14話-彩り-

 アルルカの完璧なパフォーマンスの後、後攻に自分たちのアイドルをプロデュースさせるのは自分でも気が引けた。


 現にセツナが「畏れ多い」という理由で脱走しかけたので、無理やり控室に押し戻した(その後数分間抱きしめて元気づけた)。




 我々が後攻なのも、アルルカのパフォーマンスに見合うものであるかどうかを試すためだろう。


 アルルカほどの魅力を放つパフォーマンスの後なら、後手に回るアイドルは受け手のハードルも上がるし、当人たちのプレッシャーも並みではないはずだ。




 だから私は、彼女たちに託すしかなかった。


 一年前のデビュー後、彼女たちのファーストシングルで、まあ自慢ではないが当時それなりに売り上げた。




「硬くならなくていいわ。いつも通り、櫻宗でやってきたように構えてればいいから」




 そういって送り出した二人の歌姫。




 結論から言うと、いつも通り全力でパフォーマンスをやりきった。




 全力を出し切るつもりで舞台に臨む彼女たちの歌に、私は。


 何の感動もできなかった。




 プロデュースの中で彼女のパフォーマンスに慣れた、からではない。


 工作活動が増えたことで、いずれ彼女を見捨てる。


 その腹積もりで、今日までやってきた。




 夢に向かって、動き出す人間にエールを送る歌。


 周りの意見に縛られることなく、自分らしく生きることを訴える歌。




 疑似ライブの前日に明朗快活な曲調で踊る彼女たちのリハーサルを見ていた私を支配していた感情は、虚しさだっのだ。




 彼女たちの歌は、あくまで私の工作活動のために作られたもの。


 彼女たちが歌っている夢も自分らしさも、チェルージュ国の人間を騙すための空虚な謳い文句に過ぎない。


 大人たちの工作活動の元で歌われる彼女たちの歌は、私からすればただの【まやかし】だった。




 彼女の【まやかし】の歌を聴いていて、ふと記憶の一ページが私の脳内に蘇った。




 私は他国から人質を救出するために、映画スタッフを装ったことがある。


 完璧に騙すために名誉ある映画賞を受賞した映画プロデューサーも巻き込んだ、本格的な映画製作計画だった。




 その時一人の俳優志望の女子を、主役に抜擢した。


 実際に現地に赴き、本格的なロケハンと撮影を行った、


 撮影が中盤に差し掛かろうという時期に、人質を救出して、櫻宗国に帰国させることに成功した。




 結果的に人質の救出作戦は成功したが、当然人質救出のためのカモフラージュである映画撮影は、作戦終了した時点で終了することになった。




 その時映画プロデューサーの一人、という立場を仮の姿としていた私の電話には、何度も主演女優の少女から電話がかけられることになった。




 それこそが人情だと思い、ある時電話で、あの映画の製作は頓挫した、とはっきり伝えた。


 激怒することを覚悟していたが、思いのほかあっさりとその種所は了承してくれた。


 しかし電話を切る直前、彼女はこう言った。




「私がこの日まで努力してきたのは、この映画の為だったんです」




 煮えたぎる怒りを必死で抑えていたことは、声音を聞くだけでも察することができた。


 当然だろう。


 彼女からすれば、長らく志してきた夢の懸け橋を急に遮断されたにも等しいのだから。




 工作活動という職務上、こういう【まやかし】を作って、私は人々を何度もだまし続けてきた。


 全ては国家の危機を救うためにやったことであって、今更彼女たちに謝罪することにも、生き方を変えることにも意味などない。




 近い将来、私がステージで大胆かつ華麗に踊る二人の少女を裏切り、傷つけてしまうことは確定事項だった。


 そのことに真夜中の雨のような虚しさを感じた後、ある決意が生まれた。


 せめてその時は、何の言い訳もせずに立ち去ろう。


 それがスパイとしての、彼女への礼儀のはずだ。少なくとも国の為と弁解するよりは。




 そのような個人的な思念を頭の中で巡らせていたところに、一つの凛とした声がその場に響き渡った。




「このライブを用意してくれた」


「すべての人に、」


「「感謝しますっ!!」」


 事前に示し合わせたかのような、【ロングデイズジャーニー】二人の挨拶。




 そして、ライブの後。


「あのっ、握手、いいですかっ!」


 機材を整理する音を止めたのは、うら若き少女の一声だった。




 隣国―――本来母国とは緊張関係にある国家の歌姫に対して、【ロングデイズジャーニー】の二人は、握手を要求していた。




 アルルカは二人を前に、目を見開いていた。


