第31話 一難去ってまた一難

 嵐を見た瞬間、零聖は横にいた一姫を自分の方へ抱き寄せる。


 「えっ!?ちょ、零聖くん!?」


 (何であのバカは一人寂しくこんなとこにいるんだ!家でゲームでもしてろよ!)


 思いがけぬクラスメイトとの邂逅に零聖は心中で半ば理不尽に悪態づく。

 するとそんな心の声が聞こえたかのように明後日の方向を見ていた嵐の目が零聖達へ向けられた。


 「――ッ!」


 完全に見られた。このままでは週明け「鳳城がショッピングモールで女とイチャついていた」と吹聴されてしまう。

 どうやって口封じしようか、そんな物騒な策に考えをシフトチェンジし始める零聖。

 しかし、抹殺対象にリストアップされてしまった嵐はまるでそこに誰もいないかのように零聖に話しかけることなく素通りしていく。


 「……え?」


 肩透かしを食らい呆気に取られる零聖。嵐が気づいていないフリをしているのかとも思ったがあのバカにそんな真似が出来るとも思えない。

 そこで零聖は思い出した。自分が普段と違う格好をしていたことに。


 恐らく嵐は本当に気が付かなかったのだ。まさか隣の席の陰気なクラスメイトがこのような派手な服装で女子と一緒にいるとは思いもしなかったのだろう。

 新たな災難の回避にホッとすると同時にズシリと腕にかかる力が重くなる。


 「どうしたんだ朱雀?」


 下の方に目を遣ると一姫が零聖の胸に力なく寄りかかっていた。


 「体調でも悪いのか?どこかで休憩を……」


 「いや……なんでもない!なんでもないから……」


 一姫は弾かれたように零聖から離れると声を段々とすぼめながら言った。


 「……!もしかしてオレが強く抱きしめすぎて苦しかったのか?それはすまないことを……」


 「だぁーーっ!そのことはもういいから早くご飯食べに行こっ!ね?」


 手を振り回し、真っ赤にした顔で言う一姫の剣幕に圧され零聖は首を縦に振った。


 ◇


 その後、零聖と一姫はハンバーグからカレーと言った洋食やパンケーキやパフェなどといったデザートまで揃うメニュー豊富な喫茶店に入ることにした。

 コーヒーと香ばしい肉の匂いという対照的な香りが店内を満たしていたが不思議とマッチングしており、普通の喫茶店とは違う独特の雰囲気をもたらしていた。


 「朱雀、それだけで足りるのか?気を遣っているならその必要はないぞ」


 零聖が一姫の前に置かれた完食寸前のクラブハウスサンドウィッチとスフレパンケーキの皿を見て言った。


 「ううん、気なんか遣っていないよ。それにしても零聖くん食べるねえ。大食いだったりするの?」


 「うん?多少人より多く食べるかもしれないが大食いではないだろ」


 三百グラムはあったチキンステーキと薄焼き卵を敷いていた大盛りのナポリタンをたいらげ、そこそこ大きいチョコレートパフェに手を付けようとしているのは多少と言えるのだろうか?

 そんなことを考えながらコップを手を伸ばすも既に水が入っていないことに気が付く。


 「お水……あれ、ない?」


 「店員さん呼んだら?」


 「そうだね。すい……」


 その時、一姫が店員呼ぼうとしたのと同時に店のドアが開く。

 丁度いいタイミングでの入店に零聖はなんとなく目を向けたが、一瞬で血相を変えると一姫の口を塞いだ。


 「むぐっ!?」


 「すいませーん!お冷お願いしまーす!」


 そして、一姫の代わりに水をオーダすると混乱している彼女の口を塞いだまま顔を近づける。


 「……乱獅子が来た。バレないように気を付けろ」


 「!?」


 そう。入店してきたのは先程遭遇したバカだったのだ。


 「何で十数店舗ある中からオレ達と同じ店選ぶんだよあのバカは……」


 恨みがましい視線を零聖は向けるもそれに嵐は気づかず楽しげにメニューを眺めている。


 とにかくこのままでは拙い。零聖だけなら気付かれないと先程判明しているが一姫は変装も何もしていないため、気付かれるのは一目瞭然。

 それに転校してきたばかりの一姫が男を連れて歩いているという噂が立てばその男の正体を暴こうとする者も現れるかもしれない。

 そうなるとゲームオーバー。なんとかこの死地を脱さなければ……


 幸い嵐の着いた席は零聖の対面側にあるため、背中を向けている一姫の顔が見えることはないがそれでも絶対の保証はない。

 零聖は大急ぎでチョコレートパフェをかき込むと水を一気に飲み干し、目を閉じる。そして、時計の針が半周したあたりで目をカッと見開き荷物をまとめる。

 一姫も先刻の顛末については説明されていたため、何も言われずとも残っていたサンドウィッチとパンケーキを腹に収め、同様に退店の準備を進める。


 そして、満を持して会計に向かおうとしたその時、突如として嵐が立ち上がりこちらに向かって歩いてきた。

 思わず動きを止める二人。もしかしてバレたのだろうか?そうでなければわざわざ立ち上がる理由などあるまい。

 そんなことを考えている間にもコツコツと終わりを告げる足音は近づいてくる。


 (もう駄目だーーーーーーーッ!)


 しかし、嵐は突如として方向を変え、二人を横切るとポケットとスマホを取り出し、通話を始めた。


 「バ……バレてなかったぁ〜……」


 緊張から解放された零聖が椅子にドシリと座り込む。どうやら嵐は単に外へ電話しに行っただけらしい。なんと紛らわしい事だろう。


 零聖は嵐が出て行った方向を殺意の篭った目で睨み付けた。

 取り敢えず危機は脱したが、まだ問題が解決したわけではない。

 外へ行った嵐が何処にいるかと言うと店の前。今店を出ては真正面から対峙してしまうことになる。故に待つことにした。


 しかし、待てど待てど嵐は一向に帰ってこない。


 「乱獅子くん……中々帰ってこないね」


 「電話で何をそんな話すことがあるんだよ。メールで済ませろよ……」


 その間に料理が届いてしまいそうなものだが調理時間がかかる物を注文したのか未だ来る様子はない。


 そんなことを考えながら嵐の座っていた席を見ていると椅子にボディバッグが置かれているのに気が付いた。

 嵐が肩に掛けていた物だ。それにしてもなんて無防備なのだろう。海外なら目を離した隙に盗まれそうである。

 その時だった。嵐の席に男が近づいてくる。そして、挙動不審に周囲の様子を伺いながら置かれていたボディバッグを手に取ったのだ。


 「おい!お前何してるんだ!」


 それに真っ先に気付いた零聖が険のある声を飛ばすと男はビクリと体を震わせ、ボディバッグを引ったくると出口へ向かって一直線に駆け出した。

 零聖はそれを防がんと行手に立ち塞がるも男は必死の形相で零聖を突き飛ばし、そのまま出口から逃亡した。


 「零聖くん!」


 周囲が状況を理解出来ない中、倒れる零聖に一姫が駆け寄る。


 「大丈夫!?」


 「ああ……軽く頭を打っただけだ。あの野郎……」


 零聖は後頭部をさすりながら上半身を起こすと苛立ちと共に凶悪な笑みを浮かべて言った。


 「魚の餌にしてやる……」


 「え?魚の……」


 「朱雀、オレの鞄頼んだ!」


 そう言い残すと零聖は立ち上がり、店の外に出る。

 そして、右、左と見て男の後ろ姿を目視すると地面を蹴り、駆け出した。

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