第33話 二人の幼馴染
愛舞が半目がちなのはいつものことだが、睨まれていると零聖は感じ、額から汗を流した。
何故こんな、浮気現場を彼女に目撃された二股男のような気分にならなければいけないのだろう?
「零聖くん、この子誰?」
「ああ……牛頭愛舞。こないだ話したろ?お前に部活紹介した後に一緒に遊んだ……」
「!――零聖くんの元カノの……」
「その子がレイの言っていた幼馴染の子?」
一姫が愛舞を亡霊を見るのような目で見つめ、愛舞が一姫を長年追い続けた復讐相手を見るかのような目で睨め付けている。
(これは不味い流れだ……)
「それよりマナ、どうしてここが分かった?GPSは外したはずだぞ」
零聖は愛舞の意識を一姫から逸らすため咎めるような口調で尋ねてみせる。
「……見失った後も探してたらたまたまさっきの男を追いかけているレイを見つけた。……ちなみに男を躓かせたのはわたし」
が、愛舞は一姫に視線を固定したまま、何でもないような声色で返答する。
そしてあまりにもサラッと言ったので聞き逃すところだったが愛舞はあの窃盗犯確保における陰の功労者だったらしい。
それにしても男を追いかけた先でたまたま見つかってしまうとは運がない。
「それはありがとうな。おかげで迅速に男を捕まえることが出来た」
「え……うん、どういたしまして」
素直な感謝の言葉に愛舞の視線が一姫から零聖に移り、嬉しそうにはにかんだ。
「だが、何で今になって姿を現したんだ?さっきまでのように尾行せずに」
(よし、いい感じだ!このままどうにか帰る方に誘導して……)
「えっと……それで、どうしてその愛舞ちゃんがここにいるの?」
零聖が安堵したのも束の間、愛舞は一転して先程のような冷たい表情に戻り、一姫を睨み付けるながら零聖に歩み寄るとその腕を抱きしめた。
「あなたという毒婦からレイを守るため」
「えっ?」
突然、罵倒を浴びせられた一姫が目を点にする。
わたし、何かこの子の恨みを買うようなことをしたっけ――と
「惚けないで。突如としてレイの隣に居座ったかと思えばいるかどうかも怪しい幼馴染を名乗り距離を詰めようとする。怪しいにも程がある。一体何を企んでいるの?」
「何も企んでない!」
散々な言いように耐えかねた一姫が強く反論する。
「わたしはちゃんと幼馴染だし、零聖くんのそばにいたいだけ!」
「その証拠は?本当に幼馴染なら一緒に撮った写真の一枚や二枚あるはず」
「それくらいあるよ!……多分」
前半の勢いは瞬く間に失速。言葉尻をすぼめて目を逸らした。
多分、撮った記憶はあるのだろうが、現物が残っている確証がないのだろう。
「ふぅん?まあ、それはその内化けの皮が剥がれるからいい」
「化けの皮……」
「でも、何であなたがレイの退学を止めようとするの?」
ここで愛舞は退学の件へ斬り込んでいくが、愛舞がそのことを知ってることに対して一姫は驚いた様子は見せなかった。いや、そんな余裕がないと言った方が適切だろう。
「それはわたしが幼馴染……」
「幼馴染を名乗るならレイの意思を尊重すべき。あなたのそれはただの押し付けに過ぎない。何の事情も知らないで無責任なこと言わないで」
「それは……」
そう言われ一姫は口ごもってしまう。
「大体あなたはレイの何を知ってるの?あなたは知っているレイは昔のレイで今のレイじゃない。幼馴染と言えば聞こえはいいけど実際は昔少し遊んだことがあるだけの他人。身内面するのもいい加減にして」
一姫を糾弾する愛舞の言葉は口調が厳しいわけでも声を荒げているわけではないが一語一語に怒気が込められているようなプレッシャーをひしひしと感じる。
そしてそれ以上に愛舞の言葉一つ一つが一姫の心に突き刺さっていた。
(そんなこと、とっくに分かってるよ……)
自分が今の零聖のことを何も知らないこと。
昔少し遊んでただけの幼馴染という握れば
愛舞の言う通りこれは自分の押し付けで意地っ張りなのだろう。