 【迎春閣】で、初めて彼女が見せた、表情らしい表情だった。




「一目見て、ダンスと歌声にすっかり見とれちゃいました! 素敵な方と一緒に」


「う、うん。だから、え、えっと……今回は、その……ありがとございました」




 想定外の言葉を受けたためか、アルルカの眉が動いたような気がした。




「あ……ありがとう」


 終始荘厳さを崩さなかったチェルージュの歌姫である彼女の表情に、何か少女のように純粋なものが動く気配がした。




「結果は、追ってお伝えします。我々は今からチェルージュに帰りますので、しばしお待ちください」


 ミシェルのその言葉で、疑似ライブは終了となった。




 櫻宗から遠く離れたこの地で、【ロングデイズジャーニー】の二人について改めて実感したことがある。


 カナタとセツナは、人気アイドル、という未来の夢に向かって努力しているだけではない。


 彼女たちは今、瞬間瞬間を全力で楽しんでいる。




 ただの普通の女の子でいれば、絶対に出会うはずのなかった経験。絶対に見えることのなかった景色。向き合うはずのなかった人々。


 それらの一つ一つの要素を体験できる喜びを、彼女たちは全力で味わっている。




 そうなると、あるいは私は、こう考えてもいいのかもしれない。




 たとえこのアイドル活動が工作活動の一部であるとしても、彼女たちの今この瞬間の、アイドルとしての体験は本物である、と。




 そこまで考えて、その考えは畜生にも劣る偽善だと思いなおした。




 このアイドルプロジェクト―――工作のためのはりぼてが作戦の終了で撤去された時の彼女の絶望は、今まで私が裏切ってきた誰よりも重く、深いものになる可能性は高い。


 彼女たちは今、アイドルとしての活動がいつまでも続くと思っているからこそ活動に喜びを感じているはずだ。


 私が消えてアイドル活動が不可能になれば、その喜びも露と消える。




 それとも私がプロデュース活動自体を続ければ、彼女たちが絶望することもなくなる? 


 いや、それはありえない。


 プロデューサーとしての活動を続ければ他の工作活動に支障が出るし、何よりこの局面で彼女を裏切らずにプロデューサーをやり続けるとしたら、なぜあの時映画撮影を最後まで終えて、女優志望の少女の夢をかなえてあげられなかったのか。


 私には、最後まで工作活動を続ける、その後アイドル活動から完全に手を引くという選択肢しか残されていない。




 でも、ならば。




 でも、ならば、せめて。




 彼女たちが今味わっている瞬間瞬間の奇跡を、大事にさせてあげよう。




 お疲れさまでした!という彼女たちの声を聞きつつ、私は心の中でそう考えた。






 そんな私の真横から、ミシェル・ドゥミが語りかけてきた。






「いい歌でしたね」






 笑っていた……ように見えた。


 ホテルプラザでの会合以来、冷徹な声音を崩さなかった彼女。


 その彼女が、柔和な微笑みを顔に浮かべ、そう言っているように見えたのだ。




 何のことはない、私にとってあの歌はCDを売り上げるため、今この場で櫻宗国の国力を宣伝するためだけの【まやかし】の歌に過ぎなかった。


 【まやかし】なのは、彼女にとっても同じはずだ。


 社会主義国に生きる彼女にとって、資本主義の文化など嘘と見栄で出虚栄に過ぎないはずなのだ。




 【ロングデイズ・ジャーニー】のことを語ったその言葉だけは、声に感情がこもっているような気がしたのだ。


 もちろん、巧妙な演技によって紡がれたリップサービスの可能性もある。上っ面だけで櫻宗の人間をほめておいて、今後の取引には応じない、という選択をミシェルがしてくる可能性もあった。




 だが、なぜか。




 私は心の中で、その言葉に対して思った。




 それは紛れもない、彼女の本音なのだと。




 思えばこの瞬間、私とミシェルは、ほぼ同じ立ち位置から同じ方角の視線で、同じもの――則ちアイドルを見ていた。表向きの政治的立場、隠匿している政治的立場、生い立ち、守るべきもの、人生観。何から何までことなる我々二人が、なぜかこの瞬間、この時だけは、同じ立場に立って同じ存在になれた気がしていた。




 ―――そうだ。


 どうせ裏切りに終わる空しいアイドル活動であれば、一つ一つの出来事と、それへの感慨を大事にしよう。


 かりそめに終わる彼女たちのアイドル人生。


 ならばかりそめなりに、露と消えない間は華やかに彼女たち―――あるいは、我々の目を彩らせてもらおう。


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