3話-アイドル達-

「カナエ・シモツキです。 前職は、レコード会社でプロモーションの職に就いていました」


 アイドル事務所【ゲーブルハウザー】の社長ニイヌマ・ヤスタカに向けて、私は自己紹介した。


  昨日トラックの運転手に対して接したようながさつな人間とは、誰が見ても別人に見えるようにふるまっているつもりだ。




 何の裏付けもなくいきなりプロデューサーを名乗っても、胡散臭い女と思われるのがオチだ。


 アイドルのプロデューサーになるにあたって、まず私はアイドルの事務所に就職するところから始めた。




 もちろんのこと、事前に厳選した上で、この会社を選んでいる。




 大手のアイドル事務所は目立ちすぎるからダメ、地下アイドルなどが所属する小規模な事務所もコネクションがないからダメ。


 結果、大手事務所から最近独立した歴史の浅い事務所を選ぶことになった。


 新しい事務所であれば歴史が浅い分、政府や反社会勢力などとの関係性を疑われることもないからだ。 




 尚且つ、この事務所の社長が持ち合わせる【特別なコネクション】に、私は目を付けた。


 この社長―――ニイヌマ・ヤスタカは、独立して新事務所を立ち上げる前、大手事務所でも有数の敏腕プロデューサーだった。


 特に海外事業での手腕は世界的にも評価されており、海外のアイドルビジネスにおける有力者間でも顔が広い人物だ。


 そのニイヌマ社長が海外拠点とした都市には、チェルージュ国の人物と関係が噂される人物の活動場所が数か所あると聞いた。




 冷戦中の仮想敵国という状況下では、アイドル事業に限らず、直接ビジネスをチェルージュの人間に持ち掛けるのはほぼ不可能に近い。


 ただし、櫻宗でもチェルージュでもない他の国家や地域を経由して活動を行えば、チェルージュ国の人間(できればアイドル事業に公的資金を出している、政府の人間)ともコネクションを持つことができるかもしれない。


