しばらく進むと行きに立ち寄った団子店の前を通り過ぎ、街道に出ると馬の速度を上げた。

 結局、変わった二人組と遊んだお陰で面白かったが、時間はそれなりに過ぎていた。

「今日はどこかに泊まろう。さすがにあの洞窟は埃と……いいや、ゴミのニオイがキツくてね」

 街道パトロールの二人組とすれ違い、さらに進んでいくと小さな村が見えてきたので、 とりあえず休憩を兼ねて、その村に寄ることにした。

 村が近づいてくると、私は馬の速度をゆっくり落とし、馬なりに歩かせた。

「それしても、なんか焦げ臭いな。こんな場所で……」

 私は警戒しながら進み、村に近づくとゴブリンたちがたき火を焚いて、酒盛りをしていた。

「なんだかな……。まあ、平和でいいか」

 私は村に向かって進み、門を潜って中に入った。

 小さな食堂を見つけると、そこで馬を留めて店内に入った。

 素朴な店内の客はまばらで、私は空席に座った。

「旅人なんて珍しいね。うちは野菜スープの定食しかないけど、それでいいかい?」

「うん、なんでもいいよ」

 店のおばちゃんが笑って、店の奥に消えていった。

「はぁ、今のうち書いちゃうか」

 私は鞄から筆記用具と国印入りの紙を取り出し、サラサラと報告書を書き、それを封筒に入れて封蝋をして鞄にしまった。

「あとは郵便馬車か。止まるかな、ここ……」

 私は苦笑した。

 しばらく待っていると、おばちゃんが食事が載ったトレーを運んできた。

「おばちゃん、ここ郵便馬車止まる?」

「いえ、三つ先のトレントなら止まりますよ」

 おばちゃんが笑った。

「ありがとう。トレントか……ちょっと先だけど、一応は町だし宿の一軒くらいはあるでしょ」

 私は食事を終え、テーブルに代金を置いて、留めておいた馬に跨がり、村を後にした。

 街道を進み、再び牧草地帯に入ると、牛がゆったり行き来していたり、のどかな空気に包まれていた。

 夕闇が迫っていたので、私は馬の速度を上げた。

「あれ、これはちょうどいい」

 目の前に、ゆっくり走る郵便馬車を見つけ、私は馬の速度を上げて、横並びに並んだ。 御者のおじさんに手を上げると、おじさんも手を上げて応え、馬車の速度を落とし始めた。

 私は馬車の後方に馬をつけ、馬車と歩調を合わせて速度を落として止まった。

 おじさんが御者台から飛び下り、私の元に走ってきた。

 私は馬を下り、先ほど書いた手紙をおじさんに手渡した。

「なるべく急ぎで、へそ曲げちゃうから」

 私は笑った。

「はい、分かっています。これで、国王様がイライラしてお酒をがぶ飲みするのを控えるでしょう」

 おじさんはにこりと笑い、馬車に戻っていった。

 私はまた馬に乗り、どのみちあと数時間で夜になってしまう事は確実なので、トレントの町に向かう事にした。

「さてと、もう一踏ん張り。頼んだよ」

 私は馬を撫で、再び馬を走らせた。

 ちなみに、トレントの町は南部地方ではそれなりに大きいが、田舎町である事に変わりはなかった。

 都会もたまにはいいが、こういう田舎もたまにはいい。

「よし、行くよ!!」

 私は手綱で馬に指示して、全速力で走り始めた。

 そこそこ魔法は使えるが、野宿はやはり落ち着かないし怖い。

 出来ることなら、町の宿で泊まるのが一番だが、今日はその願いが叶いそうだった。

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