高校は義務教育ではないし、零聖の人生をどう生きるかも零聖の自由。愛舞の言う通り意思を尊重するのが一番なのかもしれない。
しかし、一姫には零聖が本気で学校を辞めたがっているようにはどうしても思えなかった。
そきっかけは「学校は楽しい?」という質問をはぐらかされたことからだった。
背を向けたその姿にどこか哀愁のようなものを一姫は感じ取ったのだ。
最初は気のせいかとも思ったがこの一週間、隣の席で見てきてそれは確信に変わった。
鳳城零聖は学校へ行くことの意義を見出している。
楽しんでいるかは分からない。だが、マイナスな感情を持っていないことは確かだった。
それだけが一姫が零聖について知っていることだ。
零聖とやたら親しげな目の前の少女と比べれば天と地の差かもしれない。
「……だから?」
だが、そんなこと退く理由にならない。
零聖の本心が分かっている以上何もしないわけにはいかないのだ。
「愛舞ちゃんだって……零聖くんと親しげな様子だけどそんなに距離が近いなら何か言ってあげてもいいんじゃないかな」
「一体何を……」
「愛舞ちゃんは理由知ってるんでしょ……わたしと違ってそして気づいてるんでしょ?零聖くんの本心も」
「――っ!」
一姫の指摘に愛舞が肩を震わせる。
やはりそうだ。
そのことに自分より長い間一緒にいるであろう愛舞が気付いていないはずがない。
「貴女は本当にそれでいいと思ってるの?確かに親しいからこそ相手の気持ちを尊重するべきなのかもしれない。でも、親しいからこそ、わたしみたいな他人じゃ言えないことも言えるんじゃないの?」
一姫の追撃に愛舞がハッとしたように目を見開く。その色素の薄い瞳は目の前の自称幼馴染の少女の姿を捉えて離せない。
良く見れば零聖と似たような格好をしていることに気付いたが、そんなことを気にする余裕はない。
頭がクラクラとし、足元もおぼつかなくなる。
愛舞は正しいと思っていた。
零聖の一番そばにいるからこそその気持ちが分かっていて、どういうつもりで退学を望んだのかも理解していた。
だが、その根底が覆される。
目の前の他人はそうだからこそ憚らずに物を言っていいのだと。
「わ……たしは……」
「お前ら」
そこへ水を刺したような零聖の声が二人にかかる。
「ここで言い合いをするのはやめてもらえるか。他の人の迷惑だろ」
そう言うと零聖は愛舞を落ち着貸せるようにその両肩に優しく手を置いた。
そう言われて初めて二人は自分達が周囲の注目を集めていることに気が付いた。中には「痴情のもつれか?」などと傍迷惑なことを呟いている奴もいる。
「あ……ごめんなさい」
「零聖、ごめん……」
「分かったならいい。……でも、ありがとうな」
零聖が愛舞にだけ聞こえるような囁きとともに
優しく微笑みかけてくる。
それにつられたように愛舞の固くなった顔が溶解していった。
「……好き」
「ん?」
「何でもないよ」
そう言うと愛舞は機嫌良く零聖から背を向けた。
そんな仲睦まじい二人の様子を一姫は一人蚊帳の外で妬ましげな目で見ていた。
「零聖くん、早く行こ」
そんな二人を引き剥がすべく一姫は零聖に手を伸ばそうとするも愛舞に
「わたしもついていく。わたしにはこの雌犬を見極める義務がある」
「見極める前に早速雌犬にランクダウンしてるじゃねえか」
零聖が落ち着いた突っ込みを入れた。
再びの
そして、しばらくの間二人は火花を散らし合っいたが、やがて一姫が諦めたよう息を吐いた。
「分かった。ついてきてもいいよ。ただ!邪魔はしないでよね!」
「それはあなた次第」
そう言い愛舞がそっぽ向くと一姫はぐぬぬと呻き声を洩らした。
「……前途多難だな」
そんな幼馴染二人の様子を見た零聖は疲れ果てたような溜め息を吐いた。
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