 そのコネクションを経由してチェルージュに飛び、【歌声】のある施設を偵察する―――


 それが私の考えた筋書きであり、おそらくは【彼】が私にプロデューサーになれ、という指令を出した理由だった。






 新聞の採用欄や職業安定所の求人票を精査し、最も自分の計画を実行しやすい事務所を探し当て、出願書類を提出した。




 今までの変装に同じく、履歴書に書いたのはほぼ全てが詐称の経歴。


 偽造入学手続きと幽霊会社を利用した、ご立派な履歴書を、面接に持って行った。




 将来的にこの会社で何をしたいか、と面接で問われた私はこう答えた。




「目的はでっかく持つものですよ。 ……わたしも海外にまで、わが社のアイドル事業を広げるんです!」




 私が演じたのは、若いながら決断力のある事務員。


 黒ではなく紺色のスーツを着込んで、各社で営業をこなしてきたやり手の若手社員、という印象を、自ら採用選考を務める社長に対してアピールした。


 数日後、カナエ・シモツキという仮名の名義で契約している携帯電話(【霧】の工作員のみが持つことを許される最新鋭の通信器具)を介して、社長から直々に採用通知が来た。




 立場と肩書は手に入れた。


 さて、次は肝心のアイドルたちだ。




 ■   ■   ■




 私はアイドルの卵たちを選出するため、オーディションの面接官として事務所に出向いていた。


 詐称で塗り固めた職歴とスパイ独自の営業スキルが評価されたのか、私は新入社員ながら選考委員の一人として選ばれた。


 アイドル事業においてチェルージュの人間たちに信用してもらうためには、肝心のアイドルが逸材でなければ意味がない。


 年単位での作戦計画を【彼】に許可されている私は、アイドル雑誌、アイドル番組など様々なメディアと協力して、アイドル志望の女性を各地方から募り、呼び寄せた。




 結果として二人の少女を、自らの事務所からデビューさせることになった。


 一人目の少女は。




 「エントリーナンバー4番、ホクシン・カナタですっっ!!」




 溌剌ながら、鶯のように凛とした気高さをも持ち合わせた声が、オーディション会場に響く。


 ルックスは一般的な女子高生よりもやや幼い顔つきで、誰とでも友達になれるような八方美人さを秘めていた。


 体つきは、まだ幼さを秘めているものの、女性的な膨らみも感じさせる。


 全てが発展途上といった印象で、粗削りな部分もある。


 しかしそこが逆に興味を引かせる魅力となっているし、デビューした際には数多くの民衆から見守られ、応援され、将来を期待される存在となるはずだ。




 何より興味を引いたのは、彼女のダンスだった。


 用意した曲に合わせてリズムに乗りつつもどこまでも自由に踊るその姿は、年相応に元気はつらつとしていながらもどこか神秘的だった。


 櫻宗国古来より親しまれてきた、民の幸せを祈る巫女が守り神に捧げた舞にも見えた。




 ―――トクン。トクン。


 その時私は、何か自分の中―――体内ではなく、心の奥深いどこかで、何かの鼓動が響くのを聞いたような気がした。


 気のせいだと思って、その時は忘れた。




 もう一人は、カナタとは真逆の正確を秘めた少女だった。




「え、えぇと……エントリーナンバー……あの、あ、そうだ、8番……ムヅラベっ……あっ違う……その……あの…………ムヅラバサミ・セツナ……です……」




 やけにもごもごしている。他の女の子たちと比べて、お世辞にもトークがうまいとは言えない。


 気持ちだけで、この場に来てしまったパターンだろうか。




 ただ、ルックスは整っている。


 そして、男性受けしそうな扇情的な体も彼女の特徴だった。


 主張の激しいバストとヒップの盛り上がり、それらと対をなすように引き締まったウエストは、紛れもなく異性(一部同性)相手に特別な何かを主張させるに余りある要素だった。


 【霧】の中にも体で男どもを誘惑させて罠に陥れる諜報員は何人かいるが、ムヅラバサミ・セツナのプロポーションは彼女たちに匹敵するかもしれない。


 その体型に私ですら気圧された、ということは、墓場まで持っていきたい秘密である。




 ともあれ彼女は自信を持って構えてさえいれば、そのプロポーションも手伝って気品のあるパフォーマーとして憧れの的となることは想像に難くない。


 もったいない、というのが、第一印象だった。




「じゃあ、自己アピールを披露してくれますか?」




「あ、あのッッ……!! なんていうんでしょう? その……」


「BGM?」


「そッ、そうです!!! こっちで用意したBGMがあるんで、かけてもらっていいですか……?」




 正直彼女にはこのプロジェクトは荷が重すぎると思ったし、自己アピールだけやって帰ってもらおうと考えてBGMをかけてもらった。




 直後、彼女は【変身】した。


 変身と言っても、最近のテレビ番組でよくある覆面のヒーローになったわけではない。


 単純に、人そのものが変化したのだ。






 川のせせらぎ、小鳥のさえずり、風に揺られて音を立てる木々の若葉。


 そういった大自然の、ことに生命が豊かに芽吹く春を思わせるソプラノボイスで、彼女は用意した曲を完璧に歌い上げていた。




 そしてその歌声故に、彼女への印象自体も徐々に変わっていった。


 もちろん本当に顔や体つきが変化したわけではない。そしてダンスも、そつなく上手い、というだけで光る点があるというわけではない。


 ただ、歌声のクオリティが他とは格段に違った。


 こちらの錯覚と言えばそれまでだが、雰囲気まで歌う直前とは月とスッポンのように変化していたのだ。




―――トクン。トクン。




 また、さっきと同じ鼓動を感じる。


 我ながら、何か居心地の悪さを感じた。




 その後、彼女―――ムヅラバサミ・セツナ相手に数件質問をしたところ、トカゲ肉の料理が好物だの、スプラッタホラー映画趣味だの、なかなかに特徴的な趣味を持っていることにも気づいた。


