第8話 冒険者には戻れない

 ギガウィンドを唱え、上空へと飛び立った俺は、城を見下ろしていた。

 姫様を抱えたまま。


「すみません姫様。

 姫様を攫うなら、さっきほどのチャンスはそうそうないと思いまして」

「あ、謝るのはこちらの方です。

 私のせいで、あなたはお尋ね者になってしまう……」


 お尋ね者か……だが正直、そんなことはどうでもよかった。

 一度終わった冒険者人生、もう一度冒険ができるなら、些細な問題だ。


「いいんですよ。

 なんだかんだ、俺は冒険が好きですから。

 姫様が、自らの謎を解き明かす冒険がしたいと仰るんです。

 元冒険者の血が騒ぐってもんですよ」


 姫様は俺に抱えられたまま、俺の肩をポンポンと叩く。

 下ろしてほしいのか?

 ここは空の上だから下ろすことはできないが……。


「だったら、もう姫様ではありませんね」

「え?」

「仲間なんですから、姫様なんて硬い呼び方ではなく、シェリーとお呼びください」


 そんな……姫様を愛称で呼ぶなんて、恐れ多い。

 だが確かに、姫様なんて呼んでいたら、俺達の正体が第三者にバレてしまうか。


「……わかりました、シェリー。

 だけど――」


 俺が言おうとしたことがわかっていたのか、姫様は俺の言葉を遮る。


「わかっています。フェル」


 名前で呼び合う。

 当たり前のことだが、どこか気恥ずかしかった。

 相手がこんなに美しい姫様だからだろうか?


「とはいえ、明日からどうしますか――」


 そう言いかけた俺は、シェリーの「敬語」という言葉に、ハッとする。

 そうか、仲間なんだから敬語もなしだよな。


「明日から、どうするか?

 姫様が攫われたとなれば、王国は大々的に動くだろう」


「そこなんですが……」


 俺は姫様にも敬語をやめるように言ったが、彼女は敬語を直そうとしない。


「王国が大々的に私を探すことは、きっとありません」

「え……? そんなこと……」


 ありえない、そう言おうとした俺の言葉を遮り、シェリーは話を続ける。


「国にはメンツというものがあります。

 一国の最重要人物が、こうも簡単に攫われたとなれば、国の名に泥が塗られますから」

「……俺、そんな大変なことしてしまったのか……」

「べ、別にそこを責めるつもりはなくて……」


 姫様は咳ばらいをし、言葉を続けた。


「とにかく、指名手配や私が攫われたことの周知など、大々的に捜索が始まることはありません。

 少人数による、的を絞った捜索のみが行われるはずです。

 少なくとも、最初のうちは」

「つまり、最初の数日が勝負ってことか」


 すぐに指名手配にならないなら「あの人」に会いに行くことも可能か。


 姫様は思考を巡らせる俺の傍らで、明日の話を切り出した。


「ところで、これからどうするのですか?

 指名手配ではないとはいえ、フェルがお尋ね者であることに変わりはありません。

 冒険者ギルドには戻れないのでは?」

「そこは問題ない。

 ……信頼できる人がいる」


 その日は、近場の宿屋を借りて一晩を過ごした。

 何かあればすぐに逃げ出せる準備をしての一泊だったが、灯台下暗しというべきか、捜索の手は伸びてこなかった。

 王国では、姫様の顔は割れている。

 宿屋が借りられるかは不安だったが、マントを羽織らせ、フードをかぶっただけで、案外バレないもんだ。


 翌朝、俺達は真っ先にギルド総本部へと向かった。

 ある人に会いたいからだ。

 全身をマントで覆った姫様が、俺の後を続く。

 

 姫様が街を歩いているというのに、誰もこちらに視線を寄越さない。

 俺達が街の風景に溶け込んでいるということか。

 それとも、全身マントの怪しい奴など、見ない方がいいと思われているのだろうか?


