第13話 生徒会長との密談

 「……悪いな朱雀」


 どこからか聞こえる一姫の叫びを聞きながら零聖は呼び出し場所目指して廊下を駆け抜ける。

 やがて目的地である生徒会室の前に着くと右、左と一姫の姿がないことを確認し、扉を開けた。


 「いらっしゃい。待ってたよ」


 笑顔で零聖を出迎えたのこの生徒会の主であり零聖を呼び出した張本人光﨑闇奈。


 「じゃあ、そこに座って」


 闇奈は零聖を部屋の中奥に置かれている会議用の机に誘導すると自身もその向かいに座り、鞄から何かを取り出す。


 「はい、これ」


 闇奈が鞄から取り出した物を零聖に差し出す。それは風呂敷に包まれた弁当箱だった。


 「本当に作ってきてくれたんですね。……わざわざいいのに」


 闇奈から時間を設ける件について既に昨日、メールで話し合っており、その際弁当を作ってきてくれることも知っていた。零聖は何度も遠慮したのだが、最終的に折れる形で有り難くその心遣いを受け取ることにしたのだ。


 「ただ話し合うだけでは味気ないだろう?それにキミは昼休み菓子パンばかり食べていると聞くからね。良い機会だし栄養を摂って欲しい思ったんだよ」


 そこまで言われてはこれ以上の遠慮は失礼に当たる。

 零聖は風呂敷を解くと二段になってる弁当の上段を開けた。

 一段目には鶏の唐揚げ、卵焼き、アスパラのベーコン巻き、ポテトサラダが二段目には白ご飯が詰め込まれていた。


 「凄いですね。朝からこんな凝ったものを作れるとは……」


 「ポテトサラダは前日に作っておいたんだよ。唐揚げも漬け込んでおいたものを揚げるだけだし、卵焼きとアスパラのベーコン焼きもそれほど手のかかるものじゃない」


 闇奈は謙遜するもやはり凄いと思った。


 零聖なんて誰も作ってくれない時は大体コーンフレークや納豆ごはんといった調理を踏まないもので朝ごはんを済ましているのだから。


 「あ、ふりかけもあるけどいるかい?」


 「いえ、大丈夫です。唐揚げで全部食べれそうですので」


 零聖は「いただきます」と手を合わせ、箸を摂ると早速唐揚げを口に運ぶ。


 「――!……美味しいです」


 「ありがとう。そう言ってくれると嬉しいな」


 零聖の感想に闇奈は手を合わせ、嬉しそうに微笑む。

 流れで米をかき込み、他のおかずにも次々手を出すがどれも本当に美味だった。

 そうしてしばらくの間は他愛も雑談に興じる。


 「本当にいい食べっぷりだね。そんなに食べてくれるならまた作ってきてもいいかな?」


 「喜んで。オレが学校からいなくなるまでにお願いしますね」


 その言葉に闇奈の表情が神妙なものに変わる。そして、一度息を整えると相手の本心を探るような目を向けた。


 「キミは……どうして学校を辞めようとするんだい?」


 「……すいません。詳しい理由については例え光﨑先輩であっても話したくありません」


 零聖は申し訳なさの孕んだ目で闇奈を真っ直ぐ見返した。


 「理由を教えてくれるかい?」


 「先輩にあまり心配をかけたくないからです」


 「それなら尚更教えて欲しいな。私に出来ることなら力を貸すよ?それとも……私が信用出来ないかい?」


 「!そんなことは……」


 語気を強くした零聖が立ち上がるが、すぐ冷静になると腰を下ろした。


 「すいません」


 「こっちこそごめん……少々意地悪だった」


 闇奈も自分の非を恥じるように目を伏せて謝罪した。

 ちょうどその時には二人の弁当箱は空になっており、闇奈は箸を置くと手を合わせた。


 「ごちそうさまでした」


 「ごちそうさまでした」


 零聖も箸を置くと闇奈に続いて手を合わせた。


 「私はねそのことを聞いた時、キミが音楽活動のために退学してようとしているのかと思ったんだよ。でも、思ってたよりもずっと簡単な問題ではなさそうだね」


 闇奈も零聖が"orphanS"として音楽活動を行っていることは把握している(というかバレた)。


 「音楽活動は大変ですけど学業との両立は出来ます。まあ、学校を辞めてそちらの活動の方に専念しようと思っているのは事実ですが」


 「まるでもう退学出来ることが前提のように言うね」


 闇奈は不敵な笑みを浮かべた。「そうはさせないぞ」とでも言わんばかりに。


