19話-直前-

『さて!今週のANO、ゲストに今売り出し中のアイドルユニット、【ロングデイズジャーニー】のお二人をお招きしております! 昨日のチェルージュの歌手とのコラボ報道に驚かれた方も多いのではないでしょうか? 今日はその辺もお聞きしたいね、カナタちゃん、セツナちゃん!』

『はァい! 私たちも、実は今回のことはついこないだ知ったばっかりで……』


 目の前では、ガラス越しに長寿深夜番組のMCが、ゲストである【ロングデイズジャーニー】相手に胡散臭い笑顔でトークを交わしている。



『本当は、実際にチェルージュに入ってきりしたんじゃないのォ?』

『いやいやいやいや! そんなことできないですよぉ……』

『ヘへッ……ていうかアタシみたいなインキ臭いのがあそこ行ったら即斬首ですよォ……』

『いやーうん……それはちょっと表現としてストレートすぎるんじゃないかなセツナちゃん……』


(セツナ、今の天然発言、おいしかったわよ)

 目くばせと少々のボディランゲージで、セツナをほめる。

 てへっ、といった顔で、セツナもこちらを見返して笑った。


 今私は、ラジオ局に来ている。

 スタジオでMCと生放送で会話している【ロングデイズ・ジャーニー】を、ガラス越しにスタッフのいる別室で見守っている、という状況だ。


 櫻宗国の若手アイドルユニットと、チェルージュ国の歌姫とのコラボプロジェクトは、瞬く間に櫻宗国中で大ニュースとなった。

 戦争の記憶が生々しく残る市民も多いこの国では、本来チェルージュと言えば恐るべき敵国でしかない。

 テレビや映画館でも、悪役顔のチェルージュ兵士を倒す戦争ドラマが連日上映・放送されている。

 なので、今回のチェルージュとのコラボプロジェクトは、批判を持って迎えられることが予測された。


 そうならないために私は、【霧】の関係者を経由して、マスコミにチェルージュの歌姫・アルルカのライブ映像を提供した。ミシェルに渡された、宣伝用の映像だ。

 結果、批判の声は一部が激化するだけで、数自体はあっさりと減少していった。

 今まで得体のしれない国、という印象をかの国に対して抱いていた櫻宗人も、アルルカのパフォーマンスの高いクオリティは認めざるを得ないようだった。



 結果として今の世間の反応は、良くも悪くも続報待ち、という印象だ。

 世論の反対を受けてプロジェクト自体が中止にせざるをえなくなる可能性も視野に入れていたので、ひとまずは安心だった。



「それで、ヒルリには向かえるのですか」

 気が付いたら、当然のようにその場にいた【彼】が話しかけてきた。

 ラジオ局の重役といった趣の変装をしてプロデューサーの私に接しているため、すぐ近くにいるラジオスタッフも彼の存在に違和感を持っていない。



「一か月後に行われる、チェルージュ国内で取材のために各都市を見回るツアーに招待されました。プロジェクトでも合成用の背景映像にしろ広告にしろ、向こう側もどこかでヒルリには言及せざるを得なくなるかと」

「なるほど……悪いアプローチではありませんが」

 煮え切らない、といった口調の【彼】に私はやや不満顔で振り向く。こっちが自信をもってやった諜報計画に対して、いつも【彼】は満足な反応を見せてくれない。



「気を付けなさい。総主席も、そのミシェルという女も、今のチェルージュを統括する以上、一筋縄では行きませんよ。それに」



 ―――敵は、いつどこにどのような形で潜んでいるかわかりませんからね。

「え?」



 意味深な言葉に振り向くと、そこに【彼】の姿はなかった。スタジオで盛り上がっているMCと【ロングデイズジャーニー】の二人の会話だけが、どこか遠くの出来事のようにその場に響いていた。

 いつものように、【彼】はフッとワープしたかのように去って行った。

 直前に、意味深な言葉を残して。



 私は【ロングデイズ・ジャーニー】を見つめつつ、その意味深な言葉を一人で反芻していた。

 【彼】が話題に出したミシェルも、先日の渡航で私を殺しかけたカトリーヌも、私が数か月後に予定しているチェルージュへの視察に同行する予定である。



 ミシェルが一筋縄では行かない、ということは確かだった。

 アルルカという女性をプロデュースする手腕と言い、こちら側を試すための二の矢三の矢といい、スパイを相手どるエージェントとしてかなりの手練れであることは確かだ。


 また、それ以上に厄介なのはカトリーヌという女の存在だ。

 あの輸送機での一件を見る限り、私はいつ彼女に寝首をかかれても不思議ではない。

 証拠を掴んでいるか否かに関係なく、ただ単純に私は彼女に気に入られていない。

 その時点で、次に出会った時居合で斬り殺されてもおかしくはないのだ。

 彼女の言うとおり、後でいくらでもでっち上げられるのだから。


 ともあれ私は、この後PV・広告に使う写真撮影のためのロケハン、という名目でほんの数十年前まで敵国であったチェルージュ国へ飛び込んでいくことになる。

 そして、彼女たちにとって極秘中の極秘の施設へと向かい、大量破壊兵器【歌声】の有無を確かめなければならないのだ。

 国内や友好国でテロ組織相手に工作を行うのとはわけが違うし、総主席一人を相手どればよかった先日の渡航とはまた別種の困難が待ち受けていることは確実だった。



 ただの今までの工作活動では、立ち行かない局面にも出くわす可能性がある。 

 腹をくくりなおす必要があると言えた。


「いざって時は……【あの技】を使わざるをえないかもな」


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