 普段の自信の無さとその奇抜な趣向、それと先ほどの完璧なボーカルは、大衆受けしそうなギャップがあるし、磨けば光るかもしれない。




 社長たち他の面接官と話し合った結果、ほぼ満場一致で合格者は二人に絞られた。




「カナエさんが、私たちのプロデューサーなんですねっ!!」


 一人目は、人受けのする若さと元気を兼ね備えたうら若き少女に。




「……う、受かっちゃった……」


 二人目に、やや個性的でメンタル面に問題もあるものの、天使の歌声という研ぎ澄まされた魅力を持った女性に。




「貴方たちが櫻宗の多くの人々に笑顔を届けられるように私も全力でサポートするから、これから一緒に頑張りましょうね」


 栄養ドリンクを手渡しつつ、心から、に見せかけただけの笑顔を、私は二人に送った。






 作り笑い(もちろん端からはそう見えない)を保って彼女たちに改めて挨拶をしていたその瞬間。


 私は内心、彼女たちに将来起こる悲劇について考えずにはいられなかった。。


 今現在の彼女たちのアイドル活動は、隣国の鼻を明かすための政治工作のカモフラージュに過ぎない。


 チェルージュ偵察の任務が終われば、私はこれまでと同じように、即このアイドル事務所を去り、【霧】のスパイとして次の任務に従事しなければならない。


 プロデューサーの私が突然いなくなれば、彼女たちのアイドル活動は完全に不可能ではないにしろ、非常に困難になるはずだ。


 まさか自分たちが我々の諜報活動の道具に過ぎず、時期が来ればすぐ私に切り捨てられるなどとは、彼女たちも夢にも思っていないだろう。




 加えて、彼女たちの年齢は二十歳には満たない。つまり、先の戦争を知らない世代なのだ。


 戦争の悲惨さを知ることなく、未来を築いていくはずの彼女たちが、過去戦争状態にあった二国家間のいざこざ、という過去の清算のために利用されている。




 私はその状況に、心から同情する。


 するものの、それで活動の意志が鈍ったりはしない。


 【歌声】によってこの国が攻撃されれば、彼女たちや櫻宗国民の命自体が危険に脅かされる―――どう考えたって、そちらの方が悲惨な未来のはずだからだ。




「そういえばカナエさんって、」




 と、アイドルへのエールも早々に、思考回路をスパイのそれへと切り替えていたその時。




「どうしてアイドルのプロデューサーをやろう、と思ったんですか?」




 溌剌とした声が、耳を通じて私の脳内に響いた。




 振り向くと、ホクシン・カナタの、人を疑う心ひとつ知らない純真無垢な笑顔が至近距離にあった。


 あまりに直接的な問いだったからだろう。


 その横では、セツナが少々驚いて―――というか、引いていた。




 彼女以外の人間、例えばニイヌマ社長などにこの言葉を言われたら、まずスパイ活動がバレていることを疑うだろう。


 しかし、今私に質問をしてきたのは、人を疑うことなど一切知らなそうな純真な少女。


「……そうね」


 前置きの後、特に思索を必要とすることもなく私は彼女の問いに答えた。




「私は子供の頃に戦争を経験した世代なんだけど、今の櫻宗には私と同じ世代は子供の頃の戦争のトラウマを背負っている人たちがとても多いの」


 用意しておいた答えを、俳優のように自然と口にする。


 櫻宗に暮らす二十代半ばの女性として、違和感のない理由を。




「かく言う私も、空襲から命からがら生き延びた一人よ」


 信憑性を上げるために、少々のも混ぜ込んだ。




「そういう人たちの中には、二十年経った今でも、戦争のトラウマで生きることに希望を持てない人がいる。あなた達【新時代】の女の子たちが、希望の象徴になってくれるかもしれない。そう思ったの」


「へぇ……」




 半分以上を嘘で塗り固めた私の返答を、カナタは疑念一つ持たずに、何か高尚なものを見るような目をして聞いていた。


 彼女はここでアイドルになっていなければ、どこかで悪人に騙されていたのではないかと不安になる。


 かと思えば、彼女の顔はぱぁっと明るくなった。何か小動物を見ているようだった。




「素敵だなぁ……それが、カナエさんの【やりたいこと】なんですね!」




 一秒、沈黙。


 何の疑いもなくそう語ったカナタは、満面に屈託のない笑顔を浮かべていた。




「えぇ、まぁ、そうね。それが私のやりたいことよ」


 反応できなかった自分に驚きつつ、笑顔で肯定の返事を返した。




 その時私は、彼女が【やりたいこと】というフレーズが、自分の脳内でこだまする感覚を覚えた。


 自分が個人として、やりたいことのために動く。


 【彼】に拾われた幼年時代以来、ずっとスパイ活動を続けてきた私にとっては、理解のできない生き方だった。

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