 「……分かっていますよ。先輩たちが易々と見逃してくれるはずがないということを」


 「分かってるならそんな嫌そうな顔をしなくてもいいじゃないか。腹を括ったらどうだい?」


 「それは元凶が言う科白ではないと思うのですが」


 薄目で睨む零聖に闇奈が楽しげに笑ったその時だった。


 「失礼します」


 ノックとともにドアが開かれ紙束を携えた男子生徒が入ってきた。切れ目の整った顔立ちに黒髪と眼鏡が似合う、いかにも生真面目そうな容貌の男子生徒だった。


 「会長、出来上がった予算についての資料を……鳳城、お前も何故ここにいる」


 「不動院か」


 零聖の姿を見るや否や黒髪眼鏡の男子生徒――不動院愛景ふどういんなるかげは露骨に顔を顰めた。


 「光﨑会長と話があってな。一緒に昼食を摂りながら話をしていたんだ」


 「話だと?何だそれは?」


 零聖の言葉に愛景は突っかかるように尋ねてくる。


 「個人的な話だ。お前には関係ない」


 それに対して零聖は冷淡な口調で突き放すように言い放つ。


 「……ッ!ムカつく奴だ……」


 「自分の思い通りにならなければすぐ悪態をつく。これだから自分勝手なお坊ちゃんは」


 「何だと!」


 零聖の挑発に掴み掛かりそうな勢いで愛景が激昂する。


 この二人は一年時に何なら現在も同じクラスだが見て分かる通りその仲はすこぶる悪く、一度殴り合いの喧嘩まで演じたことは学年では有名な話だ。

 その理由は何と言っても性格の不一致だろう。


 零聖は自分の意志を突き通すと同時に良いと思えば相手の意見を受け入れる柔軟さを持ち合わせた性格で愛景は秩序を重んじ、それを周囲にも徹底させるリーダー気質な性格だ。

 つまり頑固という点は一緒だが相手の意見に対するスタンスは真逆なのである。

 それに加えて愛景は闇奈に対して憧れの感情を持っており、彼女と親しい零聖が気に食わないのだ。

 零聖も零聖で抑圧的な面のある愛景を嫌っている。


 「二人ともやめないか!」


 机の叩く音と叱責の声に零聖と愛景が睨み合うのを止め、顔を向けるとそこには腹に据えかねた様子で二人を睨む闇奈がいた。


 「闇奈さんはこれは……」


 それに露骨に動揺した様子を見せたのは彼女を慕う愛景だった。

 対して零聖は落ち着いた様子で闇奈を見ている。


 「言い訳なんて聞きたくない。無理に仲良くしろと言うつもりはないが顔を会わせる度そうやって喧嘩をするのをやめないか!」


 有無を言わせない口調で叱責を続ける闇奈に愛景は先程までの態度は吹き飛ばされ、すっかり萎縮してしまっている。


 「……誠に申し訳ございません」


 これに対して零聖は「こいつが勝手に喧嘩を売ってきたんだけどな」と自分に非はないと感じていたがここでそれを口にしても言い訳だと闇奈に一蹴される上、また愛景が何か言ってきても面倒なため素直に頭を下げることにした。


 「大変見苦しいものをお見せしました。申し訳ございません」


 そして下げた頭を上げると闇奈に微笑みかけた。


 「それではオレはここで。先輩、美味しかったです」


 これ以上居座って愛景に突っかかられても敵わないので弁当のお礼を言うと早々にこの場から去ろうとする。

 しかし、ドアに手を伸ばしたところであることに気づき、動きを止めた。


 「不動院、答えたくないなら答えなくてもいいが、お前さっきオレに対して『お前"も"何故ここにいる?』って言ってたけどあれはどういう意味だ?」


 「……生徒会室の前で蘭の奴が突っ立ってたんだよ。邪魔だから退いてもらったらすぐ何処かへ行った」


 闇奈の前だからか嫌々ながらも答えた愛景の言葉に零聖は思わず目を見開いた。


 (蘭が生徒会室の前にいた?)


 その瞬間、零聖は一つの可能性を疑った。


 退学の話を恋に聞かれたという可能性だ。


 確定ではないが愛景の「突っ立ってた」というニュアンスは「長時間その場にいたようだ」とも受け取れる。


 「……そうか」


 そうだとしたら面倒だ。


 零聖は生徒会室を出る恋を問い糺すため、一直線に教室へ駆け出した。

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