 指名手配できないという事情から、今頃騎士団辺りが血眼になって俺を探しているだろうが、だからと言ってこそこそしていては余計に怪しまれる。

 俺は胸を張って、堂々と街を歩いた。


 そして、しばらく歩いた後に、ギルド総本部にたどり着いた。

 今は早朝、中の酒場はそれほど賑わっていないはずだ。


 俺はゆっくりと総本部の扉を開いた。

 そして、目当ての人物を探す。


 酒場は昨日も宴会が行われていたようで、三人が机に突っ伏して寝ている。

 それ以外の冒険者は宿に戻ったのか、酒場にいるのはその三人だけだ。


「あら、フェル君じゃない」


 俺のお目当ての人物は、自分から俺達に声を掛けてくれた。

 そう、俺が探していたのはアメリさんだ。

 この人なら、冒険者以外にも、世界中を巡る職業に明るいはずだ。

 アメリさんは、カウンターの向こうから、大声で語り掛けてきている。


「アメリさん……今日はちょっと大事な話が合って来たんです」

「なによ、改まって。ちょっと待って、今そっちに行くから」


 アメリさんが来るというので、俺とシェリーは酒場の椅子に腰を掛ける。

 夜は部屋いっぱいに人がいて、賑わっている酒場だが、今は閑散としている。

 丁度良かった、人が多いと盗み聞きをされる危険性が上がるからだ。


「お待たせ、朝だからお酒じゃないけど、オレンジジュースでいいかしら?」


 アメリさんは気を利かせたのか、飲み物をもって現れた。

 丁度いい、喉が渇いていたところだ。


「はい、ありがとうございます」


 俺はコップを受け取り、一気に飲み干す。

 シェリーは深くフードをかぶったまま、小さく礼をしてから、コップを受け取った。


「で、大事な話って何?」


 アメリさんは俺達と机を挟んで反対側の椅子に腰を掛けてから、そう問うてきた。


「それが……」


 俺は事の仔細をアメリさんに話した。

 俺が姫様を攫ったこと、解き明かしたい謎があること――もちろん、シェリーの紋様の話は伏せて。

 周囲には聞かれないように、小声で。


「ええええええええええ!?」


 その話を聞いたアメリさんは、案の定というべきか、顎が外れそうなほどに口をあんぐり開け、叫んだ。


「ちょ、ちょっと、声がデカいです!」

「あ、ご、ごめんなさい」


 アメリさんは震える手でシェリーを指しながら、口をパクパクとさせる。


「じゃ、じゃあこの人が……」

「まあ、大物ってことです」

「ちょ、ちょっと待って、その話を私にして、どうするつもり? 私にできることなんて、何も……」


 問題はそこだ。

 わざわざアメリさんに会いに来たのは、事情がある。


「冒険者には戻れませんし、他に世界を旅できる職業はないかなって」

「わ、私に職業斡旋をしろっていうこと……?」


 俺は机に手をついて、深々と頭を下げた。


「お願いします!」


 次いで、シェリーも深く頭を下げる。


「お願いします……って言われても……」

「そこを何とか!

 俺に襲われて、無理やり聞き出されたってことにしていいですから」


 数秒の沈黙が訪れる。

 アメリさんは俺達の熱意に屈したのか、深くため息を吐いた。


「わかったわよ。

 ただし、暴力の限りを尽くされたってことにしますからね。

 私は容赦ありませんよ」

「ありがとうございます!」


 俺達の道筋に、一つの光明が見えた……ような気がした。


「世界を旅するなら、行商、医師、薬師……魔法使いなんかも多いわね。

 その中でも、冒険者ギルドに属さない人が多いのは行商くらいね。

 フェル君は医師でも薬師でもないから、やっぱり行商がいいんじゃないかしら」

「でも、行商って確かライセンスが必要なんじゃ……」

「必須ではないわ。

 ただ、ギルドと繋がりがある行商に、ライセンス持ちが多いってだけ」

「なるほど」


 ライセンスを持たない行商もいるのか……知らなかった。

 アメリさんのこの知識、やはりギルドで長年働いているだけはある。


「でも、ライセンスがなければ入れない街とか国とかもあるし、今から取得するのは面倒よね。

 こっちで用意するわ。

 ひとつ、使われていないライセンスがあるから」


 俺はアメリさんの言葉に、目ん玉が飛び出そうになる。

 旅立ちの斡旋をしてくれるだけで十分なのに、ライセンスまで用意!?


「ちょ、ちょっと待ってください!

 ライセンスなんて……!」

「渡すんじゃないわ。

 盗まれた、ってことにするのよ。

 先にそう言ったのはフェル君なんだから」

「そうですけど……」


 そうして俺達は、行商人のライセンスを手に入れることができた。

 俺達は深く礼をして、ギルド総本部を後にした。

 もうきっと、戻ってくることはない。

 シェリーの謎を解き明かす、その日までは――。

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